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私の間違い、彼の間違い

 宿屋の二人用の部屋は、決して広いものじゃなかった。


 そもそも、いつも私が泊まっている一人用の個室が、たいていは三畳一間ぐらいの窮屈な部屋に、ベッドが一つと脱いだ衣服を入れるための木の箱が一個置いてあるだけという具合。


 だから、それを二つ取るよりも安い値段で宿泊できる二人部屋というのが、どういう広さなのかは推して知るべしなのだ。


「──で、その勇者の剣ってのを手に入れる必要があるんだけど、その前に俺、ちょっと寄り道したいところがあって……って、聞いてる、シアちゃん?」


「──はっ、はひっ! 聞いてます! いえ、聞いてませんでした!」


 互いがベッドに座り、向かい合った状態でほとんど膝と膝が突っつき合わされるんじゃないかってぐらいの距離。

 その必殺の間合いでジェラルドさんの話を聞いていた私は、わりと気が気じゃなくて、話の内容が全然頭に入ってきていなかった。


 四畳半ぐらいの狭い、すごい狭い部屋。

 その左右の壁際にベッドが縦置きされていて、その片方にジェラルドさんが、もう片方に私が横向きに腰かけているわけだけど……。


 近い。とにかく距離が近い。

 この狭い部屋に大人の男の人と二人っきりっていうシチュエーションは、ドキドキを超えてドキドキパニックって感じだった。


 つまり、意識しちゃってるのは、完全に私のほうだった。


「あーっと……俺の説明、急ぎすぎた? もう一度最初から説明しようか?」


「あ、ううん、違っ、違います。ジェラルドさんの説明が悪いというか、私が悪いというか、私の頭が悪いというか、私の頭の中身が残念というか……その、お気になさらず」


「うーん……気にしないと言ってもね、これからの方針の話だから、理解してもらわないといけないってのはあるんだよね」


 ジェラルドさんはそう言いながら、手持ち無沙汰というように、ベッドわきに壁掛けされているランプの火に、消えない程度に息を吹きかける遊びをしている。


 ……えっと、その動作、意味ないんだよね?

 何かを暗喩してたりしないよね?


「……あっと、でも、私なんか理解しててもしてなくてもろくなこと言わないし、全部ジェラルドさんに決めてもらえばそれで大丈夫かなって」


 私はしどろもどろに、そんな返答をする。

 まあ実際、話を聞いていない原因の半分はパニックだけど、もう半分は、この話聞かなくってもいいんじゃないかなって思うからだ。


 ジェラルドさんは、この魔王封印だか退治だか知れない旅の、今後の計画を事細かに私に説明して、それでいいかどうかを私に聞いてきてくれる。


 でもはっきり言って、私は話の半分も理解してないし、理解する必要もないかなって思ってる。

 私の足りない頭で、ジェラルドさんが考えた計画よりもいい考えが浮かぶとはとても思えないし、だとするなら、私のやるべきことはイエスマンになって首を縦に振るだけだ。


 そう思うのだけど──私のその発言に、ジェラルドさんはすごく複雑そうな顔をする。


「……あのさ、シアちゃん。俺のことを信用してくれて、信頼してくれるのは嬉しいんだけどさ……全部俺が決めちゃうってのはさ、それは俺、まずいと思うのよ」


「まずい、ですか?」


「うん、まずい。だってさ、それってシアちゃんは、俺の言いなりってことだぜ? 自分で何も決めないってことは、自分の生きる道を他人にゆだねるってことだ。それで何か良くないことが起こったとき、それを自分以外の誰かのせいにするってことだ」


「…………」


 図星、なんだろうか。

 そのジェラルドさんの言葉に、私はちょっとムッとした。

 だからちょっと、言葉にトゲが出てしまった。


「……ジェラルドさんは、責任を取りたくないってことですか。勇者である私に、何かあったときの責任を取れって」


「違う。俺は俺の生き方には責任を持つよ。でもシアちゃんの生き方に責任を持つのは、シアちゃん自身じゃなきゃいけないってこと」


「…………」


 ジェラルドさんの言っていることは、分かるような分からないような話だった。

 私のあまり上等じゃないオツムでは、難しい。


「……私、ジェラルドさんみたいに頭良くないですから、よく分からないです。でもジェラルドさんが決めたことのほうが、私が決めることよりも絶対正しいに決まってます」


「世の中そんなに単純じゃないよ。正しいとか正しくないとか、そんな簡単に割り切れるようなことばかりじゃない。……って言っても、いまのシアちゃんには分かってもらえないか。参ったなこりゃ」


 ジェラルドさんは、困ったというように頭をバリバリとかく。

 それから少し考えるようにして──


「シアちゃんは俺のこと、頭が良くて何も間違えない人だとか思ってるのかもしれないけどさ──俺も、いろいろ間違えるよ。例えば」


 ジェラルドさんはそう言って、壁掛けランプの火を、今度こそふっと吹き消した。


「えっ……?」


 それで部屋は、ほぼ真っ暗になった。


 日の落ちた夜、木窓も入り口の扉も閉じられていて、入ってくる光と言えば、入り口の扉の隙間からわずかに挿し込んでくる外のランプの灯りぐらい。


 そして──困惑している私の両肩を、誰かがトンと押す。


 誰かも何もない。

 私の上半身は、ベッドの上に押し倒された。

 その上に、のしかかられる。


「俺、シアちゃんに初めて会ったときから、ずっとこんな『間違い』が頭をよぎってる。俺が決めたことがいつも正しいなら、シアちゃんはこれも正しいって思うの?」


 真っ暗な中、聞きなれた声が、すぐ目の前から聞こえてくる。

 私の頭は、真っ白になった。


「あ……」


 ──どくん、どくん。

 自分の心臓の音が、やけに大きく聞こえてくる。


「……はあ」


 ため息があった。

 私じゃなく、彼が発したもの。


 彼は私の上からどくと、何やらもごもごと呪文を唱える。

 すると、壁掛けランプにふっと火が灯り、部屋が明るくなった。


 私の目の前に立つジェラルドさんは、無精ひげの顔を真っ赤にして、そっぽを向いて頭をかいていた。


「……本当に間違った。卑怯だわな。……ちょっと宿の人に言って、もう一部屋借りてくる。また明日」


 そう言ってジェラルドさんは、自分の荷物を持ってそそくさと部屋を出て行った。

 そのあとには、ドキドキが収まらない私一人だけが残されていた。


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