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人類滅亡とか言われても実感湧かないし

 騎士さんは、二階の廊下の一番奥にある、重厚な木製の扉の前で立ち止まった。

 そして扉をノックしてから、その扉に向かって口上を述べた。


「国王。騎士ウィクリフ、勇者殿を連れてまいりました」


 すると扉の向こうから「おお、帰ったかウィクリフ。中へ通してくれ」という少し皺枯れた声が聞こえてくる。

 騎士さんはそれを聞き、扉を開くと、自分は一歩身を引いた。


「さあ勇者殿、どうぞ中へ」


 ──ごくり。

 私は一つ息をのみ、それからおずおずと、扉をくぐった。


「……あれ?」


 その部屋に入った私がまず驚いたのは、そこがごく普通の執務室といった感じの部屋だったことだ。


 王様に会うって聞いていたから、てっきりこう、すごーく広くて、赤い絨毯が向こうまでだーっと敷いてあって、そこに沢山の大臣とか騎士とかが並んでいて……みたいな光景を想像していたのだけど、全然そんなことはなく。


 そこにいたのは、そこそこ立派そうなソファに腰かけた、好々爺っていう感じのお爺ちゃん一人だけだった。

 そのお爺ちゃんは、白髪と白鬚で、普通の上質そうな衣服の上から、西洋の貴族が着ていそうなきらびやかな緑色のガウンを身につけていた。


 なお、部屋には質感のある調度品がいくつか飾られていて、開かれた窓からは、赤い夕焼けの光が注いでいるという様子。


「おお、お主が此度の勇者殿か。ご足労、痛み入りますぞ。ささ、どうぞそちらへ」


 お爺ちゃんはそう言って、自分が座っているソファの対面にあるもう一つのソファへと、私に着席を促してくる。

 私はそれでもドキドキしながら、促された通りに、ソファーへと腰かけた。


 私のあとから部屋に入ってきた騎士さんは、部屋の扉を閉め、部屋をぐるっと歩いて行って、お爺ちゃんの座っている斜め後ろに立った。


 ……あー、ですよね。

 騎士さん、私の側についてくれたりしないよね、そりゃあ。

 別に敵味方ってわけでもないけど、なんだかこう、一気に心細さを感じる私だったりする。


「では改めて。よくぞ来てくださった、勇者殿。わしがこの国の王、グラムス三世です。小国ながら、一国を預かる身として、勇者殿を歓迎いたします」


「あ、はい……えっと私、勇者、なのかな……? 結城、詩亜って言います……高校一年、じゃなかった、えっと、今年で十六歳で……はぅっ、いや、それ、その話いらないですよね……」


 私の返事は、しどろもどろをまさに体現したような感じで、超ダメだった。

 かあああっと、顔が熱くなるのを感じる。


「はははは、可愛らしい勇者殿じゃな。どうか緊張せず、話を聞いてくだされ」


「は、はい……」


 これが漫画だったら、しゅううううっと頭から湯気を噴いているだろう。

 消えてなくなりたい……。

 だから私みたいなコミュ障に、勇者なんて無理なんだよ~!

 だいたいお爺ちゃんも、笑わなくたっていいじゃない……うぅっ……。


「さて、挨拶はこれぐらいにして……早速じゃが、本題に入ってもよろしいかな」


「あっ……はい。大丈夫です」


 お爺ちゃん──王様が神妙な声色になったので、私も居住まいを正す。

 そうだ。

 私はここに呼ばれたってことは、何か話があってのことなのだ。

 私は王様の言葉に、耳を傾ける。


「勇者殿は、『魔王』の復活については、聞き及んでおりますかな?」


 王様は私に、そう聞いてきた。


 ──魔王。


 さっきの騎士さんの話の中に、それが出てきたことは覚えている。

 確か、闇の勢力の親玉で、前回の勇者が二十年ぐらい前に、その魔王を封印したんだとか何とか。


 闇の勢力っていうのは、確か最初にゴブリンと遭ったときに、リリムがゴブリンを「闇の種族」とか言っていた気がするから、それと一緒なんじゃないかと思う。

 だからゴブリンとか、あとこの間戦ったオークっていうのも、きっとその闇の何とやらだろう。


 ただ、その魔王の「復活」とか何とかは、今まったくの初耳だと思う。


「いえ、今初めて聞きました。えっと……『復活』っていうことは、前の勇者が『封印』したのが解けてしまったとか、そういうことですか?」


 私は何となく、言葉の語感からあたりをつけて、そう聞いてみる。


「ええ、おそらくそうであろうというのが、我が国の賢者たちの大方の見解でしてな。……ただし、まだ封印が完全に解け切ったわけではない、ということらしいのじゃが……」


「はあ……えっと、それで……?」


 うん、なんか、すごく漠然とした話としては、分かった気がした。

 分かった気がしたけど、私にとって大事なのは、それで私にどうしろとっていうこと。


 まあ、だいたい予想はつくんだけど……。


「ええ。それで勇者殿には、魔王の完全な復活を阻止、あるいはそれが無理なら退治もしくは再封印をお願いしたいのです。魔王の強大な力に太刀打ちするにおいて、勇者殿の力を欠かすことができぬということは、過去の歴史が証明しております」


 そして、だいたい予想通りのことを言われた。

 うーん……。


 でも、どうなんだろう。

 これって仮に、私が断ったら、どうなるのかな……。


 そもそも、根本の問題として「魔王って何なの?」っていうのがある。

 私の頭の中には、イメージとしてすごいイケメンの角とか翼とか生やした自信家っぽい顔色の悪い人が、何となく浮かんでるけど。


「あの……もし、もしですよ? その『魔王』が復活して、そのまま退治も封印もしないで放っておいたら……その、どうなります……?」


「おそらくは、我々人間をはじめとした光の種族が、みな滅ぼされることとなりましょう。およそ二十年前の人魔大戦では、最強の軍事大国と謳われたオーレルム帝国が、魔王の軍勢によって一月ももたずに攻め滅ぼされたのです……。今も元帝国領の人々は、魔物たちの支配下で虐げられながら暮らしていると聞きます」


 王様の話は、衝撃的というには、どうにも雲をつかむような話だった。


 ううぅっ……。

 いきなり話の規模が大きすぎるんだよぉ……。


 魔王に攻め滅ぼされて、人類滅亡?

 全然実感が湧かないんだけど……。


 えっと、それって、つまり……?


 ──このとき、私の視界にチラッと、王様の斜め後ろに立った騎士さんの姿が写り込んだ。


 紳士で優しい騎士さん。

 奥さんと子どもがいて、この王都で一緒に暮らしているって言っていた。


 人類が滅びるっていうのは、つまり……その騎士さん一家みたいな人たちが、みんな殺されちゃうって言うこと?


 あるいは、そう、例えば──ゴブリンから助けたあの村の子どもたちや、村の人たち。

 友達の女の子を助けられなかったからって、剣の訓練をして強くなろうとしていたあの男の子たちの決意も努力も、全部踏みにじられて、みんな無惨に殺されちゃうってこと?


 ……ない。


 それはない。

 それは絶対、許せない。


「──分かりました。やります」


 我ながら単純だけど、腹は据わった。

 やってやる。

 どっち道、勇者としての役割を果たさないと、元の世界には帰れないんだ。


「おおっ、ありがとうございます、勇者殿」


 私が決意を示すと、王様は私に向かって皺だらけの手を差し出してきた。

 私が手を出して握手を受けると、王様はさらにもう一方の手で私の手を包む。

 すごく感謝されてる感が伝わってくる。

 て、照れくさい……。


「あ、いえ……。んんっ、でも……その封印がどうとか、魔王がどこにいるのかとか、私何も分からないんですけど……その辺どうしたらいいか、分かります?」


「それなのですが……私たちにも、そのあたりの詳しいことは分からぬのです。ただ、この国の端、北の山に住む大賢者ジェラルドならば、そのあたりのことも知っているのではないかと思います」


「大賢者、ジェラルド……?」


 なんかすごそうな名前が出てきた。

 大賢者。

 ものすごい魔法とかバンバン使いそうな気がする。


「はい。呼び出しに応じぬ偏屈者ゆえ、彼の者の知恵や力を借りるには、こちらから出向くよりないのですが……。またいずれにせよ、勇者殿と言えども、一人で魔王に立ち向かうのは困難でありましょう。真に力を持った仲間が必要です。大賢者ジェラルドであれば、勇者殿の力となってくれるやもしれません」


 王様の話は、とんとんとーんと話が進む。


 えっと、何、仲間……?

 その大賢者さんを、仲間にしろと?


 私が弱い頭で情報を一所懸命に整理していると、王様はさらに続けて、アレな情報を追加してくれた。


「何しろ──大賢者ジェラルドは、前回の勇者とともに魔王を封印したと言われる、勇者の仲間の一人なのですからな」


「……はい?」


 私の脳容量はあっという間にパンクして、私は首を傾げるばかりのお人形になってしまったのであった。


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