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医師の申し出を即決で受諾した私はドレスを脱いで指示されたポッドに入った。
相田医師がサークレットによく似たものを私に渡してくる。
「これを頭につけてください。精神の転送に使います」
私が銀色に輝くサークレットを手にとって見ると、合成樹脂と金属でできたそれには複雑な文様が描かれていて、こめかみに当たる部分には魔方陣の中心に電極があった。
言われた通りにつけてみるとそれは私の頭にぴったりとはまった。
看護婦の手でアクリルでできたポッドの扉が閉められる。
「これから転送処理を行います。これといって危険なことはありませんので気を楽してください」
ポッド内のスピーカーから聞こえてくる相田医師の声に従って目を閉じた。
「では、これより処理を開始します」
主治医の声が聞こえた途端、何かが私の中に入り込んでくるのがすぐにわかった。
記憶の洪水が私の中に怒涛となって流れ込んでくるのをみて、必要ないかもしれないけど、万一に備えて私は自分の記憶にすぐさまブロックをかける。
私の中で花音の記憶がフラッシュバックを起こし、花音の思考と感情が私の中で居場所を求めて暴れ回った。
な……に……?
背後から私が見知らぬ男に抱きすくめられる。
うなじを這う男の舌が蠢くたびに花音は背筋に電流が走って身体をのけぞらせる。
!!……私の背筋が痺れるように痙攣する。
記憶の中で花音の脳が押し寄せる刺激の波に呑み込まれた刹那、私は溺れかけた。
つまり……花音の記憶の中の感覚情報が私の中で再生されている……?!
私は流されそうになる思い出の奔流の中で自分の意識を留めようとしたが、記憶の中であの人の受けた刺激が強すぎる。
婚約者の記憶の濁流から逃れようして溺れかけた私が掴まったのは岸から垂れ下がった植物の蔓だったが、握るとすぐにそれは千切れて、私はそのまま滝壺に落下した。
「……! ……っ! ……さんっ!!」
誰かが呼ぶ声が聞こえる。
「……さんっ!! ……かれんさんっ!!!」
呼びかける声に意識を引き戻されると、私が入ったポッドの周りに相田医師や看護婦たちがいる。
看護婦たちは渾身の力で私の手足を押さえつけて動かないようにしていた。
私の手足が勝手に動いていることに気付く。
私の手足は必死になって自分のお尻をいじろうとしていた。
私はそのことに愕然となる。
身体の制御が上手くできない……!!
「花恋さんっっ!!
気をしっかり持ってください!
入來院刑事の意識を貴女の制御下に……っ!」
我に返った私の心の中に誰かの意識が流れ込んでくる。
灼かれるような欲望の炎と焦がれるような情熱に突き動かされ、骨まで溶けて焼き尽くされるかのような激しい情動。
それは婚約者であるあの人、入來院花音の甘くとろけるような高い声だった。
「……抱かれたい。……あの人に抱かれたい。……あの人に抱かれて心も身体も滅茶苦茶にされたい!」
私の意識の中で、入來院花音の心が情欲にまみれた空虚な表情のまま陶然として、
創造の神への冒涜的な言葉を吐き続けていた。
私の心の中で花音の手足が動くたびに私の手足が動いて私のお尻へと伸びる。
彼は世にもおぞましい言葉を口から垂れ流しながら、私の身体を使って快楽を得ようとしてのたくり続ける。
……キレた。
怒りのあまり私は無言で鉄拳を花音の脳天に振り下ろした。花音が地面にめり込む。
私は釘みたいに地面に打ち込まれた花音の胸倉を掴んで引きずり上げる
「花音さんは小学生の頃に『こうもんであそんではいけません』と教わらなかったんですの!?
しかも、あろうことかわたくしのお尻であんなことやこんなことをしようなどとはどういう御積りなのかしら!!」
私は花音のネクタイを掴んで締め上げた。
花音の首はきゅっと締まって全身が小鹿のようにぷるぷると震えている。
なんだかちょっとこわいい。
「ボクはあの男に抱かれて、女の悦びを知ったの。
あの男に貫かれて、あの男と一つになりたい……」
花音はそれでもまだわけのわからないことを口から吐き続ける。
私は無言で花音の横っ面を張った。私の心の中で乾いた音が鳴り響く。
「……貴方は男なのよ!
分かりもしないくせに変な事を言わないで!!」
腹に力を籠めて、花音の目を貫き通すようにして睨みつけながら低い声で話しかけると、
花音の衆道の欲望にまみれた虚ろな表情に少しだけ理性の光が戻って、私をしっかりと見詰める。
「あの男の手ほどきでボクは新しい世界に目覚めてしまったんだよ…
もう、以前のボクにはもどれないんだ」
トチ狂った表情で花音はとんでもないノロケを口にした。
両頬に手を当てて紅潮した顔を左右に振って嫌々をする。
私は花音の態度にイラっときたのでスリーパーで締め落とす。
これでようやく身体の支配権が帰ってきた。
「花恋さん、戻ってこられましたか」
ほっとした表情で相田医師が語りかけるのに合わせてこくんと頷くと、私を押さえつけていた看護婦たちも私から手を離して一息つく。
「すみません。
入來院刑事がここまでハードな調教を受けていたとは思わなかった私の判断ミスです」
申し訳なさそうに話す相田医師を手で制した私は、私の心の中で気絶したまま横たわるあの人を摘み上げて宣告した。
「花音、貴方は必ずわたくしが更正させてあげますわ!
そして、見ていなさい。
黒い師団、あなた方はこの私の手で必ず叩き潰してさしあげますことよ!」
……こうして私は悪役令嬢から悪役令嬢刑事にクラスチェンジした。