第17話
更新遅れました。申し訳無いです。
西暦2021年3月12日
フィルディリア大陸中部 森林部
森林
22:33 現地時間
「敵の司令官、あっさり捕まったな」
「完全に油断してたんだろう。西には日本軍がいないと思い込んで、な」
祐哉の言葉に蓮夜はそう答えた。先ほど、蓮夜達の所属する第1特別任務大隊は戦闘地域からの離脱を図る車列を攻撃し、ドートラス首長国方面のフォルワナ共和国軍の司令官を確保していた。もちろん、他にも余計なオマケはついてきているが。
彼らは既に『オスプレイ』によって捕虜収容所の方へ移送されている。そのため、ここには既に彼らの姿はなかった。
「なんかアッサリし過ぎやったなぁ」
「俺は爆破できたから満足だが」
純平と健はそれぞれ先ほどの'戦闘'の感想を述べた。
彼らは森の中に潜んでいる。フィルディリア大陸中部、ドートラス首長国と旧ドリアナ王国の国境に程近い森林地帯だ。
そして、そこはフォルワナ共和国陸軍のドートラス首長国方面軍が敷いた陣地の後方でもあった。
ここに展開しているのは第1特別任務大隊と、『日本陸軍のキチガイ空挺部隊』やら『空の神兵』やらと呼ばれている第701空挺連隊の第1、第2大隊だ。総勢にして1100名超がフォルワナ共和国軍の背後を脅かしている。
フォルワナ共和国軍の数に対して1100名超というのは少なすぎる感もあるが、フォルワナ共和国軍には個人で運用できる暗視装置は採用されておらず、このような暗闇では圧倒的に日本側が有利であり、なおかつフォルワナ共和国軍の兵士の多くは混乱して武器を放り出して敗走している。これでは的にしかならない。
第701空挺連隊は第101空挺旅団隷下の部隊で、今作戦ではエレミア共和国の航空基地で待機していた。出撃の時を今か今かと待ちわびていたところに、ようやく出番が来たため戦意も士気も非常に高い。
第1特別任務大隊は言わずもがな、である。
「よう、兄ちゃんら。あんたらの戦いぶりは見させてもらったぜ」
蓮夜と祐哉の後ろから壮年の空挺隊員が話しかけてきた。
「……おいおい、どっから来たんだよ。気配掴めなかったぞ?」
祐哉が言う。この空挺隊員が話しかけてきた時、祐哉は本気でビックリした。全く気配がなかったからである。
蓮夜、純平、健も頷いていることから、彼らも気づかなかったようだ。
「そりゃあな。あんたら機動歩兵みたいに装甲に包まれているわけじゃねーから、こんな能力が必要になるんよ。ちなみに、俺がさっきまでいたのはここから15m南だ」
ドーランを塗った顔に笑みを浮かべる空挺隊員。
「……化け物かっての。その距離の移動を俺達は気づけなかったのか」
祐哉は呆れたようにそんな言葉をこぼした。
機動歩兵には隠れている敵兵を見つけ出すために赤外線センサーやら何やらを複合的に組み合わせた対人センサーがある。しかしながら今は切っていた。油断してこういったセンサー類を切っていたら、そして敵にこの空挺隊員みたいなのがいたら、下手すると機動歩兵でも殺される。
とはいえ、不要なときにセンサーを切るのはバッテリー上の理由で規則づけられているのだが。
「ったく、お前らが味方でよかったよ」
「同感やな」
祐哉と純平が口々にそう言うが、空挺隊員の方は苦笑した。
「それはこっちの台詞だぞ。あんたらが突っ込んで敵を蹂躙するところはバッチリ見たからな。絶対あんなの相手にしたくねーよ」
蓮夜達は空挺隊員達を化け物と言うが、空挺隊員達からすれば機動歩兵こそが化け物である。不意打ちならばともかく、真正面から戦うとすれば逃げの一手しか打てない。空挺隊員としては、それが一番恐ろしい。
「へっ! 生身で化け物な奴には敵わねーよ」
「最先端科学の塊に生身で勝てるわけないだろうがっての」
祐哉と空挺隊員はそう言い合う。どちらも謙遜しているようで、実際は本気でお互いをヤバい存在だと認識している。日本の特殊部隊や精鋭部隊の将兵はこんな感じだ。互いの実力を認め合い、密かな競争意識を持っている。互いが互いを認め合う……と見れば、建設的な関係と言えるかもしれないが。
「んじゃ、俺は元の場所に戻るわ。機動歩兵と初めて話したんだが、けっこう普通なんだな」
「当たり前だ。俺らを宇宙人か何かだと思ってたのか?」
「………………」
「当たらずとも遠からず、か?」
祐哉の質問に沈黙で答える空挺隊員を見て、蓮夜がそう呟く。それを聞いた祐哉はガックリと肩を落とす。
「ははは……。いやぁ、すまん。ウチの大隊長殿が機動歩兵を『プ○デターよりもヤバい連中』って言ってたから……つい」
「その大隊長、俺達に何か恨みでもあるのかよ……」
祐哉は呆れたような声を上げた。
「さあな。まぁ、お互いに上手くやっていこうや。俺もまだまだ若造連中には負けんぞ」
「あんた、まだまだ脂の乗った時期だろうが」
壮年の空挺隊員の言葉にそう返す蓮夜。「ちがいねぇ」と笑いながら、空挺隊員は元の場所に戻っていった。
「ったく、誰がプレ○ターだっての」
『……イヤらしい高橋 少尉が女性に対してプレデ○ーの如き凶暴性を発揮するからじゃないですか? ……敵の本隊が敗走中、もうすぐそちらに着きます。ですので、迎撃体勢を』
唯が突然通信で祐哉にそう告げる。祐哉は思わず「うげ」という声を漏らしながら、武装の再チェックに入った。他の3人も手早くそれを行う。
「神崎、ちゃんと休憩できたか? 体調が優れないと聞いたが」
『……問題ありません。少し熱っぽいだけですから』
蓮夜が唯の体調を心配する旨の言葉を彼女に投げかけると、唯はいつも通りの抑揚のない声でそう返す。
ちなみに、声では全く分からないが、実際の彼女は嬉しそうな雰囲気を湛えていた。無表情で。蓮夜に気にかけてもらえたことが少し嬉しいらしい。彼女を見ていると、機嫌良く尻尾を振る子犬を幻視してしまいそうだ。
相変わらず第1特別任務大隊のオペレーター達は港に停泊している強襲揚陸艦『千代田』の指揮通信所を間借りさせてもらって後方支援を行っているが、そこではそんな唯の姿を見て、仲間のオペレーター達はニマニマしていたりする。
そんなことから、唯が蓮夜に対してどういった類いの感情を抱いているかが窺い知れ、隊内の密かな楽しみの1つになっているのだ。
「チッ……! 爆発しやがれ」
「何を言ってるんだ、お前は?」
祐哉が呪詛の言葉を吐くのを聞いて首を傾げる蓮夜。
「爆発だと?」
「「お前は引っ込んでろ」」
「むぅ」
その後、『爆発』というワードに爆弾魔(健)が反応するという小芝居があったりしたものの、素早くチェックを終える蓮夜達。これだけベラベラ喋っていながら素早く作業ができるところは流石である。その能力をもっと有意義に使うべきな気がしないでもないが。
『全員、そろそろ気を引き締めろ。敗走する敵本隊が射程圏に近づいている』
中隊長の立川 特務大尉が機動歩兵中隊全員にそう告げる。
「敵さん、今度は大量だぜ?」
「さっきのは前哨戦、本番はこれからだ。敵には目にものを見せてやるさ」
蓮夜は祐哉の言葉にそう応え、黒くカラーリングされた機動兵装の中で僅かに口の端を上げるのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
一方のフォルワナ共和国軍。彼らは悲壮な空気を湛えながら必死に西へと逃げていた。
「ちくしょう! 何なんだよ、あいつらは!?」
「リックが……! くそ! いつか仇を取ってやる……!」
「ああ、神よ……!」
口々にその感情を含ませた声を漏らすフォルワナ兵達。その憔悴した姿と相まって、完全に敗残兵に成り下がっていた。
これが数日前……日本軍が現れる前は、敵軍を圧倒していた強大な軍だったのである。敵を小馬鹿にして自分達が負けるはずがないと傲っていたのだ。
今や、その姿は無様なものである。
「くそ……! 逃げられた部隊が思ったより少ない……!」
ディール中佐は吐き捨てるように言った。
無線が使えない今、共に逃げている部隊の正確な数は分からない。暗闇の中の広くない道を2列縦隊を組んで逃げており、車両のライトはもちろんのこと、即席の松明まで使って視界を確保しているため、その光を目印にすればおおよその規模は把握できる。
そして、その規模が思っていたより小さかったのである。
恐らく、他の連中は既に戦死、負傷、降伏するか、現在進行形で戦闘中なのだろう。……戦闘する、というよりも掃討される、といった表現の方が適切なのが現実だろうが。
フォルワナ共和国軍は形振り構わぬ撤退振りを見せていた。負傷者は全てその場に捨て置き、重い装備を捨て、生き残っていたトラックや装甲車に乗り込んで逃げる。
もちろん、車両の数は足りていない。多くの車両が定員オーバーするほどに乗せており、それでも乗り切れないため、多くのフォルワナ兵がその足で東から迫り来る日本軍から逃げていた。中には小銃や予備弾倉を捨てている者もいる。重い機関銃ならまだしも小銃まで捨てているのは、彼らに同情的な心境のディール中佐から見ても問題行動だった。
……まぁ、今さら指摘することでもないが。何よりも生き残ることが先決だ。
未だに大きな爆音が聞こえる東方。その恐ろしい音をBGMに、彼らは絶望感と悲壮感に満ちた撤退を行っていた。
しばらくすると、先頭付近を行くディール中佐の視界の先に明かりが見えた。
「何だあれは……?」
ディール中佐は一瞬、先に逃走したバイアス中将の車列かと考えた。しかし、それはおかしいことに即座に気づく。
(あの腰抜け豚野郎が我々を律儀に待っているわけがないし、車両が壊れても自分の命のためなら死ぬ気で勢力圏まで走っていくだろう。だったらあれは……?)
疑問に思うディール中佐。徐にいつも持ち歩いている双眼鏡を使う。暗闇では無用のものであるが、あれだけ明るければ何か見えるはずだった。
「なっ……!?」
そしてディール中佐は驚愕した。
そこにあったのは装甲車やトラックの残骸。そしてフォルワナ共和国軍の軍服を着た兵士達の死体であった。漏れ出した燃料や周囲の木々に引火している。幸いにもここの森は水分量の多い燃えにくい植物が多く生息しているため、大規模な森林火災には至らないであろうことが救いか。
そして、車両の残骸や兵士の死体は道を塞ぐように転がっており、そこから広がっている火災によって完全に通行止め状態であった。いくら木々が比較的燃えにくいものであっても、すぐに火は消えそうにない。
その上、何よりも大きな問題が発覚した。
「マズイ……! 敵がいるぞ!?」
道の先で燃えているのはバイアス中将の護衛を務めていた部隊以外に有り得ない。そして、彼らは本隊よりも先んじて離脱を図っていた。そんな彼らが全滅したとしたら、それは一体誰がやったのか。
答えを迷うことはない。間違いなく日本軍である。
ディール中佐がそんな結論に至って、慌てて声を上げるのとほぼ同時。
道幅の問題から車両が2列縦隊になっていたフォルワナ共和国軍の車列の進行方向に向かって右から、夥しい数の銃弾が殺到してきた。
「ぐあっ!?」
「がはぁっ!?」
何の遮蔽物もなく身を守る術のない徒歩のフォルワナ兵が次々と凶弾に倒れていく。
「敵襲だ!」
「右だ!」
「ちくしょう! なんでこんなところにいるんだ!?」
フォルワナ兵達は次々と撃ち倒されながらも、どうにか車両を盾にして体勢を整える。
だが、その盾は盾として不十分であった。
銃弾の嵐にナニカが紛れ込み、それらは銃弾よりもかなり遅めの速度で車両に突っ込んできた。
そして爆発。そのナニカとは、対戦車ロケットだった。
トラックなどの非装甲車両はもちろんのこと、装甲車や僅かながら随行していた主力戦車までもが、その爆発によって装甲を砕かれ、それでも有り余る破壊エネルギーが中の人間に絶対的な死を与える。
過積載状態であったトラックは悲惨なものである。飛んできた日本軍の対戦車ロケットによってぶち抜かれると、乗っていたフォルワナ兵達の内、着弾箇所に近い者達は爆発によってグチャグチャにされ、周囲にその肉片を撒き散らす。
生き残った者も車両から投げ出され、そのままあえなく銃弾に貫かれて死亡、もしくは瀕死の重傷を負わされる。
日本軍の攻撃は完全に奇襲となっていた。対応しようにも日本軍は森の中から攻撃してきており、日本兵の正確な位置が分からない。さらには今は夜であるため、暗視装置のないフォルワナ共和国軍では、それを持つ日本軍に対して手も足も出ない。それに加えて武器を全部捨てた兵士も多い。真っ当に戦えるはずがなかった。
「くそ、ニホンめ! 我々を逃す気はないということか!」
今攻撃を行っている部隊以外にも東から強力な日本軍部隊が迫ってきている。今更ながらにフォルワナ共和国軍の将兵達は完全に挟撃されていることを知った。
「ち、中佐! 一体どうすれば!?」
ディール中佐が乗る4人乗りの軍用車両に同乗する部下が真っ青な表情でディール中佐に問う。
「……もはや降伏しかないのか……!」
それをディール中佐は決断しようとした。この場で一番階級が高いのは彼なのだ。師団長などのディール中佐の上司達は既に戦死するか、逃げ遅れて降伏するか、バイアス中将と共に真っ先に逃げるか、といった感じでこの場には居合わせない。
つまり、彼の決断がこの場にいるフォルワナ兵達の運命を左右するのだ。距離のある味方はどうしようもないだろうが。
「やむを得ない……。降伏を……」
ディール中佐が全軍に降伏を命じようとしたその時だった。この場にいる全てのフォルワナ兵達にとって最悪の不幸が訪れてしまった。
ディール中佐達が乗る車両に目掛けて対戦車ロケットが飛んできたのだ。
彼らは何が何だか分からないまま、車両と共に吹き飛んだ。装甲を施されているわけでもない4人乗りの車両には対戦車ロケットはオーバーキルだったようで、乗っていたディール中佐達が生きているはずもなかった。
その結果は悲惨なものだった。各々が勝手に降伏しようとするものの、この乱戦下では個々人の降伏を一々認めている余裕は、さすがに日本側にもない。そのせいでフォルワナ兵の死傷者が劇的に増えていった。
纏まった部隊ごとの降伏ならば日本側も認めることができただろうが、指揮系統の壊滅や無線の使用不可、奇襲による混乱に加えて、強いストレスでマトモな判断ができない者も多かった。そもそもフォルワナ兵達は纏まることすら困難な状況だったのである。
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こうしてドートラス首長国を侵略しようとしたフォルワナ共和国軍の撃滅が完了したのだった。それと同時にルアズ王国方面も決着が着いた。もちろん日本の圧勝という形で。どちらも日を跨いですぐの時間帯に終結した。
この戦いでのフォルワナ側の被害は尋常なものではなかった。人的被害だけでも、ドートラス首長国方面とルアズ王国方面を合わせて、死者10万人、負傷者4万人、捕虜10万人強が出てしまっている。負傷者に対して死者が多いのは、フォルワナ共和国軍が負傷者を放り出して逃げたからであり、その後にも砲撃や空爆は続けられており、それらに巻き込まれたからである。誤解されないように書くが、日本側には負傷者にトドメをさす意図はなかった。だが、結果としてこうなってしまっている。
日本側も全く被害なしというわけにもいかず、10名の戦死者、70名弱の負傷者を出した。戦闘の規模からすれば無傷と言っても過言ではないのだが。
日本側のテクノロジーや練度、作戦がこの結果を導き出したのだ。これが闇夜に乗じた攻撃ではなく、昼間に行われたものであったのなら、犠牲はもっと大きくなっていたであろう。
何はともあれ、ドートラス首長国とルアズ王国、両国からフォルワナ共和国軍が追い出されたことは各方面に大きな影響を及ぼすことになる。
同盟国を窮地から救うことに成功した日本は、今度は己が国益のために行動を開始せんとしていた。
やっと作戦の第一段階が終わりました。
ドートラス首長国とルアズ王国からフォルワナ共和国軍を追い出すまで、けっこう時間がかかりましたね(汗)
今後は、少し戦闘以外のことを書いてから、作戦の第二段階に入りたいと思います。




