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前編

習作ですが、読んで頂ければ嬉しく思います。

「アイリス・ネイビーブルー! 今この場で私と貴様との婚約破棄を宣言する!」


 私、アイリス・ネイビーブルーは学園の卒業パーティーという晴れの舞台で婚約者に指を突きつけられ怒鳴られる中、にやけそうになる衝動と戦っていた。

 第二王位継承者たる婚約者殿は華奢な少女の腰を抱き、「言ったった!」というどや顔をこちらへご披露している。取り巻きさん達は「視線だけで人が殺せたら!」と言わんばかりの目で私を睨んでいた。


「……第二殿下、理由をお聞きしても?」


 あくまで無表情を崩さず私は婚約者殿に尋ねる。冷静な私の反応に、婚約者殿以上にその腕の中にいる少女――リリアナ・ベイビーピンクが驚いた。


「ちなみに、私がリリアナ嬢を虐めているという理由でしたら、言いがかりも良いところですわよ。私は婚約者のいる相手へみだりに触れ合うのはよくないとは申しましたが、それ以上のこと――教科書を破いたりだとか、階段から突き落としたりなどという愚劣極まりないことは致していませんもの」


 機先を制され、婚約者殿とリリアナ嬢の驚愕はマックスになる。特にリリアナ嬢の怯え方がやばい。まさにガクブルしている。


 ふふふ、そうだろう、そうだろう。そりゃあ、驚くだろうよ。




 悪役令嬢の行動が物語(シナリオ)と違うんだからな!




「まさか……悪役令嬢のアイリスも転生者なの」


 リリアナ嬢が呟いた言葉を理解出来たのは私以外いるのかね。

 恋愛ゲーム『ローゼン・リリィ~咲き乱れる華の物語~』の舞台に生きる住人には分からんだろう。


 というかリリアナ嬢(ヒロインちゃん)よ、ゲームではあんなに権力をぶん回してやりたい放題だったアイリスが、品行方正・文武両道になってたらなんかおかしいって気付こうぜ。




「ぐうぅ……だが、お前がリリィに愚劣な真似をしていないという証拠はあるというのか! アイリスよ!」


 指を差したまま婚約者殿は喚く。

 王族ともあろうものが「人を指差しちゃいけません」って習わなかったのかしら?


「ならば、殿下。そちらも私に証拠をお示しください。私がリリアナ嬢に愚劣な真似を行ったという証拠を」


 ヒロインちゃんの証言を鵜呑みにした婚約者殿(もう元つけてもいいか)とヒロインちゃんが落としてきた攻略対象者達が証拠なんざ探してもいないのは百も承知。これは魔女狩りとなんら違いはなく、「私が悪」なのは決定事項。私がごねたところでそれが変わることはない。

 それじゃあ、何故ごねるのか。その先に私の欲しいものがあるからだ。


「さあ、早く。私を断罪しようとしたあなた方ならばすぐさま見せてくださるでしょう?」


 早く早く早く。

 タイムリミットは足音と共に近付いている。




「えぇい、アイリス! 我が妹ながら見苦しいぞ!」


 ――キタコレ!


 ごね倒そうとする私に攻略対象者の一人である愚兄、デルフィニウム・ネイビーブルーが叫ぶ。狼狽えていたヒロインちゃんの表情も愚兄の行動に輝きを取り戻す。


「清らかなリリィの表情を曇らす悪女め! 貴様に民の上に立つ資格はない! よってネイビーブルー家次期当主として執行する! 愚妹アイリスよ! 貴様から“色位(しょくい)”を奪する!」


 ご丁寧にもバカ兄は父上の仕事場から『色奪の玉(しょくだつのぎょく)』を持ってきていた。『色奪の玉』はバカ兄の言葉に反応し、その透明な姿を我が家名『ネイビーブルー』にふさわしい紺青へと変える。


 いいぞ、いいぞ。予定(シナリオ)通りだ、愚兄よ。

 私の二次元らしい紺青色をした前髪が平民の持つ茶色へと変わっていく。恐らく悪役令嬢らしい縦ロールもつり目も紺青色から茶色へと変わっているだろう。


 ここで少し解説を入れよう。この恋愛ゲーム『ローゼン・リリィ~咲き乱れる華の物語~』(略してロゼリリ)はよく「小説家になれちゃう!」サイトでも使われている魔法もありのテンプレ中世ヨーロッパ風の世界なんだが、一つだけ違うものがある。

 それが貴族制度だ。公爵やら男爵やらがなく、この世界では“色位”というものがそれの代わりをしていた。

 名前の通り位と職を色分けしているのだ。制作陣が貴族の位を覚えるのがめんどくさかったらしい。

 色分けには某厩戸皇子が考えた冠位十二階が使われている。濃紫・薄紫・濃青・薄青・濃赤・薄赤・濃黄・薄黄、濃白・薄白・濃黒・薄黒の順に位が下がっていく。中世ヨーロッパどこ行った。


 私の家名『ネイビーブルー』は紺青、つまり濃青位に位置し、王家のティルスパープル、継承権を持たない王族であるヴァイオレット家に次ぐ第三位なのである。つまりかなり偉い。

 ちなみに、位と家名は同義でありネイビーブルー(うち)と同位の家はインディゴブルー家しかない。

 余談だがインディゴブルーはうちと対の『色能(しょくのう)』を持っていて、うちが色位を奪するのに対し彼の家は『色与(しょくよ)』――色位を与える玉を守っている。




「……ふ、はは! これでもうお前はネイビーブルーを名乗れない! うちの威光を笠に着て好き勝手出来ないなぁ!」


 愚兄が色奪された私を見て指を差して笑っている。だから指を差すなというに。うちではそんな教育してなかったぞ。

 あと声がキンキンうるっせぇ。


 アホな兄に軽く頭痛を覚え、私がため息を吐くと「何か言ったらどうだ!」と元婚約者殿や愚兄だけでなく他の取り巻き達もきゃんきゃん吠え始める。

 周りの聴衆もざわざわとうるさくなり始めた。最初は戸惑いの声も出ていたのに、色奪され私の髪色が茶髪へ変わっただけで「アイリスはリリアナいじめの主犯」というレッテルが信じられ始める。

 全く……この『色の壁(さべつ)』も愚かしい。




「では……一つ言わせて貰いましょうか」




 ぴたり。周囲の音が止む。

 紺青(後ろ盾)を失い、茶色(平民)となった私はそれでも不敵な笑みを作り、十二色(貴族共)を前に堂々と胸を張る。

 その有り得ない光景に彼らは恐れを抱いていた。


「何を言うと言うのだ。リリィへの謝罪か、それともまだ見苦しい言い訳を連ねると言うのか」


 静かに、怒りを込めて元婚約者殿は吐き捨てる。

 私はそれにも笑って応えてやった。


「第二殿下、あなたの望みは何と引き換えになったのかお分かりになられますか」

「は?」


 ぱちぱちと目を瞬かせる元婚約者殿ちょっと可愛い。私はあえてリリアナ嬢を無視し(きっと話しかけたらめんどくさいことになる)、バカ兄へと向く。


「デルフィニウム様、あなたが起こした行動の結果を想像なさいましたか?」

「アイリス、お前」


 もう兄とは呼んでやらんよ、バカ眼鏡。急によそよそしくされてショック受けてるなよ、陰険眼鏡。


 にぃっと私は笑ってやった。




「これが、その『引き換えにしたものと結果(イコール)』ですよ」




 私の言葉を合図に、左腕にはまっていた『婚約の腕輪』が光を放ち消えていく。

 その代わりに現れるのは、深緑色の護衛魔女と淡緑色の暗殺メイド。

 魔女はすぐさま私の左腕に抱きつき、メイドは殿下達から遮るように私をその背に隠す。


「もー! 遅いよぉ、アイリスぅ! って、あー! アイリス、髪……はうぅ! 茶色なアイリスも激かわー! これが燃え燃えキュンキュンな気持ち……?」

「アイリス様、お怪我はなさっていませんね。あとスティうるさいですよ」

「うん、スティはまず落ち着きなさい。それで字が違うわ。ミントも心配ありがとう」


 私は豊満な胸に挟まれた腕でその柔らかさを堪能しながら胸の持ち主であるモンステラ・ダークグリーンの頭を撫で、敵意からかばってくれるミント・ライトグリーンを労う。スティの愛称で呼ばれたモンステラはとろけた笑顔で私の手を受け入れ、ミントは無表情を装いながら目だけは悔しそうな色を湛えさせてスティを見つめている。

 あとでミントも撫でてやらねば。私がそう考えたのが分かったのかミントの目元が少し緩んだ。二人とも見えない尻尾がぶんぶん振られるのが幻視できるくらいに私に懐いてくれている。

 まあ、それは彼女らの生まれを考えれば致し方ないことだろう。



「緑の髪と瞳……緑鬼(りょっき)の一族だと……」




 誰かの小さな呟きが空間に響き渡る。

 スティの深い緑もミントの明るい緑も、彼らにとっては恐れの象徴。

 ざわめきは消え、代わりに一歩、私達から遠ざかる足音が聞こえた。


「アイリス、どういうことだ! 何故お前が、緑の一族とっ?」


 元婚約者殿はがなる声を途中で止めてしまう。バチバチと凶悪な火花を散らすスティの魔力と、何でも簡単に切れそうなミントの短剣が向けられたからだ。


「やだなぁ、第二殿下ぁ? 可愛い可愛いアイリスの元婚約者ってだけでも腸煮えくり返る存在だってのにぃ? もうアイリスの名前を呼ばないでくんないかなぁ? あたし達にだって我慢の限界ってのがあるんだよねぇ?」

「スティに全面的に同意しましょう。今までのアイリス様への冷たい対応も今回の婚約破棄という『アイリス様を解放した賢明な判断』で水に流しましょう。……だからこれ以上、敬愛する我が主の名を舌に乗せるな」


 彼女達の目は本気だ。第二位だが王位継承者である元婚約者殿だろうと彼女達はためらいなく殺すだろう。

 それは彼らが緑の一族であるからだ。


 貴族と同じ『色付き』でありながら『色位』を持てなかった異端の一族、それが彼ら緑の一族だ。

 深淵なる魔を操る深緑のダークグリーン家と空を飛ぶように軽やかに踊るような動きで敵を屠る淡緑のライトグリーン家。彼らは兵器や悪魔かと見紛う力を持ちながら、位を持たない故に他者に仕えることでしかその能力を発揮できない。

 それ故に、彼らは仕える者の為ならばどんなことでもやってのける。倫理や道徳なんぞくそくらえと言わんばかりに、主の為に喜んでその手を血に染める。

 今まではその大きな力を悪用されないように彼らは歴代の王によって『管理』され、悪徳貴族の粛正や平民の暴動の鎮圧など影働きの役目を負わされてきた。

 まあ、今では私を主と慕ってくれる可愛い子達なわけだけども。


 普通は貴族も平民も皆平等に親から子へ緑の恐怖を伝えられる。「悪いことをしたら緑色の鬼がお前を食べに来るよ」と。

 緑の一族は凶悪な力故におとぎ話の悪役、人外の象徴である『鬼』と呼ばれるようになったのだ。




「スティ、ミント。面倒なことになるから止めておきなさい。ここで殿下をヤっても益はないわ」

「はぁい」

「申し訳ありません」


 私の制止に二人はすぐ反応して殺気を消してくれる。うん、素直ないいこ達だ。

 こんないいこ達を『鬼』だなんて、呼ぶ奴の方が鬼だろう。


 ……おや? ヒロインちゃんは「嘘よ、嘘。あり得ないわ。何で『怪物魔女』や『ロボメイド』とあんな仲良くやってるのよ」とかぶつぶつ言ってるねぇ。

 そりゃあ、不思議だろうね。ゲーム中じゃバッドエンドにしか出てこない、まともな会話にならないクレイジーサイコパスなスティと機械的に作業(暗殺)してるだけだったミントだもんね。おかしいと思うよね。


「『どうやって』かは教えられませんけれど、『何故』かは教えてあげましょうか?」


 私は腕に抱きついたスティはそのままに、ミントを自分の右隣へと下がらせヒロインちゃんへと話しかける。健気な少女の皮を被り直したヒロインちゃんはびくりと震え、元婚約者殿へしがみついた。

 そして私を睨みつける元婚約者殿と陰険眼鏡。別に取って喰やしないってば。


「こういうことですわ」


 私は第二殿下とネイビーブルー家次期当主の睨みをスルーし、微笑みと共に左手をスティへ右手をミントへと差し出した。


「はうぅうん! アイリス、やっとなんだね! ずーっとずーっと待ったんだからねっ!」

「スティ、大切な場面くらいしゃんとなさい」


 スティはよだれを垂らしそうなほど溶けた笑顔で私の左手に頬ずりする。ミントもスティをたしなめているけれど、恭しく私の右手を取り見つめる瞳は熱く潤んでいた。


「おい、アイリス、お前、まさか」


 私が何をするつもりなのか気付いたのか、元婚約者殿が辿々しく声を出す。

 だけど、無視だ無視。こんな大切な場面で、スティとミント以外を見ていたら、二人に失礼だ。


「モンステラ・ダークグリーン。あなたは私に何を求めるのか」

「アイリス、あなたの魂を守る権利を」


「ミント・ライトグリーン。あなたは私に何を与えるのか」

「アイリス、あなたの魂に安らぎを」


 これは何人たりとも邪魔はさせない神に守られた儀式。私の言葉を受け、答える二人の瞳は真摯な色をしていた。


 ホールの扉が慌ただしく開けられる音がした。けれど私達は元より、観客と化した卒業生達の誰もがそちらへ顔を向けることはなくこの儀式を見つめている。




「いいでしょう。ならばモンステラ・ダークグリーンを私の夫に、ミント・ライトグリーンを私の妻とし、私もまたあなた達の魂を慈しみ、愛し守りましょう」




 私の言葉を合図にスティが左手首に、ミントが右手首に唇を押しつける。深い緑の輝きと淡い緑の輝きが口付けられた私の手首に現れ、それは巻き付く茨のようなタトゥーに似た痣へと変わる。


「アイリス、あたしにもぉ」

「アイリス様、お願いします」


 頬を上気させたスティとミントに促され、私もスティの右手首とミントの左手首に口付ける。現れる光は紫の色合いを持つ紺青ではなく、それよりも淡い、緑がかった紺碧だった。それが二人の手首に、私の痣と同じような茨の模様を描く。


 結婚の儀式が終わり、ちらりと横目で伺った殿下はまるで信じられないものを見るような顔をしていた。「そんなアイリスは私を好いていたはずでは……」だなんて、頭お花畑な台詞に呆れてしまう。

 元々そちらに愛などない婚約だったというのに、私が他の人間に心を許していたのが不思議だとでもいうのかしら?


 なんて傲慢で愚かしい人なんでしょう。まあ、『アイリス』にはそこが愛らしく映っていたようだけれど。

 でも私はアイリスであって『アイリス』ではない。優秀な第一殿下へのコンプレックスで歪み腐りきった(あなた)は必要ないの。

 私が求めるのは辛い現状を受け入れながら抜け出そうとあがき続ける(スティとミント)なのよ。


 さようなら、ミルトニア・ティルスパープル第二王女殿下。

 あなたがもう少し骨のある人だったら、『アイリス』は消えずに済んだんじゃないかって私少し恨んでいるのよ。

 まあ、これは八つ当たりでしかないけれど許してちょうだいね。

中編に続きます。

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