騙された私と、旅の仲間
小さな山小屋の中。
囲炉裏の火にかけられた小さなお鍋の中では、張られたお水がぷくぷくと泡を出している。
囲炉裏をはさんだ私の対面には、四十がらみの無精ひげのおじさんがいる。
この人が大賢者ジェラルドと呼ばれる人であることに、いくらかの違和感はあったけど、状況から考えるに、本人と見ておそらく間違いはないと思う。
「薪の炎のほうが好きでね。魔法だけの炎ってのは、どうも無機質に思えて好きじゃないんだ」
おじさん──ジェラルドさんは、火に細い枯れ枝をくべながら、そんなことを言う。
私はそれに、いつもの愛想笑いで返す。
すごい人の考えることは、よく分からない。
「シアちゃん、だっけ? よく来たね。まあ何もないところだけど、良ければゆっくりしていってよ。……人の中で生活するのが煩わしくなって山で暮らし始めたけど、そうするとなかなかどうして、人恋しくなるものでね」
「あ……はい。私も、人と一緒にいるのが煩わしいっていうのは、なんか分かります」
私でも食いつけるところを見つけたので、食いついてみる。
ぼっち気質に関してなら、私も結構自信があるぞ。えへん。
えへん……。
「ははは。シアちゃんも、周りの人間たちが愚かに見える口? そういう風にも見えないけど」
「えっ、いや、そんなことは、ないですけど……」
「そっか。いや失礼。……で、シアちゃんが今回の勇者なんだっけ。俺に何か要件があって、はるばるこんなところまで来た──そうだったね」
ジェラルドさんは、お鍋で湧いたお湯で何やら謎のお茶を淹れ、それを陶器のコップに注いで渡してくれる。
「どうも」と小さく言って受け取った。
においを嗅ぐと、何とも言えない変な香り。
思い切って口をつけると、かなり苦かったけど、嫌いな味じゃなかった。
私はそのお茶を、一口ずずっとすする。
ほどよく熱いものが、のどを通って、胃に落ちていくのを感じる。
「……はい。魔王を封印するか、退治するかしないといけないって。でも、その封印がどうとか、魔王がどこにいるのかとか、何も分からなくて……。昔の勇者の仲間だったジェラルドさんなら知っているんじゃないかって、王様が」
「なるほどね、それで俺のところに来たと。──ところでシアちゃん、おじさんから一つ忠告がある」
「へっ……? あ、はい、何でしょう」
なんか粗相しちゃったかな、などと思っていると──ジェラルドさんは私に向かって、悪人顔でニヤッと笑った。
「よく知らない人から出されたものを、みだりに口に入れないほうがいい。──何が入っているか、分かったものじゃないからな」
「あ、はい……はい? ……えっ?」
私は手にしたお茶を、まじまじと見る。
それから、目の前で薄ら笑いを浮かべているおじさんを見つめる。
「何か……入れたんですか!? これに」
「少し警戒心が足りなかったみたいだな、勇者様」
「……っ!」
私は立ち上がり、お茶の入ったコップを投げ捨てる。
コップが土間に転がり、中の液体が床にこぼれる。
すると目の前に座ったおじさんは、笑って言う。
「──冗談だよ」
「……は?」
慌てていた私は、彼のその言葉に、目が点になった。
彼はさらに、からからと笑いながら、こんなことを言ってきた。
「いや、前の勇者は飲んでくれなかったもんだからさ、俺の出したお茶。『こんなよく知らない人が淹れたもの、飲めるわけないじゃないですか』って。シアちゃんは飲んでくれたもんだから、嬉しくなって、つい」
「なっ、あ……」
私はへなへなと崩れ落ちる。
びっくりして、安堵して、それからふつふつと怒りが湧いてくる。
「もうーっ! 何なんですか!? やめてくださいよそういうの!」
「ははは、ごめんごめん。シアちゃんを見てると、どうも先代勇者のことを思い出してね」
「…………」
感情的になっていた私だったけど、ジェラルドさんのその言葉を聞いて、私は思うところあって口を閉ざした。
先代勇者、そして最初に遭ったときの彼の言葉。
でも、口に出して聞くのも、どうにも憚られる。
ただの同名かもしれないし、普通に確率的に考えたらそのほうが自然だし、だとしたら、だからどうしたって話だし。
「──それはさておき、いい加減本題に入ろうか。魔王が復活しかかっていることに関してだったね」
「あ、はい」
ともあれ、今はそう、私がやるべきことの話だ。
いずれにせよ、それは余談になるし、今聞いてどうこうっていうものでもないだろう。
そう思って私は、ジェラルドさんの話に耳を傾けることにする。
魔王に関する情報を、しっかりと聞かないといけない。
「魔王が復活しかかっていて、闇の力が世界に増してきていることは、俺も察知してる。そして魔王の再封印の方法に関してなら、俺は確かに知っている」
「あ、ホントですか?」
良かった。
これで何も知らないなんて言われたら、骨折り損のくたびれ儲けだ。
「ああ、知ってるには知ってる。けど……結構大変だぞ」
「結構大変ですか」
「ああ。わりと世界中をあちこち旅して回らないといけない」
「マジですか」
「マジだ。先代勇者のときも、三人で長い間旅をした」
「はー……」
長い旅かぁ……。
この三日間と半日だけでも心折れそうになってるのに、大丈夫かな私。
っていうか、そうだ。
これも聞いておかないと。
「それで、その……やっぱり勇者一人で魔王に立ち向かうのは無謀なので、力ある仲間が必要だって言われたんですけど……あの、ジェラルドさんに、一緒に来てもらえないかなー、なんて……」
もじもじしながら聞いてみる。
ちょっと癖のある人だけど、悪い人じゃなさそうだし、旅の仲間として一緒に来てもらえると助かるかも。
するとジェラルドさんは、驚いた顔をして言う。
「そりゃあ、もちろんだよ。異世界から召喚されたシアちゃんが頑張ってここまで来てくれたのに、俺がここでお断りして、一人ぬくぬくってわけにはいかないだろ。まあ、どれだけ力になれるか分からないけど、俺で良ければ一緒に行かせてもらうよ」
そう言ってジェラルドさんは、奥の別の部屋から、ねじくれた木の杖を持ってくる。
そして私に向かって言った。
「それに、シアちゃんみたいな若くて可愛い女の子と一緒に旅ができるなんて、おじさんとしては役得ってものだ。堪能させてもらうとしよう」
「……お世辞言っても何も出ませんよ。あと、言い方が変態おじさんっぽいです。ちょっと気持ち悪いです」
私のそれが照れ隠しであったことは、私自身としても認めざるを得ないところだった。
でも、私のその言葉に、ジェラルドさんはちょっと傷ついた顔をしていた。
いい気味だ。
私をからかった罰だもんね。