ひとがしぬということ17
「しばらく、お湯でも見てなさい」
キッチンへと逃れた百合に向かって、葉山は先程とは打って変わった通りの良い、囂しい地声を発した。
(オレも変わった)
なかなか帰って来ない百合を待ちながら、葉山はそう思った。以前のこの頑固老人だったら、用をとっとと済ましてこない百合に腹を立てたろうに
(オレも年をとった)
葉山はそう思った。若い頃には常に心の中で渦巻いていた烈火のような憤怒が、近頃はとんと萎んでしまったかのように感じる。
若き日の葉山は強かった。そして激しい男だった。
剣道八段の腕前で振るわれる清められた木刀は、数々の邪鬼を打ち倒してきた。帝家の退治屋といえば葉山を置いて他にはいないかのように噂されていた。実際には比肩する実力の持ち主が二人ほどいた。その二人は才はあったがまだ若く、数々の武勇伝をひけらかす葉山を畏れつつも敬っていた。
それが、十七年前ほどのことだったか。所用で北方の地に出掛けて帰った葉山を迎えたのは、亡骸となった二人だった。
葉山が留守にしていた時に、帝邸に邪鬼が侵入したという。
当代最強の退治屋と謳われた葉山の力は、仲間を守るのに何の役にも立たなかったのだ。