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「い……いやあ!」

「その子にさわるな!!」


 間近に迫った焼きごてに悲鳴を上げた途端、幼さに似合わぬ凛とした声が響いて、世界が紫色に染まった。視界が明滅し、大地が爆ぜ、空気がうねりを帯びる。小枝のように細い、幼い少女の腕を掴んでいた傷のある男は吹き飛び、砂埃が舞った。

 あの子が魔術を使ったのだ、と分かったのは少女だけだった。引きずり回され、とっくに傷だらけだった少年は砂塵の中、魔術の短剣を正に構え、自分の倍はあろうかという荒くれ者たちに向き直っていた。


「なんだ?!」

「っくそ、このガキ『魔人』か!」

「はあ?! 『魔人』は売れねえ! めんどくせえ殺っちまえ!」

「……下がって!」

「で、でも」

「はやく! ……っ!」


 足が震えて動けない、そう伝えようとしたその時、飛び散ったのは、緋色だった。

 軽い音を立てて崩れ落ちる小さな身体が目に焼き付いて、少女の魂を震わせる。ころんと転がったそれは二、三回、もどかしげに大地を引っ掻いて、それきりぴくりとも動かなくなった。


「あ…………」


 少年が転移魔術を使おうとしていたのだと、同じ業を持つ少女は気づいていた。だから、足さえ動けば。少年の言う通りにあと一歩下がれたら。術は発動して逃げ出せたはずなのだ。

 なのに。怖くて怖くて動けなくて。一瞬、自分の方を向いてしまったから。彼は。


「ったく手間かけさせやがって……! これ捨ててこい」

「お前ェがやれよ斬ったんだし」

「川に捨てりゃ済むだろ? おい、そっちのガキ、てめえもこうなりたくなかったらこっちに来やがれ!」

「あ、あ……」 


 男が、倒れ伏す少年を蹴り飛ばす。ボロ布の塊のように弾んで転がった体の下には、どす黒い染みができていた。それは徐々に広がり、乾いた大地に染みこんでいく。


「おい、とっとと来ねえか!」


 ガサガサの巨大な手のひらに、くたびれた人形のように掴み上げられ、けれども少女はもはや動くこともできずに、目の前で伏している少年の背を見つめ続けた。

 ――血が出るのは痛いのだ。呆然と少女は考える。ほんのちょっと、指先に刺繍針を刺してしまうだけで、涙目になってしまうくらい痛い。それに、血がいっぱい出たら、「死んで」しまう。「死んで」しまったら、もう二度と会えないと聞いていたけれど、それは本当だった。

 この冬に「死んで」しまったおばあさまは、今では冷たい土の下にいらっしゃる。やさしかったお声も、あたたかだったお手々も、もう二度と触れることはかなわない。

「や…………」

 彼ははじめての「おともだち」だった。きれいな紫色の目で、黒い髪もすてきで。ひとつとしうえで、ものしりだった。知らない場所で途方にくれていた自分と、たくさんたくさん、遊んでくれた。まほうもいっぱい見せてくれたし、ないしょでこっそり、秘密の場所にもでかけた。

 今日もそのつもりだった。いつもの秘密の場所に行こうとしただけ。父親と母親の目を盗んでこっそり、ぼうけんだねって笑って。

 でも失敗してしまった。知らない場所に出てしまった。そのせいで。あの子が。

 血が。

 血がいっぱい。



「いやぁぁぁぁあああああああ!!」



 叫びとともに、力がほとばしった。

 少女を掴みあげていた男は彼女を取り落とし、遠くの壁まで弾け飛ぶ。大地から湧き上がった「力」は少女を駆け抜けて、怒涛のように膨れ上がった。

 世界が奇怪な緑に染まる。ごうごうと不穏な音を立て、少女を中心に空間が歪んだ。


「なっ、娘の方も魔人だったか!?」

「な、なん……あ、アタマが、痛ェ、なん、だこ……」

「逃げろ! この魔人の力、さっきのガキの比じゃね……ッ、目が! 目がァ!」



「あぁああぁぁああああ!!!!!」



 緑の世界が銀に変わる。瞬間、魂ごと噴き出すような絶叫を源に、大地が裂けた。 

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