第6話
何とか一週間更新を継続できました……。
これからも頑張ります。
北暦1711年(西暦2021年)3月9日
ドートラス首長国 リードルトラル
病院 病室
06:11 現地時間
「む……うっ……!」
フォルワナ共和国軍の侵略開始から2日後の朝。1人の傷ついた老将が目を覚ました。
辺りを見回すと、どうやら病室のようだった。窓からは朝焼けに照らされた歴史的な街並みが見えた。
「ここは……?」
「閣下……! お目覚めになられましたか……!」
老将が横に目を向けると、見慣れた顔がいた。彼の副官だった。腕を骨折したのか、ギプスをはめているが、それ以外は大丈夫そうだ。
「何があったんだ……?」
そう呟く老将。彼はアイゼル・マウザー大将。ドートラス首長国陸軍西部国境防衛線の司令官としてフォルワナ共和国軍と対峙していた男だ。
「……閣下は敵機の爆撃で負傷されたのです。覚えておられないですか?」
「……ああ、思い出した」
マウザー大将は何があったのか思い出した。
ドートラス首長国は西部国境に防衛線を敷いていた。フォルワナ共和国への対策である。
そして、3月7日。遂にフォルワナ共和国が侵攻を開始する。
両者の差は歴然であり、その日の内に西部の制空権はフォルワナ共和国のものとなった。
空を制したフォルワナ共和国軍は陸軍を進軍させ、翌朝には防衛線への攻撃を開始した。
その時、マウザー大将は敵機の爆撃で負傷し、意識を失ったのだ。
「どうなった?」
回答を予想しつつも、マウザー大将は副官に問うた。
副官は予想通り、首を横に振った。
「……防衛線はほぼ抜かれました。敵軍にもある程度の出血を強いましたが、あれはフォルワナ共和国本国軍ではなく、植民地から集めた軍隊です。捨て駒でしょう。まぁ、時間稼ぎの効果はあったようですが」
「そうか……。多くの兵を無為に死なせてしまったな……」
マウザー大将はそう呟く。ドートラス首長国陸軍にある12個師団の内、7個を西部国境防衛線に配置していたのだ。その兵力は10万近くになるだろう。それらが壊滅したのだ。
「……そう言えば、私はどれほど眠っていた? それにここはどこだ?」
「1日足らずです。ここはリードルトラル。防衛線を抜かれた今、ここが最前線です」
小さな村々を除けば、ここが最西端の市街となる。近くには港町であるカルシアがあり、そこは日本陸軍の揚陸地点となる予定であるため、ここだけは絶対に守らねばならない。
「敵の動きはないのか?」
「思ったよりも被害が出たのか、現地地上軍の再編に時間を取られているようです。奴らは現地地上軍を使い潰すつもりですね」
「ふむ。だが、それはむしろ好都合かもしれんな。それで余計な時間を使ってくれるのなら」
「奴らは我々に強力な増援があることを知りません。それが勝機です。……ニホンに頼りきりなのは、正直悔しいですが」
「仕方あるまい。敵は強大だ。ならば、さらに強大な味方をつれてくるしかないだろう」
マウザー大将はそう言いながらも、副官の気持ちは理解していた。自分の国は自分達の力で守りたい。そう思うのは決して不思議なことではない。それができないことを悔しいと感じるのも仕方ない。
「今、我々の中で動ける部隊は?」
「歩兵が1個連隊規模、予備戦力としてこの街まで下げられていた1個戦車大隊と野砲10門。あとは旧式の対空砲がいくつか……」
「今ここに攻められると瞬殺されるな」
「同感です。市街戦でジリジリ敵に出血を強いることは可能でしょうが……」
「市民の避難は完了しているのか?」
「大半は」
「そうか。……だが、なるべくそういう戦いはしたくない。彼らの帰る場所を瓦礫の山に変えるのは忍びない」
マウザー大将はそう言う。
何とか日本軍が来るまで持ちこたえることができれば、自分達の勝ちだ。
「む……? 彼は?」
しばらく副官と会話を交わしていると、ふと隣のベッドで眠る男のことが気になった。
「彼ですか? 先日の航空戦の生き残りであるガイル・オーメル少佐です。運び込んできた者達の話によると、村からの避難の途中で炎上しながら墜落してくる戦闘機を見たらしく、現場に向かってみると、どうやら軟着陸していたそうです。発見したときには、そのコクピットは開かれており、中から血塗れの彼が這い出て来ていたそうで。見捨てるわけにもいかず、ここまで運んできたそうです」
「あの航空戦の生き残りか……」
マウザー大将はベッドで眠る彼を労るような目で見る。
「彼とは話をしたのかね?」
「ええ、少しだけ。彼曰く、部下を皆死なせてしまったが、辛うじて一矢報いた。敵機を相討ちにしてやったそうです」
「……そうか」
その話の真偽は分からない。だが、その眠る姿に戦士特有の高潔さを見た気がしたマウザー大将には、その話が本当であるように思えた。
「我が軍もまだまだ捨てたモンじゃないな」
フッ、とマウザー大将は笑みを浮かべた。
「私も頑張らねばなるまい。侵略者をこれ以上進ませるわけにはいかん」
マウザー大将は闘志を露にする。彼の戦意はまだ死んでいなかった。
だが、その闘志が不完全燃焼のまま終戦を迎えることとなるとは、彼は思いもしなかった。
フォルワナ共和国軍は一度もリードルトラル市を手にかけることはなかったのだ。……正確には、その力を失ったのだが。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
同日
ドートラス首長国 南西部 沖合
海中
17:04 現地時間
陸空でフォルワナ共和国軍が大陸諸国を圧倒していたその時、海は意外にも静かなものだった。
というのも、フォルワナ共和国海軍は陸空軍よりも少々出遅れていたのだ。補給や整備で少々手違いが生じ、手間取ったことが原因である。
……それが国籍不明のスパイの仕業であることは軍上層部のみにしか知られていない。
そんなこんなで水上艦艇の部隊は出遅れているものの、フォルワナ共和国海軍の潜水艦は任務を遂行するための行動を既に起こしていた。
それが大陸諸国に対する通商破壊作戦である。物資などを輸送する船を官民問わずに撃沈していた。
この海域を担当するフォルワナ共和国海軍潜水艦『アンデル-144』も既に2隻の民間船を撃沈していた。
「ふむ……。民間船ばかりとは面白くない」
『アンデル-144』の艦長はそう呟く。それを目敏く聞きつけた副長が口を開く。
「艦長、これも祖国のための大事な任務です。しっかりなさってください」
「分かっているさ。祖国の栄光のための礎であることは」
だが、正直な気持ちとして軍艦を仕留めたいというものはあった。この任務の重要性は理解しつつも、気持ちは別だった。
「ソナー、敵の反応はあるか?」
ないと分かりつつも艦長は訊いた。「ありません」という予想通りの回答が返ってくる。そもそも、敵の反応があれば真っ先に艦長に報告するのだから当然だろう。
「海域はとても静かです。……逆に気味が悪いですね」
おどけるようにソナーマンが言った。
「さすがに相手も我々が潜んでいることに気づいたんだろうな。まぁ、それで海上物流が止まるのなら、こちらとしては万々歳なのだが」
艦長はそう言った。海上物流が止まっても陸路があるが、それだと時間と金が余計にかかる。それで相手にダメージを与えるのだ。まぁ、このような小細工なしでも勝てそうな相手だと艦長も考えているが。
「そうですね。ですが、張り合いはありませんね」
副長も苦笑した。その時だった。
「……? 我々の頭上に何か着水しました」
「……なに?」
ソナーマンの報告に首を傾げる艦長。
「海鳥でも墜落したのか?」
艦長はそう言うが、内心では自分でその言葉を否定していた。海鳥が飛ぶにはここは辺鄙すぎる。
「いえ……。ッ!? 探信音!!」
ソナーマンの報告すら必要がなかった。アクティブソナーの探信音が『アンデル-144』全体に響いていたのだから。
「……なんだこれは? 一体、何が落ちてきたんだ?」
艦長は自問自答するように呟くが、それで答えが出てくるはずもない。
「どうします?」
副長はそう艦長に訊ねた。
「何がどうなってるのかは知らんが、敵に我々の存在を知られたのは確かだ。ここは深く潜って様子見を……」
「さらに着水音!」
艦長の言葉を遮るようにソナーマンの報告が上がった。
「今度は何だ!?」
「先程と同じ……? いや、違う! スクリュー音を確認! 速い……! 魚雷ですッ!!」
「何だと!?」
艦長は驚愕した。周囲には敵艦もいないのに魚雷が落ちてくるなど、自分の想像の埒外だ。
「急速潜航!」
艦長は素早く指示を飛ばした。
「急速潜航ー!」
副長が復唱する。
「た、探信音……! 魚雷が探信音を放ってる!?」
「なに……!?」
ソナーマンの報告通り、直接耳に探信音が響いてきた。
「だ、ダメだ……! 追いかけてくる!」
ソナーマンが喚くように叫んだ。
「一体、何が敵だと言うんだ……?」
艦長の呟きの数瞬の後、耳がおかしくなるような爆音と共に艦全体が大きく揺れ、至るところで浸水が発生した。
船尾方向を見て、艦長は愕然とした。夥しい量の海水が濁流のように迫っていたのだ。
そのまま艦長達は濁流に呑まれる。
『アンデル-144』は船尾から海底へと沈降していった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
同日
ドートラス首長国 南東部 沖合
海上
17:11 現地時間
「司令、『蒼龍』より連絡。対潜ヘリが敵潜水艦を撃沈しました」
艦橋要員の1人が司令官席に座る男に報告する。
「そうか。これで6隻目だな」
そう呟く彼は古賀修斗中将。第一艦隊の司令官である。
彼が乗るこの艦は大和型戦艦『大和』。日本海軍最強の水上戦闘艦だ。
第一艦隊は大陸南海域の制圧の任務を負っている。その第一段階として、ドートラス首長国近辺に布陣するフォルワナ共和国の潜水艦を片っ端から沈めていたのだ。
「敵に見つかった様子はないな?」
「ありませんな。奴らの艦隊はNINJAの工作によって出港が出遅れております。陸や空でもまだ我々に気づいてはいないでしょう」
古賀 中将の言葉に答えるのは『大和』艦長の黒田 艦長だ。階級は大佐。
彼の言ったNINJAとは、日本戦略軍隷下の特殊工作部隊のことだ。前世界でも最高の能力を持った諜報部隊である。
彼らは今次戦争において、敵スパイの排除や潜入・破壊工作を実施している。その効力は十分以上に出ていた。
「そろそろフォルワナ共和国の連中も通商破壊で苦しみだす頃だろうな」
古賀 中将は少し嫌らしい笑みを浮かべた。
日本海軍は潜水艦作戦を既に行っている。敵の勢力下にある海域で伊710型融合炉潜水艦による通商破壊を実施する予定だ。それが始まるのがそろそろだという話だ。
伊710型融合炉潜水艦は、伊700型融合炉潜水艦の攻撃型潜水艦モデルだ。
元々、伊700型はSLBM運用を主とする潜水艦である。一方、伊710型は伊700型の優秀な基礎設計はそのままに、遠洋での通商破壊任務や対艦・対潜任務といった'通常兵器的運用'を目的に再設計した艦だ。
現在、日本海軍の潜水艦隊は、フォルワナ共和国への通商破壊任務に伊710型を、日本近海の哨戒や大陸諸国周辺での対潜任務にはリチウムイオンバッテリー機関搭載の伊800型を使用している。
伊800型は通常動力艦としては破格の性能を誇る潜水艦で、静粛航行用にリチウムイオンバッテリーを搭載するディーゼル潜水艦だ。恐ろしいほどの静粛性を持ち、これを探知できるのは日本か、辛うじてアメリカぐらいだった。
閑話休題。
「明日になれば空軍もようやく動き始めます。ちょうどその頃になると我々も敵艦隊に遭遇するかもしれませんな」
黒田 艦長はそう言った。遂に日本空軍及び海軍の態勢が整ったのだ。
「……これまでにやられた同盟国の兵士達の仇だ。徹底的にやる」
「もちろんです」
古賀 中将の言葉に強く頷く黒田 艦長。
2人は艦橋の窓から艦隊を眺めた。
日本海軍第一艦隊。横須賀を本拠地とする主力水上打撃艦隊だ。
旗艦は大和型戦艦一番艦『大和』。基準排水量84000t、全長にして280m超。その巨体に51㎝三連装電磁加速砲を3基の計9門。他にも127㎜単装電磁速射砲やミサイル、レーザー迎撃器などを搭載している。まさに化け物の如き軍艦である。
その『大和』とセットで運用されるのは長門型攻撃巡洋艦の『長門』と『陸奥』。大和型抜きにして考えても、この長門型は十分な化け物である。
それ以外にも第一艦隊の艦隊防空の要である金剛型ミサイル巡洋艦が3隻。
総合的に優秀かつ電子戦に強い吹雪型駆逐艦が4隻。
コスパ重視とはいえ諸外国の駆逐艦よりも優秀とされる雪風型駆逐艦が8隻。
対潜任務では比類なき力を発揮する蒼龍型護衛空母が1隻。
これら全19隻が第一艦隊の戦力である。艦載機は対潜ヘリや無人観測機のみしかないが、対空・対艦・対潜全てをカバーしている編成だ。
優れているのはハード面だけではない。これらを操る海軍将兵達も精鋭揃いである。前世界において自他共に認める最強の軍事国家アメリカのとある海軍大将ですら、「もう二度と日本とは戦いたくない、戦ってはいけない」と発言するほどだ。
合同軍事演習でもアメリカ軍は、日本軍に対する時だけやたらと本気モードだった。本気モードじゃないとあっさり負けてしまうからだ。同数勝負だとアメリカの方が不利だというのは前世界では割と有名だった。
「負ける気がせんな……」
古賀 中将は自信ありげに呟いた。これは油断ではない。今ある情報全てを多角的に判断した結果だ。
むしろ、油断しているのは敵方だろう。大した情報も得ずに勝利を確信して戦争を挑んできているのだから。かつて日本軍が未だに未熟だったときよりも酷い。
「……そう言えば艦長、観戦武官の方々は今どうしていたかな?」
「予定通りにスケジュールが運んでいるという仮定の下では、『大和』の艦内紹介の途中です」
「そうか」
日本海軍はスレイン諸島連邦やJ-EFCTO各国から観戦武官を招いていた。スレイン諸島連邦以外は戦争当事国であるが、日本海軍の力の一端をその目で確かめることができるということもあり、各国とも派遣には前向きだった。
その観戦武官達に現在、『大和』の紹介を行っているところなのだ。もちろん、高度な軍事機密に該当するところは省いているが。
それでも彼らからしたら先進技術の結晶。満足してくれていることだろう。
「司令、艦長。コーヒーです」
「おお、すまんな」
黒田 艦長の副官が2人のコーヒーを持ってきてくれた。2人は受け取って、それらを飲む。
「……ふむ。これはドートラス産かね?」
「詳しいですな。ドートラス産は、当然ですが最近出回ったばかりなのに」
味と見た目だけで豆の産地を当ててみせた古賀 中将に黒田 艦長は驚いた様子を見せた。
このドートラス産の豆は、比較的冷涼な地域でも栽培できるものであり、ドートラス首長国南部にある温暖湿潤な気候の島嶼にて栽培されている。
「コーヒーに煩くてな。……うむ。なかなか旨い。これは君が淹れたのかね?」
古賀 中将は艦長の副官に問う。
「そうです。私もコーヒー好きでして。ですが、何よりも豆が良いのですよ」
「そうだな。……この旨いコーヒーを守るためにもドートラス首長国を守らねばいかんな」
「同感です」
コーヒーのためにドートラス首長国を守る決意を新たにした2人を見て、黒田 艦長や艦橋要員達は苦笑する他なかった。




