謙虚な者たちの集落
そこは池か湖か、はたまた海か。当の本人たちはそんな区別はしていない。彼らにとってそこは単なる世界だった。その世界の外側には万物の霊長を自称する生物たちの最高学府が存在しているのだが、彼らには知る由もない。自称万物の霊長者たちは、彼らをミジンコと呼んでいた。彼らには彼らの社会があった。
長老が若者たちに語っていた。
「生まれて、食べて、増えて、死ぬ。その繰り返しだけじゃ。その一瞬の中に永遠を観るのがわしらじゃ。だから死ぬのも怖くない」
そう言い終わった長老は、若者たちの目の前で魚に喰われてしまった。しばらくして散り散りになった若いミジンコたちが集まってきた。
「明日は俺が死ぬのかな」
「そうかもね」
そう答えたミジンコが魚に喰われてしまった。
「あっけないな。じゃあな相棒。さて、そろそろ俺も食事だ」
彼らの世界の反対側、すなわち大学の池の反対側では、今まさにミジンコが生まれたところだった。
「世界って、いいところだね」
生まれたてのミジンコが言った。
「そうさ。食べ物があれば食う。なければ飢えればいいだけの話さ」
兄弟が言った。
「ああ、神様ありがとうございます」
平穏な心のまま、先ほど生を受けたばかりのミジンコは魚に喰われていった。
彼らの世界には危険が取り巻き、それでいて万物の霊長以上の平穏な心を内包しているのだった。