これまでとこれから
更新が大変遅くなり、申し訳ありません。次もどうなるかわかりませんが、必ず更新するので、温かく見守ってくれると幸いです。
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「……」
唖然。
一通りの話を聞き終わって思ったことはそれだけで、感想らしい感想はなかった。いや、出て来なかったというべきか。それほどに衝撃的な事であった。
その事件については、僕も聞いた事があった。むしろその場に僕もいた。おそらくは、オタクでこの事件を知らない人はいないだろう。それほど有名な事件なのだ。
秋葉原消失事件。
後にそう呼ばれる事になる事件である。僕はとある理由で、その日に現場にいなかったので、人伝にその事を知った。
しかし、この話は実話というよりもむしろ、都市伝説的な話である。
何故なら、これだけ大きな話であるのに、マスコミはまったく取り上げなかったからである。テレビからゴシップ誌に渡るまで、僕が知っている中では見たことがない。
そのため、僕もこの話を聞いても、正直、半信半疑だ。それでも信じてしまったのは、一重に「定山グループ」という存在である。常人には不可能なことでも成し遂げてしまうのが、定山グループなのだから。
ちなみに今では、2chなどの掲示板で少し見かけるくらいである。
「もう、お分かりだと思いますが、全ていづみ様の経験してきた事です」
わかっている。
「全て実話です」
そんな事は確認しなくても、分かる。
それでも確認しなければ――確認せずにはいられなかった。
「いづみ、さんは、それから……」
「お察しの通りです。一度も秋葉原などには行っていません。それに、あの事件以来、露見したのは将史様が初めてです」
「……」
「ただ、そうは言ってもやはりそう簡単に止められるものでもなかったようです。
実際に買い物に行く、というような自分から行動すると言ったことはしていません。しかし、隠れてアニメを見たり、アマ○ンなどで注文して買い集めているようです。本人がドジなのでバレバレですが」
確かに、放課後で誰もいないからといってあれは迂闊だよなぁ。
「しかし、どういう経緯があろうと、いずみ様は旦那様との約束を守ろうとしています。
ですが、自分では止められなかった。どうやっても。
しかし、そんなどっちつかずにしている時間ももう終わりです」
先ほどまで述べていた事まとめるようにして、話をする。
そして、光坂さんは息をつき、話を続ける。
「それまではどちらでも良かっのです。しかし、私達意外の誰かにバレてしまった。そしてそれは、いづみ様自身、このままではいけない、そう思い、想い、決心したのだと思います」
決心の内容は言わなくても分かる。オタクを止めるということ。僕が定山の前で罵倒し、蔑んだことだ。
定山は僕に気づかれたから、僕という他者に気づかれたから、そういった決断を下した。
今までは誰にも――光坂さんには気づかれていたようだが――気付かれてなかったことが知られ、それが、父に知られる事を恐れている。
守るために――一人きりで戦っている勇者に対して、僕は――
「……いづみ様は、表面は何事もないように振るまっていますが、あの事件以来、一度も心からの笑顔を見せていません」
「……僕は…」
「私では無理でした。悔しいですが」
そこからは、相変わらず何の感情も読み取れないが、苛立ちのようなものを感じた。自分の不甲斐なさへの。
「お願いします。いづみ様に、笑顔を――心からの笑顔を取り戻させて下さい」
そういうと、光坂さんは、深々と頭を下げた。
まさか頭を下げてくるとは思わなかった。今まで隠していたことが、ばれてしまったこと。それだけではなく、せっかくの定山との話す機会も、ただ頭ごなしに叱るだけだったのに。
そんな自分に頭を下げ、もう一度頼んでいる。
あまりの状況に声を出せないでいたところ、もう一度、今度は僕の目をまっすぐに見て、光坂さんは言った。
「お願いします」
簡潔に述べられた一言。変わらず、無表情のままだが、その中には、僕が分からないだけで、どんな気持ちを持っているのだろうか。怒りか、悲しみか、はたまたまったく違った感情か。残念ながら、その表情からは読み取れない。しかし、確かに強い想いといったものは感じられた。
「……考えさせて下さい」
そう言って、一礼して、そのまま出口へ向かった。
結局、こんなことしか言えない自分に腹がたった。
定山の過去にあったこと。自分が思い込み、間違ったことをしてしまったこと。そして、光坂さんの心からの願いや想いといった物を聞き、考えが纏まらなかった。そんな状態のまま、心からの想いをぶつけてきている相手に、何を言うことも出来ない。
いや、言いたくなかったのかもしれない。こんな僕だけど、真摯な想いには、自分も真摯な想いをぶつけたかったからかもしれない。
ただ、こんな風に、言い訳をしている自分にも、腹がたった。
廊下を歩いている。
しかし、こんな自分に何が出来るというのだ。
オタクで、ネクラでコミュ障で、何の取り柄もない。こんな奴が何かをしようとしても、何も変わらないのではないか。
ならいっそのこと、何もしないほうが良いのではないか。
階段を降りている。
何かをするにしても、一体何をすれば良いのだろうか。
光坂さんでもどうにもならなかったことを、僕が出来るとは思えない。なら、何故、僕にこんなことを任せたのだろうか。
しかし、あの光坂さんが何の考えもなく、僕に任せるだろうか。そんなわけがない。きっと何かがあるはずだ。
「……まぶしい」
玄関の扉を開け、太陽にさらされ、思わず目がくらむ。
その瞬間、意識が切り替わったのか、今まで無意識に考えていたことが、ようやく認識できるようになった。
(いつから、定山の事を引き受けたんだろう)
僕は驚いた。自分が考えている間、一度も定山の事を諦める、という選択をしていないことに。 そして、引き受けてすらいない、拒否することも出来たはずなのに、そういった考えがまったく浮かばなかったということに。
(最初から、僕の気持ちは、やりたい事は決まっていたってことか)
自分の中の気持ちを確かめるように、もう一度空を見る。
そこには先ほど目が眩んだ、まぶしすぎるほどまぶしい、太陽がそこにはあった。
「……よし!いっちょやりますか!」
そう言って、一気に定山家の庭を駆け抜ける。
その顔は、憑き物が落ちたように晴れやかだった。
まるで今日の太陽のように。
――僕にはどこまで出来るか分からないですが、やれるだけのことはやってみます――
そう、光坂さんに申し出たのは、それからすぐのことであった。
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