過去話―榊雨都編―
これは私、榊雨都の愚かな過去のお話。
* *
私が幼稚園年中組となり、少し経ったある日。
幼稚園でよく遊ぶ女の子に二つ上の兄がいる事を知った。
その日、その女の子が自慢げに―
『昨日、公園で遊んでいる時にね。犬に襲われそうになって。近くに居たお兄ちゃんが守ってくれたの。あの時のお兄ちゃんはかっこよかった。』
と話していたからだ。その話は私に、兄という存在に対し憧れや願望を抱かせるには十分だった。
それから、私は何度も何度も兄が欲しいと親に言い続け、天に願い続けた。
そして、六歳となる日に母が男の子を連れて帰宅した。
「誕生日おめでとう。雨都、魁お兄ちゃんよ。」
今でもその時の事は良く覚えているし、鮮明に思い出す事ができる。
「お兄ちゃん?」
「君が雨都ちゃん?」
びくびくしつつ、お兄ちゃんが顔を上げそう尋ねた。その時見たお兄ちゃんの目は今まで見てきたどの目とも違い束の間の恐怖を感じさせるも、体を震わせている所為かかわいく思えた。
「うん。そうだよ。よろしくね、お兄ちゃん。」
幼い私は矛盾に気付く事なく大喜びし、兄さんに自分の事や自分の家庭についてあれこれと教えた。
翌日。昨日の出来事を女の子に伝えるも、かの女の子は、それは違う。そう異論を言い、それからあれこれと言い始めた。が、私は聞きたくないと耳を塞ぎ続け、そして何時しか女の子とは疎遠になっていった。
それが切欠か知らないが、私は他者との関係を深く作る事無く、不慣れな兄さんを助けつつ兄さんに依存していった。
私が小学一年生になった頃、兄さんは漸く立ち直り普通に登校し始め、私は学校でも時折兄さんを支え続けた。
それから私が二年生になって、その頃学校で時折起きているいじめに兄さんが巻き込まれた。兄さんはただ物静かに読書をしているだけなのに。私はいじめを知って直ぐにリーダー及びその腰巾着を消そうと計画を練り始めた。
しかし、いじめは私の介入無しに突如として終わった。同学年同クラスの鶯弥桜という女子が兄さんを助けたらしい。
その時から、兄さんは徐々に桜さんと親交を深め、私も桜さんと交友が出来た。
少しして、教室にて静かに過ごす私の元に七、八人の女子がやってきた。無言で無理に手を引っ張って私を立たせると、そのまま屋外に連れ出した。人気の少ない場所に着くと回りを囲み、寄って集って蹴る殴るとはいかない迄も、平手打ちや木の枝を使い叩くなどしてきた。時折、掛けられる憎悪の言葉から推察するには、どうやら兄弟だがべったりし過ぎで気持ち悪いらしく、事に及んだらしい。実に下らない理由だ。ただ、泣く事や顔色を変えるこ事なくなすがままの私に段々と彼女らは怯え始め、ある一人が私を強く後ろへ押した。後ろには花壇用に積まれた煉瓦があり、そこに頭を強かに打ち付け出血。そして、意識喪失。この時から数ヶ月の間、昔の事がよく思い出せなかった。
事が収まるまで、数週間掛かった。それから、数十日経ち一人にしても大丈夫そうだと兄さんは判断し、兄さんは桜さんとよく遊ぶようになっていき、私も時折混ざって遊ぶも兄さんといる時間は前より確実に減っていった。
その事に私はもやもやとしたものを抱いた。そのもやもやは何時か消える筈だと思ったが、消える事は無く反対に桜さんを見る度に燃え盛った。その事に戸惑い、どうしようかと思って親に伝えた。親は予想外の事も付け加えて教えてくれた。もやもやの正体は嫉妬。兄さんとは血縁関係に無い事。その事を知って兄さんへの思いに掛けられていた枷は消え、それから兄さんに異性としての好意を寄せ始めた。
* *
この過去があり、現在がある。
現在の私は定まらぬ存在。
兄さんが好き、しかし兄さんが幸せとなるならばそれで良い。
―けれど、私を愛し続けて欲しい。
兄さんが欲しい、しかし兄さんを縛り付けたくない。
―けれど、手放したくない。
兄さんと恋人になりたい、しかし好意なしで無理になりたくない。
―けれど、他の女とくっ付く事は許せない。
この心故に、時折自分が分からなくなる。だから、自分を見失ってしまう。それ故に。
そんな私がよく分かっている事が一つ。もう後には戻れない事――。




