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過去編4

◇◆◇◆◇◆◇






 いつもの一日が始まる。

 目覚ましが鳴り、眠い目を擦りながら起床しました。

 リビングに行くと、メイド達が朝食の準備に取りかかっていました。今日の朝食はトーストにサラダ。そして、スクランブルエッグのようです。

 それらの物を美味しくいただいた後、いつも通り車で学校に行きます。

 

「つくしさん。今日は夢を見たんですよ」


 私はこの短い、ほんの30分ほどのメイドとの二人の時間がとても好きです。

 他愛のない会話をしているだけだけど、この穏やかな時間は気を張る必要がまったくないからです。


「夢……ですか?」

 今日は珍しく夢を見ました。それはとても幸福な夢でした。


「どんな夢でしたか?」


 優しく微笑みかけながら夢の内容を聞いてきました。


「みんなで買い物に行くんです。それに友達だけではなく、つくしさん、それにお父様やお母様と一緒に。ふふ、何を買いに行ったと思いますか?」


 その笑顔を見ていると自然とこちらも笑顔になります。


「ゲームを買いに行ったのですよ、秋葉原に」


 私の趣味を知ってるいるのは、我が家の中ではつくしさんだけです。

 お父様なんかは、こういった事には非常に厳しく、まだ言い出せていません。

「発売日のゲームなのに、並んでいて文句も言わず、待っている間もみんな笑顔で会話していたんです」


 それは人からみたら何のことはない物かもしれない。でもそれは私にとってはそれがとても尊い事です。だって、それは私の理想に他ならないのですから。


「本当に何の事はない日常の風景だったんです。でもそれは暖かくて、みんなが常に笑顔でした」


 他愛のない話をして、大好きなゲームを買う。お父様もお母様もみんな私の趣味を知ってもなお、それを認めてくれていました。


「そんな、幸せな夢だったのです」


 今思い返してみてもとても幸せな夢でした。しかしそれは夢。


「いつか――」


「?」


 少し間を置いて暖かい声でつくしさんは言いました。


「いつか、そんな夢が現実になるといいですね」


「――はい!」


 今思い返してみても、それはとても幸福な夢でした。

 いつかはお父様にも私の趣味を知ってもらって、それでも私の事を、私の趣味を認めてくれる。

 いつか必ず、自分の手でそんな夢を実現させたいと改めて思いました。

 そのためにもまずは――


「お父様達に私の趣味を知ってもらわないといけませんね……どうしたらいいでしょうか?」


 まずは良い案がないかをつくしさんに相談してみましょう。


「そうですね――」

 私とつくしさんは学校に着くまで、色々な作戦を練りました。

 正直今でもどうなるのかは心配です。でも、あの夢が現実になるようにこれから頑張っていきます。これがその夢への第一歩です。




 でも、お父様に伝える事に対してはあまり頭を悩ませて考える必要はありませんでした。何故なら、この後すぐに知られる事になるのですから。

 いえ、それは語弊でしたね。「知られていた」ではなく、「知っていた」こちらが考えられるだろう最悪の形でその事実を知らされることになりました。










 授業が終わり、HRが終了するとまた放課後が始まる。

 大勢の人に声をかけられ、その一人一人に挨拶を交わしてからつくしさんの待つ車まで到着する。

 つくしさんはドアを開けて、その横に立つという、いつもの態勢で待ってくれていました。


「おかえりなさいませ」


「ただいま戻りました、つくしさん」


 あらかじめ開いていたドアを通って車内に入る。


「今日は何処かに出かけますか?」


 運転席に座ってシートベルトを締めつつ聞いてくる。


「今日は習い事が夜しかないので、秋葉原に行きたいのですが……よろしいですか?」


 質問に対して伺うような目を向けて聞く。

 最近、遊びに行く頻度が増えたので断られるかもしれないと思いました。


「そんな心配しなくても、旦那様にはいいませんし、ちゃんとお送りしますよ」

 赤信号が青信号に変わり、車が発車する。

 普段はそこまで表情豊かな人ではないので、冷たい印象を受けるかもしれないけど、やっぱりつくしさんは優しい人です。

 家中で私の趣味について知っているのは、つくしさんだけです。

 ばれてしまった時はきっと怒られて、そういったものは捨てられてしまうものだと某ラノベで書いてあったので、知られた時はまるでこの世の終わりに遭遇した気持ちでした。

 しかし、実際は違いました。怒られる事もなく、ましてや捨てられる事もなかったです。


「何かこの中でオススメはありますか?」

 これがつくしさんの第一声でした。

 その日からな○はやまど○ギなど、時々一緒に見るようになりました。

 まったく知らない分野であったでしょうに、私に合わせてくれる――私の事を理解しようとしてくれる。それがたまらなく嬉しかったのです。



 ちなみにつくしさんに知られてしまった理由は、大したことはなく、ただ掃除している時に机に置いていたゲームが見つかってしまっただけでした。





「では神保町の方面から秋葉原に向かいます。30分ほどで着くと思います」


 つくしさんの一声を聞いて、ちょっとした思い出に浸っていたところを引き戻された。



「はいっ!」


 これまでの事――これからの事に感謝しながら笑顔で返事をした。


 これから来るだろう幸せに期待しながら――










「おかしいですね……」


 痺れをきらしたつくしさんが、珍しく苛立ちの表情を浮かべていた。

 つくしさんの運転通り、神保町から車を走らせてから、早一時間。当初予定していた時刻よりも30分もすぎているが、今目の前の車の渋滞はまったく進む気配がない。

 この辺りは普段は交通量は多いものの、渋滞まではしていないような道路である。

 つくしさんもラジオで渋滞情報を確認しているが、この辺りの渋滞情報はほとんど流れていないため、どのくらいの長さで、何が原因かすらもわからない。


「すみません…私のミスです」


 申し訳なさそうな声で謝罪してきた。


「いえ。つくしさんが謝るような事ではないです。それに私の用事で向かっているのにそんな事は言えません。……それより家の方は大丈夫ですか?」


 家の方とは自分の家の事である。定山邸は世間一般でいう、豪邸と呼ばれる敷地面積を持っている。

 つくしさんはその家のメイド。家の掃除や洗濯。それに加えて、庭の手入れもしていれば私達の送迎や身の回りの警護まで行っている。

 普段の生活でも信じられないくらいの仕事をこなしているのに、私なんかのためにかける時間はないだろう。それなのにこんな事に時間を掛けさせてしまって申し訳ないです。謝るのはこちらの方です。


「問題ありません。事前にある程度やってきましたから。それにこうやっていづみ様との会話はとても有意義ですよ。あ、そう言っているうちに前が進みましたよ」


 そう言って、ノロノロ進んでいる前の車についていくように発車する。


 ノロノロしたスピードで走ること、さらにあと30分。雑談をしながら気長に進んでいた。しかし秋葉原の周辺に来るにつれて少しずつ違和感を感じ始めていた。


「見えませんね……」


 怪訝そうな顔をしながら呟く。

 何が見えないかというと、秋葉原に来た人なら見たことがない人は恐らくいないだろう。秋葉原シンボルの一つである、ラジオ会館――通称ラジ館がいつまでたっても見えて来ないのだ。

 周りの景色を見ても、大分近づいてきているのに見えるものはただのビルだけなのである。

 この辺りまで来ると、普段はもう見えているはずである。

「!?」


 何かに気付いたようにつくしさんは目を見張る。いつも無表情なつくしさんにしては珍しく目を大きく見開いている。


「どうしたのですか?」


 そうつくしさんに質問しながらその目が向かっている方向に目を向ける。


「ど、どうしたのですか?特に何も――!?」


 それを見た瞬間、まるで時間が止まったかのようでした。

 次の瞬間、車のドアを開け放ち、勢いよく外に飛びだした。


「お、お嬢様!」


 後ろでつくしさんの声が聞こえるけれど、それでも私は目もくれず走り出した。

 走っている間にも常に最悪の状況、さっきみた状況が頭に浮かんでくる。

 それを考えたくなくて――それを認めたくなくて。

 ただひたすらに走る。

走る。

走る。

 向かっている方向は秋葉原。さっきよりも近くなったとはいえ、走るのならばそれなりの距離がある。

 しかし、息が上がっても、足がつりそうになっても決して足を止める事はない。

  道行く人が、何事かとこちらを向いてくるし、通行人にぶつかったりもしているが、始めからそんなものはなかったのだとばかりに、ただひたすらに走り続けた。

 それは止まる事を知らない動物のようであったが、その様子とはまったくの不釣り合いな、美しい妖精のような姿でもあった。



「はぁ…はぁ…」


 秋葉原まで後は、最後の曲がり角を曲がるだけのところに来て。立ち止まって息を整える。

 決してこれ以上走れないわけではない。でも準備が必要だった――心の準備が。


(さっきのは見間違いです……大丈夫) そう心に言い聞かせる。



 どれだけの間、そうしていたのだろうか。数分かもしれないし、あるいは数時間たっているのかもしれない。(といっても、つくしさんが来ていないため数分だろうが)

 ようやく心を落ち着いてきた。

 そして、再度深呼吸をして最後の曲がり角を抜けて一目散に走り出した。

 秋葉原へと続く最後の橋を渡り切った。

 今ここで、ようやく秋葉原の町に到着した――はずだった。


「――――え?」


 何?

 どういう事?

 何が起きているの?

 なぜ?

 どうして?

 一体何が?

 どうなっているの?


 呆然となる。

 いつの間にか地面にへたりこんでいたようだ。

 思考が纏まらない。様々な考えが浮かんでは消えていく。

 目の前にあるのは秋葉原のはず。道は間違えていない。間違えるはずもない。何十、何百とこの道を通って来ているのだから。

 間違っていない。

 ここは秋葉原だ。

 嘘だと信じたい。

 なのに。



 なのに。




 眼前に広がる光景は紛れもない現実で。

 そこには――――










 


 秋葉原の町が消えていた。










◇◆◇◆◇◆◇

 次回で長かった過去編も終わりです(多分)

 できるだけ早く投稿できるようにしたいと思います。

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