第3話
神聖暦709年(西暦2021年)2月上旬
フォルワナ共和国 首都レイレダード
国立レイレダード女学院 高等部1-1クラス教室
15:44 現地時間
国立レイレダード女学院。
ここはフォルワナ共和国中から集められた才女に高度な教育を施すための場である。優秀な人材の発掘と育成のためのこの学院は、基本的な授業料が免除される代わりに一定以上の成績を維持することが求められる。
まさにエリートのための学校と言える。
ここには旧貴族系や財閥の娘だけでなく、平民からも入学する者がいる。ある意味で実力主義的な気風のある場だ。
一方で、旧貴族系出身と平民出身の間ではちょっとした対立もある。学内派閥が存在しているのだ。
そんな特殊なこの学校だが、ここに通う生徒は総じてある義務を負う。
それは動員義務だ。
国家の有事の際、国立レイレダード女学院を始めとする特殊な国立学校の生徒は、国の要請に従って戦地に赴かねばならない。
とはいえ、何の訓練も受けていない彼らは正面から敵と戦うことなど不可能。そういうわけで、後方支援部隊の手伝いをメインに行うのだ。
フォルワナ共和国軍は正面装備にかなりの金をかけており、後方支援については予算不足もあってか、やや力不足が否めない。その人員不足を補うためと、その他にも国の金で勉学をしている以上は国の自由に動かせる人員だという認識もある。それ故、このような制度があるのだ。
……日本からすれば無駄も甚だしい制度であるが。とはいえ、あらゆる制度が無駄ではないという考えも早計であることは否めない。特にフォルワナ共和国のような閉ざされた政治を行う国では、そういうことも多いのだ。誰も改善しようとしないのだから。
その国立レイレダード女学院の高等部の1年1組の教室では、放課後で暇を持て余した少女達が雑談に花を咲かせていた。
「あーあ、遂に動員か~……」
教室内では複数のグループに別れて各々雑談して笑顔を見せている少女達だが、教室の後方窓際のこの場所では2人の少女が話をしていた。
「仕方ないよ、シェリアちゃん」
どちらも美少女である。
シェリアと呼ばれた方の少女は、可愛らしさの中に凛としたものを含ませた顔立ちをしている。スラリとした体型をしており、運動神経も良さげに見える。どこか勝ち気そうな雰囲気も纏っているように思えた。
髪型は金髪をサイドテールにしたものだ。
彼女のフルネームはシェリア・トライア。平民出身の高等部1年生だ。実家は個人経営のレストランだ。
一方の少女。こちらはシェリアと違った美少女だ。
シェリアが元気系美少女であるならば、こちらは気弱な美少女。どこか保護欲を擽るような顔立ちだ。
髪型は金髪セミロング。
彼女の名はエリナ・オリエーナ。こちらも平民出身。父は企業勤めだ。
「この学校の義務だからねぇ。どうせ私達が必要になることなんてないと思うけどな……」
シェリアはぼやくように言った。そんな彼女にエリナは苦笑する。
数日前に動員の話を聞かされてから、シェリアはずっとこの調子である。
「そういえば、他のところも動員召集かかったらしいよ?」
エリナは思いついたように告げた。
「へぇ……。それってアンタの幼馴染みからの情報?」
「え? そうだけど……」
「アイツかぁ~……。あんまり好きになれない奴だけど」
「そんなこと言わないの。彼にだって良いところはあるよ?」
シェリアが嫌な顔をしてエリナの幼馴染みを扱き下ろす発言をするが、エリナは擁護する。
「だってさ、なんかアイツ、偉そうだし」
「そ、それは……そうだけど」
シェリアの言葉を否定できないエリナ。
エリナの幼馴染みの名はルーデル・シュトライヒ。資産家の息子である。その生い立ちのせいか、一般人に対して少々傲慢な態度を取ることで知られる。
その一方で旧貴族系の者には丁寧に接するのだから、平民出身者からは嫌われている。
エリナは彼のことを嫌ってはいない。確かに彼は上の者に従順で下の者に傲慢だ。
だが、それは彼以外にも言えることだ。目上には敬意を払うのは社会的に当然のことだし、自分よりも下の者には多少なりとおざなりな対応をしてしまう人間も数多くいる。
問題は、彼がその事をオブラートに包もうとすらしないことだが……。それについてもエリナは、彼が素直過ぎるだけだと思っている。
「えー、それは贔屓目過ぎない?」
シェリアはエリナにそう言った。
シェリアにはエリナのルーデルへの評価が理解できなかった。いくら何でも好意的に解釈し過ぎではないかと思ってしまうのだ。
「それに、アイツ絶対、エリナのことをいやらしい目で見てるって!」
さらにシェリアはそう言う。
「う~ん……そうかなぁ?」
エリナは首を傾げた。
「絶対そうだって! てか、エリナ、アンタは可愛いんだから、男には気をつけないと!」
「か、可愛いって……。別にそんなことないと思うけど……」
「あー! もう! いいから気をつけなさい!」
シェリアは怒鳴るように言う。それに押し切られるようにコクコクと頷くエリナ。押しに弱いのはいつものことである。
「つかさ、今回の召集は納得いかないのよ。だいたい、前回も前々回も召集されなかったじゃない。 なんで今回は召集されるのよ」
「フィルディリア大陸西部の戦いの時には政府が混乱してたんじゃないかな? 後方支援に私達のような素人を組み入れるのも、無計画にってわけにもいかないだろうし……。それと、マート諸島は基本的に小規模戦だったらしいから……」
「……アンタ、よく知ってるわね」
「ちょっと調べて自分なりに考察しただけだよ」
少し照れた様子でエリナは言う。見ての通り、エリナは頭が良い。
エリナはこの国立レイレダード女学院高等部の中でも成績優秀者なのだ。運動神経は鈍いが。
逆にシェリアは運動神経が良い。成績は決して良いとは言えない。平均より幾ばくか下くらいだ。まぁ、この学院で下位だとしても十分にエリートなのだが。
「さて、あんまり話し込んでると日が暮れちゃうから、早く寮に戻ろうよ」
「そうね」
他の女子生徒が雑談を続ける中、2人は揃って教室から出ていった。
その少し後の教室では……
「あ、そう言えばニホンって国、知ってる? 知らないわよね。なんかね、都市伝説的な噂なんだけど……」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
同日
エレミア共和国 エルミール空軍基地
機体格納庫
14:00 現地時間
「これが『ホーク』か……」
クラマ・スポイル大統領は、目の前の機体を見て感嘆したように言った。
この日、スポイル大統領は日本に発注した戦闘機がロールアウトし、自国の空軍基地に届けられたという報告を聞き、その機体の視察に来たのだ。
目の前に存在感をもって居座る鋼鉄の化け物。
日本の24式噴式戦闘機『刃風』。外国向け愛称は『ホーク』だ。
1964年に制式採用されたこの機体は、米国のF-4戦闘機を参考に開発された。F-4よりもさらに尖ったシルエットを持つ本機は、よくF-4と比べられる機体である。
彼の機体よりも最高速度ではやや劣るものの、航続距離や電子兵装面では常に有利に立っていた。また、運動性能も当時の機体としては高めなものだ。
スポイル大統領以外にも軍関係者や軍需産業関係者、技術者なども一緒にいるが、誰もがこの戦闘機に魅せられていた。
自国の戦闘機よりも大きく、だがジェットエンジンを搭載しているため、機動性は比較にならないほど高い。
これこそが、我が国の空を守る新しい力!
この戦闘機ならば、フォルワナ共和国にも負けはしない!
スポイル大統領はそう確信した。
この『ホーク』戦闘機は、エレミア共和国だけでなく、J-EFCTO各国に輸出されている。そして、その国々に応じたオプションパーツを備えている。
例えばエレミア共和国は、レーダーの強化と中射程AAMの運用能力のオプションパーツを購入している。各国によってその内容は様々だ。その運用国によって『ホーク』の性能は異なるのだ。
各国によって細かな要求性能が異なることを見越した良いシステムだとスポイル大統領は思った。おかげで理想に近い戦闘機を手に入れることができたのだから。
さらに嬉しいことは、日本の『ホーク』の開発元である三菱がノックダウン生産を了承したことだ。ノックダウン生産とは、パーツを購入して自国で組み立てる方式のこと。
本当はライセンス生産が良かったが、エレミア共和国の技術力では不足しているという日本側の見解により、今は許可されなかった。しかし将来的にライセンス生産に移行することに関しては日本側は否定しなかった。
これで航空産業を死なさずに済む。スポイル大統領は少し安堵していた。
また、日本製兵器の輸入は戦闘機だけではない。74式戦車や新造駆逐艦の輸入も行っている。
74式戦車はJ-EFCTO各国で『J-74戦車』として輸入、もしくはノックダウン生産をしている。
一方で新造駆逐艦は日本が建造している。将来的にはフィルディリア大陸諸国で日本の技術援助を受けて建造した国産艦も加え、それらを基幹とした先進的な新艦隊を構成する計画だ。
「問題は、フォルワナ戦に間に合いそうにないことか……」
スポイル大統領はそう呟いた。
実物が来ても、運用するには訓練を受けた人材が必要だ。
一応、前々より搭乗員と整備士は日本に渡航させて、そこで訓練と講習を受けている。幸いにも日本にはまだまだ動く24式噴式戦闘機の実機が数機、まだ74式戦車の改良型を運用する戦車大隊1つと便利なVR訓練装置がある。通常よりも幾分か早く戦力化できるはずだ。
それでも間に合うとは思えない。既にフォルワナ共和国の行動が怪しくなりつつあるのだ。
このまま戦争が始めるのならば、フィルディリア大陸諸国は既存の装備だけで対応せねばならない。せめて、日本軍が展開を終えるまでは持ちこたえなければならない。
「……くそ、また頭が痛くなってきた」
職務のストレスですっかり頭痛持ちになってしまったスポイル大統領は、顔を顰める。
「大統領、これを」
秘書官が差し出したのは、日本製の水なしで飲める頭痛薬の入った瓶である。
「すまない」
スポイル大統領はそれを受け取って、錠剤を1つ取り出すとそれを飲み込んだ。
「これはよく効くから重宝するよ」
そう言いながら再び『ホーク』に目を戻す。
エレミア共和国に納入された『ホーク』は4機。予備機も含めた1個飛行隊分を発注しているため、あと10機がまだ納入されていない。だが、それらも今年中に納入されるはずだ。
他国も似たような状況だろう。追加発注は追々していくとして、まずはこれらの戦力化を急がねばならない。
「……ですが、本当に状況が好転しつつありますね」
スポイル大統領の内心の焦りを余所に、秘書官はそう言った。何を言っているのか、というどこか苛立ちを心なしか含めた声音でスポイル大統領は彼に反論した。
「どこがだね? 輸入したニホン製兵器はまだまだ戦力化に時間がかかる。どれだけ高性能な兵器があっても、使えなければ同じだろう。結局、相手よりも劣った戦力で戦わねばならん」
「確かにそうです。……ですが、本来、我々はニホンなしでフォルワナ共和国と戦うはずだったのです」
秘書官の言葉を聞いて、スポイル大統領はハッとした。
「元々希望のなかったところに、眩いばかりの希望の光が点っているのです。1年前、ニホンがこの世界に現れる前よりも、今はずっと状況が良くなってます」
「……その通りだな。その通りだ」
繰り返すようにスポイル大統領は言った。秘書官の言葉がスッと自分の中に入ってくるように感じられた。
まるで肩の重みがなくなったかのような感覚。どうやら、自分は気負い過ぎ、そして高望みし過ぎていたようだ。悲観的になり過ぎていた。
「ありがとう。気が楽になったよ」
「お役に立てたのなら幸いです」
澄ました表情で頭を下げる秘書官に笑みを浮かべるスポイル大統領。自分には過ぎた秘書官だ、と内心で呟きつつ『ホーク』の方を見ると、他の連中が機体をペタペタと触っていろいろ騒いでいる。
先進技術の塊であるため気持ちは分かるが、もっと大人らしい振舞いはできないのか、と苦笑する。
いつの間にか、スポイル大統領の頭痛は消えていた。それが日本製頭痛薬の効果なのか、秘書官の言葉のおかげなのか、はたまた両方なのか。それは彼にも分からなかった。