ファーストミッションとファーストコンタクト
◇◆◇◆◇◆◇
「よし、今から作戦を開始する」
「OK!」
時はたって、翌日の放課後。今から僕達はミッションを実行しようとしている。
まず、このミッションについて説明しよう。これは先ほど述べたように、某ライトノベルからの抜粋である(詳しくは第一話を参照に)。ミッションの概要はこうだ。
まず、今日の掃除当番である僕が教室で僕と恭平の二人だけになるように仕向ける。そして、定山が教室の前を通るのを待つ。そうしたら、予め用意しておいたバケツの水をぶちまける。さすがに直接は不味いから、ずらして濡れるか濡れないかのギリギリにする(僕担当)。そうしたら、それをきっかけに、恭平が出てきて会話に入る(ここは恭平しだい)。心配していい人アピール+会話が弾めば満点ってとこだろう。
一見問題なさそうに見えるが――
「定山が通らなかったらどうしよう……」
「無論、来るまで何日も続ける」
「……」
そう、定山が通るという確証がないのだ。それに、うまく水を当てられるかの問題もある。後者は恭平に指摘してないが……ん、まてよ――
「もしかして来るまでって事は毎日掃除当番?」
「もちろん!」
「……orz」
早くも挫折しそうだ……早く別のミッションを考えたほうがいいかもしれん。
そんなことを考え、思考に没頭し始めたところ――
「きっ、来た!」
「!!」
まさか本当に通るとは……そうか、今はテスト2週間前だから図書館にでも行って勉強して、荷物を取りに来たってところか……
ちなみに推理が凄く見えるけど、定山がテスト前に図書館に行くのは周知の事実だし、手ぶらだしな。
まぁ、とにかく来てくれたのは好都合だ。後は僕しだいだ。
「いいか、手筈通りやるぞ。ぶちまけた後にこっちに来いよ」
「わっ、わ、わ、わか、分かった」
「ビビりすぎだ」ベシッ
恭平の頭を叩く。
「心配すんな、フォローはしてやる」
ちゃんと出来るか不安だが。
「……ああ、頼むぜ、まさ!」
「おう、行ってくる!」
こうしてバケツを片手に定山の元へ向かった。
◇◆◇◆◇◆◇
今、僕の左手には水の入ったバケツがある。そして僕の目は定山の後ろ姿を正確に捉えている。
じっと息をこらしてタイミングを待つ。そして、待つ事数分。よし――今まさに駆け出そうとした時、一つの失敗に気づいた。今、僕の眼中には文字通り定山しかない。さながら獲物を狙う獣のようである。しかし、ここまで集中していると、人間なら周りへの視野が狭くなる。そして僕も例外ではなかった。隠れている時は気付かなかったが、走り出し、加速した時に気付いてしまったんだ――
前方にぞうきん(verびしょ濡れ)があることに――
気づいても時既に遅し。加速し始めた僕は止まれず、ぞうきんを踏み、体制を崩した。
「おわっ!」
何とか転ぶ事だけは逃れたが、今だ状況は最悪。もう当初の目的を達成する事は出来そうもない、許せ恭平。
それどころか、某ラノベよろしく、定山に水をぶちまけちまう。定山は鉄〇ほど屈強じゃないから水なんか被ったら大変だ。
「まずいっ!」
「!!」
僕の声が聞こえたのか、定山が気づいたようだ。目を見開いている。驚いて呆然としているみたいだ。定山が避けてくれる事は期待出来そうにない。僕も避けられない。なら、本当はやりたくないが、もうこれしかないだろう。
「どおぉりゃぁーーー!!」
大きな掛け声と共に、気合いをいれ、定山が間合いに入る前に大きく手を上に挙げる。
つまり、定山が避けられない。僕も避けられない状況で両方が無事というのは無理。だが、定山にかけるわけにはいかない。
そして、その答えは――
「……」バシャン
そう……自分だけが水を全部被るという事だ。そうすれば、どうにか定山は助かる。そして、見事、当初の作戦失敗……
「嫌だ、何か急に水被り出したんだけど」
「ていうか、近くにいるのいづみちゃんじゃね?」
「いづみちゃんにかかったらどうすんだ!」
「それにあれ、黒田じゃない?」
「うわっ、本当だ。マジきもっ」
周りの僕を非難する声。
(あー…やっぱダメだ、こういうの…)
弱気になり始めた時に、ふと定山の方を見た。
「……」
定山も呆然としている……そうだ、暗くなってる場合じゃない!早くここで言い訳しないと、恭平が来ちゃう!どうする……
「……クシュン」
くしゃみが出た。まぁ、さすがに秋の夕方じゃ寒いわな。
「あっ!はっ、早くその服、どうにかしないと!!どっ、どうしよう……」アタフタ
定山まで取り乱し始めた。
「いや、だからえっと――」
うまい言い訳が見つからない。
「って、うわっ!何やってんのまさ!!」
そこに恭平登場。
「き、恭平!」
「どうしよう、びしょ濡れだ、寒そうだ、どうしよう」アタフタ
恭平もおたおたしていた。
「……とりあえず周りの視線が痛いから、教室に入ろうか……」
水を被った本人が一番冷静だった。
◇◆◇◆◇◆◇
「……」
「……」チラチラ
「……」ソワソワ
今、僕は教室にいる。そして、何故か定山のジャージを着ている。その定山はというと、何故かチラチラこっちを見る。そして、恭平はそわそわしている。どうしてこうなった――
水を被った僕はおたおたしている恭平と定山を連れて、何とか教室に戻った。
「まっ、まずは着替えないとな。あっ、でも今日体育ないからジャージないじゃん!」
「僕もないや……」
「保健室……はもう空いてないし、うわぁ、どうしよう!」
「……クシュン」
本格的に寒くなってきた。
(どうすっかなー。でもまっ、何とかなるだろう。体は丈夫だし。)
それよりも、ミッションは失敗したが、思わぬ急展開で定山と恭平を引き上わせる事に成功した。これは収穫だ。こっからは何のオタ知識もないから恭平に頑張ってもらわないといけない。でも役に立てた事が嬉しい。そう嬉しさに浸っていたところ、定山がおずおずと声をあげた。
「あの……私のジャージでもいいなら貸しましょうか?」
あっ、そういえば、定山は隣のクラスで今日体育あるんだっけ。そんなことを考えていると何を勘違いしたのか定山が慌てて言った。
「い、いや、変な意味じゃないのよ!ただ、将史くん達のクラスは体育なかったみたいだから……それに、ジャージだったらそんなに大きさが違うって事はないだろうから……」
定山は一気にまくし立てられた。
ふむ、まぁ確かに、定山が小柄でも、ジャージなら何とかはけるだろう。でも、女の……それに、恭平の想い人のをはくってのもなぁ。
「ああー、気持ちは嬉しいけど――」
「ありがとう!定山さん!早くジャージに着替えようぜ!」
恭平が僕の言葉を遮って言った。
(こいつ、気にしないのか……)
「いや、でも悪いし――」
「お前、定山さんの好意を無駄にすんなよ!いいから脱げって」
「ちょっ、バカ、脱がすな!」
「いいからいいから」
「……//」ポッ
「はっ、まっ待て、本当に待て。定山が見てる!これじゃ僕達は変態だ!……やめろ、分かった、着替える着替えるから」
恭平ともめる事、数分。ようやく恭平の暴走はとまった。そして、その間も定山はバッチリこっちを見ていた。
そして、ジャージに着替えて今に至るわけだ。
「……//」
「……」ソワソワ
こういう時、アニメとかでも主人公はテンパってたしなぁ。ただのオタクには荷が重い。でも、とりあえず話を切り出さなければ。とりあえず冷静になれ、無難な事を言うんだ。 そう言い聞かせて僕は話を切り出した。
「じ、ジャージありがとう!」
声が裏返った。死にたい。
「う、うん」
「ちゃんと洗って返すから。あっ、でも、明日もそっち体育 あるんだっけ」
「だ、大丈夫ジャージ着なくても。私、暑がりだから」
さすがにそれは嘘だろう。セーター着ているし。
「心配すんな。どうにかして、明日絶対返す」
「……分かった」
やっと納得してくれたか。
キーンコーンカーンコーン
話が丸く収まりそうな時最終下校を告げる鐘がなった。
「僕達はそろそろ帰るね」
「あっ、うん。じゃ、また明日、将史くん」
「うん、また明日、ジャージ返しに行くから」
そういって定山はその場から走って去ってしまった。そして、その場には僕と恭平が残る。
「……恭平」
「……」
返事がない。ただの屍のようだ。
「おい」バシッ
「……はっ」
「お前なぁ、ほとんどしゃべってねぇじゃねぇか」
そう、ずっとボケっとしていて、ほとんど会話に入らず、相づちを打っていただけだった。
「いやいやボケっとしちゃうって!定山さんがあんな近くにいたんだぜ!会話したんだぜ!また明日会う約束したんだぜ!!そりゃ普通そうなるって!!!」
「そういうものか?」
よく分からん。
「それに、まさにも驚いたぜ」
「……?」
何が?
「だってお前、初対面の――しかも女子と普通に喋ってたんだぜ!」
そうか、確かにそうだ。普段ならすごい無口になってキモがられるのに、今日は普通に話せた気がする。まっ、緊急事態ってのが原因だろうけど……
そんなこんなで、初作戦と定山と始めての邂逅は失敗とアクシデント、そして恭平の定山絶賛の話で幕を閉じるのであった。
将史くん――
んっ?そういえば僕って定山に名前教えたっけ?
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