第3話
西暦2020年1月上旬
日本 横須賀
横須賀基地 陸軍駐屯区画 第一仮想訓練棟 会議室
11:22 JST
横須賀。大日本帝国時代より海軍の街として発展してきたが、終戦後に士官学校を横須賀市内に設置され、正式に日本国と名を改めてからは陸海空軍統合運用思想もあって横須賀基地には新しく陸軍駐屯地や空軍航空基地が設営され、今や海軍だけではなく、もはや軍の街となっている。
軍の街と聞くとあまり聞こえは良くないが、実際のところは治安も良好で経済も発展している大都市だ。
横須賀基地に所属する日本軍人は約3万人。陸軍第1師団や海軍第1艦隊、ステルス戦闘機F-3Aを運用する第301、302飛行隊。そして陸軍最精鋭部隊の1つと評される第1特別任務大隊といった部隊が横須賀基地に所属している。
横須賀基地はその分巨大化し、複数の市に跨がる臨海基地となっている。
その横須賀基地の陸軍駐屯区画の一角にあるのっぺりとした無個性な建造物。軍の施設は大概無個性なのだが、これはそれに拍車をかけているように無個性だ。なにせ窓すらなく、あるのは非常口と出入口のみ。色はまさにコンクリート色とでも言うべきものだ。
見た目の手抜き感は中国もビックリだろう。まぁ、耐久性は建築基準に達しているため、ハリボテみたいなものすら存在するあちらよりは遥かにマシなのだが。
この妙な建造物の名は第1仮想訓練棟。日本軍が近年開発した仮想空間訓練システムを中に収める重要建築物である。
日本では既に仮想空間技術……それもフルダイブ型のものが現実のものとなっている。さすがに民間に広く普及するには至っていないものではあるが、軍では既に運用が始まっている。
さらに仮想空間技術から発展した拡張現実技術も登場し、日本の科学技術力は新たな局面を迎えている。
そんな超技術が満載の第1仮想訓練棟の中にある会議室。いわゆるミーティングルームだ。簡素な作りで、机が学校の教室のように並べられ、前にはスクリーンと壇がある。
そこには7人の男達がいた。内、4人は若く、成人すらしていない。彼らは学校の少人数教室の如く並べられた席に座っている。
一方の残り3人。全員、程度の差はあれ座る4人に比べると年輩だ。
「さて、では今回のテストの評価に移ろう」
そう言ったのは壇上に立つ30代前半に見える男。陸軍の迷彩戦闘服を着込み、襟元の階級章は少佐。この場では最高位の階級を持っている。
その胸元には『士官学校 特別選抜班 教育隊長』と書かれたプラスチック札が付けられていた。
「まずは隊長である如月 候補生」
「はっ!」
返事をしたのは中肉中背の少年。顔立ちは中性的であるものの端正であり、その眼つきは鋭く中性的な顔立ちにありがちな女々しさが一切感じられない。本人自体も無愛想な部類に入るのだろうか、どこか近寄りがたい雰囲気がある。
彼こそ、先ほど機動歩兵部隊の隊長を務めていた如月蓮夜である。
「お前の指揮、判断は正確で素早く、特に問題は見当たらなかった。戦闘についても認識拡張を一切行わずとも十二分にその力を発揮していたように思う」
「ありがとうございます」
蓮夜は教育隊長にそう礼を述べた。ここに座る4人は蓮夜、祐哉、純平、健だ。彼らは士官学校の特別選抜班に所属する士官候補生なのだ。
そして、先ほどの任務は全て仮想空間訓練。そして彼らの能力テストでもあった。
そして教育隊長が口にした『認識拡張』という言葉。これは18式機動兵装が搭載している特殊なシステムだ。もっと分かりやすい言葉で表現するならば『思考加速』。
拡張現実技術を応用した技術で、脳と外部のコンピューターを一時的に繋げることで処理速度を向上させ、人間の思考能力を格段に引き上げてしまう。感覚的には時間が引き延ばされ、頭が異常にスッキリとして冴える、といった感じだ。
無論、ここまでの力には適性も必要であり、機動歩兵の適性者は軍にスカウトされ、士官学校の特別選抜班にて高度な教育と軍事訓練を施される。通常の教育どころか一般の士官教育すら超越する密度と高度さを有する教育であるため、頭脳も必要だ。
特別選抜班には学年が存在しない。与えられた全ての課題をクリアし、必要とされる能力を全て身につけたと判断されれば即座に卒業して実戦配備される。
異色であるが、それ故に敬意と畏怖を軍内で集める存在。それが機動歩兵なのである。
「次に高橋 候補生」
「ういっす」
やる気があるのかないのかよく分からない返事をする祐哉。教育隊長は特に反応は示さなかったが、残り2人の内の1人、胸元に『士官学校 特別選抜班 教育副隊長』のプラスチック札を付ける男が軽く祐哉を睨む。
とはいえ、何も言う気はないらしい。軍人として、上官に対する態度がなっていないが、キチンとする時はするし、これから祐哉が配属されるであろう機動歩兵部隊というのは、ある意味で階級という問題を超えたところにある。それに教育隊長も祐哉のスタイルを認めているようなのである。
故に、教育副隊長は不本意だが多少のことには目を瞑る。
「全般的に優秀だと言える能力を示している。十分合格基準……なのだが」
「器用貧乏っすよね」
教育隊長の言葉を予測してそう言う祐哉。それに頷く教育隊長。
「如月 候補生ほど、お前は機動兵装適合率は高くなく、白井 候補生ほど車両の操作に長けておらず、水野 候補生ほど爆弾の扱いに長けていない。……確かに器用貧乏だろう。だが、それは同時に取り立てて弱点がないことも示す。それほど気にすることではない。しかし、何か一芸に秀でる方がいいのは事実だ」
「了解です。……しっかし、何をしようか……」
祐哉は自分の得意なことを探す。だが、残念なことに得意なことといえばギター演奏くらい。戦闘には全く役に立たない。
「祐哉ぁ、無理して探すことないんちゃう? お前はお前らしくやってりゃいいと思うで」
そう言うのは純平。祐哉は笑いながら「それもそうか」と返す。
「次に白井 候補生」
「はい」
「お前は運転に関してはピカイチだな。少々……いや、けっこう暴走するが。……自重しろよ?」
「教育隊長~、そんな褒めても何も出えへんで?」
「いや、後半は褒めてない」
教育隊長がツッコむ。それを聞いた純平は「隊長は分かってるなぁ~」と言い、教育隊長は疲れたような顔をした。
「……コイツら、なんか疲れる……」
そんなことを呟く教育隊長に、副隊長ともう1人の男……『特別選抜7班 指導教官』というプラスチック札を付けた男は、憐れみの目を向けた。
彼らも散々、蓮夜達に振り回されてきた(?)ため、ものすごく共感できてしまうのだ。
教育隊長は1つ咳払いをして仕切り直してから、最後に健の評価に入る。
「爆弾の配置、及びその仕事の早さは特筆するに値する。ただ、これまでのを総合して見ると、必要以上に派手にやることが多い。……お前のことだから爆薬量を間違えているわけではないのだろう?」
「はっ! 爆発は芸術であります」
「そ、そうか……」
至極真面目な顔で爆弾魔的発言を行う健を見て、教育隊長はそう返すしかなかった。
蓮夜達、特別選抜7班は非常に優秀ではあるが変人ばかりだ。ただ変わっているだけなら別にどうだっていいのだが、上層部が期待しているくらいに優秀なのだ。何とも残念な気がしてならない。
「……何はともあれ、お前達は十分に合格基準に達しているものと見なす。今回で戦闘主要テストは全課程終了である。……あとは座学が少しか」
教育隊長はそう言う。
特別選抜7班は今ので実践科目は終了だ。残りは座学のみである。
特別選抜班の人員には学年というものがない。優秀ならば、どんどんと課程を履修していって卒業することが可能だ。
「蓮夜。お前に関しては最短記録を更新しそうだな」
教育隊長は笑みを含ませて言った。蓮夜は現在16歳。10歳で機動歩兵の才能アリと判断されて士官学校に入った。
それから僅か6年で全訓練課程と大学機械工学系の勉学の履修を終わらせようとしている。まさしく天才としか言えない。
「……ありがとうございます。教官の指導の賜物です」
蓮夜は謙虚にそう答えるだけ。
彼の人格評価も悪くない。無愛想で取っつきにくいところはあるが、誰とでも一定以上の関係を構築することができる。
……まぁ、問題がないわけではないが、そこは今語ることではないだろう。
「さて、では士官学校に帰るぞ」
「「「「はっ!」」」」
教育隊長の言葉に蓮夜達は一斉に返事を返した。
今後、蓮夜達は混迷していく世界情勢に巻き込まれ、その中で稀有な活躍を見せることとなるが……それを予見できた人間はこの世界に存在しなかった……。
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北暦1710年(西暦2020年)1月中旬
エレミア共和国 首都エルミール
大統領府 大統領執務室
10:07 現地時間
「ふむ……」
スポイル大統領は、自分の執務室で考え事をしていた。
今、秘書官の男性も側にいない。考え事に集中したいから他の仕事を回したのだ。彼も大統領の考えを察していたようで、特に何も言うこともなく従事している。
彼の頭の中を占めるのは、先日の会議のこと。新たな国家、日本に対する指針を決める会議である。
この会議は強硬派が強く出てきた会議だった。元々、政府内でも融和派と強硬派が存在し、これまでも激しい論戦を繰り広げてきた。
今回もそうなるかと思ったら、そうではなかった。融和派としても日本に対する態度を決めかねていたのだ。融和派とはいえ、何でもかんでも穏健にやるわけではない。力の強い国があれば、敵対しないようにするのが融和派。打倒せんとするのが強硬派だ。
今回の場合、軍事力が大したことないと見られているため強硬派の『高圧的な交渉』も、融和派としても吝かではない。
……だが、スポイル大統領は嫌な予感を感じていた。
再度、日本の公船と接触したときも軽武装の白色の船だった。よって、軍事力が大したことないのは明白だ。普通は見栄を張って強力な艦艇を差し向ける。だが、日本という国はあんな船しか出さない。それはつまり、あれしかないということではないか。
それが会議の決定だった。
だが、スポイル大統領は未だに疑念を振り切れずにいた。接触した海軍の駆逐艦が撮影した映像からして、確かに単装砲1門が主砲という軽武装。しかし技術力は高そうだ。
……果たして、技術力が高い国の軍事力が低いということが有り得るのだろうか。技術力の進化は戦争に勝つために研究する時にこそ発達する。敵に自分を害させないからこそ、技術力を維持できる。それを考えると、とてもではないが他の者達のように楽観的意見には走れなかった。
……そして、たとえ本当に軍事力が低くとも、技術力があるのならばそれなりに強化できるのではないか。あまり怒らせるとエレミア共和国は東にも敵を作るかもしれない。
「……いや、もう遅いか」
会議をして決めたことだ。自分もその時は了承したのだ。今更、こんなことを1人で考えてももう遅い。
賽は既に投げられたのだ。
……もっとも、彼がそれを後悔する時がすぐそこまで迫っていたのだが。