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月のひかり、陽だまりの歌  作者: りつか
3章 風薫る庭で
19/21

[1]星の塔へようこそ

挿絵(By みてみん)

 人の顔を覚えるのが苦手だ。

 だって顔についているパーツは目と眉がふたつずつ。鼻と口はひとつずつ。造りの違いもバランスももはや誤差の範囲内。なのにどうして覚えられるものだろう。よほどの特徴でもなければ何度も何度も顔を合わせ、会話をかわしてようやくわかるといった具合でも仕方なくはないだろうか。


 目の前には揃いの衣装に身を包んだ男がふたり立っていた。面持ちや背格好に多少の差異はあるがリュヴァルトの目には全く見分けがつかなかった。

 どちらもここウィンザール邸の門を守る門番である。目が合うと片方が「ああ」と顔を綻ばせた。


「今日はアン嬢ちゃんの許しはちゃんと得てきたかい」

「アン嬢ちゃん?」

「この間こってり絞られただろう? あんなに怒ってる嬢ちゃんは久々に見たからなあ」


 顎を撫でながらにやにや頬を緩めている男にリュヴァルトはぱちくりと瞬きを返す。それが余計なスイッチを押してしまったらしい。笑いを噛み殺していた男はついに吹き出し、「あまりの剣幕に一緒にいた新人が震え上がってしまってよ」と腹を抱えた。

 リュヴァルトはおもむろに片手を後頭部にやると、隣で仏頂面をしている男に向き直った。


「あー……。その節はあの、大変申し訳ないことを……」

「ん? いや、おれじゃない。新人(そいつ)は今日は非番だ」

「わしらは慣れてるからどうってことないさ。昔からいる連中はよぅくわかってる。誤解されやすいのが玉に瑕なんだよなあ、アン嬢ちゃんは」

「おい、いつまでもその呼び方はまずいと言っただろう。お嬢さまはおれたちにも気安くしてくださるがそれとこれとは話が別だ」

「そうだったな。どうも癖が抜けなくていけねえや」


 男がガハハと歯を見せる。その横で渋面を作っていた男はひとつ溜息をつき、脇の小屋から書類の束を取ってきた。数枚めくり書面に目を落としたまま「名前は?」と呟く。


「リュヴァルトだけど……」

「――ああこれか、リュヴァルト・コックス。星の塔から召致されているな。医師と今後の方針について見解のすり合わせ……医療の心得あり?」

「いりょう?」

「違うのか? 奥さまの新しい側仕えと聞いているが」

「あ、いやそうそう、そうなんだよ。これでも、そ、側仕えなんだ俺。だからあの、打ち合わせ? とかそういうの大事なんだよね。うん、大事……」


 顔を上げた男の目が訝しげに眇められる。思わず一歩後ずさったリュヴァルトはぎこちなく口角を上げた。曖昧に笑ってみせるも男の表情は全く緩まない。


「おまえさん、塔への行き方はわかるかい」


 気さくな方の門番がまるで助け舟のごとく割りこんだ。


「えーと……門を出て、下っていったら途中でわかれ道があるって聞いたけど。もしかしてうっかり見過ごしそうな感じなのかな」

「迷う人間の方が珍しい。ほとんど一本道だ」

「アン嬢ちゃんが来たらわしらがうまく言っといてやるからな」

「ああ、今日はちゃんと言ってきたっていうか……そもそもアンから話を聞い」

「わかってるわかってる。まあ任せとけって」


 男が豪快にばしばし背中を叩いてきた。逃げるように距離を取って振り返ると門番のふたりはそれぞれに笑い声を上げた。気さくな男が片手を口許に寄せ「しっかりな」と寄越す。リュヴァルトは小さく頭を下げ、その場を後にした。




 緑の濃くなってきた九十九折(つづらおり)の道を今日はひとりで行く。角をひとつ曲がり、邸の門が見えなくなったところでリュヴァルトは大きく息をついた。自らを見下ろし服の裾を引っ張ってみる。


「……誰が見ても、側仕えって()()じゃないからなぁ」


 身に余る肩書きはどうにも居心地が悪い。

 とはいえジェラルディオンの意向に異を唱えるつもりはなかった。ほとぼりが冷めるまで、治癒の力のことはあまり前面に出さない方がいいことくらいはリュヴァルトにだってわかる。ひとまず〝医療の心得がある側仕え〟で突き通しておいた方が何か起きても誤魔化しやすい。


 丘を半分ほど下ったところで件の脇道に差しかかった。そこからは再び登り坂だ。ぐるりと裏手に回りこむように伸びる道を小汗をかきつつ歩いていけば、やがて(いか)めしい鉄製の門が見えてきた。

 ここでも門番に求められるまま名を名乗り、身分証の指輪も提示して通してもらう。高い塀で区切られた通路を進んでいくとようやく塔の正面に出た。

 リュヴァルトはあらためてそれを見上げた。


「星の塔、か……」


 こうして真下から見上げているとなんとなく感慨深いものがあった。これまで遠目には見ていたけれどもいよいよ内部に入るのだ。

 外観は先日赴いた〝時の塔〟とほぼ変わらない。こちらがオリジナルだそうだから向こうが上手く似せているのだろう。

 入口周りに人の姿はない。両開きの扉はきっちり閉まっていたが鍵はかかっていなかった。中はホールのようになっており応接椅子とテーブルのセットが幾つか並んでいた。左右の壁には扉がひとつずつ、右手の扉のそばに小窓がついている。するとその中から年配の女性がひょっこり顔を出した。


「ご用件は」

「あ、えーと、侯爵に来いと言われて……」

「来い? 本日のご予定に面会はあったかしら……。お約束はされてます?」

「ああ違う違う。ここの、書庫? あの、書庫があるって聞いたんだけど、そこのナントカって本を一度見にこいって言われてて……だから会うわけじゃなくて」

「本のタイトルが〝ナントカ〟ですか?」

「いや……。あー、なんだったかなぁ……確か持ち出し不可って言ってた気が……」


 女性の怪訝な目線が刺さる。リュヴァルトは笑みの形に口角を上げたまま、すーっと視線を逸らした。明らかに不審がられている。


「タイトルがわからないのに、どのように閲覧するおつもりです?」

「あー、俺も塔に来いと言われただけで……。一応、話は通しておくって聞いてるんだけど、聞いてない、かな……」

「……確認いたします。お名前は」


 渋々といった体で女性が息をつく。リュヴァルトが指輪を見せながら名乗ると女性は「少々お待ちを」と引っこんだ。

 リュヴァルトも深々と溜息をついた。一気に疲れた。ウィンザール邸の門番と同じように、ここでも〝打ち合わせ〟と言った方がよかったのだろうか。だけど――。


「本当の目的は資料の内容確認だからなあ……」


 うーんと両腕を組み、目を閉じる。

 申し訳なさそうな顔をしたアネッサが「悪いけど直接確かめにいってくれる?」と言いにきたのは一昨日の夜。これまでは彼女がリュヴァルトの部屋に資料を運んでくれていたのだが、どうしても外には出せないものが幾つかあるらしい。だからこそわざわざ出向いたというのに、ここで嘘を言えば逆にややこしくなる。


「ようこそ星の塔へ」


 予想外に低い声が耳朶を打った。思案にくれていたリュヴァルトはハッと顔を上げた。そこにいたのは穏和な雰囲気を纏った青年だった。後ろ手に扉を閉めた彼はリュヴァルトと目を合わせると唇に笑みを浮かべた。

 年はリュヴァルトより上だろうか。背丈は同じくらいだが体付きは向こうの方ががっしりしているかもしれない。彼はまじまじとリュヴァルトを眺めていたが、


「私が案内しよう。こっちだ」


 ホールをまっすぐ突っ切って左手の扉の奥に消えた。

 リュヴァルトも慌てて後を追う。扉の先は塔の壁に沿って緩い曲線を描く通路だった。幅は人がなんとかすれ違えるほどしかない。半周ほど進むと通路は昇り階段になり、ぐるぐる上っていく構造になっていた。時の塔と違って階下が見えない造りはリュヴァルトにとって大変ありがたかった。

 青年の足は速く、ついていくのがやっとだ。辿り着いたそこが何階かもわからないまま、どこかの部屋に入室した彼に続いてリュヴァルトも身を滑りこませた。ぷん、と何か清涼みのある匂いが鼻をつく。

 お世辞にも広いとは言えない、縦に長い部屋だった。入ってすぐのスペースに二人用のテーブルセットが置かれ、その向こうに引き出しがたくさんついた戸棚とぎっしり本が詰まった本棚が見える。


「連れてきましたよ、タルバート先生」

「おお、来ましたか」


 青年に応じる声が奥の方から飛んできた。そう思っていると戸棚の陰から老年の男性が現れた。柔和な面持ちをした彼は杖をつき、ゆったりとした歩調で歩いてくる。

 青年がリュヴァルトを振り返った。


「紹介しよう。医師のタルバート先生だ」

「お初にお目にかかります。侯爵夫人の主治医を勤めておりますゼンメル・タルバートと申します」

「あ、えーと初めまして……」

「で、彼が前に話した雪花人のリュヴァルト。そうだったな?」

「え? うん、そうだけど……。なんで俺の名前……雪花人のことも」


 前半部分をタルバートに、後半部分をリュヴァルトに向かって話した彼は確認するように目を合わせてきた。リュヴァルトがぽかんと見つめ返していると青年は途端に吹き出した。その声はだんだん大きくなり、室内に笑い声が響き渡る。

 今日はよく笑われる日だ。何がそんなに可笑しいのか、一向に収まる気配のない笑い声にリュヴァルトはただ成り行きを見守るしかない。

 やがてタルバートが「クリフくん、」と声を上げた。


「再会が嬉しいのはわかりますがリュヴァルトくんが戸惑っています。ちゃんとわかるように説明をしてあげなければ」

「……すみません。最後に見たときは本当に酷い顔をしてたもので。そのうえ()()()()と言ったのは私ですからね。もし化けて出てくるような事態になっても文句は言えないなと思っていたんですよ」

「え……!?」


 リュヴァルトは目を見開く。青年はあらたまってリュヴァルトに向き直ると笑いの残る瞳を向けた。


「私は塔に行けって言ったのに、ちゃっかり邸の方に世話になってるんだからな。可笑しい以外の何物でもないだろう? まあ笑い話になってよかったんだが」

「あの……もしかしてあのときの」

「クリフだ。リトでは無茶を言ってすまなかった。これからよろしく頼む」


 朗らかに差し出された手をリュヴァルトは快く握り返した。

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