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だって私は

 ティナは、村の中でもひときわ大きな家屋の前にたどり着くと、その家の戸を叩いた。

 しばらく待つと、家の戸が開く。

 家の中から、腰の曲がったお爺さんが、杖をついて出てきた。


「おお、ティナ、無事じゃったか! 心配したぞ……!」


 お爺さんはティナに歩み寄り、杖を持っていないほうの腕で彼女を抱擁する。

 そうしてから、不思議そうな様子で、私のほうを見てきた。


「ティナ、こちらの娘さんは? なかなか……個性的な格好をしておるようじゃが」


 お爺さんは、ちゃんと言葉を選んで、オブラートに包んでくれた。

 さすがは年の功。


「お爺ちゃん、この人は勇者様です。森でゴブリンに襲われた私を助けてくれたんです」


「おお、なんと、勇者様でしたか! 道理で個性的な格好をしておられると」


 でも二回言われると、せっかく包んだオブラートが台無しかな。

 年の功さんには是非ちゃんと仕事をしてほしい。


「勇者様、ワシはティナの祖父で、この村の村長をしております。このたびは孫の危機を救ってくださったそうで、どうお礼を申し上げれば良いやら……。ささ、ひとまず、どうぞ中へ」


 村長はそう言って、私を家の中に招き入れる。


「おじゃましまーす……」


 私はおそるおそる、家の中に入ってゆく。

 木造の広い家は、木のにおいがして、何だか感慨深い。


 えーっと……靴は脱がなくていいんだよね。

 この世界に来て初めてのお宅訪問だから、ちょっとドキドキする。


「ときに勇者様、そのお腹は、怪我をなされておるのではないですか? ひょっとして、ティナを助けていただいたときに……?」


「あ、いえ、大丈夫です。もう治しましたから。──あ、でも、できれば手だけでも洗わせてもらえると……」


「おお、左様ですか。ティナ、水瓶みずがめから汲んできなさい」


 爺さんから指示の指示に、ティナは「はぁい」と応えて、奥の部屋から木桶に水を汲んで持ってくる。

 私はそれを使って、手についた血を洗い流した。


 さすがに、いつまでもスプラッタ状態はね……。

 本当は服も洗いたいし、お風呂も入りたいけど、そう贅沢を言うわけにもいかない。


 その後、私は応接用の部屋に通されて、勧められて席についた。

 家は、村長のお宅だけあって、かなり広いみたいだ。


 それにしても……ホント、ドキドキする。

 ついつい、きょろきょろと部屋の中を見渡してしまう。


 殺風景で、テーブルが一台と椅子が六脚あるほかは、壁掛けのランプが一つあるだけ。

 壁の一角には木窓があって、今はその窓が開かれて、朱色の光が部屋の中に斜めに挿し込んできていた。


 村長は、私とはテーブルをはさんで対面の席に、難儀そうに腰を下ろす。

 そして私をまっすぐに見て、こう切り出してきた。


「勇者様には、孫をお救いくださったこと、誠に感謝しております。本来であれば、晩餐にお招きするなど、ささやかなりとも心尽くしのお礼をさせていただきたいところなのですが……現在の我が村は、そのような祝い事をするのがはばかられる状況なのです」


 村長が心苦しそうに言うので、私はわたわたと手を振って答える。


「いえ、それは、お構いなくっ。……村の子どもが、ゴブリンに襲われたって聞きました。そのことですよね?」


「おお、すでにお聞きになっておりましたか。村の子どもたちが近くの森で遊んでいたところ、ゴブリンに襲われ……遊んでいた四人の子どものうち、一人だけが命からがら村まで逃げてきたのですが、残る三人が……」


 村長はそこで、沈痛な面持ちになって口をつぐむ。

 それから首を横に振って、話を続ける。


「ですが、逃げてきた子どもの話によれば、ゴブリンどもは子どもたちを、捕まえようとしたそうです。まだ子どもたちは無事で、ゴブリンたちのねぐらに捕らえられているのやもしれません」


「えっと、それは……残る三人の子どもたちも、まだ死んだと決まったわけじゃない、生きているかもしれない、そういうことですよね……?」


「はい。それでワシらも、村の者を集めて話し合いをしました。武器を持ってゴブリンたちのねぐらに行き、きゃつらと戦うべきだと主張する者もおりました。……ですがそれでは、たとえ勝てたとしても、村人になお多くの犠牲者を出すことになる……」


「…………」


「……我々は、苦渋の決断の末、街に行って冒険者にゴブリン退治の依頼をするべきだという結論に至りました。今、村中の家から、冒険者を雇うためのお金を集めておるところでして……」


「あの……」


 私はおずおずと挙手をして、質問する。


「それだと、ゴブリンが退治されるのって、いつになるんですか……?」


 ついそれが気になって、気になったら聞かずにはいられなかった。


 この世界の細かい仕組みとか何とかに関しては、私はまだ、よく分かっていない。

 分かっていないけど……。


 村長は私の質問に対し、苦しい表情を見せて、首を横に振った。


「いつになるかは、はっきりとは分かりませぬ。遣いの者がこれから準備をして街に向かえば、街に到着するのは夜中遅くになるでしょう。その時間に冒険者ギルドに依頼を出しても、すぐに駆けつけてくれる冒険者は見つかりますまい。冒険者が我が村に到着するのは──早くとも明日の昼過ぎ。あるいは、依頼を引き受けてくれる冒険者がいなければ、いつになってもゴブリンの退治には至らぬやもしれませぬ……」


「それって……それで間に合うんですか? いま子どもたちが、ゴブリンたちのねぐらに捕まっていたとして、生きていたとして、明日の昼過ぎとか、そんなタイミングで──」


「分かりませぬ」


「分かりませんって……!」


 私はテーブルに両手をついて、立ち上がった。

 納得できなかった。


 村長の言っている理屈は、何となく理解できる。

 村人たちが武器を持ってゴブリンに戦いを挑んだら、そのせいで余計に死傷者が出るかもしれない。

 だから、モンスター退治の専門家に依頼しようって、そういう話なんだろう。


 でもそれじゃあ──時間がかかりすぎる。


 ……いや、本当のところは分からない。

 子どもたちが本当にゴブリンに殺されずに生きているかどうかも分からないし、仮に捕まって生きていたとして、それでいつまで生かされているのかも分からない。


 でも、それでも、だったら──


「……村長、さっきの言い方なら、ゴブリンのねぐらの場所って、分かってるんですよね。そこにいるゴブリンの数、分かりますか?」


 私がそう聞くと、村長は少し驚いた顔を見せた。


「え、ええ。ゴブリンの正確な数までは、分かりませんが……通常、ゴブリンは二十体ほどの数で、一つのねぐらを構成することが多いと聞きますので、おそらくはそのぐらいの数かと……」


 二十体……二十体か……。

 そのぐらいなら、うまく事を運べば何とかなる……かも。


 「かも」でいいの?

 いや、良くはないけど、でもしょうがない。


 私は村長に向かって、宣言する。


「だったら、私がやります。今から行って、ゴブリンの二十やそこら、私一人でも何とかしてみせます」


「ほ、本当ですか!? いや、しかし──」


 村長が言いかけたそのとき、家の入り口のほうから、どんどんと戸を叩く音が聞こえてきた。

 同時に、一人の子どもの声が聞こえてくる。


「村長! 村長、開けてよ!」


「むっ、ベートか。……勇者様、すみませんが、少々お待ちを。先ほど話した、ゴブリンに襲われて逃げてきた子です」


 村長がそう言って、重い腰をあげてゆっくりと立ち上がる。

 私はテーブルを回って村長に寄り添い、立ち上がるのを手伝う。


「おお、ありがとうございます。老骨でして、なかなか体が言うことを聞きませぬな」


 私はその流れで、村長に付き添って、ゆっくりと応接室を出てゆく。

 すると応接室を出たところで、玄関口で戸を開くティナの姿が見えた。


 それと玄関の向こう側に、男の子がいた。

 多分、八歳か九歳か、そのぐらいの年齢だと思う。


「あっ、ちょっ、ちょっとベート……!」


 男の子は、玄関口で応対するティナの脇をするりと抜けると、村長の前まで駆け込んできた。

 そして、村長につかみかからんばかりの勢いで声を上げる。


「村長! いつ助けに行くの!? オレ……オレも大人たちと一緒に、ゴブリンと戦うから!」


 村長に向かって必死にそう訴える男の子の目の下は、真っ赤に泣き腫らしたあとがあった。


 一方の村長は、困った様子で、申し訳なさそうに私のほうを見てくる。

 私は村長に向かって、こくっと小さくうなずいた。


 そして、目の前で必死に訴えかけている男の子の頭に手を置いて、その頭を優しくなでてやる。


「──大丈夫。悪いゴブリンたちは、お姉ちゃんがみんな退治してくるから」


「えっ……なんで、お姉ちゃん、誰……? 一人で行くの……?」


 戸惑う男の子。

 私は安心させるよう、彼に笑顔を向けて、言った。


「うん、私に任せて。だって私は──勇者だから」


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