ジェラルドさんはひどい人
晴天の下、打ち寄せる波をかき分け、大海原を進む船。
その船の甲板上に、私は立っていた。
その私の足元には、大量の武器、武器、武器。
ほとんどは投擲用の槍だけど、中には巨大な剣とかもある。
ただそれらは予備用の武器というか、状況に応じて使うためのもので、いま私が手にしているのは、一つの大弓だった。
背中には、ニ十本ほどの矢が収納された矢筒を背負っている。
いつものセーラー服姿で背負っているものだから、きっと傍から見たら違和感バリバリだと思う。
ちなみにこの弓は、ゴブリンを相手に使ったような小さなものとはまるで違う。
立てると私の背丈ほどもある大きな弓で、なおかつ特殊な作り方をしてあるものらしい。
私はこれを、港町にあった武器屋で手に入れた。
その武器屋の店主のお兄さんの談によると、この弓はお兄さんの最高傑作だという。
曰く、この弓は遊牧民族が使っている弓の製法を応用した、複合素材の弓とのこと。
複合弓っていうらしいけど。
ただ、遊牧民族の使う複合弓は、普通もっと小型だっていうことで。
小型でも強い反発力を生むから、馬上での使用にも適しているらしい。
で、その製法で大弓を作ってみたのが、この今私が手にしている弓なんだということだけど……。
「いやあ、間違いなく最強の弓なんだが、最強すぎて誰も使えないって代物でさ。この間、身長二メートルぐらいある筋肉ムキムキの巨漢が店に来たんだけど、そいつでも半分も引けずに諦めてったよ。あっはっはっは!」
と言って笑う武器屋のお兄さんは、少し寂しそうだった。
私が試しにその弓を引いてみると、私にはちょうどいい反発力で、少し余裕を持ったぐらいで、弦をいっぱいまで引き絞ることができた。
それを見た武器屋のお兄さんは、目玉が飛び出そうな勢いで驚いていた。
……とまあ、そんな逸話もありきで持っているこの武器。
私は潮風吹きすさぶ船上で、その手にした弓の弦を、くんくんと引いてみる。
──うん、やっぱり具合がいい。
すごくしっくりくる反発力の具合に、私は何となく満足感を覚える。
「その弓、随分気に入ったみたいだな」
ふと後ろから、ジェラルドさんが話しかけてきた。
ジェラルドさんは少し前ぐらいからずっと、定期的に精神集中したりぶつぶつ呪文を唱えたりしている。
ちなみに彼、出航前には一時間ぐらいかけて、船に防御の魔法をかけていた。
曰く、これでクラーケンの攻撃にも、多少なら耐えられるだろうとのこと。
「まあ……。やっぱり、自分に合う武器を手に入れてご満悦な女の子って、変だと思います?」
「や、どうだろうな。嬉しそうな様子は見ててほほえましいから、俺は好きだけど」
「……そ、そうですか」
そう言われて、顔が熱くなるのを感じる。
うーん……私ってやっぱり、趣味がちょっとおかしいのかもな……。
「それはそうと、シアちゃん。そろそろ出番みたいだよ。気持ちの準備しといて」
私が心の中で一人くねくねしていると、ジェラルドさんが不意にそう言ってきた。
「えっ、出番って……」
「感知の魔法に大物が引っかかった。クジラとかシーサーペントでもなければ、今回のターゲットだよ」
「っていうことは……」
「そ、クラーケン」
「えっ、どこ!? どこですか?」
「あっち」
そう言われて、ジェラルドさんが指さす方向を見ると──そこにはまったく静かな海が、普通に広がっていた。
……あ、いや、待てよ。
あの海の中の、黒い影みたいなのは──
まだ距離は遠い。
でも何か黒い影が、こっちに向かって近付いてきているみたいだった。
「シアちゃん、援護魔法かけるから、力抜いて」
「あ、はい」
ジェラルドさんに言われて、体の力を抜いて、魔法を受け入れるようにする。
ジェラルドさんが立て続けに呪文を唱え、二つの魔法が私にかけられたのが分かった。
すると体の内側から、力が溢れ出してくるのを感じる。
「筋力増強の魔法と、水中呼吸の魔法をかけた。──で、最後の仕上げ」
そう言ってジェラルドさんは、何やら足元に置いてあった壺を持って、その栓を抜いた。
そしてその壺を、私の頭上に持ってきて、ひっくり返した。
──ん?
「あ、あの……ジェラルドさん?」
「いいからいいから。じっとしてて」
「はあ……」
そう言われたので、言われたとおりにじっとしていると──
──ねとっ。
「ふひゃっ!?」
何かねっとりとろーりとしたものが、私の頭上から落ちてきた。
それが私の肩に、胸に、とろとろと落ちてくる。
つ、冷たい……!
何これっ、何なのこれ……!?
「ちょっ、ちょっ、えっ、何ですか、これ何ですかジェラルドさんっ!? なんかすごい甘ったるい匂いなんですけどっ!?」
「何って、アレだよ──蜂蜜」
「あ、そっか、これってハチミツの匂い──って、はいいいいいっ!?」
そうこうしているうちにも、壺の中に納まっていたのであろう蜂蜜は、全部私の体にぶちまけられてしまった。
とろっとろの甘ったるいハチミツでコーティングされた私が出来上がる。
「なっ、なななっ、何でっ……!?」
「いやぁ、何ていうのか……囮ってやつ? クラーケンってさ、触手に味覚と嗅覚の受容器官があって、味とか匂いに対して敏感なんだわ。こうしておけば、シアちゃんが主に狙われるからさ」
「聞いてませんよっ! 聞いてないですよ私!?」
「あ、そうだっけ? 悪い悪い。説明するの忘れてたわ」
そうすっとぼけるように言う、無精ひげの大賢者さんである。
嘘だ……絶対ウソだ……。
この人、絶対わざとだ……。
「ほらほら、やっこさん来るよ。戦闘態勢作ってー」
「うわああああんっ! ジェラルドさんのばかあああああっ!」
ハチミツでどろどろの私は、泣きながら戦闘態勢を整えるのだった。
うぅっ……絶対あとで許さない。
もう決めたこの人許さない。
泣いてもう勘弁してくださいって言うまで、私を慰めさせてやる。




