お城と今度の勇者
街を出て、昨日と同じように馬で旅をすること、およそ半日。
この日は昨日みたいにモンスターに出会うこともなく順調に馬上の旅をして、夕方には王都にたどり着くことができた。
「ほへー……」
王都の街の門をくぐり、夕焼けに照らされた街の姿を眺めながら、馬で街中を進む。
王都というだけあって、昨日の街と比べていろいろと規模が大きいのだけど、中でも何より特徴的なのは、中央通りを進みながら正面右手方向を仰ぐと見えるお城の姿だ。
騎士さんが操る馬は、そのお城へと続く道のりを、とことこと歩いてゆく。
お城までの道は、緩やかな上り坂になっている。
街の中に小高い丘があって、その一番高いところにお城が建っている感じ。
上り坂を進んで行くと、やがて行く手の先に、背の高い城壁が見えてきた。
この王都全体を取り囲む壁も立派だったけど、この城壁も同じぐらいに立派だ。
その城壁の高さは、具体的には私の身長の三倍ぐらいか、ひょっとするとそれ以上の高さがある。
勇者補正でジャンプ力が上がっている私も、ちょっとあれは届く気がしない。
しかもさらに進むと、その城壁の前に大きな川が流れていて、こっち側とお城とを隔てているのが見えてきた。
そして城門と、こっちの岸との間は、一本の跳ね橋で繋がっている。
跳ね橋っていうのはつまり、必要な時にはその橋を引き上げて、通れなくすることができる仕組みになっているっていうこと。
でも今は、ちゃんと通れるようになっていて、私の乗った馬は、その木造の橋の上を平然と歩いてゆく。
橋はギシギシと小さく揺れている。
馬車が一台通れるぐらいには幅広の橋だけど、下にある川を見ると、やっぱりちょっと怖い。
跳ね橋を渡ると、すぐ目の前にあるのが城門だ。
鎖かたびらを身につけた、若い兵士の人が一人、門番として立っていた。
「ウィクリフ殿、お勤め、ご苦労様です。──そちらが勇者殿でありますか」
「ああ、そうだ。可愛らしい勇者殿だからとて、みだりに口説こうとするなよカーリル」
「いやあ、それはどうですかね。保証はできかねます。──勇者殿、僕はカーリルと申します。どうですか、今夜一緒にお食事でも」
「は、はあ……えっと……」
門番の人は、馬の横に立って、私に挨拶してくる。
ただこれ、挨拶っていうのか、どうなのか……。
私があわあわしていると、騎士さんが兵士の人の頭に、ごんとゲンコツを落とした。
そして頭を抱える兵士の人を尻目に、馬を進めて城門をくぐり、お城の中に入ってゆく。
え、いいのかなと思って後ろを見ていると、兵士の人が涙目のまま笑顔を作り、手を振ってきた。
私はそれに、愛想笑いを浮かべて手を振り返し、また元の姿勢に戻る。
「……お、お城にも、いろんな人がいるんですね」
「あれはまあ、我らが城の恥ですが。あれを門番に立てるべきではないと具申してはおるのですが、なかなかそうもいきませんでな」
「あはははは……」
そんな会話をしながら、城壁の中の庭みたいな場所を、馬で進んでゆく。
ちなみに城壁の中は、意外とこの庭みたいなスペースが広い。
広いお庭に、ぽつんぽつんといくつかの建物が建っている感じ。
お城の本体とでも言うべき建物は、意外と小さかった。
ちょっとした豪邸とか、館っていうぐらいの建物が、庭の奥のほうにででんと建っている。
騎士さんは、まず庭を横切って、城壁内の隅っこのほうにある厩に向かう。
そこで騎士さんと私は馬を降りて、馬の世話をしている人に馬を渡してから、お城の本館っぽい建物に向かう。
騎士さんに連れられ庭を歩き、本館にたどり着く。
騎士さんが扉を開くと、そこには広いホールがあって、そこで掃除をしていたメイドさんらしき人が駆け寄ってきて、出迎えてくれた。
「あんたが今度の勇者様かい。よく来たね。……けど、よく似てるねぇ。勇者様ってのは、みんなこんな顔をしているものなのかね?」
メイドさんは恰幅の良い、肝っ玉母さんという感じの人だった。
「ほう、そう言えばマリィさんは、以前の勇者殿にも会ったことがあるのでしたかな」
「まあ、あのときはちらっと見ただけだけどね。──王様なら、今は多分二階の私室だよ」
「うむ。ではこちらへ、勇者殿」
「あ、はい……」
私は騎士さんに連れられて、ホールわきの二階への階段へと向かう。
けど、今の会話の中で気になる部分があったので、階段をのぼりながら質問する。
「……あの、騎士さん。今、『今度の勇者』とか『以前の勇者』とか言ってましたけど、私の前にも勇者って、やっぱりいたんですか?」
「ああ、左様ですな。あれはもう、二十年ほど前になりますか。当時の勇者殿が仲間を引き連れ世界を旅し、闇の勢力の長たる『魔王』を封印したと聞き及んでおります。私は直接会ったことはないのですが、当時の勇者殿が一度だけ、この城を訪れたことがあったのだとか」
「はー……そうなんですか……」
率直に言って、驚いた。
勇者って、私の前にもいたんだ……。
でもその人、今はどこで何をしてるんだろう。
この世界のどこかにまだいるのか、それとも、元いた世界に帰ったのか。
会って話をしてみたいなって気もするけど、どうかな……逆に、会ったら会ったで気後れしてしまいそうな気もするし。
そもそも二十年前にいたっていうんじゃ、普通に考えたら会えない気がする。
……まあ、いずれにせよ、今考えることじゃないか。
これから私が会うのは、その二十年前の勇者じゃなくて、この国の王様だ。
私はドキドキしながら、騎士さんのあとについて、二階の廊下を歩いてゆく。