迫りくる時
アニスは鬼気迫る表情で腹筋運動をやっていた。
「大丈夫、痛いんじゃないの」
しかし、アニスは無言だった、同僚たちがアニスの様子をうかがっているのは、たんにアニスが痩せたら自分達もやってみようと思っているからだ。
田舎からきて、今まで食べたこともないものを食べまくって肥満というのはアニス一人だけの問題ではなかった、アニスほどではないが、大同小異誰でもその問題を抱えていた。
大きく息を吐きながら、アニスは立ち上がる。軽くお腹を押さえている。
「やっぱり痛いんじゃないの」
「転生者様のおっしゃることに間違いはないと思うの」
そう言って掌いっぱいの焼き菓子を無言でむさぼる。
その様子を何とのいえない表情で見ていた。
「それなら、カラ様とおっしゃい」
「カラ様とおっしゃるそうよ」
同僚たちは口々にカラの名前を口にする。
アニスは怪訝そうな顔をする。
二文字だけで表記される名前は、身分的には最下層を意味する。
「転生者はどこに生まれるかわからないのよ、貴族に生まれることも、貧民に生まれることもある、ただ尊いのはその知識のみ」
一人が両手を組んでまるで聖句を唱えるようにつぶやく。
アニスは不思議そうだ。
「そういえば、お腹周りを細くする方法って言ってたわよね」
「別の場所を細くするためには」
アニスの同僚たちは口々に言いあう。
そしてアニスを凝視する。
「まだ?」
「いくらなんでも初日には出ないと思うわ」
口々に言いあう。そしてにっこりと笑った。
『頑張ってねアニス』
唱和するように言った。
カラは動物飼料の業者の元を再び訪れていた。
カラスムギなどの例もある。動物飼料として使われている穀物の中に優秀な食品がある可能性はある。
穀物はカラの知っているものと似たものもあれば、似ていないものもある。
そして、カラはそれを見つけた。
それを見つけた時、岩で殴られたような気がした。
あるはずのないものだったのだ。まさかそんなはずはないと思いながら震える手でそれを手にした。
「稲?」
その穀物はあまりににも稲穂に酷似していた。
どれほどそれを求めていただろう。
毎日食べるのは全粒粉パン。野菜、少しの肉という献立、転生者ということで街に行っても白パンしかなかった。
「お米……」
カラの頬を一筋の涙がこぼれた。
付き添いのマデリーンが、その殻の様子を気味悪そうに見ている。しかしそんなことは全く気にせず、カラはその場に立ち尽くし、涙をこぼしていた。
「とりあえず、一袋買う?」
マデリーンの提案に、カラは泣きながら何度もうなずいた。