オタク
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定山の部屋はなんというか、普通だった。普通といってもその大きさは桁違いだ。具体的にいうと、多分ここだけで、僕んちよりでかいんじゃないかと思うほどだ。
しかし、注目しているところは大きさではなくて、その部屋の装飾だ。何というか、オタクっぽくないのだ。
僕の部屋はポスターやらなどの物は、ほとんど置いていないが、本棚には漫画やラノベ、アニメのDVDやBDなどがたくさん置いてある。露骨ではないにしろ、オタクだという事は疑えない部屋だ。
僕もそういった部屋を想像していたが、だいぶ違う。
勉強するための机があって、テレビがあって(映画かこれは。学校にある上下に動くやつ)、ベッドがある(キングサイズ)。後はチ○プとデ○ルやらのぬいぐるみなどの小物が少々ある程度だ。
可笑しなところなど、まったく見当たらない。
「意外……でしたか?」
「えっ?」
「ポスターとか貼ってないのは……」
「……まぁ、意外って言えば意外だったな」
「……」
「僕はそこまでお金を持ってないから、ラノベとかを買うので精一杯だけど、定山は……少ないわけないよな」
こんだけの豪邸で金に困ってたら、ただのバカだろう。
「えっと、私自身はそんなにお金があるわけではないんですよ」
「?」
「家の方針で自由にお金を使う事は出来ないのです。使えるのは月々の小遣いだけで、精々――」
へぇ、お金持ちの家にも色々な考えがあるんだな。もっとバンバン金を使ってると思った。
月々の小遣いを聞いても、そんなに僕と変わらない。……甚だ意外だ。お金持ちなのに金がないとはこりゃ如何に。
「……」
「……」
やっべ、会話が途切れた。何だ、この重苦しい雰囲気は。気まずい、気まずすぎる。
「……」
あっちからは、何かをリアクションをしてくれる気はないようだ。
むしろ、こっちから何かを言ってくれる事を期待しているような気がする。
(うーん……どうしたもんかな。といっても、こっちから切り出さないと不味いよな。もとはといえば、僕のせいだしな……)
「先週のこと何だけど……」
「っ!」ビクッ
うつ向いていた定山は目に見えるほどびくついた。未だにうつ向いたままだ。
「あれって、やっぱりそういう事何だよな」
一応、確認の意味を込めて、再度確認する。
「――オタクってことなんだよね?」
「……」コクッ
やっぱりそうだったんだな。
「で、僕に見つかって――オタクってばれたのがショックで、あの時逃げ出して、今日まで学校を休んでいたって事であってる?」
「はい……」
僕の考えと大幅に違いはないな。おそらく、定山は自分がオタクって事を隠していたんだろう(そうでなければ、知らないはずはない)。
それで、僕に知られ――ここからは推測だが――みんなに、学校中に広められたとか思っているんだろう。
まぁ、世間一般では、隠す事が普通みたいになってるからな。
「勘違いしているみたいだけど……」
「?」
「定山がオタクな事は誰にも言ってないから」
「……えっ?」
一瞬何を言ってるんだか分からないような顔で、こっちを向く。
「オタクって事を広めてないってこと。多分広められたら嫌なんじゃないかなーと思って……」
「……」
驚いた顔で、こちらを向いてくる。
(やっぱり広めると思ってたのか、心外だ……でも普通そう思うか。定山のこんな話)
「まっ、例え言ってたとしても信じてくれないよ。僕は底辺で定山は頂点なんだから」
「……」
「ま、まーとにかく、僕しかこの事知らないから問題なし。とりあえず学校に来い、な。何かこっちが悪い気がするし……」
「本当に?」
「ああ」
「嘘じゃない?」
「うん」
「……」
「……」
「はぁー……よかった」
心底安心している様子だ。これで定山も学校に来れるようになるだろう。
「もし、みんなに知られちゃってたらどうしようかと思ったぁ」
緊張の糸が解けたのか、定山がいつもよりも調子よく話し始める。
「将史くんに知られちゃった時は本当、もう終わりかと思ったよぉ……」
それにしてもみんなにばれていないと知ったにしても、ちょっと過剰反応しすぎじゃね?
「本当は、こういった事も早く止めなきゃいけないと思ってるんだけど……」
みんなが知ってないって言ったけど、僕は知ってるんだぜ?
今は言ってないけど、これから先もばらさないとは限らないんだぜ?
それに、オタクを隠す人も今まで見たことあるんだけど、ここまで隠す人も珍しいな……やっぱりアイドルってイメージが大事なのかもしれないな。学校のアイドルも大変だ。
どちらにしてもこれで此処にいる意味はない。早々にずらかろう。
「じゃ、定山、僕はもう帰るか――」
「あのような物は子供のうちに卒業すべきもので、それをまだ好きな私は恥ずべき存在です」
「……」
何だと?
「あんな低俗なもの……学校でばれたら一貫の終わりでした。あんな忌むべき物……」
コイツイマナンテイッタ
「それでも止められないあの魅力は認めますが、やっぱり止めなくては……お父さんもそういうのに否定的だし……」
「……」
「これをきっかけに、オタクである事を止めようと――将史くん?」
何が乃○坂に似てるだ僕も見る目がない。設定が近くても根本的なところで違う。
「将史くん?」
定山は――こいつは二次元じゃなく三次元だし、春○と違ってドジッこでもない。しかし、そんなことじゃない。
「……な」
「将史くん?すみません、よく聞き取れ――」
「ふざけるな!!!」
「!!」
こいつは言ってはならないことを言った。
「低俗だと思っているのか?」
「えっ?」
「嫌いだと思っているのか!?」
オタクを隠す事はいい。世間では知られると差別や侮蔑の目で見られるから仕方ない事なのだろう。そんなのは大勢いる。
しかし、オタクというのはそれが大好きな人種だ。愛していると言っても過言ではない。
時にはそれに命を賭けるやつだっている。オタクとはそういうやつだ。
なのに、こいつは――
「隠すならまだしも、嫌い…だと、嫌いになるだと?」
「将――」
「お前は!!」
定山が何かを言おうとしていたが、それを遮って、さらに声を荒らげて言った。
「お前は好きだから!!好きだから教室であんなことをしていたんじゃないのか!!」
「……」
「好きだから!!危険だと分かっていてもやっちまったんだろ!!」
僕だってたまに、無性に真似てみたくなる時があるから分からなくはない。
それはやっぱり、僕がオタクだから。そして、定山もオタクだと思っていた。
「お前にとってアニメは、漫画はラノベは大事な物じゃないのか!?」
「だ、だか――」
でも、それは間違いだった。こいつはアニメ、漫画、ラノベの事を低俗だと言った。嫌いになるとも言った。
親が良い顔しない?周りオタクということがばれる?知るかそんなこと。
「――いや、もういい」
「……え?」
「こんな事で怒る何て情けないな」
「将史くん?」
そうだった。何でこんなことで怒ってんだ。怒る必要ないだろ。なぜなら――
「お前はオタクじゃない」
「!!」
驚愕の目で目を見開いている。
「オタクはオタクである事を隠したがったとしても嫌いにはならない」
「……」
何て事はない。たとえな○はの真似をしていても、断言してやる。こいつはオタクじゃない。ただのオタクぶってる糞野郎だ(女だから野郎ではないが)。そんなやつ、キレる価値もない。
「もう一度言う。お前はオタクじゃない」
「ま、将――」
何かを言おうとしているが聞く気はない。さっさと此処からでて、こいつとおさらばしたい。
「僕はオタクだ。根っからのな。その僕が言うんだ。よかったじゃないか、お前はオタクじゃない。努力するまでもなく、オタクを止められて。あ、オタクじゃないんだったな。んじゃ、僕は帰るから。邪魔したな」
そういってもう用事はすんだ。もう此処に居たくないという事を隠しもしない不機嫌な態度で、定山に背を向けて帰ろうとする。
「ま、待って将史くん。違うのっ、そうじゃないのっ、お願い、話しを聞いてっ!!」
「僕に話しかけるなっ!!」
「!!将史くん!」
定山の言葉を一刀両断して封殺する。
「……とにかく明日は学校には来い、それだけだ」
そういって今度こそ部屋から出ようとする。
「待って、話しを――」
バタン
定山の言う事を無視して、部屋を出る。
(話しかけるなって言っただろ……)
こうして僕は定山の家を後にするのであった。
◇◆◇◆◇◆◇
「……ふぅ」
「……将史様」
「おわっ!」
定山の部屋から出ると、さっきのメイドさんが気配を消して立っていた。心臓に悪い。
「……そんなに驚かれなくてもよろしいのでは?」
「……」
(いやー……そんなこと言われても……そう言うなら気配を消して現れないで欲しい……)
そう思ったが、ツッコむことはせずに言うべき事を伝える。
「……あの」
「はい」
「いづみさんの事なのですが……すみません、恐らくはダメだと思います」
「……そうですか」
(最後にちょっとキレちゃったしな。何か言おうとしてたのに無視しちゃったし……)
「……いづみ様は」
「はい?」
「いづみ様はお元気でしたか?」
「……ええ、部屋に引きこもっていたわりに元気そうでしたよ」
「そうですか」
本当に心配してたんだな。といってもまったくの無表情だからよく分からないけど。
「……」
「……」
「……では、僕はこれで」
「……いづみ様はこれまで、ご学友を家に招いてくることはありませんでした」
「……」
メイドさんが話し始めたので帰る事を止め、話しを聞く。
「私どもはいづみ様には学校でいじめられてるのではないか?とも思いました」
「いや、そんなことは――」
「はい、学校まで調査に行ったので承知しております」
うわぁ……調査だって。すげぇな。
「ですので、家まで来て説教までしてくれる友達がいて、とても嬉しく思います」
ばれてるじゃん。この人、立ち聞きしてたんじゃないだろうな。
「説教といってもただ僕の思うところを言っただけですし、そんなに定山――いづみさんとは仲良くありません。だからメイドさんが思っているような友達と言えるかどうか……」
このメイドさんがあの事件を知っているか分からないのでそこは隠して、思っていることを言った。
「それで良いのです。今、将史様のような方が必要なのです。今後ともいづみ様をよろしくお願いします」
「……」
その問いに、気楽に首を縦に振ることは僕には出来なかった。
「……」
「……」
「……では、これで……」
「待って下さい」
再度帰ろうとしたら呼び止められた。まだ何かあるのだろうか。
「私の名前はメイドさんではありません。メイドですが」
「は?」
「私の名前は光坂つくしと申します」
「……黒田将史です」
「以後、お見知りおきを」
そういえば、僕達ってまだ自己紹介してなかったんだっけ。……今更自己紹介ってどうよこれ。まぁ、もう会う機会はないだろうけどね。
「……本当にこれで」
そう告げて、定山邸からやっと出ることに成功した。
門からでて、一人で帰路につく。
(それにしても今日は色々な事があったな。でもやることはやった……か微妙だけど、こっちからやれることはもうない。許せ、恭平)
そんな事を考えながら帰り道を歩いていると自宅に到着した。
「少し言いすぎたかもな……」
きっとあっちにも何かしらの言い分があっただろうに、ばっさり切り捨てしまった事が頭に残る。
父親が反対しているとか何とか言っていた気がする。それに他にも何か理由があったのかもしれない。そういった状況でオタクでありつづけられるだろうか。
「……いや」
やっぱり僕は止められないだろうな。断言出来るが嫌いになることもないだろう。
さっきはああ言ったけど、本当に嫌いには見えなかった。
「止めた、止めた。もう僕には関係ない」
もう一生関わる事はないんだから考える必要はない。
「……寝るか」
きっと明日からはまたいつもの日常に戻るだろう。
そう思いながら僕は眠りについた。
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