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とうさく開始 鏡合わせの邂逅

「じゃあな、また明日」

「次は遅刻すんなー」

 帰りのHRを終わらせた教室。同級生達は、部活に急いだり、帰りに寄るお店について話していたり、今日発売の新刊の為に音速に挑んだりしていた。

 一方私はと言うと。

「ふぁああ」

 机に突っ伏しながら欠伸を一つ。

 別にボッチとかじゃなくて、今日の体育がハードだっただけだからね。

「おーい麻言、帰んないのか?」

 聞き覚えがありすぎる声が私を呼ぶ。

「あぁ、紅……どちら様ですか?」

「今、俺の名前を言い掛けたよな? 帰んないのか?」

「ごめんなさい、知らない人に着いて行っちゃいけないって、グランマに言われてて」

「お前バリバリの日本人だろ! つうか、俺で遊ぶなよ」

 あらぁ、バレちゃった。流石、長い付き合いだなぁ。

 でも、あともうちょっとイケる! そう私は机に突っ伏したまま確信している。コーラを飲んだらゲップが出るくらいね。

「か、勘違いしないよね! 貴方なんて暇潰しの玩具にもなんないんだからね!」

「何? ツン期なのか……つか、それをツンデレ的に解釈すると、俺は暇潰しの玩具なのか」

「うぅん……やば、飽きた」

 これ、予想外に飽きが早い。

 漫画やラノベのヒロイン達って、何が楽しくてツンデレやってるんだろう?

「どう思うかな?」

「何がだよ!? 俺をいじくったと思ったら、無視して思索に没頭すんなよ、そしていきなり起きるなよ」

 数分ぶりの光にちょっと目を細める。かなり自業自得だけど。

 さっきからめげずに私に話し掛けてきてくれてた男子……幼なじみの彼は、高めの背をわざわざ座ってる私に合わせて屈んでくれている。名前は……。

 どうボケよう。

「なあ麻言……俺の名前を言ってみろ?」

「ちょっと待って、今ネタを考えるから……ピピン板橋? それともサイ……クロンジョーカーさん?」

 うーん、なんでこんな方向性のしか出て来ないかなぁ? 昨日、某動画サイトで……いや関係ないかな。

「普通でいいんだよ、普通で」

 なんか顔に縦線が入ってそうな顔で、訴えてくる。

「何を甘ったれた。そんなんでお笑いの星で一番になれると思ってるの? 上杉紅二うえすぎ・こうじ君」

「そう、俺だ。俺は上杉紅二だ」

「しまった……これで頃合いかなぁ」

 指を組んで、両手で伸びをする。身体に沈殿していた何かが抜けていく感覚が気持ちいい。

「で、麻言。満足したなら帰ろうぜ? 駅前のマックで割引してるらしいぞ」

 心得たもので、さっきのノリを引きずらずに、爽やかに紅二が話し掛けて来てくれる。

 相変わらず、いい幼なじみを持ったと噛み締めてしまう。

「ごめん、今日は用事が」

 たからこそ、本当に申し訳がない。

「これね、朝下駄箱に入ってて」

 鞄から取り出した『それ』を見て紅二は二言。

「ああ、またか。今月何通目だっけ?」

 それは手紙。

 シンプルな白い封筒に『宮月麻言みやづき・まこと様』と、私の宛名と、差出人の名前が書いてある。

「今月は初めてよぉ、そもそも今年度はまだ十二だし」

 内容は簡単に言えば、放課後に話したい事があるから校舎裏に来てほしい。というもの。

 つまり。

「またラブレターか」

「ノン、恋文よ」

「そのこだわりはなんだ」

「会長の影響……かなぁ?」

 変なところで古風になる人だし、あの人。

「そういうわけだから、今日は先に帰ってて。埋め合わせは今度するから」

「それはいいけどよ、今回はどうするんだ? 付き合うのか?」

「あのねぇ」

 何を言うんでしょう、この幼なじみは。

「だって、毎回毎回断りに行くのは大変だろ。いっそ付き合っちゃえばいいんじゃね?」

 自分で言うのもなんだけど、私は何故かかなりモテる。一年の頃なんて、日に何通も恋文を貰うなんてザラだった。

 その度に断りに行くのがライフワークだったと言ってもいい。

 つまり相応に付き合えない理由があるという事。それを知ってるくせに……。

「私が顔も知らない男子と付き合ってもいいんだ……紅二はそんな事言わない! 私の幼なじみは……返して、紅二を返してよ、この偽物! 目がなんで二つあるか知ってる? 指なんて十本もあるし……早く返した方が身の為だよ。ふぇっふぇふぇ」

「どんなテンションだよ!」

「私にそんな事言う紅二なんて嫌いなんだからね!」

「せめて病むかツンかはっきりしてくれ」

「ほら、高度に発達したツンデレはヤンデレと区別がつかないって言うし」

「それはただのキャラ崩壊じゃね?」

 確かに。

 とりあえずそろそろ行こうかな。と、スカートを押さえて立ち上がる。

「それじゃ、そろそろ行くわ。また明日ね」

 ちょっと早い気もするけど、いい加減教室に残っていた生徒の視線がチクチクする。

「麻言……冗談じゃなくて、そろそろ誰かと付き合う気がするんだ」

 今日に限ってこの話題を続けるね、この幼なじみは。

「ありえないわよ、二ポンド賭けてもいいわ」

「グッド! なら俺は魂を賭ける」

「ふふふ、いい度胸ね、哲也君」

「紅二だ! 哲也でも大助でも、ましてや良真でもなく紅二だ。二度と間違えるな」

「大人は間違えるんじゃないんです、ただ嘘を吐くだけなんです」

「最悪だな!」

 そんないつも通りのバカな会話をしたりして、私は教室を後にした。


 明日、私は幼なじみを予言者とちょっと崇めかける事になるのを、まだ知らなかったのだった。


■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇


 恋愛。

 漫画やラノベ、ドラマに映画、言うまでもなく現実でも話題に上る廃れない流行。

 青春の代名詞と言ってもいいかもしれない。

 右を見ればラブ。

 左を見ればアモーレ。

 でも、鏡を見てもそこに恋愛はありません。

 私だって花の高校生ですから、恋愛に興味はありますし、初恋だってしました。

 しかし、中学高校と告白され続けても、誰かと付き合った事はないんです。

「それでも現状で満足しちゃってるんですよねぇ。素敵な恋人が欲しくないわけじゃないんですけどね」

 校舎裏の木に背を預け一人ごちた私は、読んでいた本から目を離して遠くを見る。

 その本では、今まさにヒロインが主人公に長文で告白したところ。普段はつんけんしていた主人公もたじたじになってしまった。

「好きな人、かぁ」

 そういう事に興味が無いわけじゃないし、素敵な恋人欲しいとは思う。

 だからって、彼らの告白を受け入れるわけにはいかない。

「だってわた……」

「すいませぇぇぇぇぇえんっ!」

 私の呟きが掻き消された。

 一人の男子生徒が、私に向けて疾走……むしろ突撃してきた。

「うぁ」

 まるで自分で投げた電車を自分で受け止めるために走るかの様に、美しくも悲壮な姿だった。

 ところで質問だけれど、戦車の様な突撃を途中で止められると思いますか?

 答えは、無理でした…………という事はありませんでした。

「おっと、と」

 私にぶつかる直前にブレーキがかかったみたいに停止した男の子は、息を整えて、ガバッと頭を下げてきた。

「すいません! こっちがお呼びしておいて、お待たせしてしまうなんて!」

 肩で息をしながらの謝罪、その必死さと真摯な姿勢に、初見ながらこの子は真っ直ぐな子なんだと確信してしまう。

 ズキリと胸が痛む。

「ほら、落ち着いて」

 その痛みを無視して、彼の頭に付いていた物を摘む。

「ホコリも払わず着ちゃったんだ、掃除当番だったの?」

「ふぇ!? あ、その、今日クラスに休みがいて……その……」

 あたふたと事情を説明する彼。最初からそう言えばいいのに、本当に不器用で真っ直ぐなんだなぁ。

 ブレザーから覗くネクタイは緑。私達の学校は、赤、黄、緑のローテーションで、ネクタイかリボンの色が学年を示している。

 今年度は三年から順に、赤、黄、緑。つまり、彼は一年生だということ。ついでに私の胸には黄色いリボンが揺れている。

 そんな事を思っている間に、彼も落ち着きを取り戻したみたい。

「えーと、貴男が手紙をくれた……」

「は、はい、伊吹水面いぶき・みなもです!」

 彼――水面君は、大きく息を吸い込むと、私の目をしっかりと見た。

 来る。

「その、この間の球技大会で宮月先輩を見かけて、とても綺麗で格好よくて、なんかドキドキしちゃって、登校中とかにも先輩を探しちゃって……」

 真っ直ぐな、矢や光の様に本当に真っ直ぐな感情をぶつけられて、私の心臓は早鐘……もしくは爆弾のカウントダウンみたいに高鳴っていた。

「友達に相談したら、これはきっと……って言ってもらって……」

 らしくなく、今にも爆発してしまいそう。顔も身体も、心も熱い。


「好きです! 初めて会ってすぐに言うのはおかしいかもしれませんが、本気なんです! ボクと……ボクと付き合ってください!」


 彼の、水面君の言葉にこもった熱と裏腹に、私は冷や水を浴びせられたみたいに、直接熱い血を抜かれた様に冷めてしまった。

 やっぱりか。

 もし、もし友人になりたいという願いなら、この真っ直ぐで愛らしい後輩も私も幸せになっただろう。

 だけれど、恋人になりたいという願いは叶えられない。

 それは私の一方的な理由で、彼はとても一生懸命で。

 その思いに報えない事が申し訳なくって。

 私は何百回と繰り返した行為を、かつて無く必死に行った。


「ごめんなさい」


 たっぷり十秒。

 下げた頭を上げて、水面君の顔を見る。

 なんとも言えない表情だった。

「理由を……」

 さっきとは違うか細い声が、辛うじて紡がれた。

「理由を聞かせてもらっていいですか?」

 今度は私が深呼吸をする番だ。

「貴男の気持ちはとても嬉しいの、もし何かが少し違っていたら私は貴男の真っ直ぐさに恋していたと思う。だけど……貴男は一年生だから知らないと思うけど……」

 喉が渇く。

 逃げ出しそうな足をどうにか制御する。

 どれだけの非難と侮蔑を受けようと、彼の真摯さに応えたいのだから。


「私、男なの!」


 宮月麻言。

 高校二年生。

 とある理由があって、私は女装して生活している。

 別に隠しているわけではないけど、殊更に吹聴しているわけでもないので、今年入学した一年生が知らないのは無理もない。

 ちなみに校則には『異性の衣服での生活を制限しない。似合う自信があるなら寧ろやれ』と書かれている。自由な校風で助かっている。

「あの、それの何が問題なのか聞いてもいいですか?」

「え?」

 今、水面君はなんて言った?

「あ、あのね……私は男なのよ? オーケー?」

「はい、知ってます」

 え、この子、私を女の子だと思って告白したんじゃなくて。たまにいる、男だからいいってタイプ?

「ちょ、ちょっと待ってね、こんな格好をしてるけど別に男が好きなんじゃなくて。寧ろ私は女の子が好きと言うか……」

 思わず後退……しまった木を背にしてたんだった。

 そんな混乱してる私を前に、水面君は慌てて胸ポケットから生徒手帳を取り出した。

「す、すいません! 自己紹介が遅れました。伊吹水面、一年生……」

 手帳の学生証の部分が目の前に突き付けられる。


「性別は女です!」


 時が止まった。

 もちろん比喩で、遠くからは運動部の掛け声が聞こえる。

「えーと、女の子?」

 首が縦に振られる。

 つまり、女子制服を来ている男の私に、男子制服を来ている女の子の水面君――水面ちゃんが告白してきた?

「はは、ははは」

 笑いが込み上げて来た。

 なんて面倒くさい説明だろう。

 そして。

「私、女の子から告白されたのは初めてよ」

 過去数百回、全部男からだったからねぇ。

「せ、先輩! それで、性別の問題は無くなったんですけど」

 水面ちゃんが上目遣いで私を見つめる。ヤバイ、女の子と分かったら可愛さがはね上がった。

「そうね、でも私達ってお互いをよく知らないわよね?」

「あ……」


「だから、お友達からでいいかしら?」



 こうして、私達の倒錯恋愛は始まった。

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