第4話
神聖暦709年(西暦2021年)3月7日
フィルディリア大陸中西部 フォルワナ共和国勢力圏
ブラヴィル飛行場
06:11 現地時間
フィルディリア大陸中西部の山間部にある旧ドリアナ王国領ブラヴィル。元々は鉱山の街として栄え、街のすぐ側を流れるディアルナス大河を行く船舶を使って、精錬した各種金属を工業都市まで送っていた。
しかし、そのドリアナ王国はフォルワナ共和国に滅ぼされ、植民地化されてしまった。
元々は東部のドートラス首長国に対する備えとしてドリアナ王国空軍が使用していたブラヴィル飛行場は、ジェット機運用のための滑走路の延長と収容能力の強化を為されて、現在はフォルワナ共和国軍が使用していた。
朝陽が山の稜線を光のラインとして美しく魅せてくれるこの時間帯。ブラヴィル飛行場は慌ただしく人が動いていた。
滑走路の側にある待機場には数多くのジェット戦闘機が出撃の時を待っている。
このブラヴィル飛行場には東進用の航空兵力として第二航空団隷下の作戦機が150機以上配備されている。これらはドートラス首長国侵攻のためのものだ。ルアズ王国を侵攻する航空部隊は北部にあるアレーナ飛行場から発進する。
フォルワナ共和国の戦略はこうだ。
大陸東部の国々は多国間条約を結んで、フォルワナ共和国軍に対抗するつもりらしい。それにより、数の上ではフォルワナ共和国軍侵攻部隊よりも多い。空戦や海戦に比べると数が重要になる陸戦においては、技術的に優勢なフォルワナ共和国でも苦戦は免れないのは容易に想像できる。
だからこそ、フォルワナ共和国は完全な制空権を得てから陸戦部隊を進軍させることにした。圧倒的な航空戦力による支援のもと、敵を各個撃破していく。相手をこちらの土俵に無理矢理立たせて一方的にボコる。
それが数で劣り、それ以外で優るフォルワナ共和国の戦略だ。
奇しくも、それは地球における先進国の軍隊のオーソドックスな戦略である。この制空権を重視する戦略は堅実なものと言えた。
それに、肉の盾として現地地上軍もいる。植民地で徴兵すれば数の差は容易にひっくり返ることだろう。
そのフォルワナ共和国の作戦の第一段が制空権の確保だ。ドートラス首長国方面、ルアズ王国方面の作戦は同時進行。つまりこの日、第二航空団のほとんど全ての航空機がフィルディリア大陸中部を乱舞することとなる。
今頃、本土のメディアでは大騒ぎをしていることだろう。栄光あるフォルワナ共和国軍の新たな1ページが今日、追加されるのだから。
第二航空団隷下の第23飛行隊の隊長、オルレアン・バルツァー少佐は愛機である『ルガード-10』のコクピットの中で口の端を歪めた。
航空部隊は言わば一番槍である。その栄光を得ることができることにバルツァー少佐は歓喜の心を抑えつけることができなかった。
「各機、機体の最終チェックを行え」
バルツァー少佐は配下にそう指示した。機体の最終チェックとはいえ、日本軍機みたくデジタル的・コンピューター的なものではなく、油圧システムがちゃんと動いているか確認するためだけのものだ。
操縦桿を動かして、ラダーやエレベーターが動くのを確認する。電装系は多機能通信機くらいだ。レーダー搭載型の戦闘機は現在開発中で、どうやら小型化に苦戦しているらしい。
だが、バルツァー少佐はそう遠くない内にレーダー搭載型の戦闘機は完成すると考えている。栄光あるフォルワナ共和国に不可能などない。
そして、その先進的戦闘機をもって、小生意気なリガルダ帝国を踏み潰すのだ。
しかし、バルツァー少佐は自分の愛機も好きだった。この『ルガード-10』は後退翼と単発式ジェットエンジンを備えた亜音速戦闘機である。武装は機首の下部にある20㎜機関砲2門に加え、各種爆弾類。この機体は戦闘爆撃機とも呼べる性能を持っているのだ。
確かにレーダーは搭載していない。しかし、地上軍や大型偵察機にはレーダーがあるので、彼らから敵の情報を得られるのだ。もっとも、大型偵察機のレーダーにはいくつか欠陥が見つかったらしいが。それでも、蛮族相手には十分すぎる。
バルツァー少佐が自分の愛機のことを考えていた時、部下の中でも若いユーク・リエード少尉から通信が入った。
『隊長、東の蛮族はどれくらい航空機が居ますかね?』
「俺が聞いたところだと、多い国で300機程度の戦闘機がいるらしい。その他を含めると、もっと増えるだろうがな」
彼の言葉は概ね正しい。フィルディリア大陸諸国ではその程度の航空戦力しかない。今まではそれで十分だったのだ。
フィルディリア大陸諸国は1940年代地球の列強と比べると、悲しいくらいに国力がない。それだけでなく、世界大戦級の戦争が1度もなかったが故に軍備の際限なき拡大もなかったのだ。
各々の国の軍事力は1940年のイタリアにすら大きく劣る。はっきり言って、諸国が集まったところでフォルワナ共和国に勝てる道理はないのだ。
『なるほど……。獲物は大量ですね。今回は撃墜数を10以上にしたいですな』
「やる気があるのは結構だが、任務を優先しろよ?」
『分かってますよ』
リエード少尉はそう言って笑い、通信を切った。
リエード少尉には任務の優先を指示しておいたが、彼の気持ちも分からないでもない。戦闘機パイロットならば、撃墜できる敵機は撃墜したいものだ。
ふと、バルツァー少佐は胸ポケットをまさぐり、写真を見る。自分の息子と妻の写真だ。息子は既に19歳。自分に憧れてくれたのか、息子はパイロット候補生学校に進学した。成績は優秀らしい。
「ふふふ……。帰ったら、いい武勇伝を聞かせてやれそうだ」
バルツァー少佐はそう呟いた。
朝陽は既に稜線から顔を出していた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
同日
ドートラス首長国 西部国境線付近
上空
07:14 現地時間
この日、フィルディリア大陸全土を巻き込む戦争が呆気なく、そして唐突に始まった。
数日前、ドートラス首長国とルアズ王国に対して、両国の日本大使館を通じて日本から警告が出ていた。
フォルワナ共和国軍が攻勢準備を完了させ、近日中に攻撃をしてくる可能性が高い、と。
日本から前々よりフォルワナ共和国軍が攻勢準備を始めていることを聞かされており、できるだけの準備をしてきた両国であったが、遂にその時が来たのだ。そして今日、フォルワナ共和国空軍の大編隊が飛び立ったのを日本の偵察衛星が捉え、その情報を日本がJ-EFCTO各国にリークした。
それにより、J-EFCTO側も迎撃のために数多くの戦闘機を発進させたのだ。
既に日本以外の国々からの増援として航空部隊が両国に派遣されている。日本に関しては、ジェット機に対応している飛行場が両国内に完成していなかったため、来ることができなかったのだ。
現在、日本空軍は先日完成したエレミア共和国のジェット機対応の飛行場に部隊を移している。
日本海軍と日本陸軍も急行しているが、予定箇所への展開を終えるのにはまだ時間がかかる。衛星でフォルワナ共和国軍の動きを監視していたため、初動は非常に早かったが、それでも距離の問題が重くのしかかる。
ドートラス首長国やルアズ王国、そして派遣された各国の航空部隊の役目は日本軍が展開し終えるまでの時間稼ぎだ。
「ちくしょうめ!」
ドートラス首長国空軍の西部国境を守る第4飛行隊の隊長、ガイル・オーメル少佐はそう吐き捨てた。
その悪態は、遂に祖国を侵略しに来たフォルワナ共和国に向けられており、その目には怒りが満ちている。
第4飛行隊以外にも第5から第10飛行隊、エレミア共和国などから来た航空部隊もおり、戦闘機だけで200機以上飛んでいる。
「これだけの数があれば、善戦くらいはできるか……」
辺りを見渡し、オーメル少佐はそう呟く。
フォルワナ共和国軍が運用するジェット戦闘機は、大陸の主力であるレシプロ戦闘機よりも優秀であると聞いている。だが、これだけの数を用意すれば、フォルワナ共和国軍にもそれなりのダメージが入るのではないか。
オーメル少佐はそう考えた。
「……そろそろ接触してもいいはずだが」
正面方向には影も形もない。フォルワナ共和国軍はすぐそこまで迫ってきているはずなのに。
ふと、上を見た。大きな雲がいくつか流れている。
「ん……?」
オーメル少佐は目を細める。雲の切れ目に何か見えた気がした。
そして、それは見間違えではなかった。
見たことのない航空機が夥しい数をもってして、こちらに急降下してきているのがはっきりと見えた。
「敵機だ!」
彼の愛機であるレシプロ戦闘機『アローヘッド』には無線機は積まれていない。彼は機体をバンクさせて味方機に敵機来襲を知らせた。
気づいたのは彼だけでなく、あちらこちらでバンクしている機体が見受けられた。
「くっそが……!」
先手を取られてしまった。敵に上を取られて襲われる寸前まで気づかなかった。
はっきり言って、かなり不利な状況だ。ただでさえ敵方が技術的に優勢なのに。
オーメル少佐は敵機を迎え撃とうとしたが、やっぱり止めた。この状況はあまりにも不利すぎる。一旦、敵機の攻撃の回避に努めるべきだ。
彼がそう決断して回避行動を取り始めた時、敵機と味方機が戦闘状態に突入した。
機関砲の射程が長いのか、先に撃ったのはフォルワナ共和国軍のジェット戦闘機『ルガード-10』の編隊だ。
機首の20㎜機関砲が一斉に火を噴き、ドートラス首長国の『アローヘッド』が次々と煙を噴いた。
主翼がへし折れた機体や、エンジンを撃ち抜かれた機体、コクピットに直撃してキャノピーが真っ赤に染まった機体……。
だが、『アローヘッド』とてやられてばかりではなく、反撃を行った。主翼内の10㎜機銃 4挺が火を噴く。
ところが、初めてジェット戦闘機を相手にしたためか、狙いが定まらずにほとんどが見当違いの虚空へと消えてゆく。
「なんて速さだ!」
近くまで降りてきた『ルガード-10』を見て思わずそう叫ぶオーメル少佐。
『アローヘッド』の最高速度は450km/h。だが、相手はその倍以上は出しているように見える。
「くそ! まだ降りてくる!」
『ルガード-10』の数はオーメル少佐の予想を遥かに超えていた。まだまだ敵機は上にたくさんおり、そして同じく急降下攻撃を敢行してきているのだ。
そして、その牙の矛先はオーメル少佐の飛行隊にも向けられていた。
「散開! 散開!」
数度、バンクする。特にバンクの回数で指示が決まっているわけではないが、この状況でその意図を読めない部下は彼の飛行隊にはいなかった。
オーメル少佐の率いる第4飛行隊 16機は散り散りとなる。そこに『ルガード-10』 8機が襲いかかった。
20㎜機関砲によって4機が落とされる。他の機は回避に成功した。
そして個々で反撃を行おうとした。ところが、『ルガード-10』はその優速を活かして一撃離脱戦法を取っていた。速度が半分以下の『アローヘッド』ではどうしようもない。
「くそったれめ!」
思わず悪態をつくオーメル少佐。だが、間髪入れずに再び上から敵機が来る。
「こっの……!」
オーメル少佐は操縦桿を思いっきり引いて急旋回を行った。強烈なGがオーメル少佐を襲い、体が軋んだ。
しかし、そのおかげで20㎜機関砲をスレスレで避ける。
だが、部下達は全員が全員助かることはできなかった。先ほどの4機に加えて、さらに7機が撃墜される。
「よくも……!」
オーメル少佐は歯軋りする。
まさか、ここまで一方的になるとは思ってもいなかった。もっと善戦できると思っていたのだ。
それがこのザマだ。逃げ回ることすら儘ならない。
「…………!」
周囲を見れば、あれだけいた味方機は散り散りとなり、その数も当初の半分もないように見えた。
その時、オーメル少佐は敗北を確信した。
どうやっても勝てない。圧倒的な差が彼我にはある。
絶望を感じたその時、自分に向かってくる敵機が見えた。どうやら最初に急降下してきた集団……つまり、オーメル少佐の飛行隊とは別の飛行隊に襲いかかった敵機のようだ。
そして、その次の瞬間に妻と娘の顔が眼前に浮かんだ。
自分が何のために戦っているのかをオーメル少佐は思い出した。祖国のためであることももちろんだが、何よりも愛する者のためである。もしフォルワナ共和国の連中が妻と娘の住む街に襲来したら、と考えると自分でも驚くほどの憤りを感じた。
オーメル少佐の心に闘志が沸いた。黙ってこのままやられてなるものか、と。
「やってやる……!」
オーメル少佐は機体を旋回させて敵機と向かい合う。ヘッドオンだ。
「お前には死んでもらう……!」
オーメル少佐は『アローヘッド』のエンジン出力を最大まで上げた。
オーメル少佐の『アローヘッド』と敵の『ルガード-10』の距離が詰まる。
先に撃ったのは『ルガード-10』だ。20㎜機関砲が煌めき、20㎜弾が『アローヘッド』に襲いかかる。
その弾丸は『アローヘッド』のコクピットでもエンジンでも主翼でもなく、垂直尾翼に当たった。垂直尾翼の上半分が綺麗サッパリ吹き飛ぶ。
そして『アローヘッド』の10㎜機銃の射撃。その弾丸は機首に直撃し、『ルガード-10』のエアインテークに入り込む。ひしゃげた銃弾がエンジンに突入し、『ルガード-10』のジェットエンジンが動作不良を起こす。
そして、爆発。『ルガード-10』の機体後部が吹き飛んでしまう。その際、燃料タンクに引火したのか、火達磨になる『ルガード-10』。
同時に『ルガード-10』が最後に放った20㎜弾が『アローヘッド』のエンジンを貫通し、コクピットまで到達する。エンジンが火を噴いて、オーメル少佐の『アローヘッド』は炎上した。
「へっ……! ザマぁ見やがれってんだ、お前も道連れだぜ……」
オーメル少佐は笑む。その笑みには何かをやり遂げた男らしさが含まれていた。彼の腹部からは夥しい量の血液が流れ出ている。
両機はすれ違う。『アローヘッド』も『ルガード-10』も火達磨となり、独楽のように回転しながら高度を下げていった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
『ウワァァァァァァァァッ!?』
バルツァー少佐は突如として部下の断末魔を聞いた。出撃前に話しかけてきたリエード少尉の声だ。
「なに……!」
辺りを見渡してみる。撃墜した敵のレシプロ機が吐き出した黒煙が視界を遮る。
「どこだ……?」
しかし、彼は断末魔を上げたリエード少尉の機を見つけることはできなかった。
「やられたというのか……?」
断末魔を上げた彼は決して無能なパイロットではなかった。むしろ、隊内では優秀な部類に入る。
こんなところで死ぬような奴ではなかった。
だが、現実は非情だ。作戦終了後、彼の飛行隊は未帰還数1を記録した。
それだけではない。このドートラス首長国国境航空戦での全体の未帰還数は7機にも及んだ。技術的優勢、戦術的優勢、状況的優勢が揃っていたにも関わらずだ。
「俺達は油断しすぎていたのか……?」
バルツァー少佐は帰路の機上にてそう呟く。
だが、それに答える者はいない。それもそうだ。無線機はオンにしていない。
これは自問自答。故に自分の望んだ答えすらも分からなくなっていった。
宣戦布告なく始まったこの戦争の初戦は多少の被害はあれど、フォルワナ共和国の圧倒的勝利だった。
突如として始まった戦闘。この時、日本軍は何をしていたのか?
それは次回で明らかとなります。
もっとドラマチックな開戦を期待していた方は申し訳ありません。宣戦布告なしの戦争なので、いきなり始まった感を出してみました。出ているかは分かりませんが。