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月のひかり、陽だまりの歌  作者: りつか
1章 邂逅
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[4]おまえは合格だ

 午後を回ってしばらくするとジェラルディオンがやってきた。彼はリュヴァルトの血色を見て渋い顔をした。


「あまり回復していないようだな。これからある者に会ってもらおうと思ったのだが」

「大丈夫だよ。俺は構わない」


 薄く笑みを浮かべた青年を前に、邸の主は思案げに両腕を組む。だが結局は問題ないと判断したらしい。ついてこいと部屋を出ていった。食事を済ませてそのまま部屋に残っていたアネッサも、リュヴァルトとともに兄の背に続いた。

 長い廊下を進み、階段を上がる。そこからまた更に廊下を歩き、ある部屋の前でジェラルディオンは足を止めた。


「確認だが、おまえの力は『治癒』で間違いないな?」


 リュヴァルトが頷くと彼は扉に目をやった。


「診てもらいたい者がいる。この数ヶ月、ろくに食事もとれておらん。原因を探るか、もしくは症状を改善してみせよ」

「……わかった」


 てっきり要人が待ち構えているのだと思っていたリュヴァルトにとって、この展開は肩透かしだった。

 とはいえ力を必要とする者がいるならば断る理由はない。壮年の男の挑戦的な目をリュヴァルトはまっすぐに見返した。


 三人が入室すると部屋の奥に控えていた侍女は一礼して出ていった。ジェラルディオンとアネッサが見守る中、リュヴァルトは静かにベッドへと歩み寄る。寝ていたのは金髪の見目麗しい女性だ。歳はリュヴァルトより下だろうか。柳眉を寄せ瞳を閉じたその顔は確かに憔悴しきっていた。

 深呼吸をひとつして女性の額の上に左手を掲げた。目を閉じ、手に意識を集中させる。手は女性の上を横向きに滑るようにゆっくりと移動していった。

 腹のあたりでリュヴァルトはハッと目を開けた。しばらくそのまま訝しむように見つめていたが、ややあって後方のジェラルディオンに振り返った。


「あの、症状を改善というのは、具体的にはどういう……?」

「言葉の通りだ。()せっているのを健やかに過ごせるようにすればよい」

「一時的に気分を和らげるくらいならできなくもないけど……、今すぐ全てを健やかにと言うなら、それは無理だよ」

「おまえの手に余るということか?」


 ジェラルディオンは剣呑な顔つきですうっと目を半眼に閉じた。その鋭い眼差しに構うことなく青年はちらと女性を見やった。


「そもそも治療という概念が間違ってるんだ。この人は病に臥せってるんじゃない。子を、身籠ってる」


 アネッサが息を呑む。目を見張る彼女の隣でジェラルディオンは感嘆の息をついた。


「――どうやら本物のようだな」

「兄さん、約束は守ってくれるんだよね? 無理はさせないって」

「おまえが口を出す話ではない」

「……あのぅ、一体なんの話?」


 ふたりの会話にリュヴァルトは首を傾げるしかない。




 ひとまず部屋を出た。離れの奥の角部屋に戻ってくるとジェラルディオンは中央の椅子にどっかりと腰を下ろした。


「試させてもらった」

「はあ……」


 リュヴァルトはなんとも言えない顔をして彼の前に立っていた。傍らに佇むアネッサを横目に盗み見たがその心情は窺い知れない。

 壮年の男は視線を窓辺に移し、自らのあごに手をやった。


「一概に雪花人(せっかびと)と言えどそこには歴然たる力の差がある。治癒であればただ回復を促すだけのものなのか、しっかり原因を特定できるほどなのか、それが知りたかった」

「知ってどうなるものでも……」

「おまえは合格だ、全く問題ない」


 リュヴァルトは言葉を飲みこんだ。うまい返事が見つからなかったという方が正しいかもしれない。ジェラルディオンの碧色の瞳に宿る光が鋭さを増す。


「私は星見を主事としているが同時に雪花人の研究にも携わっている。雪花人は絶対数が少ないために未だ謎が多く、文献もまだまだ少ない。おまえの持つ力、それに付随する知識を提供する気はないか? 協力を惜しまぬならこちらとしてもそれ相応の対価は支払おう」


 リュヴァルトをまっすぐに見据えるジェラルディオン。提案の形を取りながらもこれが相談ではないことはわかった。断ることを許さない空気が漂っている。


「兄さん、それじゃ説明が不十分」


 背後で控えていたアネッサが前に出た。


「長くても義姉(ねえ)さんが出産する頃まで。力も無闇に使わせないこと前提だって言うから、あたしは話に乗ったんだよ」

「え?」


 強気で言い切る彼女に振り返る。アネッサはごめんと頭を下げた。


「あんたの力が見たいから義姉さんに会わせるって言われてたの。だから黙ってろってね。昨日の今日で力を使わせるなんて納得いかなかったけど……。ねえ、さっきのあれって力を使ったことになるんだよね? 身体、大丈夫?」

「あ、ああ、うん。俺は大丈夫だけど。それよりあの人ってアンのお義姉さんなの? ということは、お兄さんの、奥さん!? ええっ!」

「驚くとこ、そこ!?」


 アネッサがげんなりした顔を見せる。リュヴァルトはジェラルディオンに視線を戻した。


「本来なら体調が安定していい時期だと思うんだ。なのに寝こんでるなんて、かなりつらいだろうなと思って。やっぱりあの()()、散らしてあげた方がいいんじゃないかなぁ……奥さんだったらなおのこと心配でしょ?」


 真面目な顔で、しかし今し方の緊張感はどこにいったのかというほどのんびりと口を開く。ジェラルディオンは青年を呆れたように見返した。


「おまえの見立て通り、あれは病ではない。初産というわけでもないから心配は要らん。力は有限。ただでさえ治癒の力を持つ者は少ないというのに、いちいち使っていては身が保たんぞ」

「こっちの大陸だと治癒の人は少ないみたいだね。でも俺は、俺の力で助けられる人がいるのなら喜んで使いたい。いつもそう思ってる」


 リュヴァルトは口の端を笑みの形に持ち上げる。


 ジェラルディオンが席を立った。リュヴァルトの真横に並ぶと鋭い眼差しを向ける。


「ならば存分に人助けしていけ。リトの連中にはおまえの望むようになんとでも言ってやろう。だが協力はできないと言うなら引き渡す」

「ちょっと兄さん……!」


 詰め寄ろうとする妹を兄は片手を上げて制した。


「なんの益もない者を(かくま)う義理はない。無用のいざこざを起こすだけだ」

「だからって」

「返事は明日聞こう。好きに選べ」


 ジェラルディオンはそれだけ言い置くと部屋を出ていった。

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