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月のひかり、陽だまりの歌  作者: りつか
1章 邂逅
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[3]答え合わせの朝

 翌日、日が高く昇ってからリュヴァルトの元に食事が運ばれた。運んできたのは使用人を伴ったアネッサだった。


「よく眠れた? ……って、あんな話のあとじゃさすがに寝られないか」


 あまり顔色の良くなってない青年を目の当たりにしてアネッサは自嘲するように溜息をついた。リュヴァルトは穏やかに微笑んだ。


「肌の色は急激に力を使った反動だからそれほど心配に思う必要はないんだ。一週間もすれば気にならない程度には戻るんじゃないかな」

「……そう」

「アンこそ、あのあと怒られなかったかい?」


 そこに昨夜感じた悲愴感は微塵もない。アネッサは同じく否を告げ、微苦笑を返した。

 部屋の中央に設えられた丸テーブルに食事の支度が整うとアネッサは使用人を下がらせた。そうしてリュヴァルトとともに席に着いた。卓上に並んだ食事は二人分。青年が向ける不思議そうな目をアネッサはさらっと受け流した。


「あんたにはいろいろ話があるの。この方が手っ取り早いでしょ」


 ポタージュを上品に口にし、青年にも手をつけるよう勧めた。もちろんリュヴァルトに断る理由などあるはずもなく、ふたりは静かに食事をとった。




 チーズ入りのオムレツを二口三口食べたところで、


「話って?」


 リュヴァルトの方から切り出した。パンを小さくちぎって口に運びかけていたアネッサはそれをそのまま皿に戻した。視線を下ろしたまま躊躇いがちに口を開く。


「――あんた、本当に雪花人(せっかびと)なんだよね? 知識としては知ってたけど……初めて見た」


 精霊が使うような不思議な技を使うことができるという雪花人。大多数の人間にとってはいるかどうかもわからない精霊というものを彼らは実際に見ることができ、意思疎通もできるという。

 知ったとき、幼いアネッサはただただ感動したものだった。精霊と話ができたらどんなに素敵だろう、なれるものなら雪花人になってみたい。羨ましいとさえ思ったものだ。

 だがその後彼らの負の面を知らされた少女はえも言われぬ悲しみに沈んだ。雪花人の不思議な技は彼らの生命力と引き換えに具現するものだという。それゆえ早世する者がほとんどなのだと。雪花人という名の由来は、力を使うにつれ身体中の色素が抜け、雪のように白くなるところから来ているらしい。

 リュヴァルトはもう否定しなかった。首を傾げて微苦笑を浮かべた。


「お兄さんは何人も会ってるって言ってたね?」

「兄さんは研究室の方に詰めてるからね、雪花人は多分そっち。ここには来ないよ」

「ああ、天文観測塔、だっけ? ……実はさ、あの塔を目指してきたんだ俺」


 リトの街で逃亡を手引きしてくれた男が「塔を目指せ」と言った。なんの塔かは知らなかったがとにかくそこまで行けば大丈夫だからと。

 当初は行く先の目印として提示されただけなのか、本当に塔の中に駆けこみ助けを求めろということなのか、リュヴァルトにはいまいち判断がつかなかった。判断するだけの余裕もなかった。とにかく塔の元まで行くのが最優先。判断材料を増やしてから考えても遅くないだろう。そう思い、無我夢中で急勾配をよじ登ったのだ。

 だが現状を踏まえ振り返ってみると、単に方角の都合で示されたように思えた。――リトの男が本心でリュヴァルトを逃がしたいと思っていたならばの話である。


 アネッサはカトラリーをテーブルに置いた。きちんと姿勢を正し、頭を下げた。


「ごめんなさい」


 リュヴァルトはきょとんとした顔で見返す。


「ええと……なに?」

「兄さんだよ。まさかあんなに言ってくると思わなくて。……連れてこなければよかったかもしれない。ここに」


 アネッサの目線が落ちる。青年が事実上の軟禁状態にあるのは少なからず自分のせいだった。

 もしあのとき出会ったのが自分じゃなかったら。もしここに運びこんでいなかったら。今頃青年は自由に好きなところへ行けていたかもしれないのだ。そう考えれば考えるほどアネッサの胸は申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

 リュヴァルトは笑みを漏らした。


「大丈夫。前にいたところに比べればとても良い待遇受けてるよ。それにきみのせいじゃない。どうせ遅かれ早かれだったんじゃないかな。アンじゃなくても塔の誰かに見つかってたかもしれないし、そうすればやっぱりお兄さんには会ってただろうし」

「見つからなかったかもしれないでしょ」

「そうだね、でもそれだとそのまま行き倒れていた気がする」


 体力が限界に近かったのは確かだった。誰にも会わずにどこまで進めたかは定かでない。


「ま、これも運命ってことで――」

「あんたにその気があるなら手を貸すよ」


 突然の申し出にリュヴァルトは目を丸くした。

 アネッサの真摯な目を受け止め、彼女が一番言いたかったのはこれかと推察した。


「変装すればわかんないと思う。あたしの客ってことにすれば邸を出るのは簡単だから、街の外れまでは送っていける」

「――いや、難しいんじゃないかな。無理して出ても見た目がこれじゃあさ」


 青年は自身の髪をひと房摘んでかざした。陽の光に透かし見れば淡い銀色に輝くそれは青年にとって全く予想外のものだった。


「俺の髪、元々黒かったんだよ」

「黒!? でもそれ、どう見たって……」

「灰色、いや、銀かなやっぱり……。少しずつ抜けてるのはわかってたけど一気にこうなるとびっくりするものだね。鏡見ても馴染みがなさすぎてさ、こいつ誰だろうって俺が思うよ」


 これではジェラルディオンでなくたって一目瞭然だろう。雪花人の特性として一番特徴的なのが外見の色だ。銀髪だけなら珍しくもなんともないが、肌まで白いとなれば話は別だ。


「髪も一時的なものなの? 肌は数日経てば元に戻るんだよね?」

「髪の色は一度抜けると戻らないよ。まあ、肌さえ戻れば連想する人は減るかもしれないけど、日をおいてる間に包囲網が敷かれそうだしなぁ。やっぱり難しいんじゃないかな」

「でも! ここにいたらリトに連れていかれるかもしれないんだよ? せっかくここまで」

「もう、いいんだ」


 言外に拒絶の意思を感じてアネッサは言葉を飲みこんだ。リュヴァルトは苦笑を漏らし、小さく「ごめん」と口にする。


「いいんだ。なるようになるし、なるようにしかならない。俺は、それに従うだけだから」


 そうして青年は窓の外に視線を投げた。澄んだ青い空の下、まだまだ冬枯れの林が広がっている。

 アネッサはその横顔をただ黙って視界に収めた。彼の目には何が見えているのだろう。穏やかな笑みが浮かんではいるけれど、決して希望に満ちたものではなく既に諦観したそれに見える。




 アネッサは唇を引き結んだ。何もしないうちから諦めるなどアネッサの頭にはない。リュヴァルトにその気がないのであればその分自分が動けばいいのだ。

 もしこの先不本意な未来が待ち構えているなら――兄が無理難題を吹っかけるなら、そのときは全力で助けよう。

 アネッサは決意も新たにパンを口に放りこんだ。

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