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交錯世界の旭日旗  作者: 名も無き突撃兵
第一章 フィルディリア大陸動乱編
26/29

第19話

お待たせしました。



帝国暦221年(西暦2021年)3月14日

日本 沖縄基地

巡洋艦『ベネロッサ』艦橋

08:11 JST





「凄いな、この国の軍備は」


 リガルダ帝国が誇る最新鋭巡洋艦の『ベネロッサ』の艦長はそう呟いた。

 彼の眼前に見えるのは、見慣れた艦橋と窓の先にある大きな軍港。そこに停泊する多くの日本海軍の軍艦。


「確かにあの巨大な艦は凄いと思います」


 傍らに立つ副官がそう言いながら見るのは、艦橋からもよく見える場所に停泊する巨艦。その割には武装は少なく……というよりもほとんど無いように見え、艦橋は右端に寄っている。そして全通甲板を採用し、そこを固定翼機の滑走路代わりに使っている艦。

 翔鶴型融合炉航空母艦の一番艦『翔鶴』だ。小国の空軍力を上回るほどの航空戦力を単艦で運用できる戦略級の兵器。その威容は圧倒的ですらある。


「あのような形の艦のことを航空母艦と言うのだったかな……、一昔前に本気で考えられていたらしいが……。ミサイルの登場で必要性が薄れた、という話だったはずだ」


 リガルダ帝国では航空主兵論が主流になる前にミサイルが登場し、ミサイル万能論が主流になった。成功するかどうかも分からない航空母艦を建造して運用するのに必要なコストで、ミサイル戦闘艦を使った方がいいという考えが広まったのだ。


「他の艦も先進的な設計思想で建造されたようです。我々との技術力差ははっきりとしていますね」


「そうだな……。テクノロジーで我々が劣っているのは間違いない。問題は、彼らとどう向き合っていくかだ」


 艦長は厳しい顔で軍港の景色を眺める。軍港の規模や停泊する艦艇、そして港湾設備……それら全てがこの国の強大さの一端を見せてくる。

 この沖縄海軍基地の規模はリガルダ帝国帝都の港湾設備を上回る規模だ。それを首都でもない地方の海軍基地に作り上げている。国力の差も大きいだろう。


「……こういうことを考えるのは我々の仕事ではないな」


「ですね。我々はあくまで軍人ですから。政治や外交のことは専門家に任せておくしかありません」


 艦長の言葉に同意する副官。


「……とはいえ、連中が仕事をミスったら皺寄せが我々に来るのも確かだから、気になってしまうのも仕方のないことだと思うが」


「否定はしません。……ニホンの連中が話の通じる相手だったらいいのですが」


「少なくともフォルワナの屑共よりはマシだろうさ。噂だと、大陸諸国ではそれなりに信頼されているらしいからな」


「だといいのですが」


 彼らはそんな会話を続けていく。やはり彼らにも不安があるが故なのだろう。そういった内容の話になってしまうのは。

 外交使節の連中がとんでもない下手を打って日本を怒らせてしまったのなら、その日本と直接的に戦うのは彼ら軍人なのだから。


 リガルダ帝国は帝国主義故の傲慢さはあるが、フォルワナ共和国ほど思い上がってもいない。故にフォルワナ共和国よりは相手国の強さを正確に把握できていた。少なくとも相手の方が優位にあることを理解して認めることができる程度には。


「交渉は上手くまとまってほしいものだ」


 艦長は願うようにそう呟いた。日本と戦うのは御免だという思いが滲んだような声だった。





◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇






「ようこそ、リガルダ帝国の外交使節の皆様」


 沖縄海軍基地の司令部内の一室。そこで日本側の外交官達の代表である杉野すぎのがリガルダ帝国の外交使節を迎えた。

 部屋には大テーブルと、それを挟むように配置された椅子だけが存在する。その一方に日本側の外交官達は座っている。

 窓からは巨大な『翔鶴』が見えており、その威圧感は室内にまで及んでいた。


「そちら側の席へお座りください」


 杉野は笑みを浮かべて日本側が座っているところとは逆側の席を勧める。


「ありがとうございます」


 リガルダ帝国側の外交使節の代表であるリチャード・エルフェンス大使は礼を言って、リガルダ帝国側の外交官達も座った。

 それを見て杉野が早速発言する。


「では、これより外交交渉を始めたいと思います。まずは我々の自己紹介から致しましょう。私は杉野忠邦すぎの ただくにと申します。今回の日本側外交官の代表を務めさせていただいております」


 彼に続いて日本の外交官達が次々と自己紹介をしていく。

 日本側の自己紹介が終わると、次はリガルダ帝国側が行った。


「私がリチャード・エルフェンスです。今回の外交使節の代表を務めております。此度の会議が実り多きものとなるよう、努力させていただく所存です」


 そして次々と自己紹介をしていくリガルダ帝国の外交官達。


 それらを終えて、ようやく本題が始まった。


「さて、まずはエルフェンス大使が我が国にいらっしゃった理由をお尋ねしてもよろしいですか?」


 杉野はそもそもの根本的な話を始める。日本側はリガルダ帝国がどういう目的で来たのかが分からないままなのだ。


「ええ、もちろんです」


 エルフェンス大使も頷いた。用があるのは彼らなのだから、リガルダ帝国側から話を切り出さねば筋が通らない。


「我々の目的は、まずはニホン国との国交を結ぶことです。大使館の設置も含めて……」


「ほう……。我々が知る限りでは、貴国はこれまで他国との国交を樹立してこなかったようなのですが……?」


 リガルダ帝国はここに来て政策を変更し、日本との国交樹立を望んだ。それは何故なのかを訊ねる杉野。

 まぁ、彼にもある程度の予測はついているし、リガルダ帝国側が正直な話をするとも思えない。だが、少なくともリガルダ帝国側の建前だけはきっちりと訊いておかねばなるまい。


「少し前ですが、我が国はフォルワナ共和国とマート諸島を巡って争いました。おそらく貴国も風の噂でご存知になっていたかもしれませんが……」


「ええ、確かに」


 杉野はそう言って頷くが、内心では苦笑していた。

 風の噂というか、日本は潜水艦でその戦争を'観戦'し、双方の戦闘能力や軍事レベルを推し測っていた。

 まぁ、そんなことを教えてやる理由はないし、そんなことを漏らせば杉野が公安に取っ捕まえられることだろう。その先に待っているのは機密保護法違反によって下される罰のみ。絶対に御免である。


「結局、その戦いは痛み分けに終わりました。ですが勢力としてはフォルワナ共和国の方が優位です。それに危機感を募らせた我が国は、同じくフォルワナ共和国を敵とする者を味方にすることで、安全保障の拡充を狙った、というわけです。……ご納得いただけましたか?」


「分かりました。そういうことでありましたら、我が国にも貴国と良い関係を築く用意があります」


 『敵の敵は味方』という理論を信じるほどリガルダ帝国の首脳部の頭がお花畑とは思えないため、少なくとも『敵の敵も敵』という事態を避けようというリガルダ帝国側の意思が読める。

 そして、それは日本にとっても渡りに船である。日本とて国益を得られない、採算のとれない戦争なんぞは願い下げなのだ。衝突を避けたいというのなら大歓迎である。


 ただ、これは建前。リガルダ帝国が日本との衝突を避けたいと考えているのは事実だろう。しかし、リガルダ帝国の狙いは別のところにある。それは既に日本政府や外務省などでも統一見解として出されていた。無論、杉野もそう考えている。


 そして、真の目的として一番可能性が高いのは、リガルダ帝国が弱ったフォルワナ共和国に代わって大陸西部の支配を行うこと。

 つまり、日本によって大打撃を負ったフォルワナ共和国から植民地を掻っ攫うつもりだということ。これが一番有り得る。


 しかし、もし日本が大陸全土を戦略目標としていた場合、リガルダ帝国の出てくる余地はない。日本と戦えばフォルワナ共和国のように痛撃を何度も食らわされて、にっちもさっちもいかなくなるのは目に見えている。だからこそ、今回は日本側の意思確認を行う。


 それが日本側が考えたリガルダ帝国の目的。そして、それは概ね的中していたのである。


「ありがとうございます。細かいことは後程詰めると致しましょう」


 エルフェンス大使はにこやかにそう告げた。彼の心にはまず安堵が浮かび上がっていた。

 少なくとも日本側にリガルダ帝国を攻撃する考えは今のところないと考えて良さそうだからだ。今後もそうだとは限らないが、日本の怒りを買わないようにリガルダ帝国としては細心の注意を払うつもりであった。


 その後も会議は続いていく。

 日本側は通商条約を締結して経済連携を行おうと提案したが、リガルダ帝国側はそれを拒否した。表向きの理由としては、リガルダ帝国側が輸出できるものがあまりない上、フォルワナ共和国の勢力圏が近いが故に安全な交易を保証できない、というものだった。

 とはいえ、杉野はリガルダ帝国の考えを全てではないにしろ読んでいた。というよりも、断られるのは分かっていた。リガルダ帝国は日本主導の経済圏に編入されることを嫌がっているのだ。日本経済圏に編入されることは、ある意味では日本の経済植民地になることである。

 実際、日本は周辺国との貿易で大きな利益を上げており、その上各国とも日本に物申すのが難しい状況だ。その代わり強大な軍事力による安全保障と先進技術、大規模投資を受け取っているのだが。


 リガルダ帝国は日本と敵対するつもりはないが、くだるつもりもなかった。



 そして、いくつかの議題で決着がついてそろそろ会議も終わりかと思われたときだった。


「スギノ殿……。つかぬことをお尋ねしますが、ニホンはフォルワナ共和国とどこまで戦うおつもりなので?」


 エルフェンス大使はそう訊ねた。

 杉野は頭を巡らせて慎重に答える。


「そうですね……。フォルワナ本国まで攻め立てるつもりはありませんが……少なくとも、今後、我々にちょっかいをかけられないように灸を据えてやるつもりです」


「……大陸からフォルワナを追い出すと?」


「いえいえ、そこまでやっても採算が取れません。……反撃としてフォルワナ共和国の勢力圏を西に下げてやる。ただ、それだけです」


 杉野は結局、どこまで攻めるか、という具体的な答えははぐらかした。しかし、大陸からフォルワナを追い出すという考えは日本側にはないということだけを教えておく。リガルダ帝国にとってはこれで十分だろう。


「そうですか……。分かりました」


 エルフェンス大使も具体的な答えがはぐらかされたのは理解していた。無論、これからの軍事行動に関わる情報であるため、簡単に教えてくれるとも思ってはいなかったが。


 日本側から得られた『フォルワナ共和国を大陸から追い出すつもりはない』という返答。これだけでも収穫だ。

 リガルダ帝国がフィルディリア大陸西部の利権に食い込める可能性を示唆する情報である。日本が来ないのなら、相手は弱ったフォルワナ共和国のみ。まぁ、弱ったとはいえリガルダ帝国からすればまだまだ力を残しているため、強引すぎるやり方は危険ではあろうが。



 こうして日本とリガルダ帝国、双方の代表者による会談は終わった。

 この会談で双方に大使館を設置することが決定され、必要最低限のコミュニケーション手段が確保された。

 双方にとっての最大の益は、お互いに衝突を望んでいないことが確認できたことだろう。


 今後、リガルダ帝国は日本を刺激しない程度にフィルディリア大陸に介入し始めることとなるのだった。





◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



同日

ドートラス首長国 港町カルシア近郊

捕虜収容所 第三病棟

14:04 現地時間





「ルーデル、入るね」


 エリナの可愛らしい声が無機質な病室に響き渡った。

 ここはカルシア近郊の捕虜収容所の内部にある第三病棟の一室。ここには負傷した捕虜が放り込まれている。


 エリナが入ったのはルーデルの病室だ。病室といっても一人用で、ベッドだけでも部屋の半分以上を占有してしまうくらいにはこの部屋は狭い。まさしく日本にとって病室としての最低限の環境である。

 一応、壁面にあるインターホンを押せば係員がすぐに来てくれることになっているので、無茶苦茶不便というわけでもない。衛生環境も整っていることから、不満といえば部屋が狭いことと暇なことぐらいだろう。


「………………」


 ルーデルはエリナを横目でチラリと見たが、すぐに視線を外した。

 ルーデルの中にはある種の後悔の念が渦巻いていた。彼は日本軍に襲撃されたあの日、エリナの親友であるシェリアに銃を向けたのだ。

 それ自体が悪かったとは彼は考えていない。フォルワナ人としての誇りと矜持を捨てたかのようなことを口走った方が悪いと思っている。しかしながら、その後、エリナとどう接したら良いのかが分からないでいる。


「……足、大丈夫?」


「……ああ」


 ルーデルはそう答えることしかできなかった。実際、日本軍の医官による処置は見事で、そもそもの技術力もあってか、化膿したり傷が痛んだりはしない。


「すまなかった」


 突然のルーデルの謝罪。一瞬、エリナは何のことを謝っているのか分からなかったが、すぐ後に理解した。


「シェリアちゃんのこと、かな……?」


「ああ」


 ルーデルは頷いた。彼はエリナの親友であるシェリアに銃を向けたことを謝罪しているのだ。

 エリナは意外に思った。ルーデルが素直に人に謝るところをここ最近では初めて見た。昔はもっと素直だったのだが。


 そんなエリナの考えが読めたのか、ルーデルはばつの悪そうな表情を見せた。


「変な勘違いはするなよ。俺は、自分のやったことが間違いだったとは思ってない。フォルワナ人としての誇りと矜持を捨てるかのようなことを口走ったあいつが悪い」


 だったら、どうして彼は謝ったのか。


「……間違ったことはしてない。……そのはずなんだが、エリナには嫌な思いをさせた。だから謝っただけだ」


 ルーデルは自分の考えが上手く整理できていない様子だった。後から冷静になって振り返ってみると、頭を抱えたくなるようなことをやってしまった経験は誰にだってある。彼もそんな心境にあるのだろうか、とエリナは首を傾げた。


「うん、分かったよ。けど、シェリアちゃんにも直接言ってあげてよ」


「バカ言うな! なんで俺があいつに……! あくまでも、俺はエリナに謝っているんだ!」


 エリナの言葉にそう返すルーデル。

 銃を向けたことが間違ったことだとは思ってない。それは事実だろう。フォルワナ人的な感覚だと、ルーデルがやったことは間違った行動とは言いがたい。

 蛮族に自ら背を向けて逃げるなど、この上なき屈辱だ。フォルワナ人にとって、そのような屈辱は受け入れがたい。

 無論、それは典型的なフォルワナ人という括りであるため、けっこう人にもよるのだろうが、それでも好ましいとは思われないだろう。自尊心が高い傾向にあるのは事実なのだから。



 しばらくして、ルーデルはポツリと呟いた。


「ニホンは強敵だ……。それは認めなきゃいけないだろうな……」


「………………」


 ルーデルの言葉にエリナは心底驚いた表情を浮かべた。彼がつい先日まで東の蛮族扱いしていた日本のことを'強敵'と認める発言をしたからだ。


「……あの時からずっと考えていたんだ。ニホンって一体何なのかということを……。結局、それしか出て来なかった。ニホンは強敵だ、間違いない。……だが」


 ルーデルは強く言葉を紡ぐ。


「必ず最後にはフォルワナ共和国は勝つ。たとえ今が劣勢であっても」


 エリナはようやくルーデルの思考を理解できたような気がした。

 ルーデルは相変わらずの愛国少年だ。フォルワナ人の民族的優位性を信じ、フォルワナ共和国の侵略と支配を是とする。そこに日本への大きな警戒感と'強敵であるという認識'が加わっただけなのだ。


 本質的には何も変わっていないルーデルに対し、エリナは嬉しいようなそうでもないような微妙な気分になった。

 やっぱりルーデルはルーデルである。人はすぐには変われない。


「そっか……。私は戦わなくてもいいなら戦わない方がいいと思うけどね。相手が強いなら尚更だよ」


「……今ならその意見も理解できる。だが、それじゃダメなんだ……。時間をかけてでもニホンを倒し、臣下の礼をとらせる。俺達フォルワナ人が世界をリードしていくためには、それが必要なんだ」


「……ふふ」


 エリナが小さく笑みを溢したことにルーデルは怪訝そうな表情を浮かべる。笑われるようなことを言ったつもりはなかったからだ。


「あ、ごめん。……やっぱりルーデルらしいな、って思うとちょっとね……」


 ルーデルはまるで子供扱いされたかのような気分になって、少しだけ憮然とした表情を見せる。そこがまたエリナにはおかしく見えた。


「じゃ、私はもう行くね。お大事に」


「ああ」


 そうやって2人は別れた。

 エリナがルーデルの病室から出ると、そこにはシェリアの姿があった。


「あれ? シェリアちゃん、どうしたの?」


「あのバカがエリナに悪いことしないかと思って……」


 エリナの問いに、シェリアは病室のドアを睨みながらそう答えた。

 エリナはそんなシェリアの姿に苦笑する。


「あはは……。大丈夫だよ、ルーデルは。シェリアちゃんが思っているよりも、ずっと紳士だから」


「紳士が『劣等民族などいくら死んでもいい』なんて言う?」


「う……た、確かにけっこう酷いことも言ってるけど……。でも相手がフォルワナ人だったら、割と普通だと思うよ?」


「……私、フォルワナ人なんだけど?」


 シェリアはルーデルに対して良い感情を抱いていない。野戦司令部でも衝突を繰り返すばかりだったし、最後には銃まで向けられた。そんな彼が紳士であるはずがない。


「う~ん……反りが合わないって、こういうことを言うのかなぁ……?」


 エリナはそんな言葉を呟くのだった。






◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




同日

フォルワナ共和国 首都レイレダード

陸軍諜報部本部

17:44 現地時間






「……では、ニホン軍は我々の動きを把握していると?」


「可能性は高いだろうな。どうやって把握しているのかは知らんが……」


 ルシアの言葉にアルザス少佐はそう答えた。

 ここは陸軍諜報部本部のテラス。夕焼けに照らされたレイレダードを一望できるこの空間は、そこだけを切り抜けば素晴らしいデートスポットにも思える。

 だが、ここはそういったこととは無縁な軍事施設であるし、一応男女一組がここにいるものの、そんな雰囲気をこれっぽっちも漂わせてはいない。


「……実際有り得るのですか? 我々の動きや配置を逐一把握することなど……」


 ルシアはアルザス少佐にそう尋ねた。


「分からん。だが、敵の空爆の精度に我々の出鼻を尽く挫くような作戦行動……我々の動きが完全に看破されていると見なした方が自然ではないか?」


 そう言われるとルシアもそれなりに納得できる。どうやってやったのかは分からないが、敵はこちらの動きを把握している。その手段はフォルワナ共和国では認知されていないような方法である可能性が高い。


「たとえ偵察機をガンガン飛ばして、大量にスパイを送り込んだとしてもここまでやり込められるものとは思えん……」


 アルザス少佐の疑問はもっともなことである。しかしながら、彼の主張を諜報部の正式見解とするのはいろいろとマズい。

 何故なら、それはフォルワナ共和国側の諜報能力が決定的に日本側に劣っていると諜報部自らが認めることに等しい。それは陸軍諜報部だけでなく、共和国内のあらゆる諜報組織の面子を大きく潰してしまう発言だ。


「……アホらしいがな。こうもやり込められている以上、諜報能力では明らかに負けているのは誰だって分かると思うんだが」


「……現実を現実として受け止めるのは時に苦痛ですから。不都合な現実から目を逸らしたい、という気持ちがあるのでしょう」


「それで国を滅ぼされては困るのだがな」


 アルザス少佐は肩を竦めた。自分も一応諜報部の上層部の人間だ。そしてその同僚達の姿を見飽きるほどに見てきている。

 彼らは自分達が日本の諜報組織に劣っていることを決して認めはしないだろう。たとえ、既に大陸東部に送り込んでいた諜報員達が全滅していたとしても。実際のところ、本当に全滅しているのだが。


「……ミューゼルス少尉。この戦争、もうダメだな」


 アルザス少佐の言葉に驚きの表情を浮かべるルシア。まさか自分の上官が祖国の敗北を匂わせる発言をするとは思わなかったからだ。

 軍人が自軍の敗北を予測するというのは、なかなか問題である。ある意味で国防という職務を放棄しているように思われかねないからだ。

 さらに自民族至上主義を掲げるフォルワナ共和国だ。ルシアならともかくとして、他の者に聞かれようものなら国家反逆罪で処刑されかねない。


「実際、勝てると思えないだろう?」


「……はい」


 とはいえ、本音では敗北を確実視しているのも事実だ。既に内心では敗北を予感している者も多いのではないだろうか。口に出せばただでは済まないため誰も言わないだけで。


「……まぁ、それでも俺達のやることは変わらんのだろうが」


 アルザス少佐は溜め息を吐くようにそう言った。

 フォルワナ共和国の未来がどうなろうと、結局自分達の今やるべきことは必死に日本の情報を集めること。これは変わらないだろう。


「さて、休憩はここまでだ。あんまりサボっていると目をつけられるからな」


 アルザス少佐は冗談めかしてそう言うと、建物の中へと戻っていった。


 ルシアは夕焼けに照らされたレイレダードを眺める。その時、『斜陽の共和国』という言葉を連想してしまったルシアは頭を振って、その言葉を振り払った。






次回の更新は来年になりそうです。早いですが、良いお年を♪



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