新たな大地
“海の悪魔”と呼ばれる巨大イカ、クラーケンを倒して凱旋した私たちは、その日はゆっくり休むと、翌朝にまた船に乗せてもらって、大陸へと向かった。
潮風に吹かれ、船に揺られること、およそ三日。
日差しが穏やかになってきた昼過ぎ頃に、目的地である街が見えてきた。
「うわあ……!」
いつものセーラー服姿の私は、風になびくスカートを押さえて甲板に立つ。
私の視界の中、一面の大海原の先に見えるその街の姿は、なかなか魅力的な外観をしていた。
住居の屋根の色がマリンブルーで統一された、幻想的な街並み。
街のあちこちには、日の光をキラキラと反射させる水路が走っていて、それがどれもきっちりと整備されている。
港では多くの水夫らしき人たちが、活気あふれる様子で動き回っている。
「水の都市レフィア──その美観は大陸にある都市の中でも、五本の指に入るって言われてるね」
後ろから近付いてきた大賢者ことジェラルドさんが、私の頭にぽんと手を置きながら教えてくれる。
「へぇ、そうなんだ……って、なれなれしく頭に手とか置かないでもらえます? まだ残り九十九回、褒めてもらってません」
私は一瞬それを受け入れそうになったが、はたと気付いて慌てて彼の手をどけ、冷たい視線を作って横手の彼に向けてやる。
「え、まだそれ言ってるの?」
「放置しておいたらうやむやになるとでも思ってました? 私、根に持つタイプですから」
「はあ……」
ジェラルドさんは、困ったように頭をかく。
それから、わりと雑に、こんなことを言ってきた。
「えっと……そうやってツンツンしてるシアちゃんも可愛い?」
「んがっ」
私は思わずつんのめった。
それからジェラルドさんのほうへと体ごと振り向いて、自分より頭一個分長身のおじさんを見上げて抗議の声をあげる。
「ノ、ノーカウントです! その心ない『可愛い』攻めは、もう褒めとして認めません! だいたい、何でいつも疑問形なんですか!」
「いやあ、まあ……でも本心から言ってるのに、『心ない』ってのは心外だなぁ」
「はあっ……!? ──いや、だ、だとしても、もうダメです! それはもうノーカンです! ほかのじゃないと認めません!」
「難易度高いなぁ……」
ぶんぶんと腕を振り回して抗議する私に対して、頭をかきかきそっぽを向くジェラルドさんである。
まったくもう、この人は……!
まあ、ただ、いま私の顔をまじまじと見ないでくれるのは助かると言えば助かる。
だってもう、耳まで真っ赤になってるのが自分でもわかるから。
可愛いとか、言われ慣れてないから耐性ないんだよなぁ……ぐすん。
学校では暗いやつとか、コミュ障とか、性格ブスに違いないとか、そんな陰口ばっかり叩かれていた記憶しかないし……あ、やだ、悲しくなってきた。
「ジェラルドさん」
「何、シアちゃん」
「気分が変わりました。いまの一回にカウントしてあげてもいいです。あと九十八回です。もっとどんどん褒めてください。苦しゅうないです」
「はあ……栄誉に賜り光栄です、お姫様」
とまあ、ジェラルドさんとそんなやり取りをしているうちに、船はやがて、目的の港へと到着した。
「──ほっ」
船乗りたちが岸に船を寄せている横で、私は甲板からぴょんとジャンプして、向こう岸へと降り立つ。
立ち幅跳びで前方宙返り織り交ぜ軽く二メートル以上も跳んで見せたせいか、船乗りたちが唖然とした様子で私のほうを見ていた。
私は岸から船のほうへ、くるりと振り向いて、いまだ船の上の人であるジェラルドさんに手招きする。
「ジェラルドさんも、早く早く!」
「……いや、シアちゃん、俺シアちゃんと違って勇者じゃないから。普通の人間だから。その辺のこと分かってる?」
「大賢者だったら、そのぐらい楽勝でしょ?」
「いやそりゃ、魔法使えばね……。こんなところで魔法使ってどうすんのよ」
「えー、つまんなーい! ノリ悪いよジェラルドさん」
「浮かれてるなぁ……」
結局ジェラルドさんは、船が港の岸にしっかりと固定されて、橋渡し用の木板がかけられてから、ゆっくりと船を降りた。
その間、私は待ちぼうけだった。
ちぇっ。
それから私は、ジェラルドさんの案内で、ひとまずその日の宿を取った。
宿屋の受付カウンターでいつも通り、それぞれに個室を取るジェラルドさんだったけど、私はそこで一つ、いたずら心を発揮させる。
「えーっ、一人部屋寂しいなー。私、ジェラルドさんと一緒の部屋がいいなー」
「……いや、これまでもずっと別々の部屋取ってたじゃない。だいたいまずいでしょ、曲がりなりにも異性だよ俺たち」
「まずいって、何がですか? あっ、まさかジェラルドさんってばロリコン? こんなに歳の差あるのに、意識しちゃってる?」
むふふっと、からかうようにして言ってやる。
ジェラルドさんが私をからかうんだから、こっちだってジェラルドさんのことをからかってやらないと、公平じゃないってもんだよね?
そんな風に考えて、ジェラルドさんを困らせてやろうと思って言っただけの私だったのだが──
ジェラルドさんは、そんな私をちらと一瞥してから、こんなことを言った。
「あっそう。シアちゃんが気にしないなら二人部屋にしようか。そのほうが宿代安く済むし」
「……へ?」
ジェラルドさんはさらさらと、自分と私の名前を、二人部屋に記帳してしまった。
それから私たちは、宿の人に案内されて、一緒の部屋に連れていかれる。
……えっと、あれ……?
これって……あれ、うそ、ホント?




