将史の苦悩
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「まさ、本当に助言は何もなしかよぉ」
「ない。昨日、ラノベ、漫画、アニメを見返してもなかった」
次の日、僕と恭平はジャージを定山に返すべく、昼休みに隣のクラスに来ていた。ちなみに、体育は6限。ここで返さなければ、もれなく定山は体育見学になる。
そして、返すついでに恭平も連れて行って話をさせようと思い、連れて来たが、助言がないと知るとさっきからそわそわしっぱなしである。
「ていうか、ジャージ渡すの僕なんだからそんなに心配しなくても――」
「分かってねぇ、分かってねぇよ!まさ!例えそうだとしても、そういう問題じゃねぇ!あの定山さんの近くに行くんだ!そんなに冷静でいられる分けない!定山さんはな、容姿端麗、文武両道。人当たりも良くて、正確もおしとやか。学園でも知らない人はいない学園のアイドル!!まさの事情は知ってるけど、彼女に興味を持てないっていうのは可哀想だな。それにまだあるぜ、定山さんって――」
また始まったよ恭平の定山さん自慢。それに事情知ってるんなら言わないで欲しい。結構気にしてるんだから。ていうか二次元キャラの方がかわいいと思うけどなぁ。撫○とか八九○とか、竹○代とか……そこ!ロリ○ンとか言わない!
「っと、早く行かないと休み時間終わっちまうぜ」
外れた思考を無理矢理戻して恭平に声をかける。
「おっと、そうだな。んじゃ、先陣は任せるぜ!」
「こいつ……」
定山さんのことになると、途端にへたれるな。
「ま、僕が借りたジャージだし、僕が先に行くからちゃんとついてこいよ」
「おう」
恭平の返事を聞いて、ドアに手をかける。
ガラガラ
「失礼します……」
緊張して声が小さくなってしまったが、タイミングが悪かったのか僕の一言でその場が静まりかえっしまった。
「……うっ」
みんなの視線がこちらを向く。
「何、あの子教室の前でつったってんの?」
「ああ、あいつあれだよ。ほら、いつもキモオタ同士でオタトークしてるやつだよ」
「あー、知ってる」
「そういえば、この間あの人に話掛けたら急にうつ向いて、モジモジし始めたんだよぉ」
「え~、キモ~」
「……」
教室のあちらこちらで聞こえてくる僕の罵倒。ひそひそ声だから聞こえないと思ってるのかもしれないが、静まりかえった教室では、はっきり声が聞こえる。
僕がその罵声を受け、成す術もなく立ちつくしていると、後ろから恭平が入ってきた。
「う~っす、隣のクラスの相良恭平っす。ちょっと定山さんにようがあって来たんだけど、定山さんいる?」
そういって僕の肩を組む。僕が困っている時にいっつも助けてくれる。安心させてくれる。
(本当……かなわないなぁ)
「おっ、相良、定山さんならいないぜ」
クラスの一人が恭平を見て声を掛ける。当然、僕は無視だ。
「でも、すぐ終わるって言ってるの聞こえたから、もう帰ってくると思うよ」
「了解!じゃ、待たせてもらうよ」
「おーい恭平、今週末のサッカーの試合なんだが――」
「おうっ、今度はなんだ」
たちまち恭平の周りには人だかりが出来ていた。定山と話ている時からは信じられないけど、普段は気さくで、何でもそつなくこなす、学年の人気者だ。そういったところでは、学園のアイドルの定山とはお似合いだと思う。
「やっぱり相良くんってかっこいいよねー」
「本当本当。でも何で黒田なんかと一緒にいるんだろ」
「本当だよねー、相良くんも、もっと違う人とつるめばいいのに、このままじゃ自分を下げちゃうよ」
ああ、あの子達の言う通りだ。僕なんかと恭平が一緒にいるのはおかしい。本当に僕なんかといると恭平の地位その物が下がる事になる。そうしたら学校生活もそうだが、定山ともきっと――
暗い気持ちのまま、窓際後ろから2列目の座席に書いてある「定山いづみ」の席に近づきそっとジャージを置く。
(このまま帰ろう。やっぱり迷惑になりそうだし。恭平は多分このままこっちにいるだろうから、定山と話せるだろう)
そうだよ、僕なんかいなくても、恭平なら何とかできる。結局、僕が出来る事は恭平の迷惑にならないようにするだけ。
そう言い聞かせて、定山のジャージを机に置いた時、ドアが開き、教師に頼まれたのか、荷物を持った定山が入ってきた。
「将史くん?」
「!!」
今まさに、ジャージを置こうとしたタイミング。恭平は話に夢中でまだ気づかない。
「あっ、えっとその、ジャージ……」
何とかその言葉だけを捻り出す。視線が恭平に集中している分減っているが、まだこちらを見る冷たい視線を感じる。早く帰りたい。帰ってラノベの続きを読みたい。
「ここ、置いとくから……」
そう言って帰ろうとする。
「あっ、ちょっと待って!」
そう言うと、荷物を教壇に置いてこっちに近づいてくる。
「……!!」
定山が近づいて来ると共に周りの視線が険しくなる。そのせいで、一瞬足がすくむ。その間に定山は急ぎ足ど僕の近くにやって来る。
「!!」
?、急に驚いた顔をした。何だ?
「将史くん――」
「?」
「ううん、何でもない。それより、よかった~。将史くんジャージ置いて帰ろうとするんだもん」
定山は何か言いたそうにしていたが、言うのを止め、それとは打って変わってほっとした様子で僕に声を掛ける。
「あっ、うん……」
昨日はちゃんと話せていたのに、またどもってしまう。
「じゃ、じゃあ、僕はこれで……」
「まっ、待ってって」
そういって定山は僕の袖を握ってきた。
「うわっ、定山さんに袖握られてる!」
「ていうか離れろよ!キモオタ!」
周りの罵倒も一層激しくなる。
「この前はちゃんと話せなかったから、今度は将史くんとちゃんと話したいなって思ってて――」
定山は周りの状況に気づかないのか、僕にさらに話掛けてくる。
(何で定山にしろ恭平にしろ、僕なんかと喋ってくれるんだろう)
「でね、もしよかったらなんだけど――」
「しかも無視してるし――」
「本当ありえないよねぇ」
定山が話掛けるたびに状況が悪化する。
(そうか――)
「――史くん?」
(僕が困っているのを見ているのが楽しいんだ――)
「将――くん?」
(駄目だ。どんどん思考が鬱になっていく。でも実際そういう事の方が可能性があるだろうなぁ)
「将史くん!!」
「はっ、はい!」
少し声を大きくして、僕を呼びかける。また思考に没頭してたようだ。
「まさ!どうしたんだ!?大きな声だして!」
周りの集団から抜け出して、こちらに合流する。さっきの声は予想外に大きかったらしい。
「さ、定山さん。何かこいつやらかしましたでしょうかでございます」
恭平、君は何語喋ってるんだこいつは。
「いえ、将史くんがボーっとしていたので、少し大きな声で話のですが、驚かせてしまった見たいですね。すみません」
そういってすまなそうに謝ってくる。
「あっ、いえ……」
「そ、そういえば、何を話ていたんですか?」
空気が重くなったのを察して話題を変える。
「そうでした、では将史くん。携帯を出して下さい」
「?」
何を言っているんだ?
「携帯出してくれないと交換出来ないんですが……」
「???」
まったく状況が分からない。さっきまで思考に没頭していたせいで何も聞いていなかったし……
「もうっ、出してくれないと、アドレス交換出来ないじゃない!」
「……は?」
いかん、緊急事態すぎて思考が働かない。
「さっきアドレスを交換しようと言ったら、頷いてくれたじゃないですか」
「……」
まったく記憶にない。どうやら適当に頷いたらしい。
「……もしかして、迷惑だったかな?」
今にも泣きそうな顔でこちらを見てくる。
「わ、わかったから泣かないで」
「っ!ありがとうございます」
輝かしい微笑みでそう言い、携帯をお互い近づけ、赤外線でアドレスを交換する。
「……将史くんのアドレス」
すごい嬉しそうに、携帯を見つめる。(僕のアドレス何か聞いて、何考えてるんだろう……)
「あっ、あのっ。よかったら俺とも交換して下さい」
急に頭を下げて交換を申し込む恭平。本当にさっきの人と同一人物だとは思えない。
「うん、いいですよ」
そういって携帯を恭平に近づける。
「うわっ、来た!マジ感激です!」
「ふふっ」
感動している恭平と嬉しそうな定山を見て思った。
(そうか、恭平のアドレスを聞く口実だから僕のを聞いたのか――だから嬉しそうだったのか)
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この後も予鈴がなるまで、ほとんど喋らず、相づちだけしていた。ちなみに恭平は話をしていく内にいつもの調子を取り戻したのか、軽快に喋っている。昨日とは本当に別人のようだ。定山も楽しそうに微笑んでいる。
完全に空気だった。かといって場を乱せないので、そこから動けず、周りの「何でいるんだよ」オーラを一人受けていた。こういう時、助けてくれる恭平は話に夢中で最後まで僕のSOSには気づかなかった。
「では、定山さん俺たちは教室に戻ります」
「はい、ジャージありがとうございました。将史くん」
「……いえ」
「帰ったらメールします!ではまた明日!」
「はい、また明日」
そういって僕達は教室を後にし、自分達の教室に戻る。
授業が始まるまでの間、恭平が嬉しそうに何か言っていたが、何を言っていたのかまったく耳に入って来なかった。
授業が始まっても、ラノベを読む気になれず、眠気に負け机に突っ伏した。
(昨日、洗濯、乾燥機、アイロン。慣れない事をやったせいか寝不足だ、昨日寝たの4時だしなぁ。僕、何やってるんだろ)
もう考える事も面倒になったので、再び目を閉じて、今度こそ深い眠りについた――
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将史のネガティブ思考爆発です。基本この小説の主人公は恭平とは漫才みたいなやりとりをしてるけど、引け目も感じています。この話で将史の学校での立場や状況などが少しづつ露になっています。次回は帰宅した後のいづみと将史のメールのやり取りを書くつもりです。いつ更新になるか分かりませんが……