偉大なる日本
タロは試作料理をしながら、カラが帰ってくるのを待っていた。
と言っても毎日着想が浮かぶわけでもないので今日の献立は普通だ。
カラは久しぶりの外を満喫しているのだろうか。もっともからの性格上そんなことはしそうにないが。
ここしばらく出ていない。一日くらい休みをもらって近くの街を歩いてみたいと包丁を片手に夢想する。
扉が開いた、カラはすぐにただいまを言うのに、今日は無言だ。
不思議に思って振り返ると、目の細かい布袋を持ってうつむいている。
「どうした?」
「これ、どうしよう」
そう言って袋を手渡した。
穀物が入っている袋だろう。目が細かいのは穀物がこぼれないようにという工夫か。そう思いつつ、袋の封を切った。
「なんの、冗談だ」
何度か、探した、しかし結局見つからなかったもの。この世界にはないのだと涙を呑んであきらめたはずのものがそこにあった。
「こんなバカな」
小刻みに震える手、袋の中身がこぼれそうになり慌てて近くの台に置いた。
「お米だと」
カラはうつむいている、肩が小刻みに震えていた。
「カラ、これがお米だと、ご飯が食べれるというのは確実じゃない、これを炊いてみなければわからない」
タロは厳かにそう言った。
コメ、それはアジア系転生者が求めてやまないもの。そして、いまだ発見されていないものだ。
それはカラもわかっているのだろう。
パンを焼く麦も、あちらの麦とは少し形態が変わっていた。
あちらの麦より大粒で、とがった楕円形をしていた。
味は小麦に近いのだが。
これはかなり稲に近い形だが、だからこそ、味が違う可能性が高い。
カラもわかっているのだろう、悲痛な顔で、それでも一縷の望みをかけているのだ。
「今日は仕事がある、明日だ」
一瞬からは崩れ落ちそうになった、しかしタロは心を鬼にして、カラを押しとどめる。
「仕事が第一だ」
翌日、タロは異様に早く目が覚めた。手早く身支度を整えると、いそいそと飯を炊く支度を始めた。
まず、ボウルにあの稲のような穀物を入れ、擂粉木で叩く。
籾殻が外れたら、ボウルを開けて、取り分ける。見た目は玄米にとても良く似ている。
たとえよく似ていてもあの世界と似ても似つかない食材はいくらでもある。
油断はできない。
再び玄米のようなものをつき始めた。
ごつごつとした音を聞きつけて、カラがやってきた。
起きだした時間は似たようなものだったが、身支度にタロより若干時間をかけていた。
カラは長い髪が邪魔にならないようくくっている。
「何をしているのですか?」
「脱穀」
玄米が五分づきぐらいになったら、ボウルに水を入れ、研ぎ始める。
「しばらく浸水するから、その間に別の作業をする」
カラはボウルの中をしばらく覗き込んでいたが、芋の皮むきを命じられ、黙々と作業を始めた。
今日は二人とも普段より言葉数が少ない。
本日はポテトサラダ、脂質を押さえるためマヨネーズではなくサワークリームを使う。
メインは鳥料理だ。砂肝と同じものだと思われる臓器は細かく刻んで香草でマリネしておく。臭みを取ってスープに入れる、内臓料理は意外に抵抗が多かったための工夫だ。
作業の間にボウルの中を覗き込んで状態を確認したタロは、厚手の鍋で炊飯を始めた。
湯気に交じる臭いを慎重に嗅いでいく。
その匂いを嗅いでからも唾液を飲んだ。別の料理の下ごしらえをしながら、鍋のほうをうかがっていた。
炊き上がりを見て、鍋のふたを開ける。炊き立てのご飯は真珠のように見えた。タロは思わず一口つまみ食いをした。
結局それは多少パサついているが米の味がした。
「米だ」
タロが呻く。
蒸らしている間にいそいそと目玉焼きを焼く。タロは実際には卵かけごはんが食べたかったのだが、この世界の生卵は怖いのでいつも半熟で食べている。
スープボウルにご飯をよそい、目玉焼きをのせ、醬油をかけた。
「え、なんで醤油」
カラは初めて気が付いたがタロはこともなげに言う。
「この世界には醤油と味噌はあるから」
「嘘」
「転生者が現れ始めたのは百年ぐらい前だろ、幕末明治大正の時代なら自宅で味噌や醬油を作ってる人は多かったはずだろ」
「それじゃ」
「最初は物珍しさからだったが、今では醤油のない地域のほうが少ない」
一度使いだしたら病みつきになって、醤油なしの生活など考えられなくなったのだどうだ。しかしそれなりに値段が高いので、カラやタロの住んでいる比較的貧しい地域には流通していないのだという。
「でも、麹はどうしたの」
麹は米で作るものだとカラは思っていた。
「麴は麦や豆でも作れるんだよ」
初めて知った事実にカラは驚く。
「結局醤油はこの世界数か国にわたって作られている」
醤油のポテンシャルおそるべしとカラは思わずこぶしを握った。
目玉焼きのっけご飯を黄身を崩しつつ一口ほうばる。
醤油のしみた卵の黄身と、ご飯の相性。米だけでなく醤油まで味わえるとは。
カラは天を仰ぐ。また一筋の涙がこぼれた。




