ひとがしぬということ16
もし
万が一にも咲良が生存する
可能性があるのだとしたら
葉山は玄関を開けるなり
大声で知らせただろう
歓喜に満ちた大声で
否
葉山が直に来ることさえも
無駄なことだっただろう
百合も現場のすぐ近くにいた
知らされることがなくても
事情はおおよそわかっていた
状況は既に絶望的だった
希望の欠片もあるようなら
合理性が先に立ち
電話なりで連絡があったろう
今ここに葉山がいる時点で
咲良の訃報を伝えに来たことが
殆ど確定していたのだ
だから百合は避けようとした
微かに残った希望の欠片を
無惨にも砕かれぬために
報告を恐れていたのは
葉山だけでなく百合もだった
否
最もそれを恐れていたのは
当時者である百合だったのだ
「末原……咲良ちゃんはな、やっぱり……」
葉山は唸るような低い声を発した。
喋るというよりむしろ呻くような、低く小さく聞き取り辛い声だった。
それでも
仮に半分も聞き取れていなくても
儚い希望を絶つのには
充分過ぎるほどだった。
しばらく
沈黙が流れた
痛々しい静寂を破ったのは
茶を沸かしていたヤカンの音だった
「……お湯を……見てきます」
百合は嗚咽を抑えながら、逃げるようにキッチンへと駆けていった。