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そして念願の

 洞窟を抜けると、あたりはすっかり夜になっていた。


 でもそれは、不気味さを感じさせる闇の時間ではなく、星空の綺麗な清々しい青の時間だった。


 いや、そんなのはもちろん、ただの気分の問題なんだろうけど。

 でもその、気分っていうのが大事だと思う。


 洞窟から出ると、あの不快なにおいもなくなった。

 私は肺の中の空気を全部入れ替えてやろうと、洞窟の入り口から少し離れた場所に行って、新鮮な森の空気でいっぱいに深呼吸をする。


 そうすると、三人の子どもたちも寄ってきて、私の真似をした。

 やっぱりみんな、嫌だったらしい。

 だよねー。


「……そういえば、シアお姉ちゃん。さっきお腹さされたりしてなかった? だいじょうぶ?」


 ふと、三人のうちの男の子が、私にそんなことを聞いてきた。


「ああ。うん、それはもう、魔法で治したから大丈夫。ほら」


 私はぺろっとセーラー服の裾をめくって、傷口が癒えていることを見せる。

 治癒魔法によって傷は完全にふさがり、まっさらになったお腹がそこにはあった。


 ちなみに、やっぱり服自体は、固まりかけの赤黒い血で染まってしまっているけど、こればっかりはどうしようもない。

 どこかで洗い落とさないことには、しょうがないよねって思う。


 と、そんなことを考えていると。

 私にお腹を見た男の子が、ふっと恥ずかしそうに眼を泳がせた。

 ありゃ……?


 すると、さっき助けた女の子が、横にやってきて、ぐいっと私が持ち上げている服の裾を奪って降ろした。

 そして彼女は、こんなことを言う。


「お姉ちゃん! 女の子はもっと、はじらいをもたなきゃダメなんだよ!」


「……はい」


 小さな子に叱られてしまった。

 いや、まあ、私が女子力とかに縁遠いというかそれ以前なのは知ってたけど、さすがに子どもに諭されると凹む……。


 ──とまあ、そんな一幕もあったりもしたけど、それはさておき。


 私は荷物を持って、三人の子どもたちと一緒に、洞窟の前をあとにする。

 そして、たいまつの明かりだけを頼りに、森の木々の間を分け入ってゆく。




 一度たいまつの炎が尽きそうになり、二本目のたいまつに火をつけてからしばらく歩いたところで、ようやく村の前へとたどり着いた。

 村の明かりと、煙突から出る煙を見て、子どもたちは喜んで走り出す。


 私がのんびり歩いて村に入ると、その間に子どもたちは、それぞれの親と涙の再会を果たしていた。

 駆け寄ってきた親が子どもを抱きしめ、子どもはわんわんと大泣きし始める。


 それから親たちは、私の姿を見つけると、みんなして私に向かって何度も何度も頭を下げ、お礼を言ってきた。

 私には過去にこれほど人から感謝された経験なんてなかったから、どうしていいか分からなかった。

 なので、とりあえず愛想笑いをしておいた。

 しばらくして解放されたときには、私はどっと疲れていた。


 その後、村では宴が開かれることになった。

 私に対する感謝の宴で、大事な村の家畜である牛を一頭潰しての大盤振る舞いらしい。


 でも私はそれよりも、何よりずっと希求しているものがあった。


 私はそれを、宴の前に、ちょっと図々しいかなと思いつつも所望してみた。

 村の平和にこれだけ貢献したんだから、少しぐらいわがまま言ってもいいよねって思った。


 そして、果たしてそれは、快く受け入れられた。

 準備してもらって、私はそれを、いの一番に堪能する権利をもらい受けたのだった。




「はぁ~……極楽、極楽」


 湯船につかりながら、満天の星空を見上げる。

 今日一日の疲れが、全部溶けていくようだ。


 村長宅の庭に設置された木造の風呂桶は、大きな酒樽のような形をしている。

 そこになみなみとお湯が張られていて、私が入ると、少しあふれた。


 それにしても、お風呂の文化があったのは幸いだった。

 何はなくとも、これだけはないと、やっていられない。


 私が求めたものというのは、もちろんこのお風呂のことだ。

 たっぷりのお湯に浸かって、汗とか血とか、嫌なものを全部洗い流す。


 湯加減もいいし、景色もいいし、気持ちよくて最高だよ~。

 疲れだけじゃなくて、私自身まで溶けちゃいそうだ。


「……それにしても、異世界で、勇者かぁ」


 夜空を見上げながら、つぶやく。

 流れ流されゴブリン退治なんかやっちゃったけど、こうして落ち着いて考えてみると、今もって不思議だ。


 元の世界では、私はいつだって、いてもいなくてもいいような存在だった。

 学校の休み時間では、教室の隅の席で本を読み。

 家にいても、自室のベッドに寝転がって本を読むか、スマートフォンの中の華やかな世界を眺めて過ごしていた。


 それが何の冗談か、私が勇者だという。

 わき役にすらなれない路傍の石でしかなかった私が、ここではほかの誰よりも大事な役割を負ってしまっている。


 私にはふさわしくないと思う。

 私なんかが背負うべき大役じゃないって感じる。


 勇者なんて役割は、もっとこうしっかりとした、ちゃんとした、正義感が強くて、いつもみんなに対して優しくて、勇気にあふれていて、いつだって判断を間違わなくて、コミュ力があって、自分の都合よりも他人の幸せを大事にするような、そんな人が担うべきだって思う。


 ……思う、けど。

 でも、そう思ってみたって、私が勇者っていうものに選ばれてしまった現実を、変えられないのであれば。


「……ちょっとだけ、頑張ってみようかな」


 勇者として。

 世界を救うのか何なのかもわからないし、全然イメージ湧かないけど。


 ちょっとだけ、勇者らしいって思うことを、続けてみようかなって思う。

 苦しいこと、つらいこともあるけど、本当に嫌だって思ったら、そのときまた考えればいい。


 ひとまず、前向きにやってみよう。

 私はそう決めて、頭まで湯の中にぶくぶくと沈んでみた。




 その後お風呂から上がった私は、村の宴の主賓としてもてなされた。


 風呂上がりに、村で一等上等だという女性ものの服を渡されて着た私は、もう完全にその辺の村娘っていう感じだった。

 勇者らしいオーラなんて微塵もない。

 強いて言うなら、黒髪に黒い瞳というのは、この辺りの地域ではとても珍しいらしくて、そこだけが周りから浮いていた。


 なお、私が着ていた、血だらけであちこちが破れたり穴が開いたりしていたセーラー服は、とりあえず村長の孫のティナに洗濯してもらって、物干しざおに干されている。

 お風呂を準備してくれたのもティナだし、まるで召使いみたいに使ってしまってお姫様か私いいご身分だな、と思ったのだけど、よくよく考えたらいつも私はお母さんに同じことをしてもらっていたことに気付く。

 私は今までも、いつだってお姫様だった。てへぺろ。


 宴では、たくさんの村の人たちが、代わる代わる私と話をしに来た。

 でもコミュ力に欠ける私は、あいまいに笑って表面的な受け答えをするばっかりで、気の利いた応対などできるわけもなく。


 うぅ……人と話すの苦手なんだよ……。

 だから私には、勇者なんて似合わないって言ってるのに……。


 でもその途中で何度かお酒を勧められて、最初は断っていたけど、そのうち魔がさした。

 お酒飲んだら、少しは人と話せるようになるんじゃないかなって。


 でも、それでもらったお酒をちびちびやり始めてしまったのが、大失敗で、大失態の原因だった。

 それから先の記憶が、私にはなくて──


 気が付いたら朝で、私は知らない部屋の知らないベッドで寝ていた。

 ティナに聞くと、お酒を飲み始めた私はいつしかべろんべろんのぐでんぐでんになっていて、女の子らしからぬ恥ずかしいこともバンバンやってしまったらしい。


 終わった……。

 私の勇者としての尊厳は、一晩で尽き果てたのである。




 それから私は、何日か村に滞在した。

 村の子どもたちから剣や魔法の教授を乞われて、私はいいのかなぁと思いながらも、それに応じた。


 でも魔法の教授は「こうやって、ぐってやって、ふわって感じで……」みたいな教え方しかできず、何の役にも立たなかった。


 必然的に、剣の稽古がメインになったけど、そっちだって型とかなんとかが分かるわけじゃない。

 だから木の棒を持っての打ち合いをするだけだった。


 でも、村人の中で剣術をかじったことがある人が一人いて、その人の言うところによると、私の剣士としての体の動きは、すごく「綺麗」で、理想的らしい。

 まあ、いつもの勇者補正だろう。


 それを模範として目に焼き付けるだけでも意味はあるということで、剣の稽古のほうは評判が良かった。

 特に、ゴブリンにさらわれた、あるいはそれから逃げた男の子合計二名がすごくやる気で、がむしゃらに強くなろうとしている姿勢が見えて、ほほえましい気分になった。




 そうして、村の広場で子どもたちと剣の稽古をしていた、ある日の昼下がりのこと。

 村の入り口に、きらびやかな銀色の鉄の塊が、馬に乗って現れた。


「この村に、勇者殿が滞在していると聞いた!」


 その馬上の人は、村の入り口で、大声で叫ぶ。

 銀色の鉄の塊に見えたのは、鉄の鎧に身を固めた騎士だった。


「あの、私が一応、勇者みたいですけど……」


 私がいかにも村娘ですよという姿でのこのこ出て行くと、それでも騎士の人は「おお、黒髪に黒い瞳、間違いない」と納得した。

 そして騎士の人は馬から降り、地面に片膝をついて、こう言った。


「我が国王が、是非とも勇者殿にお会いしたいと。恐縮ではありますが、どうか王都までおいで願いたく存じます」


 それが私の、新たな冒険の幕開けだった。


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