ドキドキした朝
昨日はずっとドキドキしていて、悶々として眠れなかった。
でも、こうして朝に目を覚ましたのだから、どこかで意識が落ちたんだろう。
「ねむい……でも起きなきゃ……私、勇者だし……」
寝不足時の寝起きのだるさと眠さで、いい具合に思考が抜け落ちていたんだと思う。
ベッドから転がるように抜け出ると、もそもそと着替えてから、廊下へと出る。
部屋のある宿の二階から、寝ぼけ眼で一階の食堂に下りていった私。
そこで、すぐ近くのテーブルに座ってモーニングティーらしきものを嗜んでいたジェラルドさんと、鉢合わせになった。
一気に目が覚めた。
「おはよう、シアちゃん」
「お、おはよう……ございます」
大賢者の肩書を持つひげ面のおじさんは、いつも通りの様子だった。
……あれ?
ひょっとして昨日のアレ、夢か何かだった?
それを確認するのも怖いので、私はひとまず自分も普段通りを装って、丸テーブルのジェラルドさんの前の席に座る。
「朝食はもう持ってきてもらっていい?」
「あ、はい」
「飲み物はどうする?」
「えっと、ジェラルドさんと同じので」
自分の口からなんとなく出てきた言葉に、私は一人であわわっとなる。
ふ、深い意味はないよ。ないからな自分。
私はそれから、ジェラルドさんと顔を合わせられなくて、ずっとうつむいてテーブルと自分の膝とを見ていた。
ダメだ、これじゃ全然普段通りじゃない。
勇者の勇は、勇気の勇だ。
頑張れ。
私はちらっと、隙を伺うようにして正面のジェラルドさんへと視線を向ける。
ジェラルドさんは、お店の給仕の女の子に、何やら注文していた。
給仕の子は、私と同じぐらいの歳で、ちょっと可愛かった。
着ている衣装も、このお店の制服なんだろうけど、なかなかに可愛らしい。ひらひらの付いた、メイド服みたいなアレだった。
その子に向かって、いつもの緩い様子で、何気ない笑顔を向けて注文を頼んでいるジェラルドさん。
私はそれを見て、きゅうううっと胸が苦しくなるのを感じてしまった。
……はあ。
私はアレか、年上好きだったのか。
初めて知ったよ。
そう言えば、騎士さんのこともちょっといいなぁって思ってたし、やれやれだよ。
ジェラルドさんが注文を終えてこっちを向き、ティーカップのお茶に口をつける。
このときには、私の肝は、もう据わっていた。
「いまの子、可愛かったですね。ロリコンのジェラルドさんは、私とあの子とどっちが可愛いって思います?」
「──っ! げほっ、ごほっ……!」
ジェラルドさんは、お茶をのどに詰まらせてむせた。
ふひひ、いい気味だ。
「あはははっ、やーいやーい。──でもあの制服、可愛かったなぁ。私が着たら似合うと思います?」
「……し、シアちゃん? ……け、結構強いんだな。ごめん俺、シアちゃんのことちょっと侮ってたわ……」
失礼な。
私だってちょっとぐらいは女子なんだから、ちょっとぐらいは女子らしいこと言うさ。
「ねえ、私が着たら似合うと思います? それとも私みたいな寸胴じゃダメですかね?」
「いや……似合うと思うよ」
努めて冷静を装っている様子のジェラルドさんだったけど、その頬がほんのり赤い……気がする。
いや私の気のせいかもしれないけど、気分の良かった私は、その気のせいかもな出来事をポジティブに受け取ることにした。
「えへへー。そうそう、そうやって素直に私を褒めればいいんですよ。あと九十七回です」
「それはやっぱり続いてるんだ……」
「でも寸胴ってところを否定してくれなかったので、減点一です。九十八回です」
「しかも増えるんだ……でもそれはわりと事実だから否定はできな痛いっ!」
私はテーブルの下で、ジェラルドさんの足を踏んづけた。
ばーかばーか!
***
私たちは朝食を終えると、宿をチェックアウトして、早速に水の都レフィアを出た。
今度は港ではなくて、陸路だ。
普通に街の門を出て、二人で街道を歩く。
「……ってわけで、昨日もチラッと話したけど、俺ちょっと寄りたいところがあるんだよね」
のどかな風景の中、隣を歩くジェラルドさんが、ぽつりとつぶやいてくる。
「寄りたいところ。いかがわしいお店とかじゃなきゃいいですよ?」
「……いや、俺が悪かったからそういじめないで。そうじゃなくて、昔の仲間のところ。しばらく会ってないから、いまどうしてるか知らないんだけど、うまくすれば今回の旅でも力になるだろうって思って」
「昔の仲間……? っていうと、前回の勇者と一緒に旅をしたっていう、もう一人?」
確か前回の勇者には、“大賢者”ジェラルドさんともう一人、旅の仲間がいたっていう話だったと思う。
「そう。名前はディストール。“剣聖”なんて二つ名もあるが、ありゃどっちかっていうと“剣獣”だな」
「獣? 獣耳付いてるとか?」
私は頭の上で、ウサギの耳みたいにぴょこぴょこっと両手を動かして見せる。
それを横目にするジェラルドさんは、少しあきれたご様子。
「シアちゃん意外とあざといよね……。いや、異種族ってことはない、人間だよ。ただ戦い方が荒っぽいし、普段の性格も荒っぽいし、とても“聖”って雰囲気じゃないね」
「ワイルドな魅力ってことですね。カッコイイ人だといいな♪」
「……やっぱり寄るのやめようかなぁ」
そう言うジェラルドさんを見て、あははと笑う。
ジェラルドさんとのこういうの、やっぱり楽しいな。
私はさらに、彼との会話を楽しむべく、話を続ける。
「でもそれ言ったら、ジェラルドさんもあんまり“大賢者”っていう感じじゃないですよね。使う魔法とか、思ってたより地味だし」
「おじさんちょっと傷つくなー……。ちなみに、シアちゃんが思ってたような、地味じゃない魔法ってどんなのよ」
「えっーと……例えばこう、地面にドカーンってクレーター作ったりとか、山をドカーンって吹き飛ばしたりとか?」
「つまりドカーンなのね……。……まあ一つだけ、そういう魔法がないでもないけど」
「え~? 本当かなぁ」
「疑ってる目だね」
「うん。だってそんな魔法があるなら、クラーケン相手に撃ってるでしょ?」
「……なるほどね、そりゃ確かに。まあ、おじさんにもいろいろあるのよ」
「ふーん」
そんな話をしながら、てくてくと街道を歩く私たちなのである。




