あるすれ違い
カラとタロがぜひ緊急で話したいことがあるというのでイリアス少佐は怪訝に思いながら、タロの部屋に向かった。
「いったい何があったんだ?」
カラのほうを見れば、ずいぶんと思い詰めた顔をしている。
「間違った健康法を、転生者の教えといって妄信しています」
カラが深刻な声で言った。
「間違った健康法ね、それは?」
「運動中に水分補給を行ってはいけないということです」
それは訓練期間中に確かに聞いた覚えのあることだ、結構きつかった記憶があるが、それが間違いだというのか。
「確かに、異世界で、昔はそう言われていたんだ、昔ね、しかし、今は健康被害があると言って廃止されているんだな」
タロが何とも困ったという顔をする。
「まあ、健康法にしろ何にしろ、あとになって間違いだとわかることってあるんだよな、ただ、こっちには間違いだと伝わらなかったみたいで」
はははと乾いた笑いがこぼれる。
「なるほど」
つまり自分は無駄にいらない苦痛を味わったということかと一気に気分が不愉快になったが、タロはそのまま話を続ける。
「完全に間違いというわけでもないんだ、大量に汗をかいた後に真水で水分補給をすると、水中毒という症状を起こす。これはこれで命に係わるんだが」
「真水でなければいいということかな」
「そう、真水がいけない、塩分補給だな、あとカロリーも消費しているから少量の糖分添加する」
「なるほど」
タロは腕組みをして考え込む。
「そういえば、この世界には鉄道があるよな、どうしてこの知識が入らなかったんだ?」
「何のこと?」
カラが怪訝そうな顔をした。
「経口補水液の原点は蒸気機関車なんだよ」
タロが簡単に説明する。
いわく、鉄道の窯炊きは極めて過酷だった。そのため死亡者が後を絶たなかった。
もちろん水分は十分にとらせていた、それでも死亡者は減らなかった、いったいどういうひらめきがあったのかは知らないが、水差しにワンショットの海水を落としたものに切り替えたところ、死亡者は激減した。
以来蒸気機関車にはタンクに海水が積まれるようになったとか。
「人間の血の成分は海水に似ているらしいから、きわめて適切な判断だったと思うよ」
そうタロは話を締めくくった。
「窯で、いったい何を炊くんです?」
「え、石炭だけど?」
あれ、もしかしてこの世界に石炭はないのかとタロは焦った。
「魔法原石をこの世界では使いますね、きわめて強い力がありますが、微調整が訊かない。鉄道という理念でやっと使い道が決まったと聞いています」
窯にいちいち付き添っている必要がないので、その知識は伝わらなかったらしい。
「便利さがあだとなったか」
やれやれとタロはため息をついた。