第13話
今週はリアルが忙しくて遅れました。申し訳ないです。
さらに申し訳ないことに、今回は短めです。少し中途半端なところで次回へ持ち越しとなっております。
最近は忙しくてなかなか執筆の時間が取れません(汗)
できるだけ1週間更新を維持しようと思っていますが、どうにもならない時はどうしようもないので、温かい目で見守っていただければ幸いです。
神聖暦709年(西暦2021年)3月12日
フィルディリア大陸 中西部 旧ドリアナ王国領
野戦司令部
01:12 現地時間
「ふぅ……。疲れたぁ~……」
シェリアは休憩所のイスに座ってテーブルに突っ伏し、そんな声を上げた。
「シェリアちゃん、なんだか年寄りくさいよ……?」
「失礼ね! 疲れたんだから仕方ないでしょーが」
テーブルを挟んで対面のイスに座ったエリナから失礼な言葉を投げかけられ、そう返すシェリア。
彼女達はまた夜遅くまで仕事をさせられていた。昨日の夜からこの野戦司令部はとんでもなく忙しくなっている。士官達がこれまでにないくらいに行ったり来たりを繰り返し、彼らの表情からは余裕が消えていた。
そんな状況下で、徴用された生徒達は働いている。士官や兵士達が忙しくなるのに比例して、生徒達の忙しさも増大している。それに伴って、生徒達に蓄積されていく疲れは鰻登り状態である。
「……いきなり忙しくなったのって、やっぱり前線がヤバくなったからかしらね……?」
シェリアは声を小さくしてエリナに尋ねた。
「うーん……。断言はできないけど、そうだと思う。被害状況の確認とか対応に追われてるんじゃないかなぁ?」
エリナの推測はある程度的中していた。被害状況の確認やその対応に追われ、後手後手に回って昼夜問わずに動き続けねばならない状況にまで東進軍の上層部は追い詰められていたのだ。
それに加えて通信中継所などが空爆によって破壊され、通信網に深刻なダメージが入っている。そのため、なかなか作業が終わらないのである。
「……だとすると、ここも本格的に危なくないかしら?」
「……そうだね。もしかしたら、もう敵に場所がバレてたりするかも……」
エリナの推測はここでも的中している。彼女は特別勘が鋭いわけではないが、前線が受けている被害と敵の強さをある程度だけだが知ってしまった以上、この程度の予測はして然るべきである。もっとも、それは軍人基準の話であり、正規軍人でもないエリナが次々と概ね正しい推測を出していくのは、やはり彼女が頭脳明晰である証左であろう。
「……この話は止めにしよっか。軍人とか、シュトライヒみたいな奴に聞かれたらマズイしね」
「そうだね。『この、敗北主義者めー』って怒られそう」
エリナのふざけたような真似台詞に「なにそれ」と言って思わず笑みを溢すシェリア。
その時のことだった。何かが空気を切るような音が聞こえたのは。
「……?」
休憩所にいる皆が辺りを見回す。この休憩所は塹壕の中に設営されており、木製の屋根が取りつけられている。壁面と屋根の間からは外を見ることができるが、夜である今は暗くてよく見えない。ぼんやりと装甲車が止まっているのが見える程度だ。
だが、次の瞬間に野戦司令部は赤い光に照らされた。
聞いたことのないくらい強烈な爆発音。地震のように地面が揺れ、生徒達は悲鳴や慄きの声を上げる。
「な、何なのよ!?」
シェリアがとりあえず姿勢を低くして叫ぶ。
その一拍後、大きなジェットエンジンの爆音が通り過ぎた。
「戦闘機……?」
エリナがポツリと呟いた。現に見たわけではない。上には木製の屋根があるし、屋根と壁面の間から見える空は立ち上る火柱によって多少は赤く染まっていても、やはり夜空である。
だが、この爆音は紛れもなく航空機のものである。
「これ、ジェットエンジンだろ! だったら味方じゃないのか!?」
男子生徒の1人が言った。恐らく国立レイレダード女学院の男子版である国立レイレダード学院の生徒だろう。
彼の言っていることはフォルワナ人の常識としては正しい。フィルディリア大陸を飛ぶジェット機は全てフォルワナ共和国軍のものであり、敵軍の航空機は全て旧式のレシプロ機であると教えられてきたのだから。
「知らないわよ! 攻撃してきてるんだから敵でしょうが!」
シェリアがそう返す。
「し、シェリアちゃん、逃げないと……!」
「分かってるわ。でもどこに……?」
エリナの言葉はもっともであるが、どこが安全か分からないのだ。逃げるべき方向が分からない。
「と、とりあえず森に逃げようよ! 森だったら爆弾落としてこないと思う!」
「……そうね。上からは見えないだろうし、それがいいかも……」
その話を聞いていた他の者もその意見に概ね賛成だった。
「とりあえず外に出ましょう。状況が分からないわ」
シェリアはそう言うと、エリナと一緒に通路へ出て、そこから塹壕出口の階段に向かう。塹壕の壁面をよじ登るのは、できなくはないが女子である彼らには厳しい。シェリアには可能だろうが、少なくとも運動音痴のエリナにはできないだろう。
2人に続いて他の者も行く。彼らとて生きていたいのだ。シェリアはエリナを守ることができればそれでいいので、ついてくるなら勝手にしろというスタンスである。
シェリアとエリナが塹壕の出口から出ていった時、その視界に映った光景に愕然とした。
赤かった。
全ての通信アンテナが吹き飛ばされ、対空陣地が炎上していた。炎の赤い光に照らされて、倒れて動かない兵士達の姿がいくつも見受けられ、その中を生きている兵士達が駆け抜ける。
倒れている仲間を助け起こす兵士……彼はすぐにその仲間が死んでいることを理解した。プレートのような大きさの鉄片が顔面に突き刺さっていたのだ。彼は親しき仲間を失ったことに悲しみの絶叫を上げた。
火達磨になって倒れ、動かなくなった仲間の前で立ち尽くす兵士。彼は目の前で火達磨になった仲間を助けることができなかった。どうすればいいのか分からないまま、生きたまま焼かれる仲間の断末魔を至近距離で聞かされたのである。彼の精神は完全に破壊されていた。
阿鼻叫喚。まさにそんな言葉が適切な惨状だった。
「……ひどい」
エリナは呟く。シェリアもそれに同意した。だが、同時に自分達フォルワナ人が言ってもいいものかと思いもした。少し前まではフォルワナ側がこれをやっていたのだ。
休憩所にいた他の生徒達も追いつき、この惨状を見て顔を真っ青にしている。
思いがけない襲撃。だが、これが戦争なのだとシェリアは思った。
「……早く行くわよ」
シェリアはそう言ってエリナの手を引こうとした。これ以上ここにいては自分達も気がどうにかなりそうだった。ここにいつまでもいるべきではない。まだ敵の襲撃が終わったとは限らないのだから。
その時だ。新たな音が聞こえたのは。
連続的に空気を叩くような音。それがだんだん近づいてくる。
「今度は何!?」
シェリアが言う。それに応えるかのようなタイミングで暗闇の中から赤い光に照らされて浮き出てくる異形の航空機が3つ。
機体上部で大型のプロペラを回転させ、航空機としては低速で移動するソレ。
「オートジャイロ……じゃないな」
軍事に関して少しは知識があるのか、1人の男子生徒がそう呟く。
彼らフォルワナ人には預かり知らぬことであるが、この異形の航空機は日本国内ではJAH-1『隼』戦闘ヘリと呼ばれている。
日本の富士重工が開発・生産している戦闘ヘリで、あのAH-64D『アパッチ・ロングボウ』戦闘ヘリを凌ぐ総合スペックを誇っている。
その形状は、攻撃的な外見のものが多い戦闘ヘリの中でも特に獰猛である。鋭角的で凶暴そうな形状は、見た者に恐怖と困惑を感じさせる。
「…………っ!」
『隼』の獰猛さを隠すつもりの全くない姿が少しずつはっきり見えてくるにつれて、生徒達の恐怖心が掻き立てられていく。
『隼』は野戦司令部の上空に侵入するや否や、ロケット弾や30㎜ガトリング砲を放つ。
ロケット弾の着弾音、30㎜ガトリング砲の轟音、『隼』のメインローターが空気を叩く音。その合奏曲がこの場にいるフォルワナ人に死の恐怖と圧倒的な力による絶望を与えていくように見える。
不吉な赤い光がロケット弾によって吹き飛ばされる装甲車を、そして30㎜弾によって薙ぎ払われる抵抗するフォルワナ兵を不気味に照らしていた。
「こんなバカな……!」
シェリアとエリナは聞き覚えのある声を後ろの方向から聞いた。
振り返ると、やはり見覚えのある顔がそこにはあった。
「ルーデル……!」
エリナがポツリと呟く。
そこにいたのは愛国少年のルーデル・シュトライヒだった。先ほどまではいなかったので、恐らく今来たのだろう。
「栄光あるフォルワナ共和国軍が……! 蛮族なんぞに……!」
フォルワナ共和国が世界最強で無敵だと信じているルーデルにとって、この光景は信じられないものだった。悪夢を見ていると言われた方が納得できるほどだ。実際、彼は今自分の頬を抓ろうとしていた。
その間にも『隼』3機が野戦司令部の防衛戦力の戦闘能力を奪っていた。その行動は実に効率的で機械的である。まるで野戦司令部の防衛戦力の配置や配備されている兵器の種類を予め知っていたかのような無駄のない行動は、フォルワナ人にとっては未知の領域だった。
「逃げなきゃ……!」
女子生徒の誰かがそう言った。それに全力で同意したいシェリアだったが、ふとあることに気づいた。
(あのヘンテコな飛行機……武器で抵抗する兵士しか攻撃してない……?)
シェリアの考えは正しかった。日本側の狙いは高級士官の捕虜の確保である。無駄な殺生をする理由はなかった。あくまでも危険な敵だけを狙って無力化しているのである。
そして、再び近づいてくる音。『隼』と似ているが、少し異なる音である。
「今度は何なんだ!?」
男子生徒の誰かが叫んだ。
「あれ!」
エリナが指で指した方向。そこには先ほどの『隼』と同じく低速で移動する航空機が飛来してきていた。
JV-22『オスプレイ』である。現在はエンジンを上方に向けてヘリコプターのように飛行している。
『オスプレイ』の数は5機。森の木々に接触しそうな低空を飛行している。
『オスプレイ』の編隊は呆然とするシェリア達を余所に悠々と野戦司令部上空に侵入するのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
『もうすぐ敵野戦司令部の上空だ! 総員、準備はいいな!?』
立川 特務大尉の声が通信機越しに聞こえる。蓮夜達機動歩兵中隊の乗る『オスプレイ』は編隊の先頭を飛行していた。
蓮夜は自分の装備を再確認する。
今回は威力過多ということで15式小銃丙型ではなく甲型を持ってきている。丙型の7.7㎜JSA強装弾だと腕に当たれば吹き飛び、万が一にも体に当たれば衝撃によって体内を掻き回されて内臓が全滅しかねない。同じ理由でサイドアームも12.7㎜弾を使用する15式自動拳銃ではなく9㎜弾使用の99式自動拳銃にしてある。
手榴弾はフラグはなしで、フラッシュバンとスモークグレネードだけである。
「祐哉、純平、健……準備はできたか?」
蓮夜は部下である3人に問うた。
『ターコ、誰に言ってやがる』
『いけるでぇ~』
『問題ない』
予想通りの返答。日本の先端科学技術の結晶である機動兵装の中で、蓮夜は僅かに口の端を上げた。
「大丈夫そうだな」
蓮夜はそう呟く。士官学校時代から一緒にやってきた仲間である。教官達が目を剥くようなスピードで練度を上げてきたこのチーム……蓮夜は何だかんだでこれが初陣であるが、不安は全く感じなかった。
『敵野戦司令部上空に到達!』
パイロットからの通信。それを聞いた立川 特務大尉は口を開く。
『よぉし! ショータイムだ! 誰か、一番乗りでステージに飛び込みたい奴はいるか?』
「自分のチームが行きます」
言ったのは蓮夜だった。
『ほう……。如月 特務少尉の小隊か……。いいだろう。期待のルーキーの力を見せてもらおうか!』
立川 特務大尉は面白がるように告げた。蓮夜はそれに頷き、自らの部下に振り返る。3人とも頷いた。
「第2小隊、降下!」
蓮夜のその声と共に、蓮夜と祐哉、純平と健は低空を飛ぶ『オスプレイ』の開いた後方ハッチへと駆け、そこからその身を投げ出した。




