目覚めと始まり 1
ジリリ・・・・
けたたましく室内に鳴り響く目覚まし時計。その音に勢い良く起き上がる俺、榊 魁は目覚まし時計を止めた後、腹部と背部に直ぐ様手を遣る。が、やはり夢で何事も無く、ほっとした。しかし、腹部に鈍痛を感じる。又その所為か夢の所為か、酷い胸騒ぎがする。今日、何事も無く平穏に終わってほしい。ただ、そう願う。
とにかくに何事もなかったと安心したのも束の間。シーツや掛布団、自分のパジャマが汗を吸収して、大変な事になっている事に気付いた。という事で、窓を開け放ち、室内に外の空気を取り込む。今は秋で、肌寒い空気が濡れた服を冷やす。俺は着替えを持って、階段を降りて洗面所に向かう。
俺が暮らしているこの家は二階建てのごく普通の家。今、この家で暮らしているのは母親と妹と俺。父親は単身赴任で現在家に居ない。後、俺は高校二年生で妹―榊 雨都―は高校一年生である。又、俺と雨都は、雨都は知らないと思うが血は繋がっていない。幼い時に俺の両親は不慮の事故で死亡。その後、この榊家に引き取られたと、中一の頃に本当の両親の事について教えられたが感慨は無かった。
まぁ、紹介は此処までにして。現在俺は洗面所の扉を開けて固まっている。何故か、それは非常に簡単だ。妹が着替えの真っ最中だったのだ。
「失礼しました。」
そう言い扉を閉めようとすると雨都も硬直が解けて扉を開けようとする。
「遠慮なく見てもいいよ。」
一進一退の攻防。
此の儘では色々と危険なので、半身を少し捻って逃げる準備をして取っ手に掛けていた手を放し、身を翻し食堂に逃げる。
此処で言っておくが、雨都は残念ながらブラコンである。
食堂に着いて椅子に座り、朝食を食べ始める。我が家の朝は何時も和食。今日は紅鮭に味噌汁、菠薐草のお浸し。何と素晴らしき朝食だろうか。
少しして、朝食も殆ど食べ終えた頃に雨都も着替え終わって椅子に座り、朝食を食べ始める。俺は残りを急いで食べ、改めて着替えをしに洗面所に向かう。
着替えを終えると、半ば急ぐ様に支度を整え妹と学校に向かう。
俺達が通う高校は灯波市立木宮高校。教師数や生徒数、その他学校の説明は何ら面白味もないので一切省略。
通学路を半ばまで進んだ時―
「おはようございます。」
そう言い現れたのは幼馴染―出会いは小三の頃だから、そう言わないと思うが面倒臭いから幼馴染と言う事で―鶯弥 桜。背は妹より若干小―
「ねぇ、朝から何か失礼な事考えてない?」
この通り、幼馴染みはコンプレックスである背丈に関する事を少しでも考えようものなら、直ぐに感知してしまう。エスパーかと何度思った事か。
「いや、考えてないが。」
「まあ、いいか。」
学校に着いて、雨都と別れ教室に行く。幼馴染とは同じクラスである。
教室に入ると―
「おはよ。」
そう言ってきたのは、俺の友達、仁野水 紳司。何時も授業は寝て過ごしているが、成績は学年二番目と実に羨ま・・・怪しからん奴だ。
「おはよ。」
「おはようございます。」
俺達は席に座り暫し各々の時間を過ごし始める。
幾分か時間が経って、チャイムが鳴りSHRが始まる。
「皆聞いてくれ。こんな時期にだが、転校生が来た。」
開始早々に教師が発した言葉に教室中がざわめく。俺は誰が来ても関係は無いと思っていた。が―
「はい、静かに。では、入って来て。」
それから、扉が開き一人の少女が入って来る。
「私の名前は、四十万 葵と言います。皆様、どうかよろしくお願いします。」
俺の考えが一瞬で覆される。彼女の顔が酷似しているのだ、あの夢で見し包丁に貫かれた女の子の顔に。今になるまで忘れていた朝の嫌な予感が本当に的中してしまったのだ。
「席は・・あそこに座る男子、榊の後ろだ。」
一瞬、教師を殺したくなる。彼女の席が俺の後ろだと。何の嫌がらせだ。しかし、夢は所詮夢である。何事も無ければ良いと思う。
「漸く会えましたね。千矢間、いえ榊魁さん。」
俺の横を通る時に彼女が小声でそう言う迄は。
午前の授業が終わって、昼休憩。彼女が言った言葉に、予想以上に惑わされSHR後から今に至るまでの記憶が酷く曖昧である。彼女が俺の旧姓である千矢間を知っている事から両親が未だ生きていた時の幼い俺と関わった人物と判断できる。だが、それ以上の事は分からない。その頃の記憶は殆どと言っても良い程思い出す事が出来ないからだ。これ以上の思考は無理と頭の片隅に追いやり、ランチタイムに入る。ランチタイムは桜と紳司、ここ数日休んでいる同級生一人そして時折やって来る雨都と日頃食べている。今俺の机の回りには近くの椅子に座り、心配している顔をする桜と紳司が居る。今日は、雨都は来られないようだ。
「ねぇ・・大丈夫?」
「おい、大丈夫か?」
「あ、あぁ…済まない。ちょっと考え事していたんだ。」
「そ、そうですか。」
「何か悩み事でもあるのか?」
「あるが、俺の過去に関する事だからな。」
「そうか。相談したい時は言ってくれ。乗れる時だけ乗ってやる。」
「私にも遠慮なく相談したい時は言ってきて下さい。」
「ありがとう、桜。」
「俺は?」
「ありがとう、気紛れ優等生め。」
「おう・・って、それは嫌味なのか?」
「その位は自分で判断できるだろ、眠りの優等生。」
「何か危ないネーミングだな、おい。」
この時俺は一人で悩んでいる事が改めて馬鹿馬鹿しいと感じ、自分には家族や幼馴染み、友人が居る事も改めて感じる事が出来た。
「細かい事は気にしたら負けだぞ。」
「畜生、何で負けた気分にならないといけないのだ。」
「偶には味わえ。敗者の気持ちを。」
「何かお前が言うと非常に腹が立つ。お願いだから、一発で良いから殴らせろ。」
「何で俺が優等生に殴られなければならないのだ。もしかして、お前は不良デビューしたいのか?そうなら、何故早く言わ―」
「違うぞ、俺は不良になる気は一切無い。なぁ、鶯弥さんも・・・って其の顔は何?」
「いえ、紳司さんは将来不良志望の方であろうと思っていた所を裏切られ落胆していただけです。」
「ちょっと待て。何故に落胆する?」
「まぁ、少しは落ち着け。そんなに神経質になっていたら、トップに何時までも立てない。そんな事にも気付けないとは、らしくないぞ。不良を目指す優等生よ。」
「あぁ、もう駄目だ。処理しきれない。スルーだ、スルー。」
「ちっ。学習してしまうとは実に面白味に欠ける。」
「そうだね。」
姦しい会話も一区切り付いた、昼休憩も半ば過ぎた頃後ろで物静かに席に座り時間を過ごしていた四十万さんが俺の横近くにやって来た。
「放課後に話があるから、校門で待っていて下さい。」
近付いて早々にそれだけを言うと、四十万さんは教室を出て行く。
俺は突如の事に驚き、身動きができなかった。暫くして落ち着きを取り戻し、彼女について知る機会がやって来たのだと理解した。だが、俺の近くに居る二人は変わらず訳が判らない、どういう事だと言いたげな顔をして居る。この事について話したいと俺は思うが、未だに良く判らない事が多すぎる。だから、あやふやでは無くはっきりとさせた上で二人に話すと決めた。必要とあらば、妹や家族にも。