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交錯世界の旭日旗  作者: 名も無き突撃兵
第一章 フィルディリア大陸動乱編
16/29

第9話

投稿前に大規模な改変を行っていますので、誤字脱字などが見受けられるかもしれません。

一応、一通り確認しているので大丈夫だとは思いますが……。



西暦2021年3月10日

ルアズ王国 沖合

海上

09:48 現地時間





 フィルディリア大陸北部海域。そこは高緯度地域であるが故に寒く、冬になれば氷山が流れてくることもある海域だ。


 現在、そこを日本海軍第五空母機動艦隊が航行していた。第五空母機動艦隊は2隻の翔鶴型融合炉空母『赤城』『加賀』を中核とした総数18隻の艦隊である。

 翔鶴型融合炉空母は全長370m、全幅78m、排水量115000tの前世界でも最大最強の超巨大空母だ。アメリカ海軍の誇るジェラルド・R・フォード級'融合炉'空母よりも強力である。搭載する航空機は100を超え、小国の空軍力を単艦で上回ってしまいかねない航空戦力を保有している。その巨大さと戦略的価値から日本海軍の象徴的な艦艇の1つとなっている。


 その飛行甲板では戦闘機が発艦を行っていた。

 ヨーロッパ的なデルタ翼とカナード翼の組み合わせで構成されるその戦闘機はF-1F『旋風』。外国向け愛称は『レイヴン』である。

 1972年に大日本帝国から日本国へと正式な国家名称を変更した後、初めて採用された戦闘機だ。やや小柄な機体に小型のハイパワーエンジン2基を搭載し、卓越した運動性能と兵装搭載能力を誇る。初期型はA/B型で、今は最新タイプのE/F型が運用されている。Eが空軍型でFが海軍型である。

 とはいえ、今は空軍からは次々と姿を消しており、残っている運用機は予備機を含めて60機ほどとなっている。空軍としてはF-15JやF-2Aの方が使いやすいからだろう。F-15Jは制空能力に長け、F-2Aは対艦番長である。地上攻撃能力も両機種とも十分に備わっている。F-1Eも両機と並ぶほどにいい機体なのだが、如何せんF-15JやF-2Aに比べると器用貧乏な感じなのだ。

 その一方で海軍ではまだまだ現役だ。最新タイプのF型はE型と同様に第四世代ジェット戦闘機の中でもF-15JやF-2Aと並ぶほどに強力な機体だ。バランスの取れた能力をコンパクトな機体に纏められているところが、空母で運用される海軍航空隊にとって扱いやすかったのだ。


 よって、現在の海軍航空隊の艦載戦闘機は3分の2程度がF-1Fで揃えられており、残りは第五世代ジェット戦闘機F-3の海軍型であるF-3Bが占めている。



 さて、F-1Fが次々と発艦しているのには訳がある。先ほど、無人偵察機が敵艦隊を捕捉したためだ。今作戦においてフィルディリア大陸に進出してきたフォルワナ共和国艦隊を撃滅することは絶対条件に定められている。

 パイロット達も久々の実戦で士気が上がっている者、初めての実戦で少し緊張している者など様々だ。


「さて年配諸君。新人ニュービー達にいいところを見せてやるぞ」


『『『おう!』』』


 空母『赤城』所属の第31航空隊隊長の五十嵐いがらし 少佐はコクピット内から無線を通して部下を激励した。

 彼ら第31航空隊はベテラン揃いで『赤城』航空隊最強の部隊である。今回、敵艦隊攻撃の一番槍を受け持つ。

 今回出撃するのは『赤城』より第31航空隊、『加賀』より第41航空隊の半分と第44航空隊だ。合計にして40機のF-1Fが出撃する。

 対艦攻撃を行うのは精鋭が多い第31航空隊と第41航空隊。比較的新人が多い第44航空隊は護衛任務である。


 発艦が完了し、各々で編隊を組んだ3つの航空隊は敵艦隊がいる北西の方角へと針路を向ける。




 第31航空隊と第41航空隊のF-1Fには2発の対艦ミサイルASM-2と自衛用のAAM-5 2発を搭載している。

 何故、最新型の超音速空対艦ミサイルASM-3を使わないのか。それは予算的な都合……ではなく、使用期限が迫っているからである。弾薬やミサイルにも使用期限はある。それ以上経つと経年劣化で本来の性能の発揮を保証できないという期限だ。

 ASM-3が現れてからは、ASM-2の在庫が無駄に余っている状況が続いている。そのため、さっさと消費してしまいたいのだ。MOTTAINAI(もったいない)の精神である。


 護衛の第44航空隊の兵装はAAM-4 4発とAAM-5 2発。一般的な対空装備だ。


 40機のF-1Fは一糸乱れぬ見事な編隊飛行を行いながら目標へと接近していく。

 第31航空隊と第41航空隊の対艦攻撃組は低空飛行を行っている。一方の対空組の第44航空隊は高度5000mを飛行中。


 今回の攻撃手順は極めて単純だ。最初に第31航空隊が対艦攻撃を実施する。そこで効果を確認して必要があったら追加攻撃を第41航空隊が行うといった感じだ。

 徹底的に叩くために二段階の攻勢となっている。




『AEW『ハンマーヘッド』より各機。敵艦隊まで距離200。針路そのまま』


 攻撃部隊の補佐を行うのはAEW(早期警戒機)のE-2D。機体本体の設計は相当に古いものの、中身には最新機材が積まれている機体だ。


「是非とも敵艦隊をこの目で見てみたかったが……この時代じゃ、それも叶わねぇなぁ……」


 五十嵐 少佐は独りぼやく。祖父は日本海軍の雷撃機パイロットだったため、よく雷撃の話を聞かされていた。

 アメリカ海軍の猛烈な対空弾幕を潜り抜けて敵艦に肉薄し、必殺の魚雷をその横っ腹にぶちこむ。子供の時は、まるで英雄譚を聞くような気持ちで聞いていたものだ。

 五十嵐 少佐の祖父の口癖は、『アメリカは日本最大の敵であり、日本最大の味方だ』である。アメリカと激戦を繰り広げ、その後にアメリカと手を組んで冷戦。そんな時代を歩んできた祖父だからこその言葉だろう。

 この世界にアメリカはいない。それは心細くもあるが、日本にとって都合がいい秩序……日本が先導する世界秩序(パクス・ジャポニカ)を創り上げる好機でもある。五十嵐 少佐はそう考えている。



 五十嵐 少佐はMFD(多機能ディスプレイ)を見る。味方とのデータリンクによって、様々な情報が表示されている。


「思えば、お前も変わったな……」


 五十嵐 少佐は愛機に語りかけるように言った。彼がF-1パイロットになった時、主力はF-1Dだった。その時には既にデジタル電装が装備されていたが、まだ高度な戦術リンクシステムや彼が今被っているHMD、タッチパネルになっているMFDなどは存在していなかった。

 技術の進歩は凄まじいと五十嵐 少佐は思う。

 だが、恐ろしいことにこのF-1Fの電子装備ですら前世界では陳腐化しつつあったのだ。最新鋭機のF-3はARMS(拡張現実型戦術サポート)システムを搭載しており、もはやタッチパネルすら不要である。

 五十嵐 少佐はテクノロジーの進歩に身体が追いつかない気がしてきた。


「俺も歳取ったなぁ……」


 老化抑制技術が進歩して、彼も年齢の割に身体年齢は若いのだが、精神面では順調に歳を取っているらしい。まぁ、これは人によるのだろうが。


『『ヘイロー』、まもなく敵艦隊がASMの射程に入る。攻撃準備』


 『ハンマーヘッド』より通達が入る。もう敵艦隊をASM-2の射程内に収めつつあるようだ。

 第31航空隊……『ヘイロー』は低空飛行を続ける。電子の矢の照準は既に定まっている。後は射程内に引き入れるだけ。


『『ヘイロー』、敵艦隊がASMの射程内に入った。攻撃を開始せよ』


「了解、『ハンマーヘッド』」


 五十嵐 少佐はそう言うと、一息ついて部下に攻撃を命ずる。


「『ヘイロー』各機、対艦ミサイル発射!」


 そして五十嵐 少佐は操縦桿のボタンを押した。機体から一瞬自由落下したASM-2はロケットモーターを点火して急加速、敵艦隊へと直進していく。

 各機2発、計32発が第31航空隊より放たれる。各ミサイルは敵艦隊に最大限のダメージを与えられるようにターゲットを指定されている。沈んでいる艦にさらにミサイルが次々と当たる、などといった無駄はないのだ。戦術データリンクシステムは偉大である。


 ASM-2は旧式の対艦ミサイルであり、その速度は亜音速帯。決して速いとは言えない。しかし、フォルワナ共和国の技術レベルだと亜音速でも迎撃は困難であろう。


 日本にとっては陳腐化した、フォルワナ共和国にとっては未知なる技術の塊であるASM-2の軍勢はプログラムの指示に従ってフォルワナ艦隊を食い破らんとしていた。





◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇






「さぁ、早く来い下等種共! 俺の出世のために!」


 艦隊司令官のヴァズ中将がそう言っているのを巡洋艦『リノリア』艦長のジェイク・クーゲル大佐はバレないように横目で睨む。

 この『リノリア』が旗艦を務める第五艦隊は、ある意味不遇な艦隊である。というのも、ミサイル運用を念頭に置いた最新鋭艦艇が1隻も配備されていないのだ。全て旧式改装艦である。

 その第五艦隊の司令官に任命されたヴァズ中将は任命直後から不満ばかり溢している。


 そんな彼にとって、この戦争は手柄を立てる絶好の機会なのだ。だからこれほどまでに興奮して騒がしいのだ。


 もちろん、第五艦隊の将兵達は面白くない。艦隊のトップが艦隊を毛嫌いしているのだ、やる気も出るはずがない。

 特に叩き上げで巡洋艦の艦長にまで上り詰めたクーゲル大佐はヴァズ中将を心底嫌っていた。ヴァズ中将は親の七光りで士官になっており、ここまで昇進してきたのも実力ではない。そんな男に従わねばならないのだ。屈辱もいいところである。

 クーゲル大佐は別に士官学校を出たエリート将校が嫌いというわけではない。ただ、評価相応、地位相応の実力を持たない者が嫌いなのだ。


 それに、クーゲル大佐に言わせてみれば、この第五艦隊は決して蔑まれる存在ではない。ここに所属する艦艇の多くが武勲を重ねている。近代化改装によってミサイルだって運用できる。他国の艦艇に比べても高い能力を維持している。そんな艦隊を平然と'左遷先みたいなもの'だと思える人間のことが全く理解できない。


 そういった諸々のことからクーゲル大佐はヴァズ中将を嫌っている。口にも表情にも決して出さないが。


「艦長、敵はまだか!?」


「まだです、司令」


 ヴァズ中将の苛立ちと期待の入り交じった声に、クーゲル大佐はポツリと答える。


「ちっ……。役立たずめ」


 クーゲル大佐はその言葉を聞いて、内心で『お前がな』と吐き捨てる。敵が来るのを静かに待てないなど、軍人として失格である。


「ん……? れ、レーダー反応……?」


「どうした?」


 レーダー要員の困惑したような声に、クーゲル大佐はそう返した。


「いえ、一瞬ですがレーダーに反応があったんです。すぐに消えましたけど」


「……妙だな。出撃前に点検したばかりだから、故障した可能性は低いと思うが……。探知した方位と距離、数は?」


 クーゲル大佐の問いにレーダー要員は思い出すように答える。


「方位は135辺り。距離は70くらい、数は分かりません。それほどはっきり映ったわけではないので」


「そうか……」


 クーゲル大佐は考える。点検したばかりのレーダーが、出撃してすぐに壊れるとは考えづらい。有り得なくはないので、否定はできないが。

 レーダー探知を掻い潜ろうとするのなら、相手を航空機だと仮定すると低空を飛行するしかない。逆に言えば、それができれば可能だということだ。

 これまでの実戦で、レーダーは優秀ではあるが、思ったほど万能ではないことをクーゲル大佐は学んでいる。

 転移前に、低空飛行で攻撃してきた敵雷撃機にギリギリまで気づかず、そのまま被雷してしまった友軍艦をクーゲル大佐は見たことがある。その艦はレーダーを搭載していたものの、肉眼で見える距離まで近づかれるまで敵雷撃機を探知できなかった。


 その経験が、クーゲル大佐に警鐘を鳴らしている。


(敵航空部隊が低空飛行でこちらに向かってきているのか?)


 クーゲル大佐はそう予測する。どこで敵に居場所を知られたのかは分からないが、有り得ないことではない。


「司令、対空戦闘を準備した方がいいかもしれません」


 クーゲル大佐はそう進言した。彼の中には危機感があった。レーダーを信用しすぎて被雷し、撃沈されてしまった友軍艦が頭から離れないのだ。


 だが、ヴァズ中将は彼の意見など気にもかけない。


「阿呆が! そんなものはレーダーのゴーストだ。レーダーに映っていない以上、そこには何も存在しない。貴様は存在しない敵を恐れる臆病者か? そんな人間はフォルワナ共和国海軍軍人には不要だ!」


 しかし、クーゲル大佐も退かない。


「ですが、レーダーとて絶対ではありません。ここは警戒すべきです」


「貴様、栄えある共和国海軍のレーダーがガラクタだと言うつもりか?」


「そうではありませんが、レーダーとて性能に限界はあります。何らかの理由で敵機が映っていない可能性も……」


「やかましい! この私が必要ないと言っておるのだ! 私が臆病者だという風評が立ったらどうしてくれる!?」


(結局、そこなのか……!)


 クーゲル大佐は強い……本当に強い失望を目の前の艦隊司令官に覚えた。自分自身に臆病者というレッテルが張られることを怖れて、対空警戒を敢えてしないというのだ。

 その思考回路と行動こそが臆病者だということに何故気づかないのか。クーゲル大佐はヴァズ中将を怒鳴りつけてしまいたい衝動を必死に押さえつけた。


「……了解しました。対空警戒はなしとします」


「ふん。最初から私に従えばいいのだ。第一、今の共和国のレーダーは十分信頼に足る性能を持っている。何を恐れているのだ? 旧式艦艇乗りは頭の中身も旧式なのか?」


 余計なことを口走るヴァズ中将。艦橋の空気が悪くなる。


 クーゲル大佐は内心で溜め息を吐く。フォルワナ共和国軍のエリート将校によくあることだが、彼らは自国の技術を過信しているきらいがある。ヴァズ中将もレーダーの探知性能を絶対的に信用している。そのくせ、レーダーの細かい性質も知らないのだ。指揮官としてどうかと思う。


 そこまでクーゲル大佐が考えたところで、レーダー要員が突然切羽詰まったような声を上げた。


「れ、レーダーに反応! 距離30! 今度ははっきり映っています! 方位135、数は30以上!」


「何だとッ!?」


 ヴァズ中将は驚きの声を上げた。クーゲル大佐は「やはりか……」と呟く。


 だが、飛んできたものはクーゲル大佐の予測していたものとは違っていた。


 それは見張り員の報告よりもたらされた。


「見張り員より報告! 飛来しているのはミサイルです! 低空を飛行するミサイルです!」


「ミサイル……だと?」


 クーゲル大佐は困惑した。敵はミサイルを保有するような高度な技術力を有してはいないはずだ。

 困惑は一瞬。次の瞬間には命令を下していた。


「全艦、対空戦闘用意!」


「貴様! 私を差し置いて勝手に……!」


「この状況において、まだそんなことを申されるか!?」


「ぐ!?」


 クーゲル大佐の剣幕にたじろぐヴァズ中将。だが、そのすぐ後に言う。


「戻ったら、じ、上官侮辱罪で軍法会議にしてやる!」


「……ええ、ご勝手に。まぁ、生きて帰れたら、ですが」


 クーゲル大佐の表情はよろしくない。なにせ、あらゆる共和国海軍艦艇は未だに対艦ミサイル迎撃能力を持ち合わせていないのだから。

 つまり、必死で弾幕を張っても迫り来る対艦ミサイルを撃墜できず、ほとんどの艦艇が被弾する可能性が極めて高いのだ。

 さすがにヴァズ中将も現状を理解したのか、今さらになって顔色を青くし始めた。


「本艦の主砲射程内です!」


「よし、主砲撃てェ!」


 巡洋艦『リノリア』の艦主砲……45口径20㎝連装砲の内、前甲板にある2基が主砲の仰角を微調整してから砲撃する。砲弾には近接信管が搭載されているものの、対艦ミサイルを撃墜できる可能性は低い。

 砲撃によって排水量8000tの『リノリア』の船体が揺れる。しかし、その揺れはまるで『リノリア』が迫り来る対艦ミサイルを怖れているかのように、クーゲル大佐には思えた。


「……主砲、外れました。他艦も主砲対空攻撃を実施しましたが、撃墜できたという報告は皆無です」


 艦橋要員の言葉にヴァズ中将は過剰に反応した。


「何をやっとるのだ、この無能共がッ!」


「うるさいから黙ってろッ!」


 クーゲル大佐の殺気さえこもった怒鳴り声。ヴァズ中将は思わず息が詰まった。

 今のクーゲル大佐は歴戦の戦士たる風格を漂わせている。その威圧感がヴァズ中将に二の句を告げさせない。


「全艦、面舵45! 敵ミサイルに対して向かい合うように動け! 機関出力、落とせ!」


 クーゲル大佐はそう告げた。もはや迎撃は現実的ではない。そうなれば、被害を限定化させるしかない。

 そこで、クーゲル大佐は敵ミサイルに対して向かい合う形に針路を取るように命じた。重要防護区画や人的な被害だけでも抑えるためだ。艦首には重要防護区画は存在せず、同時に艦首から重要防護区画までは距離がある。

 さすがに艦首に食らっても浸水からの沈没は免れない。しかし、艦橋や船体の横っ腹に受けるよりは人的被害は極限化できるだろう。

 機関出力を落とすように命じたのは速度を落として浸水を遅れさせるためであった。


 幸いにもこちらは旧式艦艇。砲戦を想定しているため、最新鋭艦艇よりも装甲が厚い。もしかしたら、という希望はあった。沈むにしても退艦する時間は稼がねばなるまい。


「距離10! 対空弾幕展開!」


「対空要員以外は対ショック体勢!」


 各艦から対空砲火が放たれる。しかし、なかなか当たらない。


「くそ、ダメか……!」


 クーゲル大佐がそう言葉を漏らした時、空中で火の玉が1つ生まれた。


「敵ミサイル1発撃墜! 本艦に向かってきていたと思われるものです!」


 一瞬、艦橋内が沸く。だが、クーゲル大佐は叫んだ。


「まだだ! まだ来る! 対ショック体勢を維持しろ! 対空要員もだ!」


「り、了解! 対空要員は対ショック体勢!」


 もはやこれ以上の戦果は求められない。見ると、前方の艦から赤い煌めきが確認できる。被弾したのだ。次は自分達である。


「神よ……!」


 クーゲル大佐は戦場で初めて神に祈った。



 そして、着弾。


 『リノリア』が大きく揺れ、爆発音と金属の悲鳴が辺りにやかましく響く。まるでこの世の終わりのようにクーゲル大佐には思えた。


「……どうなった?」


 クーゲル大佐は問うた。艦橋は無事なのは分かる。自分達が生きているのだから。


「被害報告! 機関部区画に被弾、浸水発生! 燃料には引火しておりませんが、徐々に傾きつつあります。自力航行は不能!」


 艦橋要員の1人がそう答える。どうやら回頭は間に合わなかったらしく、ミサイルは斜めに入射して機関部区画に当たってしまったようだ。このミサイルは海面近くの低空を飛んでいたため、喫水線近くに大穴を穿たれてしまったらしく、かなりの速度で浸水している。


「そうか……」


 そう言って艦の外を見た。


 あらゆる第五艦隊の艦艇が燃えていた。どの程度の損傷かは分からないが、戦闘不能なのは間違いない。中には既に船体が折れて沈もうとしている駆逐艦すらある。

 正直、どの艦艇も助かりそうには見えない。


「退艦だ、総員退艦」


 クーゲル大佐はそう命じた。自分の人生の中で類を見ないほどの完敗である。

 敵は姿を見せずに自分達フォルワナ共和国海軍第五艦隊を撃滅してみせた。圧倒的な強さだ。クーゲル大佐はフォルワナ共和国が無敵であるなどと元から思っていなかったが、今それを再確認した気分だった。


「バカな、バカなバカなッ!」


 だが、敗北を受け入れられない者もいた。


「栄光あるフォルワナ共和国海軍が敗北するだと!? 最強の海軍が蛮族ごときに敗北するだと!? そんなことがあってたまるか!! 私の……私の立場はどうなるのだ!? 私は父上に何と申し開きすれば……!」


「……まだ言うか」


 クーゲル大佐は呆れ果てた。ここまでバカだとバカにする気も起きない。


「司令、ここは危険です。退艦してください」


「うるさいッ!!」


 ヴァズ中将はそう叫ぶと、腰のホルスターから拳銃を取り出し、クーゲル大佐に向けた。艦橋内の空気が固まる。


「……何のつもりですかな?」


「この敗北主義者め! 退艦は許さん! 徹底抗戦だ!」


「現実を見てください、司令。本艦は機関を損傷し、航行不能。兵装システムもダウンしております。これで戦えるわけがないでしょう」


 クーゲル大佐が正論で諭そうとするも、ヴァズ中将は聞く耳を持たなかった。


「うるさいうるさいうるさいッ!! だいたい、貴様ら無能のせいでこうなったんだ! どう責任を取ってくれる!? この糞共め! ……ああ、そうか、分かったぞ。貴様らはスパイだ! 敵のスパイだな?」


 もはやヴァズ中将は錯乱状態であった。


「スパイなら殺さねばなるまい。栄光あるフォルワナ共和国のために!」


 ヴァズ中将の拳銃を握る手に力がこもる。


「か、艦長!」


 艦橋要員が叫ぶ。信頼している上官が、頭の沸いたキチガイに殺されようとしているのだ。声を上げずにはいられなかった。


「スパイは銃殺け」


 ヴァズ中将が言葉を紡ぎきる前に銃声が響いた。

 撃たれたのはクーゲル大佐ではない。


「……がはっ……」


 撃たれたのはヴァズ中将だった。胸から血が流れ、彼は冷たい鋼鉄の床に倒れ伏した。


「……売、国奴、め……」


 途切れ途切れに言葉を紡ぎなから、自らの血の海に沈んで事切れるヴァズ中将。

 彼を射殺したのは、レーダー要員の男だった。フォルワナ共和国海軍では士官階級は拳銃の携帯が許されており、彼も士官であったため拳銃を携帯していたのだ。


「無事ですか、艦長?」


「君か、助かったよ」


「時間がありません。早く脱出しましょう」


「分かった。お前らも逃げるぞ。まだ死にたくはないだろう」


「「「了解」」」


 艦橋要員達はそう返事をして退艦を始める。それに続いてクーゲル大佐も退艦する。





 しばらくして、救命ボートから沈みゆく『リノリア』を眺めるクーゲル大佐達。


「……よく頑張ったな。ゆっくり眠るといい」


 クーゲル大佐は穏やかな口調でそう告げた。転移前から武勲を重ねてきた武勲艦は、北フィルディリアの海に沈んでいった。


「……救助は来るだろうか?」


「分かりません。無電は本国に飛ばしましたが……来ないでしょう。本海域は既に敵の勢力下です」


「敵が救助してくれるような高い道徳心を持っていてくれれば助かるのだがな……」


 クーゲル大佐は自分でもその可能性は低いと思っている。相手がどのような文明度であれ、戦争では敵国人に対していくらでも残虐になれる。自分達、フォルワナ人がそうであるように。

 クーゲル大佐は今まで同胞であるフォルワナ人が、それこそ蛮族的な行動をするのを何度も見てきた。だからこそ、相手が高い文明を誇っていたとしても、侵略者である自分達が丁重な扱いを受けることは期待しない方がいいだろう。


「それも軍人の運命さだめか……」


 クーゲル大佐は覚悟を既に決めていた。

 そんな彼が新たな価値観を目の当たりにするのはもうすぐだった。





◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇







『敵艦隊、壊滅的打撃を受けた模様。追加攻撃の必要性は認められず。戦闘終了。漂流兵を確認。救助が必要だ』


『こちら『赤城』司令部。了解した。ヘリを先行させる。我が艦隊も救助に向かう』


 艦隊とAEW『ハンマーヘッド』のオープン通信。日本海軍は敗者にも手を差し伸べる。もちろん、敗北を受け入れて大人しくしていることが前提条件だが。


「それよりあの艦隊機動……」


 五十嵐 少佐が呟く。

 ASM-2が敵艦隊に殺到する前。敵艦隊が急に面舵を取った。恐らくミサイルの進行方向に対して向かい合うことで、重要防護区画や人員が密集している区画への被害を抑えようとしたのだろう。

 残念ながら、回頭は間に合わなかったようだった。船というのは航空機みたいに素早く旋回できるものではない。もう少し指示するのが早ければ思惑通りになったかもしれないが。


 しかし、あの艦隊機動を命じた者を五十嵐 少佐は内心では評価している。自分達のできることを、理解の及ぶ範囲での対抗策を、結局は無駄だったとしても敢行できたのは指揮官が冷静だったからだろう。


「会ってみたいもんだ」


 五十嵐 少佐はニヤリと笑った。良からぬことを考えている顔である。


「全機、作戦は終了だ。母艦に帰投する」


 そう言って五十嵐 少佐は機体を翻す。40機のF-1Fは見事な編隊を組んで母艦へ帰投していった。






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