別方向を見てみよう。
翌日、献立を書いていたタロが話を聞きたがった。
「たいしたことはしてませんよ、ちょっと腹筋運動のやり方を教えただけです」
「え、それだけ?」
「後はお菓子を減らすように指導しました、それだけです」
当たり前すぎる対処法にタロは少し気落ちした。
「王道こそ正道です」
カラはそう言って、献立表を覗き込む。
「腹筋運動をして、それが終わったら少しだけお菓子を食べていいと指導したんです、筋トレをすると、筋肉が損傷するんですよね、その直後に食べたものは、筋肉のほうに回るので、脂肪になりにくいんですよね」
「ああ、そういうもんなんだ」
「筋肉の維持のため、ワークアウトの後、甘い飲み物は定番ですね」
筋肉に甘いものは厳禁だと思っていたが、意外な話を聞いた。
「ああ、そういえば蜂蜜レモン」
タロは体育会系部活の定番おやつを思い出す。
野球部のマネージャーなんかが作るんだよな、疲労回復効果のあるクエン酸と筋肉維持に役立つ糖分を含んだ蜂蜜、結構合理的なおやつだったんだな。
しみじみと懐古の情に浸りつつ、蜂蜜レモンの味を思い出していた。
「あ、これいいんじゃないか、蜂蜜レモン、運動が終わった後のおやつに用意しておけば、それも体質改善の一環だよな」
「確かに、疲労回復効果はあるかもしれないけれど、蜂蜜はともかくレモンに相当するものって何ですかね」
栽培していたのは野菜が主で、果物はあまり詳しくない。
「確か、アララスとかいうパイナップルみたいなのが、あれはだいぶ酸っぱかった。確か酢の代わりに使うらしいが」
「手に入るかな」
蜂蜜レモンに、もしなるなら、少しだけ食べてみたい気がした。
子供の頃、一緒に通っていた教室で、友達が分けてくれたのを思い出す。
「筋肉増強するのはいいけど、脂肪はどこに行くんだ?」
タロが素朴な疑問を呈した。
「それは、ぶっきんが付けば、腹筋がお腹周りを締め上げるので、脂肪も抑え込まれることになるかな」
「そうなの?」
「ほら、栄養失調の人がお腹だけポッコリしてるのを見たことないかな、あれは腹筋が無くなって、腹圧で内臓が飛び出しているの、腹筋なしで締まったウエストはあり得ないから」
「なるほどね、つまり、食事制限だけしても、帰って身体がたるんで終わるわけだ」
「その通り」
「わかります、さぞやご苦労されたでしょう」
恰幅のいい、かつての自分のような料理長を前にして、タロはいろいろと話を合わせつつ、見解を広めていた。
仕事内容に関する話を聞きながら、献立を考える。
最終的にこの人とスタッフで作れるようじゃなきゃ困るからなあ。
今後のこともかかっているのだ。相手の実力を測るのも仕事の一つになる。
「こちらにもこんな話がありましてねえ」
江戸時代に本当にあった、江戸城料理版の話をする。
「美味しいものはいくらでも作れるが、とその料理人は言ったんですよ」
江戸城の賄の漬物が異様にまずい、あまりのまずさに上に苦情を言ったところ、家老が料理人を呼び出して話を聞くと。
という話だ。
「美味しくはいくらでも作れる、しかし美味しい漬物を作ったらあいつらはここを先途と食べまくり、今でもギリギリの食費が到底足りなくなる。まずく作るのは食費を抑える工夫だといったんですよ」
料理長なしみじみと頷く。
「彼の苦悩が手に取るようにわかる」
「ええ、上に立つものはいつだってそういうもんです」
タロは巧みにおだてながら相手の口を軽くする。
最もタロは江戸幕府の話をするつもりはなかった、何しろ幕府という、日本人以外の地球人には理解不能な特殊な政治形態をこの世界の人間が分かるはずがなかったからだ。
「じゃ、設備と作業ルー店に関してやはり大変なご苦労が」
いかにも同情するという風に話を持っていけば面白いように話を続ける。
とにかく話をさせる。個人商店の盛り上げ役をやっていた時のスキルを存分に生かす仕様だった。