ダイエットの必要性
「食べても太らないお菓子って知ってますか」
少女、アニスはそう言った。
「は?」
カラはしばし呆けた顔をしていた。しかし、アニスは動じず真剣そのもので殻に詰め寄った。
「私、田舎から出て、初めて美味しいお菓子を食べたんです、あんまりおいしくて、そして止まらなくて、それで、制服とか入らなくなって帰る羽目に、それでも食べるのがやめられなくて、次に制服の交換になったら首だって」
丸い目に涙が浮かぶ。
「いや、首になりたくないなら、お菓子を食べなきゃいいでしょ」
カラが慌てて言う。結構労働でカロリーを使うのでそれで十分痩せられそうな気がした。
「首になったらお菓子を食べられなくなるんです、私のいたところは本当に田舎で、信じられないでしょうけど、お菓子なんか絶対手に入らないんですよ」
カラは信じた、カラのいたところは、アニスのいたところよりもっと田舎で、お菓子の存在すら、妹は知らない」
「つまり、お菓子を食べるのをやめずに痩せたいと」
カラはアニスにそう訊いた。
「そうなんです、なんとかならないでしょうか」
「あんた、馬鹿?」
マデリーンは呆れかえったように言った。
「お菓子を際限なく食べてしまうのは意志が弱いからよ、いいかげんにして見苦しいわ」
そういや、欧米の人って、肥満に厳しいらしいな。そんなことを思い出しつつ、涙目のアニスの肩を叩く。
カラはしばらく考えていたが、アニスの肩をぐっとつかんだ。
「食べても太らないお菓子はないわ、お菓子というものは大概カロリーの高いものなの」
「そうですか……」
アニスもわかっていたようだった。それでも藁にもすがる思いで、カラに頼ってみたのだろう。
「ただし、量を減らして、食べても太らないようにすることはできる」
カラは自分の知識から出せる唯一の方法を差し出した。
「何をすればいいんですか?」
「筋トレよ」
「夜、貴方の部屋に行く、それで話をしましょう」
殺気だった料理人たちを相手にタロは野菜を一度塩と酢につけて凍らせれば冷凍による損傷が防げることや根菜類は一度凍らせてから煮込むと時間短縮ができる。乾燥野菜や茸も凍った状態のほうが劣化が防げる。
それから肉料理は一度煮込んでから凍らせたほうが味の劣化は防げる。
などなど、様々な冷凍に関する基礎知識を与えた。
最初は半信半疑という顔をしていたが、タロが自信たっぷりにやってみろと言ったので矛を収めた。
相手の損得をきちんと考えて交渉する。
タロの社会経験から編み出した交渉術の一つだ。
カラが時計を見て時刻を確認する。
「ちょっと行ってくる」
「本当に行くの、お人よしにもほどがあるわ」
マデリーンが呆れたように言う。
「おいおい、何の話?」
「太りすぎたメイドを何とか痩せさせるつもりらしいわ」
「ダイエットって、本当に大変なのよ」
カラは真剣な表情で言った。
「経験者だもの、わかるわ、ジャンプのある競技の選手は常に一グラムの体重変化に血道をあげていたものよ」
「そうなんだ」
そう言われてしまうと何も言えない。
「いや、ダイエットね、昔は興味あったけど」
肥満はある意味料理人の職業病のようなものだ。
繁忙期が、普通の食事時なので、どうしても食事時間が不規則になりやすい。また食べ歩きは職業上どうしてもしなければならないことだ。
高カロリー食も頻繁に口にしていた。
肥満が、タロの死因の一員であったことは間違いない。
「ちょっと行ってもいいか?」
今はダイエットなど必要のない、やせぎすの身体だが、これから料理人を続けるとなると。急に将来が不安になってきた。
「おい、ついて行ってもいいか?」
「駄目よ、男子禁制の女の子の部屋よ」
「後で何があったか教えてくれ」
怪訝そうな顔をしながらカラ頷いた。




