第22話
久しぶりの更新です。お待たせしました。
久しぶりなこともあって、今回は難産でした。書いていく内に冗長的な話になり始め、一部を大幅にダイジェスト化しています。それでも一万字を超えるという(笑)
西暦2021年3月16日
ドートラス首長国 カルシア近郊
捕虜収容所
10:15 現地時間
蓮夜達は捕虜収容所の中を歩いていく。戦闘服を着た日本兵は散見されるものの、今回の蓮夜達の格好は正装。日本陸軍の軍服である。そのせいか、入ってからは捕虜達から奇異の目で見られた。
「……なんか落ち着かねぇな……」
祐哉がそう言い、蓮夜は頷く。確かにこの状況は落ち着かないだろう。元は敵だった人間にじろじろと見られているのだ。敵意はそれほど多くないが、それでも居心地が悪いことには変わりない。
「さっさとやることを済ませて帰ろうや」
純平がそう言う。皆、全くもって同意である。
「つかよ、なんで俺らは捕虜との交流をさせられてんだ? 意味あるのか?」
「さあな。立川 特務大尉が考えていることが読めない。まぁ、表情からして何か理由がありそうだが……」
「しょうもない理由やったらあのおっさんの顔面殴ってええかな?」
「独房へは一人で入ってもらうぞ? 俺は知らんからな」
純平のバイオレンスな発言にそう言っておく蓮夜。実際に純平が言葉の通りの行動をしたら、隊長である蓮夜も処罰の対象となりかねない。そういうわけで「俺は知らん」では話が通らないのだが、今回は純平が冗談を言っているということは蓮夜も理解している。でなければ、ここで純平を取り押さえているところだ。
「ったく、軍人の仕事じゃないだろうに……」
「……軍人、というよりは若者、という気もしますが」
ボソリと唯が言う。
「どういうことだ、神埼?」
蓮夜が問うた。
「……これが軍人の仕事として不適切であることは、変態かつ女の敵である高槻 少尉にもわかることですが」
「おい、ちょっと待ってくれ、何故に息をするかのように俺をディスる!?」
「……うるさいです。話の腰を折らないでください」
「お、俺が悪いの……?」
理不尽な仕打ちに項垂れる祐哉。とはいえ、本気で傷ついているわけではないし、唯も本当に傷つけようとしているわけではない。これはこれで2人のコミュニケーション方法なのである。
……まぁ、唯としては祐哉のようなチャラそうで実はけっこうヘタレなタイプの人間はあまり好きではないので、半ば本気で言っている部分も無きにしもあらず、といったところだが。
「……こほん。私達の共通点は確かに軍人であることですが、それだけではありません。若い世代が揃っているということも挙げられると思います。軍人としては不自然ならば、こちらの方が今回の命令の理由に繋がってくると考えるべきです」
確かに第2機動歩兵小隊はルーキー揃いであるし、年代も近い者で構成されている。
一般の部隊に比べたら奇妙にも思える編成だが、小隊が4名編成と少人数であるため、むしろルーキーを1つにまとめた方が何かと都合がいいのだ。基本的に中隊規模で作戦行動を行うので、ルーキー小隊には比較的難度の低い行動を回し、ベテラン小隊に難度の高い行動を回すのが一般的である。
それはさておき、どうにも唯の言葉が真実に最も近いと皆は感じた。それだけの説得力のある考えだ。
「なるほどな。そう考えると、確かに説明がつく……か」
蓮夜はそう呟く。
自分の小隊をサポートしてくれるオペレーターの頭の回転の速さを心強く感じたところで、目的地に着いた。事前に知らされていた番号と、仮設の建造物の看板に書かれた番号が一致している。ここには似たような建物がたくさん建ち並んでいるため、各々に番号が振り分けられているのだ。
「ここか……。会議室……?」
「……恐らく、本来は収容所内の警務隊のためのものですね。警備ルートや捕虜の様子に関しての会議も行うでしょうし」
「なるほど。ありがとな」
唯の解説に礼を言う蓮夜。礼を言われて無表情な顔を少しだけ赤らめて「……いえ」と呟く唯。
他の3人には、唯がまるで尻尾をぶんぶん振り回して喜びを表現する子犬のように見えていた。
「じゃあ、行こうか」
そう言って蓮夜はドアをノックした。
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この日、エリナとシェリア、ルーデルを含む10名足らずの生徒達は会議室に呼ばれていた。理由は詳しく知らされておらず、呼ばれた生徒達は戦々恐々としながら会議室に集まっていた。
「うぅ……。シェリアちゃん、私達、何か悪いことしたかなぁ……?」
不安げな表情でシェリアに訊ねるエリナ。
「大丈夫なんじゃない? ニホン軍って敵対してなきゃ理不尽なことはしてこないみたいだし」
シェリアが言ったことは、捕虜となったフォルワナ人達の大多数が日本軍に対して抱いた印象だ。捕虜にされた後に拷問されることもなければ強制労働に就かされることもない。人権が守られているのだ。
「でも……私達にとっては何でもないことでも、ニホンからしたらとんでもないことをやってたりとか……」
「そんなことは……全くないとは言えないけど、心配しすぎでしょ?」
シェリアは呆れたようにそう言う。エリナは案外心配性なところがある。全面的に悪いことかと聞かれれば、それはもちろんNOだが、少なくとも今は彼女のその性質がマイナスに働いている。
「……マジで、なんで呼ばれたんだよ……」
「うぅ……何かやらかしちまったか……?」
「私、何も悪いことしてないのに……」
他の面々も不安げな様子。それも仕方のないことだろう。思ったよりも友好的だとはいえ、元は敵だった日本軍。こういう事態になれば、いくらでも嫌な想像はできてしまう。
「……………………」
そんな中、ルーデルは意外にも静かだった。車イスに座ったまま、怯えずに状況の変化を待っている。
「……意外ね。あんただったら、喚き散らしてもおかしくないって思ってたけど」
そんなルーデルの姿を見て、シェリアは嫌悪感を隠さずにそう言う。彼女の持つルーデルへの不信感は相当なものである。……まぁ、当然であるが。
「喚いてもどうにもならないからな。……少しは学んだ」
「………………」
ルーデルの言葉にシェリアは本気で驚いていた。あの傲慢不遜の権化とでも言うべきルーデルが自分が未熟だったことを認めるような発言をしたのだ。驚くのも無理はない。
「勘違いするなよ。ニホンの連中に、俺がニホン人を怖がっている、なんて思われたら癪だからな。堂々と居させてもらう」
ルーデルの言葉は半ば事実だ。日本の力は確かに認めるが、彼は決して日本人を自分達フォルワナ人の上位存在とは認めようとしていない。
まぁ、日本側としてもそんな風な認識をされても困る。あくまで対等。それが日本が望む関係だ。むしろ、ルーデルの考え方は立派かもしれない。相手の力を認めつつも、自らの誇りを失わない。見方によってはそう捉えることもできるのだ。
「ふーん……」
シェリアはルーデルを横目で見つつ、そんな適当な返事をした。
やっぱり蟠りは消えない。当然である。銃を向けられたのに仲良くなどしていられるわけがない。
そんな様子で時間がしばらく過ぎる。そろそろ待ちくたびれたところにノックの音がした。
入ってきたのは日本人の若者達。いや、ただの若者達ではない。全員が制服らしき何かを着込んでいる。十中八九、軍服だろうとその場にいたシェリアやエリナ、ルーデルやその他の生徒達は考えた。
その割にはその軍服を着ている若者に違和感を感じる。その若者達は自分達と同年代か、もう少し年上程度にしか見えないのだ。中には、年下ではないかとすら思える少女の姿もある。
「……君達が今日の交流相手か?」
愛想の良くない青年が訊ねてくる。
「……私達は何も聞いてないわ。ここにいろ、としか言われてないし。後で人が来ることだけは聞かされてたけど」
代表してシェリアが答える。青年は「そうか」とだけ返し、集められたフォルワナ人の面々の顔を眺めだす。やがて、ルーデルのところで動きを止めた。
「足は大丈夫か? まぁ、武器を捨てないお前が悪いんだから、俺は謝らんが」
「なに……?」
突如の謎の言動。何が何だか分かっていない様子のルーデルに、青年の方も首を傾げる。
そこで小柄な少女が声を上げた。
「特務少尉、彼は特務少尉の素顔を見たことがありません」
「ああ、そう言えばそうだったな」
青年は合点のいった様子で頷いた。そしてルーデルに告げる。
「俺はお前が捕虜となったあの日、お前の両足を撃ったんだ。久し振りだな」
「「「……ッ!?」」」
野戦司令部が奇襲されたあの日の現場にいた面々……シェリアやエリナ、ルーデルと他数名は驚愕した。あのこの世のものとは思えない化け物の中身が自分達とそう変わらない年代(に見える)の人間だったからだ。
「……あなたが……あの時の……」
エリナは囁くようにそう呟く。それを聞いた青年……蓮夜は頷いた。
「その通りだ。その時、一緒にいたのはこいつらだ」
そう言って祐哉と純平、健を紹介する蓮夜。紹介された3人は各々で様々な反応をする。祐哉はウインクをし、純平はニカッと笑い、健は鼻を鳴らすだけに留まる。
続いて蓮夜は唯の紹介もする。
「この子……神埼は後方支援オペレーターという……まぁ、俺達を後方からサポートしてくれる奴だから、あの場には直にいなかったが」
「……ども」
小さく頭を下げる唯。小柄で可憐かつ少々日本人離れした容姿のこの少女が軍人であるという事実を未だに受け止めきれていないのか、シェリア達の反応は微妙である。というか、むしろ反応に困っている様子だった。
「……まぁ、俺達が軍人に見えないっていうのは仕方ない。俺達は特殊な部隊に入っていてな。年齢よりも能力や適性を重要視している。そのせいだな」
機動歩兵やそれに類する兵は通常の兵士とは扱いが異なる。普通では募集しないような年齢の人間ですら入隊を許可することもよくあり、そしてそれも法律で正当化されている。優秀な人材を早期の内に確保し、訓練を施して実戦投入できるようにしておきたい軍部の意向が反映されているのだ。
こういったことは前世界では……特に日本やアメリカ、ヨーロッパでは普通になりつつあった。各国の特殊装備部隊や特殊部隊の装備や練度が拮抗しつつあり、他を出し抜くために個々人の特殊技能にまで目をつけ始めていたのだ。そして機動歩兵などの、現代兵器としては奇妙としか言いようがないような『訓練すれば誰でも使えるようになるわけではない兵器』が生まれ始めたのである。
閑話休題。
「……それに、そっちの国だって君達のような未成年を徴発している。しっかりと訓練されているウチの方がマシだろう?」
フォルワナ人の何人かはその言葉にムッとした表情をするが、シェリアとエリナは納得した。自分達はマトモな訓練も為されずに戦場に放り出されてしまったが、日本はちゃんと訓練している。どちらがいいかは明白だろう。
……まぁ、未成年を正規兵とする日本のやり方もなかなか特異なものがあることも否めないが。前世界でも事情はあるとはいえ未成年を入隊させる(徴兵ではなく自由意思で)ことを問題視されることも多かった。少なくとも全く問題がないということはないだろう。
「まぁ、今回は交流をしろ、と言われている。喧嘩腰になるのは止そうか」
蓮夜はそこで初めて笑みを浮かべた。
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「じゃあ自己紹介も済ませたところで……」
蓮夜達とフォルワナの学生達が互いに自己紹介した後、蓮夜は皆に1枚ずつプリントを配った。
「……? これは?」
エリナが首を傾げながら言う。
「それに書いてあることについて話し合おうってことらしい。実は俺も内容は知らされてない」
そこには英語(フォルワナ語)でいくつかの項目があった。蓮夜はこれを渡された時、その時になるまで内容は確認しないように上官に言われていた。そのため、内容自体は知らない。
「えっと……まずは『祖国をどう思うか』?」
シェリアが最初の項目を口にした。
そこで裕哉が苦い表情をする。
「なぁ、蓮夜。何となく上層部の目的を察してきたんだが……」
「奇遇だな。俺もだ」
蓮夜は肩を竦めた。これは異文化交流に託つけたフォルワナ人の若者の思想調査だ。フォルワナ人の考え方や感性を調べようというのだろう。本当の特性を知ろうとするのなら、同年代をぶつけてみて相手に余計な緊張を与えないようにするのが一番いい。本来ならば一般人の方がいいのだろうが、一応ここは戦場のすぐ近くだ。こんなところに民間人を連れてくるわけにもいかないだろう。故にその代用が蓮夜達なのだ。
「んじゃ、俺から言わせてもらうかねぇ」
祐哉はそう言って、自分の考えを述べる。
「なんつーか……誇りには思ってるわな。自分が日本人に生まれてよかったと思ってるし、国のためになら命だって懸けられる。命を捨てろ、とまで言われたら悩むけどな」
祐哉はそう言って笑う。
「うん、普通にいい国だぜ、日本は。いろんな自由や権利だって保証されてるし、豊かだし、安全だしな」
蓮夜達も頷きながら祐哉の言葉を聞いていた。祐哉の言っていることは特別なところは何もない。多くの日本人は、国のために命を懸けられるかどうかは別にして、その後の部分は共感できるのではないだろうか。祐哉が言っていることの多くは一般論なのだ。
その言葉を正直胡乱げな様子で聞くフォルワナ人学生は多かった。
「それは自分の国だから贔屓目に見ているだけじゃないのか?」
フォルワナ人学生の一人がそう言う。
「……と言うと?」
蓮夜はそう訊ね返した。
「警備のニホン兵から聞いたんだけど……ニホン人は何かの教えに従うことはないんだろ?」
「国教を定めていないという点では、確かにその通りだ」
「……そんなの野蛮じゃないか。何の教えもなく、神すら信じないお前達が住むような国が良い国とは到底思えない」
フォルワナ人学生の言葉。それは日本人からすると疑問符がつきかねないものだったが、フォルワナ人からすれば日本人の宗教観の薄さこそが有り得ないことだった。
フォルワナ人にとって宗教というのは人間のあるべき姿を説く規範のようなものだ。彼らにとって、異教徒とは間違った規範を信じている愚かな連中。そのような認識だった。
だが、日本にはその規範がない。蛮族じみた異教徒ですら持っているそれを、日本は持っていない。フォルワナ人からしたら、日本、そして日本人は未知の不気味な存在にすら思えてしまうのも仕方のないことだった。
「……俺達からすれば、宗教に依存するのもどうかと思うけどな」
「どういう意味だ!?」
蓮夜はそう言って肩を竦める。だが、言われたフォルワナ人学生は苛立ちを隠さずに声を荒げた。規範すら持たない蛮族以下に自分達の宗教観を批判されて血が上ったのかもしれない。彼は集められたフォルワナ人学生の中では、かなり敬虔なオーラルド教信者だったのだ。
「自らの行いを神の意思として正当化する。……敬意を払うなどと言いつつ、全ての責任を自らの神に押しつける、といったやり方しかできない社会は未熟じゃないかと思ってな」
「なんだと……!?」
「そうだろう? 日本軍が行った捕虜への聴取の際には、『大陸解放は神の意思だ!』とか『神の教えに従ったまで』とか『神に寵愛を受けている優秀な我々フォルワナ人こそが世界を支配するのだ。神もそれを望んでおられる』などと供述するフォルワナ兵もいたそうだからな。ただの侵略行為を神の名の下に正当化しているじゃないか。まぁ、負けたくせに大言壮語を吐くバカがいる、と捕虜聴取担当の連中はみんな呆れていたよ。数はそれほど多くなかったらしいがな」
蓮夜は侵略行為自体よりも、悪行をする際に自らが敬愛すると言って憚らない神に全責任を押しつけるような言い方が気に食わなかった。それをするくらいなら、相手を挑発してボロを出させて、それにいちゃもんをつけて宣戦する方が良い。
敬愛する存在に責任を負わせる、といったことが常態化していることが蓮夜には不気味に思えたのだ。
「言わせておけば……!」
フォルワナ人学生は歯軋りをする。そこで蓮夜は問う。
「じゃあ、君は祖国のことをどう考えているんだ?」
「もちろん、偉大なる祖国だ。この世界のいかなる文明よりも高度な文明と誇りを持ち、神の寵愛すら受ける神聖なる大国だ。そして今も、野蛮な異世界国家どもを倒し、文明化し、教化している。俺達フォルワナ人は正義を為しているんだ!」
「………………」
あまりの内容に何も言えない蓮夜達。内心で『いろいろ拗らせすぎだろう……』と思っているが、それを言うと場を収めるのが面倒になるのが目に見えているため誰も言わない。
だが、そこで思わぬ者が発言する。
「……私は……少し、母国のことが信じられなくなりました」
そう言ったのはエリナだった。当たり前だが、敬虔なオーラルド教信者であるフォルワナ人学生はエリナのことを睨む。
エリナはその視線に怯えながらも自分の考えを述べた。
「私は……教科書とメディアでしか外の世界を知りませんでした。少し前まではそれが事実だと思い込んでました……。ですが、実際に大陸に来てみると、母国で教えられていたこととは全く違う光景を見てしまいました」
母国では、『圧政と間違った教えによって苦しめられていた大陸諸国の民衆を解放し、民衆はフォルワナ共和国を歓迎している』、として武力を用いた大陸への進出を正当化していた。政府とメディアが率先してそう主張していたのだ。そして、多くの……いや、ほぼ全てと言ってもいいであろうほどのフォルワナ人がそれを信じていた。
しかし、実際に大陸を見たエリナやシェリアは報道とは異なる光景を目にしたのだ。
怨みと怒りの篭った現地人達の視線。遊び半分で現地人に暴行を加えたり、当然の権利として行使するかのように略奪を行うフォルワナ兵。
彼女達にはその光景はあまりにもショッキングだった。そして、それは祖国の主張する正義を疑うのには十分な光景でもあった。
「……だから、私は……自分の国のことが信じられない、です」
エリナはオドオドとした様子のまま、そう言った。
「この……っ!」
当然、オーラルド教信者のフォルワナ人学生の少年が声を荒げる。
「やめなさいよ。私だってエリナの意見には賛成よ」
シェリアはオーラルド教信者の学生に対してそう言った。
「何を言ってるんだ!? お前達に誇りはないのか!?」
「フォルワナ共和国がアンタの言う通りの国だったら、こうやって何万人も捕虜にされて敗退なんてしないでしょうが」
シェリアは声を荒げる彼に対してそう返した。
睨み合う二人。オロオロとし始めるエリナ。そこでルーデルが口を開いた。
「……ニホンから見て、フォルワナ共和国はどんな感じなんだ?」
蓮夜は少し考えてから答える。
「……俺達日本人の思考回路では理解できない存在、だな。もしくは、非道な侵略行為を行う残虐な帝国主義国家か」
「……要するに、お互いがお互いの価値観を理解できへん、ってことやな」
蓮夜の言葉に続いて、純平が発言する。奇しくもと言うべきか、皮肉にもと言うべきか、お互いが感じる相手への不快感の原因の1つは、価値観の相違という点で一致している。
こうなっては真に分かり合うことは難しい。現代地球世界でもそんなことは不可能なのだ。
「奇遇だな。俺もアンタらのことは全く理解できない」
敬虔なオーラルド教信者であるフォルワナ人学生が吐き捨てるようにそう言う。やはり彼からしたら、日本人は理解不能な存在なようだ。その理解不能な存在が強大な力を持っているのだから、彼の感じている不安は大きなものだろう。
悪くなる雰囲気。それを変えようと思ったのか、今度はエリナが口を開いた。
「あの……ニホンのことについて書かれている本を読んだんですけど……。ニホンって外国から取り入れた文化も伝統文化もたくさんありますよね? それもお互いに排除しようとせずに共存している……。私、ニホンのそういうところは凄いと思います」
エリナから出たのは日本に対するポジティブな意見だった。
「ふん、ただ無節操なだけだろ? 文化に対しての誇りがないんだよ」
相変わらず、敬虔なオーラルド教信者であるフォルワナ人学生は否定的な観点からしか日本を見ていなかった。しかし、それも日本に対する考え方や意見である。
次に口を開いたのは健だ。
「確かに、日本には多彩な文化がある。外国由来のものから日本固有のものまで、たくさんな。見る人によれば、猥雑とした無節操な状態に思えるかもしれん。だが、文化というのは人々が楽しむためのものだ。難しく考える必要はない。良い文化があれば広めればいいのだ。それだけで人間は着実に精神的に豊かになれる……と俺個人は考えている。文化とは、誇りといった自尊心を満たすための道具ではなく、人間らしい生活をするために必要なものだ。多彩な文化を容認することは、多彩な生き方を容認することだと思っている。それが良いことなのか、悪いことなのかは、個々人の判断によるところだろうな」
健の言葉に反論する人間はこの場にはいなかった。いや、1名ほど『文化は自尊心を満たすための道具ではない』の下りで歯軋りしていたが、特に何かを言うことはなかったので割愛する。
「……結論として、価値観が根本的に違うってことだな」
蓮夜は独りでそう呟く。これでは水掛け論もいいところだろう。エリナが歩み寄りを見せただけである。蓮夜達日本人側もフォルワナ共和国側に一切の歩み寄りを行っていない。
その後も他の題材で蓮夜達とフォルワナ人学生達は意見を述べ合った。その題材は複数あり、『今の流行』や『最近世の中を騒がせたこと』、さらには『普段の生活』といった他愛もないものもあった。
それで分かったことは、国や宗教の絡まない話であれば両者ともに共感し合えるものもあるということだ。多少の文化の違いもあるが、普段の生活で考えていること……例えば『恋愛観』や『趣味』などといった点では、それなりに話を弾ませることはできたのだ。
この後、蓮夜は上官への報告書に『国・宗教に関することでは互いの理解は深まらなかったものの、一般生活における話題では相互理解の余地があった』という旨の内容を記載することになる。
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指定された内容の話し合いが終わった蓮夜達とフォルワナ人学生達だったが、幾分か予定よりも早く終わってしまって時間を持て余していた。余った時間は自由に話題を見つけて話してもいいと命令書には書いていたが、特に話すこともないし、一部のフォルワナ人学生は日本人に対する敵意を隠さないため、早めに切り上げようかと蓮夜が考えていた。しかし、そんなときにシェリアが口を開いた。
「……そう言えば、カンザキさんだっけ?」
「……ええ、何か?」
「その……他のニホン人とはちょっと違う感じがして……。髪の色とか……」
「……ああ、そのことですか」
シェリアが疑問に思っていたのは唯の日本人離れした容姿。フォルワナ人からしても、唯の容姿が日本人としては特異なものであることが分かるようだ。
唯もこれを聞かれるのは初めてのことではない。少しでも親しくなった者にはよく訊ねられることなのだ。……まぁ、彼女と親しいと言ってもいい者はかなり少ないのだが。
これは親しい者にしか話したことがないのだが(そもそも訊ねられることがほぼない)、本来隠し立てしているわけでもないことなので、唯は話し始めた。
「……私は元々孤児でした。両親の顔も知りませんし、何故孤児になったのかも分かりません」
「孤児……」
「……まぁ、この髪を見てもらえれば分かると思いますが、十中八九、私は外国人と日本人のハーフですね。篭に入れられて孤児院の前に放置されていた私を見て、保母さんは大変驚かれたそうです」
自分の、銀色とも白色ともとれる髪の先を弄りながら唯はそう言った。
篭に入れて放置されている赤子がいるというのも十分驚かされるだろうが、その赤子の髪が黒髪ではないことにも保母は驚いたことだろう。
「……ともあれ、私は孤児院で暮らすことになりました。ですが、私は友達を作るのが下手な子供で、孤児院の子供達の中で孤立してしまいました。保母さんの教育が良かったのか、幸いにもイジメには遭いませんでしたが」
唯は活発なタイプではない。こんな性格なのは子供の頃から変わらないらしい。
「……そんな私ですが、8歳の時に引き取り手が見つかりまして、それが神崎雄一……今の私のお父さんです。そして、上官でもあります」
神崎雄一 特務少佐。第1特別任務大隊の隊長を務める男だ。
「……お父さんに拾われてからは普通の女子として暮らせる……かと思っていましたが、どうやら私は情報処理能力に長けていたようで、軍からスカウトが来ました」
日本軍……というよりも、特別任務大隊が求めている特殊技能人材は機動歩兵への適性だけではない。その後方支援オペレーターや整備士も求めているのだ。
結果、唯は並列思考や並列作業が得意だということが分かり、スカウトが来たわけである。無論、普通に得意なだけではスカウトは来ない。天賦の才とでも言うべき才が必要だ。これはこれで機動歩兵への適性並みに凄まじい才能である。
「ニホンだと、ハーフは差別されないの?」
別のフォルワナ人学生の少女が訊ねる。
「……多少は奇異の目で見られることはありますが、排除されるようなことはありませんね。ちょっと変わった人、といった扱いでしょうか。フォルワナ共和国ではどうなのですか?」
唯は逆に聞き返した。
「……それは、その。やっぱり差別……されます」
唯の質問にそう答えるフォルワナ人学生の少女。別段、珍しいことではない。マイノリティーは排除されやすいのが人類社会の常だ。日本だって一切の差別がないわけではない。特に特亜の在日外国人は史実以上に嫌われる傾向にある。
「神聖なるフォルワナ人の血と、薄汚い蛮族の血を混ぜているんだ。当然だろう」
そんなことを宣うフォルワナ人学生もいる。フォルワナ人の内、敬虔なオーラルド教信者はそう考えているのだろう。救いがあるのは、フォルワナ人の中でも考え方に大きな差があることだろうか。
これを皮切りに残りの余った時間は雑談に費やされた。相互理解ができた、とまでは言えないが、少なくとも相手がどういう存在かということ朧気に察することはできた。
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この交流会の後、派遣部隊の上層部では蓮夜の書いた報告書を元に作った書類を捕虜の思想調査の結果として、本国に提出した。
蓮夜達の予想通り、これは思想調査だったのである。この交流会に託つけた思想調査は今後も別部隊や警務隊などによって続けられることとなる。
もっとも、この思想調査は副次的な目的として、日本のことを知ってもらうことで対日融和派が増やす、というものもある。それ故、交流会というのもあながち間違いではなかったのだが。
なお、蓮夜達の上司……立川 特務大尉は、蓮夜達に捕虜との交流を命じた時にニヤニヤしていたのだが、その理由は蓮夜達の交流相手を彼らに因縁のある捕虜……ルーデル達にセッティングするというイタズラ心を発露したが故のことだった。
報告の際、それを聞いた蓮夜は残念な人を見るような目で立川 特務大尉のことを見ていたという。また、立川 特務大尉も思ったより面白いことが起きなかったことを残念がっていた。
どうでもいいことですが、本作はロマン重視、日章旗の方は'比較的'リアル重視で話を作っています。そんなわけで細かいところは気にせずにお読みください(苦笑)
設定をいくつか改訂したのでいろいろ矛盾があるかも知れないですし……(小声)




