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交錯世界の旭日旗  作者: 名も無き突撃兵
第一章 フィルディリア大陸動乱編
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第1話






 転移から1年。この間に新世界にはいろいろな変化が生じていた。


 まずは、新たな転移国家である。その名はスレイン諸島連邦とリガルダ帝国。どちらも島国である。


 スレイン諸島連邦は日本の北西にある国で、技術レベルは日本を除けば最も高い1970年前後と推定されている。5つの大きな島といくらかの小島で構成されており、資源に乏しいことからJ-EFCTO各国との交流を推し進めてきている。

 技術レベルは高いものの国力自体は高くなく、軍事力も大きなものではない。しかし、質は高いので日本軍関係者はスレイン諸島連邦軍のことを高く評価している。

 一方のスレイン諸島連邦では、対日世論は大半が好意的なものだ。というのも、スレイン諸島連邦では石油が産出されない。そのため、燃料資源を輸入しなければならなかったのだが、そこに手を挙げたのが日本である。日本が誇る上質な燃料資源である藻製バイオ燃料を輸出したのだ。

 藻製バイオ燃料はあらゆる内燃機関の燃料となれるように、あえて一定の不純物などを入れて重油っぽくしたり、その純度を保ったまま軽油やジェット燃料として使われたりしている。……つまり、完全な石油燃料の代替品なのだ。

 何よりも安定価格で安いのだ。一時期は経済崩壊からの国家崩壊という悪夢が現実のものとなりかけたスレイン諸島連邦だったが、日本の安い燃料資源のおかげで体勢をすぐに整えることができた。

 それだけではない。資金難に陥ったスレイン諸島連邦に日本は多少の資金援助を行ったり、他のJ-EFCTO各国とスレイン諸島連邦の貿易条約が上手く纏まるように仲介人になったりしていた。


 はっきり言ってしまえば、スレイン諸島連邦には日本に大きな借りがあった。


 そのため、対日世論はほぼ良好なのだ。


 しかし、一方で日本脅威論を唱える集団も少数だが存在する。そしてその集団は少数派にも関わらず無視できない力を持つ。そのため、スレイン諸島連邦のJ-EFCTO加盟は成らなかった。


 その集団とは国粋主義者の中でも過激な一派で、日本の経済力や軍事力を祖国の脅威と見なしているのだ。

 一般人から言わせてみれば、『確かに日本の力は強大ではあるが、日本は穏当な国家であるため、良好な関係を続けていれば、むしろ力強いパートナーになる。そんな脅威論を振りかざして日本を挑発する行為こそが祖国の脅威だ』となる。

 だが、この日本脅威論者のバックには大きな支援者がいるのだ。

 それがスレイン諸島連邦の大企業。とりわけ、輸出をメインにしていた企業である。

 というのも、フィルディリア大陸の市場を日本が掻っ攫っているので、どうしても気に入らないのだ。一応、進出はしているのだが、業績の伸びは非常に悪い。日本製に押しに押しまくられており、参入から程なくして撤退に追い込まれる企業が後を絶たなかった。


 そんな一方で、日本企業と提携して製造代行などをして利益を上げるスレイン諸島連邦企業が最近は出てきているので、その内この過激派一派も沈静化すると思われる。




 さて、もうひとつの転移国家であるリガルダ帝国。こちらは大きな島ひとつで国を形成している。

 この島は資源豊富な島であり、何よりも幸運なことはこの島に大規模な油田があることだろう。そのおかげでリガルダ帝国は国家崩壊の危機を乗り越えることができたのだから。

 技術レベルは1950年代であり、転移した場所はフォルワナ共和国の南東。

 日本やJ-EFCTOとの交流はなく、ほぼ鎖国に近い状態である。


 そして、2020年10月にフォルワナ共和国とリガルダ帝国の間で紛争が起きた。原因は両国間に転移してきたマート諸島だ。

 このマート諸島は複数の中小規模の島嶼が連なっているのだが、どうやら日本の希望島と同じで資源が豊かな島だったらしい。

 それが分かった途端に両国はマート諸島の開拓を行った。そうすれば当然衝突が起きる。


 その紛争は勝者が決まらないまま、終結した。マート諸島はほぼ半分ずつ両国の支配下に置かれ、年が明けた今でも睨み合いが続く。

 その紛争では両国とも数隻の駆逐艦を失い、両手両足の指で足りる程度の航空機が撃墜されている。

 その戦闘を、忍び込んだ日本海軍の伊700型融合炉潜水艦『伊702』が監視していたのだが、どうやら両国とも気づいていないようだった。両国の対潜能力や兵器の性能を調べることができ、日本としてはある意味おいしい紛争であった。




 新たな転移国家が登場し、その前からいた国々も少しずつ動きを変えてくる。

 フィルディリア大陸諸国は新たな転移国家スレイン諸島連邦との交流を日本の仲介の下で実現し、スレイン諸島連邦を『第一発展目標』としている。日本はあまりにも文明のレベルがかけ離れており、目標というよりは『将来の夢』レベルだ。しかし、スレイン諸島連邦ならば日本よりも目標にするには妥当だ。それでも大きな差があるのだが。


 問題なのがフォルワナ共和国だ。フォルワナ共和国国内では、リガルダ帝国との紛争で勝てなかった軍部に批判が殺到しているらしい。国民には誇張して勝利と伝えているため世論には影響はないが(そもそも民主主義でもないが)、国家上層部では肩身の狭い思いをしているようだ。

 そこで名誉挽回の手段としてフィルディリア大陸東進に本腰を入れている。軍部としては、強敵のいない(と勝手に思っている)フィルディリア大陸東部を植民地化かいほうし、『強いフォルワナ共和国軍』をアピールした後、戦力を対リガルダ帝国戦にシフトする考えらしい。



 要は、もうすぐ戦争が始まるということだ。



 日本では既にこの動きを掴んでおり、J-EFCTO各国に注意を呼びかけている。




 新世界で最初の大きな動乱が今、始まろうとしている。







◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




神聖暦709年(西暦2021年)1月下旬

フォルワナ共和国 レイレダード

共和国議事堂

14:04 現地時間






 半円形をしている議場では次々と議員達が席に座っていき、今はだいたい7割程度の席が埋まっている中、フォルワナ共和国大統領、ゴルナー・ドレルはこれから始まる議会を前に、久方ぶりに上機嫌だった。弛んで普段は重く感じる腹部も、今の彼にとってはいつもよりも軽いものだ。


 ドレル大統領の機嫌は去年の秋以降、ほぼ悪いままだった。


 というのも、マート諸島を巡ってリガルダ帝国と対立して起きたマート紛争にて、軍部が失態を犯したからだ。あろうことか、マート諸島のおよそ半分をリガルダ帝国に奪われてしまったのである。


 それに関して、ドレル大統領の反抗勢力からは厳しい追及があったのだ。ドレル大統領は『マート諸島を必ず手にできる』と言ってしまったからだ。その発言も無根拠ではなく、軍部が自信を持って『リガルダ帝国に勝てる』と言ったからだ。……言い方を変えるなら、所詮はその程度の根拠であったのだが。


 確かにフォルワナ共和国軍は連戦連勝を重ねてきたし、フォルワナ共和国軍が最強であることに一点の疑いもない。

 しかし、だ。最強であっても負けることはある。勝負は時の運とも言うし、その時の状況次第では実力を発揮できないこともあるだろう。

 だが、今回はタイミングが悪かった。負けてこそいないが、マート諸島の有益性は非常に高い。それをむざむざ半分をリガルダ帝国に渡してしまったのだ。

 反ドレル大統領の勢力からすれば格好の攻撃材料である。


 ドレル大統領が軍部に対して怒り狂うのも当然だった。おかげで軍部は他省庁に比べて肩身の狭い思いをこの3ヶ月間ほどしていた。



 だが、ようやくその失敗を挽回するチャンスが来たのだ。それがフィルディリア大陸東進である。

 リガルダ帝国のような強力な国家が存在しない大陸東部ならば作戦目標を十全に完遂できる。その上、フィルディリア大陸は広い。利益はかなり高くつくだろう。

 まさにローリスクハイリターン。ドレル大統領が機嫌良くなるのも頷けよう。






「では、これより議会を始める」


 議員が全員席についた時点で、中央にある壇上に立つ大統領が高らかと声を上げた。


「今回、特別議会を開いたのは他でもない、新たな解放戦争を行う報告をするためだ」


 ドレル大統領の言葉が議場に響くと大統領を中心に半円形に並ぶ席に座る多くの議員達がざわめいた。

 遂にこの時が来たのか……。そういった感慨を持つ人間が大多数を占めた。


「我々はフィルディリア大陸東進を決行する! 民衆を弾圧して既得権益を貪り、我々のような高等文明を築くだけの力を持たない蛮族国家の上層部を一掃し、我々の手によって弾圧されてきた民衆を解放し、そして高等文明へと教化していく必要がある! これは我々が神によって与えられた使命であるのだ!」


 ドレル大統領の演説は続く。


「我々がどうしてこの世界に転移してしまったのか? それは、神が理想郷を創るためであり、その代行者として我々が選ばれたのだ!」


 ドレル大統領の演説に色濃く出ているように、フォルワナ共和国では選民思想が蔓延っている。フォルワナ人を至上の存在とし、フォルワナ人こそが神によって祝福された人類であり、それ以外の人種はその紛い物である、と。

 これはフォルワナ共和国の国教であるオーラルド教の影響でもある。神の代行者としてフォルワナ人の先祖であるフォルスターン人がこの世に産み落とされた、というストーリーが根幹となるこの宗教の教典は、フォルワナ人とそれ以外を隔絶させる性質を持っている。

 細かい内容はここでは述べないが、日本ではカルト宗教やキチガイと評されるレベルのものではある。だが、フォルワナ人にとっては常識であり、当然の世の中の真理なのである。


「故に我々は世界をより良い方向に導く必要がある。蛮族単独では、まともな社会構造や国家経営は不可能である。それが世の中の不幸なのだ。世界にとって幸せなことは、高等文明国家であるフォルワナ共和国が世界中の蛮族を指導していくことなのだ!」


 傲慢に満ちた内容。しかし、これが常識である彼らからしたら傲慢でも何でもない。

 フォルワナ人達はトップから貧民層まで、あらゆる階級の人間の大半が、ドレル大統領の発言をおかしなものとは思わないだろう。


「この大陸東進が新たなる大陸秩序の始まりである! そして、栄光あるフォルワナ共和国はさらに発展していくのだ!」


 大統領の言葉に議場は沸いた。次々と立ち上がって拍手を贈る議員達。反ドレル大統領派の人間も渋々だが拍手を贈っている。


 やがて静まった時、再びドレル大統領は口を開いた。


「さて、戦争計画についての説明を行おう。それらを行ってくれる者を紹介しよう。……来たまえ」


 ドレル大統領に呼ばれて、痩せ型の神経質そうな男性が登壇した。丸眼鏡をかけ、少々不健康そうな肌色をしている軍服を着た中年男性だ。


「彼は軍令部から戦争計画の説明のために派遣されたコルストーラ少佐である」


「ご紹介に預かりました、ベリアル・コルストーラです。僭越ながら、私が戦争計画のご説明をさせていただきます」


 コルストーラ少佐がそこまで言った時点でドレル大統領は壇から降りた。ここからはコルストーラ少佐の独壇場である。


「まず、参加兵力についてです。大陸の蛮族共は惰弱で低レベルな知能しかありませんが、蟻のように群れる程度の知能はあります。よって、先のフィルディリア大陸西部解放のときと同じく、大規模な兵力動員を行って瞬く間に抵抗する蛮族共を殲滅し、効率的な解放を目指します。具体的な規模としては8個師団余りの一般地上軍と12個師団余りの現地地上軍を用いる予定です」


 現地地上軍とは、フィルディリア大陸西部で徴兵した兵士で構成された部隊だ。指揮官から末端の兵士、さらには武器までもがフォルワナ共和国に敗れ去り、植民地となった国々のものだ。

 敗残兵をかき集めて人命軽視の特攻部隊を編成している。それが現地地上軍なのである。


「現地地上軍など役に立つのか? 蛮族の集まりだろう?」


 当然の疑問がとある議員から投げかけられる。しかし、それはコルストーラ少佐の想定内のものであった。


「ええ。奴らの後ろには本国軍がおります。逃げたら射殺するので、嫌でも敵の方へ進まねばなりません。知能の低い低文明の劣等民族相手には、こういった手段でなければ言うことを聞かせることはできませぬ故……」


「なるほど」


 キチンと対策がとられていることを理解した議員は、納得した表情で頷いた。


「さて……。航空戦力については引き続き第二航空団を、海軍戦力については第二艦隊と第五艦隊を投入します」


 それぞれ、フィルディリア大陸西部解放戦争において活躍した部隊で、今も現地で進撃命令を待っている。


「進軍に関しましては、国境を接しているドートラス首長国、ルアズ王国を同時に攻撃します。両国とも大陸東部では地域大国として君臨しているようですが、所詮は蛮族です。どちらも陸上兵力は戦力にして10個師団程度と思われます。まずは航空部隊で制空権を奪取し、航空支援の下で陸軍の進撃を行います。同時に海軍が両国の制海権を奪いに行きます。陸空海の全ての戦場において我々は敵を翻弄し、高等文明らしく華麗に勝利を飾ってみせましょう」


 コルストーラ少佐は自信満々にそう告げた。まさしく負ける要素のない戦いだ。自信があるのも当然である。


 議員達も確実な勝利の予感に喜色を示した。彼らにとって、植民地が増えることは自分の資産を増やすことに繋がる。日本と違って選挙で選ばれることのない彼らの多くは大企業の経営者か関係者だ。植民地で蛮族を絞りまくって自らの資産とする皮算用を既に始めているのだ。


 ……フォルワナ共和国上層部では、戦う前から戦勝の雰囲気が漂っていた。

 そして、それは本来間違ってはいなかったのだ。


 ……日本さえいなければ。



 フォルワナ共和国の運命の歯車が異音を発しつつあることに気づく者は、ほとんどいなかった。

 嫌な予感を感じる者が極少数いたが、フォルワナ共和国の行く先を変えるほどの力は持ち得なかった。

 いや、その者達も具体的な未来までは想像もできない。



 ……それは、ある意味では幸せだったのかもしれない。







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