ゴブリン退治と私
「キキッ!?」
「キッ、キッ!」
私の出現は、ゴブリンたちにとっても寝耳に水だったようだ。
藁のベッドに寝転んでいたゴブリンたちは、慌てて近くに置いてあった武器を手に取り、立ち上がる。
「──はっ!」
私はそこに駆け込んで、ゴブリンたちが態勢を整える前に、一体のゴブリンの胸を躊躇なく槍で突き刺した。
槍の穂先はゴブリンの背中まで抜ける。
私が槍を引き抜くと、ゴブリンは胸の突き刺された部分から緑色の体液を噴き出して、後ろ向きにどうと倒れた。
「──そっち!」
私は引き抜いた槍を、今度は横手に向けて突き出す。
そこには態勢を整え、武器を持って襲い掛かってこようとする別のゴブリンがいて、そいつの頭を槍は容赦なく貫いた。
私がぶんと槍を振ると、頭を貫かれたゴブリンから槍の先が抜け、その死体がどさりと地面に放り出される。
それを見た残り一体のゴブリンは、キーキーと声を上げながら、慌てて奥のほうへと逃げていこうとした。
でもその走るスピードは遅くて、私は駆け寄ってすぐに追いつき、背中から槍を突き刺した。
槍を引き抜くと、そのゴブリンは前のめりに倒れた。
「──ふぅっ」
槍を一振りして、穂先についたゴブリンの体液を払う。
そのタイミングで、ゴブリンたちの死体が順繰りに黒い霧のようになって消えていって、魔石が転がった。
私はそれらを拾って、ポケットに入れる。
それから、さらに奥への道がある洞窟を、進んでゆく。
……それにしても、こう一方的だと、ゴブリンの命を奪うっていうことに、どうしても良心の呵責を覚えてしまう。
でも一方で、必要だし、仕方のないことだと割り切らないといけないとも思う。
村の子どもの命が掛かっているし、それでなくても、ゴブリンの集団をこのまま放っておいたら、後々それに襲われて命を落とす村人だって出てくる。
いずれにしたって、人間にとっては、退治しなければならない相手なんだ。
だったら躊躇していても、私自身が不覚を取る可能性が増えるだけ。
だから、割り切らないといけない。
私は自分にそう言い聞かせながら、洞窟を奥へと進んで行く。
部屋はまたすぼまって、元のようなトンネルへと変わる。
私はその道を、さらに奥へと進む。
あの不快なにおいは、わずかだけど、奥に行くほど強まっている気がする。
この奥に、たくさんのゴブリンがいるんだろう。
そんなことを考えながら進んでいると、トンネルが分岐して、右手奥と左手奥に道が続いている場所に出た。
分岐点で立ち止まり、それぞれのトンネルの先を、たいまつを掲げて照らして見る。
どっちもそのまま奥に続いていて、その先は真っ暗で見えなかった。
どっちに行ったらいいのか分からない。
試しにすんすんとにおいを嗅いでみたけど、うげっと吐きそうになったのでやめた。
耳をすませば、キーキーという声が、そこはかとなく響き渡ってきている気がする。
でもそれが、右からきているのか左からきているのかは、まったく見当がつかない。
「……分かんないけど、こっちにするか」
私はそう独り言を言いつつ、とりあえず左のトンネルを選んで進む。
運動靴が、ひたひたという足音をたてる。
土の洞窟の地面は、少し湿り気があって、歩くときにぬるっとした感触を残す。
左手に持って掲げたたいまつの明かりが、私の歩調に合わせて真っ暗な洞窟の壁を舐め、赤茶けた土壁を明るみに晒してゆく。
聞こえてきていたキーキーという声は、やがて大きく、はっきりとしてくる。
進んで行くごとにそうなるんだから、この先に確実に、別のゴブリンがいると分かる。
しかも、その声の主は、どう聞いても一つじゃない。
重なり合う声の数からして、少なくとも四体か……いや、多分それよりも相当多い。
下手をすると、十体近くが同じ場所に固まっているってことも、あるかもしれない。
それからしばらく進んだところで、私は足を止める。
ごくっと唾をのむ。
ぐねぐねと曲がったトンネルは、少し先で大きく右手にカーブしていて、その先からゴブリンたちの声が聞こえてきていた。
たいまつの明かりのせいで、これ以上近付くと、向こうから気付かれるだろうと思う。
だからここから先は、行くなら一気に行かないといけない。
ゴブリンとの戦いは、向こうの数が多いと、一気に苦しくなると思う。
一体は不意打ちで倒せると思うし、二体目までは多分、槍のリーチで先手を取って倒せる。
でもそれ以上は、きっと混戦になる。
混戦になったら、多分ヤバい。
そう考えていったら、最悪の事態を思い浮かべてしまって、少し怖気づいた。
たくさんのゴブリンに囲まれて、あの刃物で、ぐさぐさって全身を貫かれた自分を想像してしまう。
そうなると、なんで私こんなことしてるんだろうって考えてしまう。
こんなところで、私みたいな幼気な女子がヒーローごっこをして、儚く命を落とす。
冗談みたいな、バカみたいなことだ。
でもそのバカみたいなことで、私の人生終わりになって、それでいいのって思う。
……ない、それはない。
バカバカしい。
やめよう。
もう帰ろう。帰って、帰って……。
「……帰れるところなんて、ないし」
私がそんな葛藤を続けている間にも、たいまつの炎は燃え続ける。
焦る。
──そのとき、目の下を真っ赤に泣き腫らした、村の子どもの姿を思い出す。
私は彼に、なんて言ったっけ。
『私に任せて。だって私は──勇者だから』
『勇者……?』
『うん、勇者。お姉ちゃんね、こう見えてすっごく強いんだよ?』
『……じゃあ、ゴブリンにも負けない?』
『全然、楽勝! だからキミは、この村で待ってて。お姉ちゃんが、悪いゴブリン、全部やっつけてくるから』
──そう、確かこんな感じだった。
いま思い返すと、すごく恥ずかしい。
私って結構、その場の気分に流されやすいところあるから、あとになって恥ずかしくなることはわりとある。
でも、それはそれとして──
「破れないよなぁ、あの約束は……」
私は一度目を閉じて、すーはーと深呼吸をする。
そうして気持ちを落ち着けてから、
「──よしっ」
決めた。
やってやる。
こっちがやられることを想像するからいけない。
勝てばいいんだ、勝てば。
仮に十体ぐらいのゴブリンが固まっていたって、どうってことない。
あいつら雑魚だし。蹴散らせるし。
やれるやれる。
そう自分に言い聞かせて、私は一気に、戦地へと向かって駆けだした。
……私、バカなのかな?
うん、バカかもしれない。
でも、それならバカでいいよって思った。
バカでも自分に誇れる生き方をできれば、それでいいじゃんって、そういうことにした。