第16話
修正
今回ドートラス首長国に派遣された戦車連隊の数に誤りがあったので修正しました。正確には4個ではなく2個です。
西暦2021年3月12日
ドートラス首長国 リードルトラル市近郊
平野部
19:00 現地時間
「全部隊、前進開始!」
16式指揮通信車の中で、津川 中将は全部隊に進撃命令を下した。
その傍らにはマウザー大将とその副官もいる。彼らは津川 中将と握手を交わしたその後、観戦武官として津川 中将と共に行動することを軍上層部から命ぜられたのだ。
「これがニホン軍の戦い方か……」
16式指揮通信車の中にたくさんあるディスプレイには、各部隊の暗視カメラ映像や部隊のリアルタイム配置図、敵の情報といった各種の戦闘に必要な情報が表示されている。
そして、ここから任意の部隊に対して直接命令を行うことも可能だ。
「ここと同じことが北でも起きていますよ」
津川 中将は驚いているマウザー大将にそう告げた。現在、敵軍に攻撃を仕掛けようとしているのは遣ドートラス首長国部隊だけではない。遣ルアズ王国部隊も同時に作戦を開始している。
遣ドートラス首長国部隊の編成は、第6師団、第7師団、第60機甲師団、第61機甲師団。それらに加えて第114航空旅団(ヘリコプター旅団)の支援を受けている。
内、最前衛を務めているのは第60、61機甲師団隷下の2個戦車連隊であり、そのすぐ後に装甲車などに搭乗した同師団の歩兵連隊がついてきている。一方の第6、7師団の歩兵連隊や機動連隊(機動戦闘車などを扱う部隊)は敵陣の側面を突ける位置に向かって移動していた。
「……砲兵部隊が所定の位置に展開。攻撃準備を開始」
しばらくして車内のオペレーターがそう報告する。遣ドートラス首長国部隊にいる全砲兵部隊は、所定の攻撃位置に着こうとしていた。その砲兵部隊の中には99式自走榴弾砲にFH-70榴弾砲、さらには多連装ロケットシステム MLRSまでいる。155㎜榴弾と227㎜ロケット弾の嵐である。特に227㎜ロケット弾は子弾を644個バラ撒くクラスター爆弾のようなもの。1発でサッカーコート半面を制圧できてしまう。それを1台につき12発搭載しているのだから恐ろしい。
「味方航空部隊が戦闘空域に接近。もうすぐ空爆が始まります」
エレミア共和国領内にある航空基地から発進した攻撃機が戦闘空域に接近しつつあった。攻撃機と言っても爆装したF-15JやF-2Aがほとんどだ。それらに混ざってAC-130J 支援攻撃機が2機飛んできている。
AC-130Jは輸送機であるC-130Jをガンシップ化したもので、機体の左側に105㎜砲、40㎜機関砲、20㎜機関砲を搭載した奇異な姿をしている。敵地上空で左旋回しながら敵地上部隊に強力な砲火力をぶつける兵器で、最初に考案したのはアメリカ軍である。
これは確実に制空権を奪取することができる国にのみ許された兵器であると言えよう。なにせ、ガンシップ化されているとはいえ、元は輸送機であったものに敵地上空で緩やかな旋回をさせることを前提としたものなのだから。
日本空軍には僅か4機しかない機体であるが、日本軍はその全てを対フォルワナ戦に投入していた。遣ドートラス首長国部隊と遣ルアズ王国部隊、それぞれに2機ずつ割り当てている。
「機甲部隊及び歩兵部隊、敵の偵察隊に発見された模様。敵偵察隊は撃破したものの、敵本隊に報告されました」
「構わん。奴らが我々の存在を知ろうが知るまいが、先手を打つのは我々だ。念のため、敵の通信を妨害しておけ。……'彼ら'は配置についたかね?」
「……あと1分で展開完了です」
敵を逃がさないためには'彼ら'は重要だ。
「……さて。フォルワナの道化共はどんな踊りを見せてくれるかな?」
不敵な笑みを浮かべる津川 中将。その姿を見たマウザー大将と副官はゾクリとした感覚を覚えることになった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
一方のフォルワナ共和国陸軍。東進軍は臨時に野戦陣地を設営し、敵の攻撃に備えていた。とはいえ、土木作業車両の不足と、そもそも燃料が不足していることもあり、結局人の手で行わねばならなかったため、作業は大して進んでいなかった。
野戦陣地の司令部にはドートラス首長国方面の東進軍の高級士官が勢揃いしていたが、彼らの表情は焦燥感や悲壮感を隠しきれていなかった。
「空軍、海軍との連絡が取れなくなり、さらには後方の野戦司令部すらも通信が途絶した……。これは由々しき事態です」
東進軍のドートラス首長国方面部隊の参謀を務めるディール中佐は呻くように言った。
有り得ないことが今まさに起こっている。フォルワナ共和国陸軍が敵に翻弄されているのだ。局地戦ならまだしも、大規模な決戦では敗北知らずのフォルワナ共和国陸軍が、だ。
「そんなことは分かっておる! それをどうにかする作戦を考えるのが君の仕事ではないのかね!?」
そう喚き散らすのは東進軍ドートラス首長国方面部隊の司令官であるバイアス中将。
「その通りですが……敵の情報がなさすぎます。敵がどんな兵器を用いて、どれだけの兵力で我々を攻撃してきているのかが全く分かりません。偵察隊を出しても空爆で吹き飛ばされて行動不能にされ、空海軍との通信は不通……。これで作戦を立てる方が無理です」
「相手は蛮族だぞ!? 神に認められし優等人種であるフォルワナ人が負けるはずがないのだ! 一刻も早く何とかしろ!」
バイアス中将の口から飛び出る無理難題。
フォルワナ共和国軍の高級士官は国の上層部の関係者や資産家の親族などといった、それなりの権力を持った人間が多い。
実力でのし上がるのではなく、そういった権力で階級を手に入れた連中も数多い。というより、将官階級は大概そうである。バイアス中将もその一人だ。
そういった人間は、何かマズイことが起きても自分で解決しようという意思はないし、そもそもその能力がない。
結果として、オーラルド教の教えを連呼したり、部下を罵倒しまくったりしているだけになってしまうのだ。それが今のフォルワナ共和国軍の現実である。
「……まさか、降伏しようなどという、神の顔に泥を塗るような行為を考えている者はおらぬだろうな?」
バイアス中将は司令部に集う高級士官達を睨む。睨まれた側は次々と否定の言葉を紡いでいった。
「滅相もございません!」
「我々は、しかるべき命令を受けたのなら、速やかに行動して蛮族を討ち滅ぼす所存です」
「うむ。期待しておるぞ。……さて、ディール君、君が作戦を立ててくれれば必ずや我々は勝利を掴むだろう。くれぐれも祖国の名誉と私の経歴に傷をつけてくれるなよ?」
調子の良い男だ。先ほどまでは焦燥感に駆られた表情を浮かべていたくせに、今は普段の様子に戻っている。どこをどうすれば、祖国の勝利を信じられるのか。目の前の現実が目に入っていないのか。
ディール中佐は内心で苛立った。自分とて日本とかいう聞いたこともない国によってこんな状況に追い込まれるのは癪だ。しかし、それが現実なのである。
そんな時だった。通信機器とにらめっこをしていた司令部要員の1人が声を上げた。
「司令、偵察部隊からの通信です! 緊急事態のようです!」
「なんだね、一体?」
「今繋げます!」
偵察部隊からの無線の音声が野戦司令部の中に広まる。
『……ちら、第……偵察隊、敵の大軍を確認した! 繰り返す、敵の大軍を確認した! 暗闇のせいで正確な数は分からないが、エンジン音と地響きから少なくとも万単位の兵力だと推測される! ……おい、あれは? マズイんじゃ……!』
次の瞬間に無線音声は大きなノイズに遮られ、やがて途切れてしまった。その後に聞こえたどこか遠くでの爆発音。
「……やられたか」
ディール中佐は無念そうに言葉を紡いだ。会って話したこともない仲間とはいえ、やられてしまうのは気分が悪いものだ。
「ルアズ王国方面の部隊に繋げるか? あちらの状況も知りたい」
「やってみます」
司令部要員は早速作業に入った。
「敵が来ておるのか!? だったら迎撃だ! 迎撃せよ!」
バイアス中将は喚き散らすように言う。それを受けて他の司令部要員達は陣地内の部隊に連絡を入れようとした。
「ダメです! ルアズ王国方面とは繋がりません!」
「クッ! 中継所が全滅したのか!?」
日本軍が通信中継所を空爆しているのは既に知っていた。恐ろしいほど精密で、無駄のない徹底した攻撃である。ところが、さらなる報告が入る。陣地内の味方に対する連絡を行おうとしていた者からだ。
「こ、こちらも繋がりません! 無線が繋がりません!」
「なんだと?」
ディール中佐は疑問の声を上げた。陣地内の味方にならば、中継所などは必要ない。直接、無線通信を繋げられるはずだ。
「有線の方は?」
「有線は通じます! ですが、有線は一部の部隊にしか繋げていません……」
「くそ! ニホンの連中が何かしたに違いない!」
ディール中佐は思わず悪態をついた。それを聞いたバイアス中将はさらに喚く。
「何をしているのだね!? 早く蛮族を滅するのだ! 栄光あるフォルワナ共和国軍が蛮族に苦戦することなどあってはならぬのだ! 完璧な勝利を手にするのだ!」
ディール中佐は舌打ちしそうになって、すんでのところで抑えた。この豚男は何を言っているのか。今や苦戦するとかそういった領域を既に過ぎ去っている。空海軍が壊滅し、後方支援も痛烈な打撃を受けた今、敵の大軍の攻勢を受けるなど負け戦以外の何物でもない。
勝利ではなく、どうやって生き残るかを考えねばならない時期なのだ。
ディール中佐は絶望的な現状に匙を投げたくなった。
その時だった。
突如として起きる地響きと爆発音、そして味方陣地の一角から発せられる眩い光。
そのすぐ後にジェットエンジンの轟音。1つや2つではない。夥しい数による大合唱だ。
「なんだ!?」
誰かが叫ぶ。
「ニホン軍の攻撃だ!」
ディール中佐は怒鳴るように答えをその誰かに与え、すぐに攻撃を受けている陣地の方を確認した。
「燃えているのは……対空陣地!?」
今起きている爆発は日本空軍による空爆だろう。先ほどからフォルワナ共和国の如何なる軍用機とも異なるジェットエンジンの音が夜空に響いているのだから。
だが、同じ空爆でも日本空軍のそれはディール中佐の知っている空爆ではなかった。
暗闇の中を正確に、それもご丁寧に対空陣地を集中してピンポイント爆撃できるような攻撃機はフォルワナ共和国には存在しない。高度な電子機器と情報技術、情報収集及び解析能力を持たねば闇夜に乗じたピンポイント爆撃など不可能なのだ。
今でも次々と陣地の至るところが爆撃されており、あちらこちらから火柱が立ち、兵士達の悲鳴や怒号がジェットエンジンの轟音に掻き消されていく。
ナパーム弾も混ざっていたのか、複数の箇所で火災が発生し、兵士が混乱して対応が遅れたせいで延焼、もはや手がつけられない状況になっていた。
さらに、ナパーム弾による火災は大量の酸素を消費して代わりに多くの一酸化炭素を生成するため、着弾地点周辺では酸欠に陥った者や一酸化炭素中毒に陥った者が続出した。
フォルワナ共和国陸軍の不幸はまだ続く。というよりも、今までの攻撃は前座であった。
日本陸軍がいるであろう方向から数えきれないほどの何かが上昇していく。赤い尾を曳いた光だ。あまりの多さに日本軍がいるであろう東から太陽が昇ってきたのではないか、という錯覚すら一瞬起きたほどだ。
ディール中佐には、それらが放物線を描いてこちらに突っ込んできているように見えた。
その瞬間に彼は叫んだ。
「伏せろぉ!」
その数瞬後、夥しい数の火線が雨の如くフォルワナ共和国陸軍の陣地に降り注いだ。
フォルワナ共和国陸軍側には知る由もないが、これは日本陸軍第60、61機甲師団隷下のMLRS部隊によるロケット弾攻撃である。このロケット弾1発でサッカーコート半面を制圧できる火力投射を行うことができるのだ。それが雨のように降り注ぐ。
フォルワナ共和国陸軍の陣地には圧倒的な暴力が吹き荒れた。陣地のあらゆる場所に着弾するロケット弾。空中で一旦炸裂し、1発で644発もの子弾を撒き散らす。その圧倒的な火力は地表にいるフォルワナ兵達を吹き散らしていく。
一通りの火の雨が過ぎ去った後には、赤い炎に照らされる地獄が、フォルワナ共和国陸軍陣地だった場所に生まれていた。
焼けた人間の臭いや鉄の焼けた臭い。そこら中に転がる炭化したフォルワナ兵の死体や焼け残った肉片。そして機能を失った装甲車や戦車などもたくさん存在した。粉々に粉砕されるようなことはなくとも、表面はボコボコになり、履帯やタイヤは全てダメになっていた。
悪運が強いというか何というか、ディール中佐達のいた司令部はどうにか無事だった。
とはいえ生き残った喜びよりも、強い絶望感がのしかかっていた。
「……何という……何ということだ……!」
ディール中佐は眼前の光景が信じられなかった。僅かな間の攻撃で陣地の一角どころか、陣地自体を穴だらけにして機能不全に陥れてしまうほどの火力を投射された。
司令部は丘の頂上にあるのだが、そこからは陣地が見渡せる。そして、その景色は火の海。夜にも関わらず、このフォルワナ共和国陸軍陣地はかなり明るい。他でもない、そのフォルワナ共和国軍の兵士達が焼かれた炎によって。
「バカな! 何なのだ、この被害は!? 栄光あるフォルワナ共和国軍がこんな風に損害を受けるはずがない!」
未だに最強無敵のフォルワナ共和国軍という幻想を捨てきれない様子のバイアス中将。
「まだ、全滅したわけではない……!」
ディール中佐はどうにかそう言った。かなりの部分が焼かれてしまったが、それでもまだ多くの部隊が生き残っている。敵の狙いから外れていた部隊はまだ数多く存在しているのだ。
生き残った装甲車や歩兵部隊が迎撃体勢を取るのがディール中佐には見えた。素早い体勢の立て直しだ。どうやらあれらの部隊を率いている指揮官は優秀らしい。この軍のトップはアレだが、その配下には優秀な者が普通にいるわけだ。
……だが、ディール中佐の目の前で彼らは吹き飛ばされた。
「何だ!?」
装甲車はひっくり返り、歩兵達はバラバラにされていく。
「あれは何だ!?」
ディール中佐の近くにいた士官が空を指差す。
そこには、地上で燃え盛る赤い炎に照らされて、ぼんやりと大型の機体が映し出されていた。その機体は奇妙なことに、胴体の側面に複数の砲身が取り付けてあった。
次の瞬間、その砲口が光った。それと同時に再び味方部隊が吹っ飛ぶ。
「あれは敵の攻撃機だとでもいうのか!?」
大型機の側面に大砲を取り付けて砲撃する兵器など、ディール中佐は想像すらしたことがなかった。
そして、大型機の攻撃とは別に、陣地のあちこちに砲弾が着弾する。
「ちくしょう! 敵の砲撃が始まりやがった!」
既に相当な被害を受けた陣地に次々と着弾する日本軍の砲弾。それらはじっくりと着実にフォルワナ共和国軍に出血を強いていた。
もはや指揮系統は分断され、士気もがた落ち。とても戦えるような状態ではない。
「司令! 降伏か後退をしましょう! これでは無意味にやられるだけです!」
ディール中佐はバイアス中将にそう提案する。だが、フォルワナ人の絶対的優位性を信じているバイアス中将は顔を真っ赤にしてディール中佐を怒鳴りつけた。
「貴様、何を言っているのか分かっているのか!? この国賊め! 我々が蛮族に負けるなど有り得ん! 後退も降伏も神への冒涜だ!」
バイアス中将がそう言った時、誰かが声を上げた。
「敵の本隊だ!」
東の方角から日本軍の戦車部隊や歩兵部隊が突撃してきていた。陣地に近づいた時点で戦車や装甲車が歩兵の盾になるように行動し始めた日本軍の進軍スピードはそれほど速くはないが、フォルワナ共和国軍の火力では太刀打ちできるようなものではなかった。
フォルワナ共和国軍の主力戦車である『ボルトス-7』の90㎜ライフル砲の砲弾が日本軍の戦車に当たるが、それらは見事に弾き飛ばされていく。逆に日本軍の戦車の砲撃は『ボルトス-7』の正面装甲を容易くぶち抜いた。ましてや植民地から徴兵した兵士達の部隊が使っている戦車なんぞ、話にもならなかった。
双眼鏡で何もできないまま潰されていく味方を見てしまったディール中佐。
「司令! もはや前線は崩壊しています! どうかご決断を!」
「ふざけるな! 神への冒涜は許さん! 私の経歴に泥を塗ることも許さん! 徹底抗戦するのだ!」
ディール中佐の再度の提案も蹴るバイアス中将。これでは本当に全滅するまで戦わねばならなくなる。
その時だった。ディール中佐達のいる司令部のすぐ近くに砲弾が着弾した。
「ぬわぁ!?」
着弾の衝撃に思わず伏せるディール中佐。巻き上げられた土砂が雨のように降り注ぐ。榴弾だったのか、周囲にかなりの人的被害を出していた。司令部の中にも破片は飛んできており、司令部要員の一人の頭蓋を突き破っていた。日本軍の通信妨害によって役目を果たせなくなった通信機器に脳漿がへばりつく。
「ひ、ひぃ……! て、撤退だ! こんなところで私が死んでいいはずがない……!」
先ほどまでの威勢が嘘のように撤退命令を出すバイアス中将。だが、それでもディール中佐には好都合だった。逃げ切れるかどうかは分からないが、まず逃げる許可をもらったのだから。
「了解しました。では、どうにかして前線部隊にも撤退の旨を……」
「き、貴様はバカなのか!? そんなことをしたら、私が退避する時間を誰が稼ぐのかね!? 今戦っている連中は徹底抗戦だ!」
「なっ……!」
あまりの台詞に言葉を失うディール中佐。
「貴様は私が逃げ切るまで、ここの指揮を務めるのだ! 死ぬまで戦い続けろ! それが貴様の存在価値である!」
無茶苦茶な命令をディール中佐に下してから、バイアス中将は護衛を何人か連れて司令部から出ていく。日本軍がいないはずの方角……西へ。
「……これでは、一体何のために同胞達は死んでいったのか……」
ディール中佐は呟く。
いっそ、バイアス中将の命令を無視してやろうかと考えるディール中佐。だが、そんなことは必要なかった。
「も、もうダメだ! 逃げろ!」
「やってられるか!」
「敵は蛮族じゃなかったのかよ!?」
次々と武器や兵器を放り捨てて逃げ出すフォルワナ兵達。指揮官が止めようとするも、もはや兵士達は恐慌状態であり、指揮官の存在など気にもかけていなかった。
「おい、あっちからも敵が来ているぞ!?」
「あっちもだ!」
東から日本軍の機甲師団が攻勢をかけている間に、機動力に優れた装備を持つ第6師団と第7師団が陣地の側面に回り込んで攻勢をかけてきたのだ。それぞれ北と南からである。
さらに第114航空旅団の攻撃ヘリ部隊が各地上部隊の支援に入る。未だに日本空軍の航空支援や陸軍の砲兵部隊による長距離砲撃も続いている。
ここまでやられては、もはやフォルワナ共和国軍に日本軍と戦えるだけの士気も能力もなかった。一目散に日本軍のいない方向である西へと逃げていく。
一部は逃げずに懸命に戦ったが、日本軍に何らダメージを与えることなく圧倒的な火力投射で蹴散らされていく。大勢はとっくに決しているのだ。
完全にモラルブレイク状態のフォルワナ共和国軍。それに追い討ちをかけるように新たな敵が彼らの前に現れた。
「早く退避するのだ! 蛮族が追いついてくる前に!」
バイアス中将は唾を飛ばしながら、自身が乗る軍用トラックの操縦者を怒鳴りつけた。バイアス中将はトラックの荷台に護衛と共に座っていた。
そのトラックを護衛するための装甲車や歩兵を乗せた軍用トラック。
陣地の西側には森が続いており、そこの中には舗装されていないものの車が通れる道が存在していた。この道は旧ドリアナ王国とドートラス首長国の間に横たわる山脈を避けて通っている。この道を真っ直ぐ突き進めばフォルワナ共和国の勢力圏までは逃げられるはずだった。
「くそ! 今回の失態、どんな報告をすればいいのだ……!」
日本軍の攻撃による火災などで赤く照らされる東の空など気にもしない様子で、バイアス中将は自分の保身に関して考えを巡らせ始めた。
ドートラス首長国攻略の失敗。これは彼の今までの経歴から見ても恐ろしいほどに巨大な汚点である。彼からしてみれば、植民地から徴兵された蛮族や本国の貧乏人の志願者がメインに所属している雑兵達がいくら死のうが興味はなかった。しかしながら此度の東進作戦にかけられた金は、無視するにはあまりにも大きすぎる。
それに雑兵とはいえ兵は兵。本国の正規軍だけでも4万人。総兵力にして10万人。それだけの数が自分の指揮の下で一気に失われたのだから、下手をしなくても自分の首が飛んでしまう。
「くそくそくそ! 蛮族め! 私の栄光ある未来を邪魔しおって!」
バイアス中将はひたすら悪態をつく。そんなことができるのも、自分が日本軍から逃げることができたというある種の安心感があるからだ。
もっとも、その前提は今まさに崩れようとしていたが。
突然の爆発。先導する装甲車の装甲が粉砕され、破片を撒き散らして炎上し、横転する。
「何だ!?」
バイアス中将が叫ぶ。それとほぼ同時に複数の銃声。そして新たに装甲車が破壊される。
「敵襲だ!」
誰かがそう叫んだ瞬間。
バイアス中将は大きな衝撃を受けて気絶しそうになった。彼の乗るトラックが横転し、地面を転がりながら速度を落とす。
「ぬおお!?」
その時にバイアス中将は車外に投げ出され、体を地面に叩きつけられた。
強烈な痛みに息ができない。ぼやけた視界の先で、自分が先ほどまで乗っていたトラックが、ガソリンに引火したのか激しく燃え上がるのをバイアス中将は見た。足を負傷した上に生きたまま焼かれてしまったのか、地面を這いずり回って奇声に近い悲鳴を上げる兵士がいた。既に頭を強打して血を流して死んでいる者もいた。
それを考えると、まだ生きているバイアス中将は幸運だったのかもしれない。……まぁ、それも比較対象の問題であるが。
バイアス中将の眼前に黒い硬質な輝きを放つモノが現れた。炎の赤い光に照らされて、それは不気味にバイアス中将には映った。
「よう、フォルワナ人。地べたを這いずり回る気分はどうだい?」
機械を通したような声。生声というには少し違和感のある声が聞こえてきた。
バイアス中将は気を失いそうになるのを必死に我慢して、眼前にあるモノを見上げた。それは人の形をしていた。
全てを黒くカラーリングされた、不気味というか不吉そうな姿。頭部のデュアルセンサーだけが青白く輝く。
「お前達が無様に尻尾を巻いて逃げ出す姿は滑稽だったよ」
目の前の黒い人の形をしたモノの頭部には表情はない。当然だ、これ……機動歩兵の頭部はフルフェイスの防護フレームに覆われているのだから。
しかしながら、バイアス中将はそれがまるで嘲笑を浮かべているかのように見えてしまった。
「おの……れ……!」
そこでバイアス中将の意識は途切れた。




