夢
ハァ・・ハァ・・
一体、何れだけ走ったのだろうか。足は既に限界を越え、もう微塵も走りたくないと何度思ったのだろうか。
しかし、足を止める訳にはいかない。足を止めれば、後ろから迫る死神に瞬時に距離を詰められ、死亡するのは目に見えている。ああ、死神と言うのは比喩であり、本当は出刃包丁を片手に狂喜で顔を染めた女の子の事。でも、女の子と呼ぶには明らかに疑わしい。延々と走り続けているのに、明らかに疲れている様子はない。又、最初の時より幾分か速くなっている。最初の時にかなり開いていた差が、今では出刃包丁の届く範囲すれすれまでになっているから―
スッ・・
危なかった。思考に没頭してしまった所為で、走る事が疎かとなって出刃包丁の届く範囲に体が入ってしまったようだ。
俺はもう逃げる事は止めて抗戦をする事を決め、襲いかかってくる刃物に注意しながら後ろを向き女の子と真正面から向き合う。その事に女の子は眉一つ動かす事なく、出刃包丁を振るい続ける。俺は其れを回避する。その動作を数えるのも億劫となる程繰り返し、漸く女の子に隙が生じる。俺は好機と思い、素早く女の子に体当たりして押さえつける。その時に、落とした出刃包丁を遠くに蹴る事も忘れずにした。
さて、取り押さえたのは良いが、女の子の顔を改めて良く見ると、何処かで見覚えのある顔だった。誰だろうと、同じ過ちをしない程度に軽く考えるが、ぼんやりとしか思い出せない。其処で、もう一度女の子の顔を見―
「危ない!」
そう言い、新たな女の子が俺を突き飛ばし―彼女の腹部を包丁が貫く。突然の事で呆然とするが、直ぐ様立直り女の子を抱き抱える。腹部からは血が多量に流れ出て、傍から見ても危険だと分かる。
「おい、しっかりしろ!」
「無事で・・良かった・・」
俺の頬に手を当てて、微笑む。その顔は不思議と心を落ち着かせ、又懐かしさを感じさせる。
落ち着いている最中、急に背部と腹部に激痛が走る。腹の方を見ると其処には、出刃包丁が刺さっている。背後を見ると、あの女の子が立っている。
「 」
何かを言っているが、痛みに意識を失いゆく俺には何も分からない。