新たな旅立ち
麗らかな日差しが降り注ぐ昼下がり。
緑鮮やかな木々の間の小道を、かっぽかっぽと足音を鳴らして馬が歩く。
その足取りは、人間二人を乗せているというのに、別段重たそうな様子も見せない。
しかも、私の前で馬の手綱をとる騎士さんは、重そうな銀ぴかの鎧で全身を包んでいるのにだ。
この馬は力持ちだな。
勇者補正のある今の私とどっちのほうがより力持ちだろう、なんてどうでもいいことを考えてみたり。
そんな私は今、村に迎えに来た騎士さんに連れられて、王様がいるという王都へと向かっているところだ。
新緑のにおい香る森の小道を、騎士さんが乗ってきた馬の後ろに二人乗りで乗せてもらって、かぽかぽと歩いている。
けど、元の世界では馬に乗ったことなんてなかったのだけど、こうして実際に乗ってみると、目線がすごく高くなってびっくりする。
いい歳してお父さんに肩車とかしてもらったら、このぐらいの高さになるんだろうか、なんていうぐらいの高さだ。
ちょっと低いところにある木の枝とか、ちょいちょいぶつかりそうになるし。
あと、馬の背中にずっと座っていると、お尻が痛くなるということが分かった。
馬の筋肉硬いし、馬の歩調に合わせて揺れるし。
ちなみに、乗馬の初心者は馬に乗るところから大変だって聞くけど、そこはどうということはなかった。
むしろひょいっと身軽に乗って、騎士さんにさすが勇者殿すごいと、お褒めの言葉をもらったぐらいだ。
「勇者殿、馬には初めて乗ると言っておられましたが、大丈夫ですかな?」
前で手綱を操る騎士さんが、顔だけを後ろに向けて聞いてくる。
「あ、はい。ちょっとお尻が痛いですけど、まあ、なんとか」
「はははは。そればかりは、慣れるしかありませんな。本当に厳しければ休憩にいたしますので、言っていただければ」
この騎士さんは、気さくないい人だ。
フルフェイスの兜を脱ぐと、四十歳ぐらいの褐色の髪と髭のおじさんで、とりわけナイスミドルっていうわけでもないけど、優しそうな感じ。
王都で奥さんや子どもと一緒に暮らしているらしい。
まあ子どもと言っても、三人いるうちの一番下が私と同い年ぐらいで、その一番下がぐうたら者で困っている、勇者殿の爪の垢を煎じて飲ませたい、などと言っていた。
ちなみにそれに対して私は、愛想笑いをするしかなかった。
私は一人っ子だけど、うちのお母さんなんか、私の家でのぐうたらぶりを見て同じことを言いそうだ。
「はい、ありがとうございます。多分大丈夫だと思いますけど……えっと、王都までって、どのぐらいかかるんですか?」
「一日半ほどですな。今日の夕刻過ぎ頃には、隣街に到着する予定でおりますから、ひとまずそこまでのご辛抱です」
「はい、ありがとうございます」
そんな会話をしながら、木々の間の小道を馬で進んでゆく。
でも、そんなとき──
「むっ……!」
騎士さんが、手綱を引いて馬を止めた。
「どうしたんですか?」
「……まずいですな、勇者殿。好ましからぬ客人のようです」
「……?」
騎士さんが馬から降りて、腰の鞘からしゃりっと音を立てて剣を抜いた。
私も馬上から飛び降りて、森の小道の先を見る。
──少し先、左手の木々の合い間から、小道へとのしのしと歩み出てくる姿があった。
それも、三つ。
それぞれが、お相撲さんのような巨体だった。
灰色がかった緑色の肌で、でっぷりと太っていて、背丈は人間の成人男性の普通と比べてやや大きいぐらい。
衣服らしきものは、腰布一枚だけを巻いているあたりは、ゴブリンと似ている。
でもゴブリンと違って、その剛腕を誇示するかのように、武器は持っていない。
大きな体の上にずんと乗った鼻のつぶれた顔は、どこか豚に似ている。
その口の両端からは牙を生やしていて、耳は短く尖っている。
……ある意味で、ゴブリンと同じ印象を受けた。
大きい意味で人型だけど、でも人間とは全然違うって感じる、醜悪な怪物。
「オークっ、しかも三体も……! このあたりにはオークとの遭遇報告などなかったというのに……やはり世界に、魔の力が増大しているということなのか……!」
騎士さんの声には、先ほどまでの穏やかな様子ではない、焦りの色があった。
私はそれで、緊張感を高めた。