状況整理
タロはアルスをお供に調理場にいた。
今は休憩時間なので誰もいない。
がらんとしただだっ広い空間にタロは立っていた。
あちらの世界にあったものも、なかったものもある。
風呂桶のようなスープ鍋は業務用としては見慣れたサイズだ。
そして、傾いた金属製の樽のようなものは炒め鍋だという。樽の中に食物を入れると樽の部分が回転し、炒め物ができる。
フライヤーもあった。しかし、カラの話では、揚げ物は筋肉の育成にタブーだという。
しかし量をこなさねばならない場合、揚げ物というのは結構有効なのだ。
こういう立派な設備がある以上、作らないわけにはいかないだろう。
そしてないものもあった。蒸し器だ。どうやらこちらでは蒸し物という調理法があまり発達しなかったようだ。
タロの店の点心はそれなりに好評だったので、蒸し料理があまり一般的でないとは気づかなかった。
あまりないから珍しがられたのかもしれない。
冷凍施設も見学した。なかなかの備蓄量だ。
「後は、流通がどうなっているかだな」
列車で送ってくるというが、どこから送ってくるかも問題だ。
「たく、面倒くせえな」
ポリと頭をかいた。
この世界に生まれ変わって何度呟いたかわからない。
どうしてこうなった。
「そういや、うちの若いのが読んでいた小説にあったな、地球と異世界の神様がいろいろ取引して勝手にあっちにやったりこっちにやったり」
かつて店主をしていた料理店で、雇っていたバイトのことを思い出した。
心筋梗塞による突然死、あの時助かっていたらどうなっていたのか。
かつてとは似ても似つかない自分の顔を鏡で見るたび、違和感がぬぐえない。
「お前が、タロか?」
威圧感満点の中年男型炉の前に立ちはだかっていた。
「ああ、そうですけど?」
「こっちの仕事に文句をつけようっていうふてえ奴かよ」
ああ、これはあれだとタロは思った。
「そっちの仕事を効率化させてやろうっていうんだよ」
とりあえず、話してみて、それでだめなら考えよう。
タロは笑う。一度死ぬと、ちょっとやそっとのことでは動じなくなるもんだ。
カラは運動場を回っていた。
カラなりに考えていることはある、しかし、それが成果を出すかはわからない。
練習風景は以前動画で見た剣闘士の戦いに似ていた。
背後にはマデリーンが護衛役としてついてきていた。
「なんだ悪いね」
「何が?」
「だって、仕事忙しいでしょ?」
マデリーンはこともなげに言う。
「今はこれが仕事だけど?」
言われてカラは何も言えなくなる。どうしようどうしようというもやもやした思いだけで胸がふさがれている気がした。
「あの、転生者の方ですか?」
不意に、声をかけられ、カラは振り返った。
ちょっとぽっちゃりとした少女がそこに立っていた。
「あの、教えてほしいことがあるんです」
少女は何か思いつめた目をしていた。カラは黙って話を聞くことにした。