過去編2
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「……よし」
カバンに荷物を詰め込み、その中身を確認する。
今日は日曜日。世の中の平々凡々な学生諸君は月曜日から続く憂鬱な学校生活の合間にある、待ちに待った唯一の休日である。ゆとり世代と呼ばれている人達は土曜日までもが休みだったらしいが、ゆとり教育を導入したことによる学力低下を嘆いた政府のお偉いさん方が急遽(実際はそうでもないが)ゆとり教育を廃止し、また土曜日の授業を復活させたのだ。ま、詳しくは知らないですが、一つ言えるとしたら、とりあえず土曜日も休みで羨ましいという事ですね。
……話しがそれてしまったので話しを戻します。えーと……何処まで話しましたっけ?あぁ、日曜日の話でしたね。結局、言いたい事は、いくらお嬢様学校とはいえ、日曜日まで流石に学校という事はない。他の学校と同じく休日という事だ。
そして、時刻は午前8時ジャスト。休日の午前8時という事だ。休日なのに、午前8時とは普段の平日に学校へ登校するために起床している時間よりは、些か遅い気がするが普通の一般人よりもかなり起床が早い気がする。普通の一般人は基本的に仕事のない休日はダラダラゴロゴロ過ごしていると良く聞く。たまの休みだ、とか寝貯めする、などと言う言い訳をしている人もいるが、結局はただ寝たいだけなのだろう。
ちなみに寝貯めをすると、良く言う人がいるけれど、実際、睡眠というものは一日7~8時間の睡眠を取る事が理想的らしい。そして、これは毎日取る必要があるため、他の日に寝貯めと称してたくさん寝たとしても意味はないそうである。
といってもいづみ様は睡眠不足というわけではなく、しっかりとした睡眠は取っていますが。
「うん、調度いい時間帯だね」
そうこうしている間に荷物の整理が終わって、外行きの服装に着替えている。
部屋から外に出ると、家で働いているメイドさんが声を掛けてくる。
「お出かけですか?車を出しましょうか?」
学校へ行く時も基本的に車で送迎をしているため、至極当然の質問だった。
「いえ、大丈夫です。今日は、私用で外出するので、あまり迷惑を掛ける訳には行きません」
「そんなこと、私どもは気にしませんけれど……」
「それに今日は、本当に良い天気ですので、少し自分で歩いて見たいのです」
そういって窓の方に視線を向ける。そこには窓際の大きな木の間から入って来る木漏れ日があり、その先には雲一つない青々とした空が一面に広がっていた。まさに、晴天といったところだ。
「確かに良い天気ですね。わかりました、そういう事なら。ですが、気をつけて下さい。最近、不審者が多いと聞きますので」
そう言って、渋々という感じで了承し、最低限の注意事項を述べていく。といってもほんの些細なことだが。
「では、行って来ます」
「はい、お気をつけて」
そして、一言二言会話をして、家を出ていく。その表情は 何処か楽しそうなものでした。
見渡す限りのビル、絶え間なく流れて行く人混み、三車線道路をひっきりなしに走って行く車の数々。さっきとは打って変わった都会の風景。ここは地元の駅から電車で一時間ほど乗って到着した東京の某都市である。
「何度来てもすごいところですね…」
そう呟いて辺りをキョロキョロする。
地元は元々、お世辞にも都会とはいえない。高層ビル群などは皆無だし、道路だって一車線が精々である。それにどちらかといえば、ビルよりも畑や田んぼといったものがあるほうが似合っている。つまり田舎なのだ。そのため、周りをキョロキョロしたり、高層ビルを見上げたりと田舎丸出しの仕草をしてしまうのも仕方ないだろう。
「あ…こんなことしている場合じゃなかった。早く行かないと」
駅から出て数分、待ち合わせ場所の喫茶店に程なくして到着した。集合時間よりも15分ほど早く着いてしまった。
「ちょっと早く着きすぎたかな…」
そう思いながら喫茶店の中に入って行く。
「いらっしゃいませー」
店内に入ると、店員と思われる人がそう言ってきた。
店内はあまり大きくはないが、煉瓦作りの壁が落ち着いた雰囲気を出している。マイナーな店だが、そこそこ席も埋まっており、常連客のような者もいるようだ。コーヒーを飲んでゆっくりしている。そういう私もここのシックな雰囲気に惹かれてすっかり常連客である。
「お~い、こっちこっち!」
「あっ!」
早く着いたので、席についてコーヒーでも頼んだ待っていようかと考えていたところ、こちらを呼ぶ声が聞こえたので、そちらの方に小走りになって向かう。
「こんにちは、早く着きすぎたかなと思っていたのだけれど、待たせてしまったみたいですね」
「ううん、私も今来たところだから問題ないよ」
そういって笑顔で返してくる。何か恋人同士の会話見たいだなと思った。
「えへへ、何か恋人同士見たいだね」
どうやら同じ事を思っていた見たいだ。ちょっと嬉しいと思ったのは秘密だ。
「今日は、何を持って来たのですか?」
コーヒーを注目して、さっそく本題に入る。
「ふ、ふ、ふ。それは向こうに着くまでのお楽しみって事で。そういうそっちは何を持って来たの?」
「ふふ、ではこちらも向こうに着いてからのお楽しみという事で」
「なんだとー、生意気だぞー」
「そっちが言わないからですよ!」
「……ふふ」
「……はは」
「「あはは(ふふふ)」」
ひとしきり笑いあって、店員が持ってきてくれたコーヒーを飲みながらしばらくは他愛のない話しで盛り上がる。
「…よし、それじゃあ、行きますか!」
そういって力強く席を立つ。
「そうですね!行きましょう!」
こちらも負けずと力強く立ち上がる。
そして、力強くこう言うのだ。
「「私たちの戦場へ!!」」
ところ変わって、ここはオタクの聖地、秋葉原。数年前までオタクという存在はただそれだけで毛嫌いされている存在だった。電車男というものが現れて以来、オタクという人達の内面の優しさなどが世間に伝わり、以前よりも風当たりは良くなってきた。とは言っても、まだまだ嫌悪感を出す人が多いのも事実ですが。
そのため隠している人も多いけれど(私の場合はまた別の理由だけれど)、秋葉原においてそれを隠す必要はない。つまりやりたい事が何でも出来る、夢の町なのだ。
「レイジングハート!」
「バルディッシュ!」
町中でこういったことも出来るのだ。
「よく似合ってるじゃん、なのは」
「そちらもフェイスのコス、お似合いですよ」
コスとは通常コスプレの略だ。この二人はコスプレをする人、つまりコスプレイヤー仲間なのだ。
駅で着替えた後に待ち合わせて、お互いのコスプレを披露している。
二人が着ているのは魔法少女リリカルなのはというアニメ作品のメインキャラクターのコスプレだ。
なのはと呼ばれていた方は、白をメインにした魔法少女の戦闘を忠実になぞっている。髪型もツーサイドで、ご丁寧にレイジングハートといわれる杖も持っている。
髪型もツーサイドで、ご丁寧にレイジングハートといわれる杖も持っている。
かたや、フェイトと呼ばれている方は、長い金髪のかつらを被り、その髪をツインテールにしている。服も黒をベースにした物になっており、こちらもまたバルディッシュと呼ばれていた杖を持っている。
これだけでもかなり手間暇とコストがかかっていることが分かるが、それだけではなく、このコスは非常に原作キャラクターにそっくりなのだ。
ひとしきりお互いのコスを見せ合って、評価しあうといよいよ町に繰り出すわけだ。これが秋葉原に来た時の彼女達の日課になっている。
「さて、今日は何処から行こうか」
秋葉原という町は一歩外に出れば、普段とは全くの別世界だ。
右に左に首を回すと普段の日常では見たこともないような建物がたくさんある。
少し見回しただけでも、とらのあなにソフマップ、ラジオ会館、通称ラジ館がある。
「あれ、ラジ館に何か刺さってる…」
「あ、あれか。あれは人工衛星?何だか忘れちゃったけど、シュタインズゲートっていうアニメを再現したみたいだよ」
「へぇ、シュタインズゲートか…確かに面白かったですね」
「だよねー」
こんな風に人工衛星が刺さっているなんて、非日常的な光景もあっさり現実に変えてしまう事が出来るのが、秋葉原という町だ。フゥーハッハッハ!
「これに乗って次はオカリンのコスでもしよっかな」
次のコスの内容はどうやらもう決まったようだ。
「それじゃ私はダルにしようかな?」
「www」
「もう、ひどいですよ」
「フヒヒwwサーセンwww」
「いらっしゃいませー、どうぞお越しくださーい」
そんな話しをしていると、どこからかそんな声が聞こえて来る。そちらの方を向くとメイドさんがチラシを配っている。
どうやら近くに新しくメイド喫茶がオープンして、その宣伝をしているようだ。
「あ、オープン記念で安くなってるみたいだ!ねぇねぇ、行ってみない?」
「うん、そうだね。行ってみようか」
「すみません、写真撮らせてもらってもいいですか?」
「はいはーい」
メイド喫茶に向かおうとしたところ、カメラを持った二人組に声をかけられる。
コスプレをしていると、たまにこのように写真を撮ろうとしてくる人がいる。
たいていのレイヤーもこういった事を楽しみにしている人達もいる。
そして、この二人はこの世界では知る人ぞ知るって感じのある種の有名人である。
「あ、私もいいですか」
「あ、僕もー」
このように一人が撮り出すと、次から次へと人がやって来て、ちょっとした人だかりが出来てしまうのだ。
「は~い、順番順番」
こうやって人だかりをまとめて、安全に撮れるようにするのもコスプレイヤーの仕事である。
最初の撮影が始まって数十分。やっと撮影が終わり、人だかり減って来たので、改めて二人はメイド喫茶に向かって歩いて行く。
こうして二人の秋葉原の町散策が始まった。
「あー、楽しかった」
時刻は18時。太陽が沈み始め、空が真っ赤になり始める。見事な夕暮れだ。
二人ともすでに着替えを終わらせ、最初の私服に戻っている。
あれから色々なグッズや同人誌やゲームなどを買って、両手いっぱいに袋を持っている。
二人とも満足そうにほくほくとした顔だ。
「さてと…そろそろ帰りますか」
「はい、でも何だか名残惜しいですね」
顔をうつ向けて、少し寂しそうな声でため息をつく。
「確かにそうだね。けど……」
「けど?」
「これが最後ってわけじゃないだろ?また今度一緒に来ればいいさ」
寂しさを吹き飛ばすように、笑顔で答える。
「そうですね、そうですよね!」
「そうそう!次はシュタゲのコスって決まった事だし、しっかり頼むよ、いづみ君」
「分かってますよ。そっちこそ、中途半端な物を持って来たら承知しませんよ!」
いつの間にか寂しさは消えて、次に来る時の事を考えて笑顔になっている。
「んじゃ、今日はシュタゲで締めようか。次に会うその時まで」
「その時まで」
「エル」
「プサイ」
「「コングルゥ」」
シュタゲ風、別れの挨拶をすませ駅のホームで別々の道を歩いて行く。
これが日常。
学校では見せる事のなかったもう一つの日常。
二つは全く違うけれども、彼女にとってこの二つはどちらも自分であり、自分を構成するためには必要不可欠な大事な物だ。
捨てる事の出来ない大切な物。人からみたらちんけな物かもしれない。それでも出会ってしまった大切な物やそれに連なる大切な人達。
その人達との日常が崩れ去ろうとしているなんて、気付かなかった。
だって仕方がない事だろう。崩壊とは前触れもなく起こる物だ。
この時まで――自体がどうしようもなく、取り返しのつかない事になるまで気付く事がない程、秘密裏に事態は進んでいたのだから―――
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気付いたらPV10000を突破してました!
こんな小説を読んで下さって非常に嬉しく思います!
出来るだけ早く更新できるように頑張ります。
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