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交錯世界の旭日旗  作者: 名も無き突撃兵
序章 日本転移編
6/29

第6話

神聖暦708年(西暦2020年)3月上旬

フォルワナ共和国 首都レイレダード

陸軍諜報部本部 廊下

11:00 現地時間





「やはり聞き入れてはくれなかったか……」


 無機質な色に囲まれた廊下を、あまり機嫌がよろしくない女性が歩いていた。

 黒い軍服を着用しており、彼女が軍属の人間であることは容易に分かる。


 髪の色は金髪で目の色は緑。典型的なフォルワナ人の特徴だ。その金髪は腰までの長さがあるものの、ポニーテールのように後ろでくくられている。

 顔立ちは美人だ。どこか冷めた雰囲気を持つが、そこがクールビューティーだという者も多いだろう。

 彼女の名はルシア・ミューゼルス。陸軍諜報部所属の少尉である。年齢は18で、若い。旧貴族系の名家の出なので、この若さで士官などやっているのだ。



 ルシアが怒りを感じているのは、彼女が所属するフィルディリア大陸東部諜報課において確認された情報から彼女が推測した祖国の脅威についての報告が、上層部の連中に全く受け入れられなかったことだ。

 彼女が片手に持つ書類の束の一番上には、『新参の国家ニホン』というタイトルが書かれていた。


 ルシアが属するフィルディリア大陸東部諜報課は、来るべき大陸東部'解放'のための前段階である情報収集を行う部署である。半年以上前……、フォルワナ共和国が『悪逆なる統治者によって苦しめられている蛮族達の高度文明的解放』という大義名分の下にフィルディリア大陸西部を征服してからすぐに作られた。

 ここには様々な情報が集まる。何だかんだで思いの外、フィルディリア大陸の国々の防諜力は高く、断片的な情報しか集まらないことも多いのだが。


 そして、ルシアはその断片的な情報の中にあったニホンなる国の情報を集め回った。何故か、その国のことを知りたいと思ったのだ。


 調べてみると、今年の始めに転移してきた新参の国家であるらしかった。その国の細かな情報は未だに集まっていないものの、技術力は高いとされている。

 だが、ルシア以外の者達はニホンを脅威とは見なしていなかった。

 というのも、ニホンは大陸諸国と馴れ合うように外交を展開しているらしく、侵攻等は一切行っていないらしい。

 そこから、ニホンには大した軍事力や国力がないと判断され、諜報部のほとんどの人間がニホンから興味を失った。……ルシアを除いて。


 ルシアはオカルトなど全く信じていない人間であるが、自分の勘は例外である。そして、その勘が告げているのだ。

 『ニホンは危険である』と。

 ルシアはこれまでの人生経験から、この自分の勘がかなりの確率で当たることを知っていた。しかも嫌なことに、この勘はいつも悪い方向へ当たるのだ。


 だからこそ、ニホンについてもっと警戒すべきだという意見書を提出しようとしたのだが、全く相手にされなかった。

 冷静に考えれば当然だ。なにせ、根拠が己の勘なのだから。

 しかし、ルシアにとっては苛立たしいことではあった。恐ろしい何かが迫っているのに、自分は何もできないというもどかしい感覚。そして、周りの人間はそれを理解してくれないのだ。


「……うだうだ考えても仕方ない。少し外の空気を吸おう」


 少々、無断でサボることとなってしまうが、短時間ならば問題ないだろう。自分よりも仕事をしない給料泥棒は多いのだから。

 ルシアはそんなことを考えながら陸軍諜報本部の2階にあるテラスに出た。


 そこからはフォルワナ共和国の首都 レイレダードの景色を一望することができた。




 このレイレダードの人口は150万人。フォルワナ共和国の中でも最大の都市であり、同時に最大の港町でもある。


 陸軍諜報本部は市街から少し離れた丘の上に設立されており、ここからの眺めはなかなかのものだ。

 ルシアは内心で『ここに建てるべきだったのはホテルでは?』と本気で思っていたりする。


 ルシアは目に映るレイレダードの光景から、これらを創り上げる文明に至った祖国の歴史を反芻した。





 フォルワナ共和国が建国されたのは約400年前の神聖暦305年だ。元々の政治体系は封建的な王政で、フォルワナ王国と呼ばれていた。

 だが、王家の'極悪な統治'で国土は荒れ果て、民草は苦難に喘ぐこととなった。それを憂慮した一部の貴族達が決起して、王家やそれに与する悪徳貴族達を倒して共和制の国家を建国した。

 ……教科書にはそう書いてある。


 事実はこれと異なる。国土が荒れて民草が苦難に喘いでいたのは、むしろ決起した貴族達の領地であった。それを見かねた王家は、どうにかしてこの貴族達を排除して首をすげ替えようと考えていたのだ。

 それをたまたま知ることになった排除対象の貴族達は激怒する。

 そして、貴族達は水面下で仲間を集めて連合を組むことになった。そこには貴族だけでなく大商会や軍人なども入っており、遂には王家の力をも上回ってしまった。


 そして反乱が起きる。王家側勢力は奮戦したものの多勢に無勢。王家側は敗北し、王族は残らず処断されて血が絶え、完全に決起した貴族達が権力を握った。

 彼らは決起側勢力内で再び戦うことを避けるために、全員が同じ権力を持って政治に臨む共和制の政体を設立した。


 当然、議員は世襲制だ。一部、新たに議員となったり不正が発覚して失脚するなどして多少の増減があるものの、閉ざされた政治と呼んで間違いはなかった。




 前世界ではフォルワナ共和国は列強の1つだった。技術力で他を上回り、植民地の争奪戦と化していた世界情勢の中でも比較的優位に戦えていた。

 特に、最近になって開発されたミサイルの威力は絶大だった。ミサイルによるアウトレンジ攻撃は海戦の常識を塗り替えたと言っても過言ではない。


 フォルワナ共和国は強大な国家である。それは前世界では誰もが認めるところであったし、そしてこの世界でもフォルワナ共和国はそうだった。東に存在する国々は、フォルワナ共和国から見て20年は遅れた劣等国ばかりであり、いざ戦ってみれば思った通りの結果となった。


 『この世界にフォルワナ共和国に匹敵する国家は存在しない』。


 それが国内で囁かれ、なかば事実として扱われ始めてきていた。国内世論は『世界を我が手に』といった意見が多く見受けられるようになり、そしてその意見はフォルワナ共和国の議員達の間でも主流な考え方になっている。


 当初は全植民地を失った打撃から立ち直るビジョンが想像できず、未来への希望を皆が失った状態だった。だが、今になってフォルワナ共和国国内は盛り上がりを見せている。

 植民地を取得し、そして新たな植民地候補も存在しており、そして競争相手もいない。まさしくフォルワナ人にとって、この世界は神から与えられたフォルワナ人のための世界であり、そしてフォルワナ共和国こそがこの新世界を統べる存在となるのだ、と考える人間がちらほら現れるようになるのも、ある意味では必然である。



 だからなのだろう。それに水を差すかのようなルシアの進言に上層部が耳を貸さなかったのは。




「どこへ向かうのだろうな、我々は……」


 どこか不安の心があるのを自覚しながらルシアは呟く。

 それに応えるかのように東から風が吹いた。


 ……先程までの心地よい風ではなく、どこかねっとりとした感じのする嫌な風だった。






◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




同日

日本 東京

政府庁舎 閣議室

11:04 JST





「それは本当ですか!?」


 この日、阿賀野 総理は珍しく喜色満面の表情をしていた。転移してからというもの、日本が直面する現実に対して淡々と対策を行っていたのだ。はっきり言って、笑顔とは無縁の生活であった。

 そんな彼が作り物ではない本物の笑顔を見せたのは、この場……政府庁舎の閣議室で定期的に行われている閣議の中で上げられた報告に起因する。


「希望島の資源採掘に目処が立った……」


 沖縄本島から南に400km地点に現れた新しい島。大きさは四国ほどで、ほぼ全域が山岳地帯となっている島。

 大量の資源が眠っていることが予測され、日本の希望そのものであったことから『希望島』と名付けられたその島には多くの調査隊が派遣されていた。


 そして、希望島の調査結果が出ると政府関係者は沸いた。


 この島は、島自体が鉱脈である。


 そんなバカげた報告が上がったのだ。しかも純然たる事実として。


 多種多様の鉱産資源を大量に含むこの島は、そこらの地面にすら鉱脈が浮き出ている。つまり、露天掘りでも十分に各種資源の採掘が可能であったのだ。これは迅速なる資源供給を望む日本としては、跳び跳ねて喜ぶべき情報である。

 既にフィルディリア大陸からの資源輸入も始まっているため、急ぐ意義は大して無くなったが、朗報には違いない。


「民間企業も事業参入に積極的です。みんな血眼ですよ」


「そりゃあそうですよ。失敗の有り得ない'勝ち確定'の投資ですから」


 希望島に関しての報告を上げてきた経済産業大臣の言葉を受けて、阿賀野 総理が答える。


「各企業間のバランスには気をつけて下さいね」


「分かっています」


 阿賀野 総理はどこかの企業を贔屓することのないようにだけ伝え、次の報告を聞いた。財務大臣からだった。


「私からは悪い報告です。とはいえ、予測されていたことですけど」


「……やっぱり来年度予算は」


「……国債に依存せざるを得ないですね」


 転移の影響は国家財政にも響いていた。転移云々の影響で消費の冷え込みや外資系企業の日本支社の相次ぐ業績悪化。それらによって税収が3割も減少していた。


「……何かを削らねばならないですね……」


 阿賀野総理は悩ましそうな声を出す。


「総理、それは後にしましょう」


 菅原 官房長官が言った。まだ報告すべき事項があるからだ。

 阿賀野 総理が頷いたところで滝田 国防大臣が口を開く。


「フィルディリア大陸の国々が我が国に対して兵器を購入したいと打診してきている」


「兵器購入ですか……。彼らに扱えるでしょうかね……。それに技術の過度の流出も避けたいところです」


「一応、74式戦車や24式噴式戦闘機の輸出仕様などを考えているが……」


 滝田 国防大臣が例として挙げたのは戦後第二世代戦車である74式戦車と、第三世代ジェット戦闘機である24式噴式戦闘機『刃風』だ。

 大日本帝国から日本国へ変わったのは1972年。そのため、74式戦車と、24式噴式戦闘機では命名基準が異なっている。それぞれ西暦1974年制式採用、皇暦2624年(西暦1964年)制式採用である。


「74式戦車ですか……。21式ではダメなのですか?」


 21式戦車は史実の61式戦車と酷似した戦車だ。74式戦車よりも1つ前世代型の戦車であるが、フィルディリア大陸諸国の戦車よりも十分に強力である。

 だが、滝田 国防大臣は阿賀野 総理の問いに首を振った。


「ダメだ。フォルワナ共和国とやらの戦車が21式に近い性能を持つ可能性が出てきている。これでは実戦配備した日には陳腐化していることになる」


 フィルディリア大陸の国々がどうして日本製兵器を購入したいと考えているのかを思えば、21式戦車では力不足である。同盟国からの信用を得るため、防衛力を高めるため、日本製兵器のブランドを確立するためにも74式戦車の方がいいだろう。


 戦闘機の方はミサイルを運用できる第三世代ジェット戦闘機だ。最低でもミサイル運用ができなければ先方も納得しないだろうという判断だ。


「……なるほど、分かりました。また後ほど、輸出兵器の品目について話し合いをしましょう。輸出自体には反対するつもりは私にはありませんし……どうやら、他の人もそのようです」


 特に経済産業大臣は乗り気だ。フィルディリア大陸東部の国家は合計で5ヶ国。エレミア共和国、ルアズ王国、ドートラス首長国、アルマラス王国、ルーガット共和国だ。

 これらの国々に日本製兵器を売ることができれば、国内の軍需産業は息を吹き返すことだろう。そこから日本経済の活性化の兆しが見えるかもしれない。日本の経済や産業を司る立場の人間としては、是非ともやってもらいたいことである。


 結局、反対者が出ないまま兵器輸出の話は決まった。技術流出の危険があるが、そもそも輸出する兵器が旧式だ。

 また、新たに生産ラインを整えて再生産するが、現代になって新たに開発された新技術は一切使わず、当時の仕様からさらに輸出仕様にスペックダウンさせる。それでも大陸諸国の戦車相手では無双できるだけの性能を持つのだから、技術格差とは恐ろしいものである。








「総理……。先ほどの予算の話ですが、軍事費の削減はダメなのですか?」


 一通りの会議が終わった後、徐に農水大臣が問うた。

 日本の軍事費は莫大である。国家予算も莫大でGDPも莫大なのだから、ある意味では当然なのだが、それでも目を見張るほどの額が計上されている。

 今までは財政が安定していて無理もなくそれだけの軍事費を計上していた。だが、今は非常時だ。経済対策など、他に使い途がたくさんある。ならばそちらに回すべきではないだろうか、と農水大臣は言っているのだ。


「無理です。旭日党に叩かれますよ」


 阿賀野 総理は肩を竦めた。

 旭日党は右派野党の1つであり、野党の中では最大政党だ。彼らは清々しいほどに愛国心MAXの右翼集団であり、少額ならともかく、軍事費の大幅削減などしようものなら『国家の安全保障の軽視だ!』といって大ブーイングを飛ばすことだろう。

 しかも何だかんだで世論からの評価も悪くない政党である。能力如何はともかくとして、公奉滅私の精神をもって動いているからだ。そんな野党を敵に回すのは勘弁してもらいたいのが与党である自由党の考えだ。


 確かに軍事費の額は大きい。

 総兵力にして140万人。1000両以上の先進国水準を超える90式戦車や10式戦車。2000機以上の作戦機に150隻を超える主力艦艇。強襲揚陸艦や輸送艦、軍港防衛用のフリゲートやミサイル艇なども入れると300隻を超える。

 これだけの軍備を整備、維持するのには金がかかる。今まではさして無理な負担ではなかったが(史実以上の発展のおかげで)、今後はどうなるか分からない。

 だが、旭日党や安全保障の面を考えると大幅削減は得策ではない。特に何が起こるか分からない現状では。


 阿賀野 総理の考えを聞いた農水大臣は素直に下がった。彼とて思いつきで言ったのだ。それほど自分の意見に固執するわけでもなかった。








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