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私の胃癌の診断書は、家族の食卓の最高のおかずになった

作者: 熾星
掲載日:2026/08/04



 私は、二十年以上前に行方不明になり、桐生家が大々的に連れ戻した実の娘だ。


 けれど、彼らが突然私を捜し出した理由が、恋しさでも、遅すぎた父性愛や母性愛でもないことは分かっていた。


 長年病気を患っている妹が造血幹細胞移植を必要としており、血のつながった私が、最後に残されたドナー候補だったからだ。


 今日は、白崎中央総合医療センターへHLA適合検査の結果を聞きに行く日だった。


 朗報――私のHLA型は妹と適合せず、血縁ドナーにはなれなかった。


 悲報――追加の精密検査で、転移を伴う進行胃がんが見つかった。


 医師から告げられた余命は、およそ三か月だった。





 検査結果を受け取った時、診察室にいたのは私と真壁先生だけだった。


 造血幹細胞移植のドナー適合検査を受けた際、重度の貧血と腫瘍マーカーの異常が見つかった。そこで胃内視鏡検査や生検、画像検査を追加で受け、今日はそのすべての結果を聞くことになっていた。


 真壁先生は、桐生家が長年世話になっている顧問医だ。いつもより穏やかな声で話していたが、その目には私を不安にさせるほどの重苦しさが浮かんでいた。


「桐生さん、今日はお一人ですか」


 膝の上に置いたバッグを握り締め、なぜか恥ずかしさを覚えた。


「父と母は今夜、桐生財団のチャリティー・レセプションに出席する予定なんです。検査結果を聞くだけで迷惑をかけたくなかったので、一人で来ました」


 わざと軽く笑ってみせた。


「すぐに手術をするわけでもありませんから」


 真壁先生は笑わなかった。机の上の検査報告書へ目を落とし、しばらく迷った末に尋ねた。


「彰人さんへ連絡してみますか」


「それとも、ご家族やご友人で、来てもらえる方はいませんか」


 彰人とは、私の実の兄である桐生彰人のことだ。


 私には親しい友人もいたが、残酷な診断を聞かせるためだけに、今すぐ病院へ呼び出す勇気はなかった。真壁先生の視線に耐え切れず、私は携帯電話を取り出し、彰人へ電話をかけた。


 呼び出し音は長く続いた。


 ようやく電話がつながると、向こうからシャンパンを開ける音と、若い女性たちの笑い声が聞こえた。私の電話が大切な時間を邪魔したとでも言うように、彰人の苛立った声が受話口から響いた。


「今度は何だ。用があるなら早く言え」


 真壁先生をちらりと見て、できるだけ明るい声を作った。


「お兄さん、私、今病院で検査結果を聞いているの。時間があったら、少し来てもらえない?」


 電話の向こうが、一瞬だけ静かになった。


 すぐに彰人の冷笑が聞こえた。


「その呼び方はやめろと、何度言えば分かるんだ」


「父さんたちがお前を連れ戻したからって、俺はお前を妹だと認めた覚えはない」


 うつむき、携帯電話を握る指に力を込めた。


「それに、結果ならもう出たんだろ。お前のHLA型は美緒と適合しなかった。移植に使えない人間のために、俺が病院へ行って何をするんだ」


「美緒の検査結果じゃないの」


 声が小さくなる。


「私自身の精密検査で……」


 最後まで言い終わらないうちに、電話は切れた。


 切断される直前、彰人の嘲るような声が聞こえた。


「お前自身の検査なら、俺に何の関係がある?」


「自分が俺の何だと思っているんだ。少しは身の程をわきまえろ」





 携帯電話を握ったまま長い時間座り込み、ようやく顔を上げた。真壁先生に向かって、無理に笑みを作る。


「彰人にも、時間がないみたいです」


「私の状態を、そのまま話してください」


 診察室には私たちしかいない。いくら携帯電話を耳へ押しつけても、彰人の声を完全に隠せるはずがなかった。


 真壁先生は、もう誰かを呼ぶよう勧めなかった。検査報告書を私の方へ向け、病理診断の欄へ指を置いた。


「桐生さん、精密検査で悪性腫瘍が見つかりました」


「胃がんです」


 私は先生を見つめたまま、すぐにはその言葉の意味を理解できなかった。


 真壁先生は、がんが腹膜と肝臓へ転移しており、根治手術はできないと説明した。治療を受けたとしても、症状を緩和し、わずかに時間を延ばせる可能性があるだけだった。


「現在の状態から判断すると、余命は三か月前後と考えられます」


 病院を出ても、足元がふわふわと浮いているようだった。


 手にした検査報告書は軽いのに、そこには私に残された時間がはっきりと記されているように思えた。


 三か月。


 およそ九十日。


 病院の玄関前に立ち、出入りする患者や家族を眺めていると、どこへ行けばいいのか分からなくなった。


 本来なら、家へ帰るべきなのだろう。


 けれど、私の家はどこにあるのだろう。


 白崎市御影台に建つ、広い庭と数十もの部屋を持つ桐生邸だろうか。


 一年前まで、あの場所は私の人生と何の関係もなかった。





 それまでの人生で、私は自分を親のいない子どもだと思っていた。


 一歳を少し過ぎた頃、隣県の児童相談所近くで保護されたという。そばにはわずかなベビー用品しかなく、身元を確認できる物も、私を捜す家族からの届け出もなかった。


 その後、私は白崎市にある児童養護施設「向陽園」へ送られた。


 佐伯和子先生が、私に「遥」という名前をくれた。


 どこから歩き始めても、遠くまで進んでいけるように。自分が望む場所へ、自由に行けるように。


 そんな願いを込めた名前だと、和子先生は教えてくれた。


 施設の子どもたちは、少しずつ里親家庭へ迎えられていった。けれど私は、里親候補の人が来るたびに隠れ、ずっと向陽園へ残った。


 和子先生とも、一緒に育った仲間たちとも離れたくなかったからだ。


 向陽園は裕福ではなかったが、いつも温かかった。湯気の立つ食事があり、日に干した布団の匂いがあり、廊下には子どもたちの走り回る足音が響いていた。


 何より、そこには和子先生がいた。


 幼い頃、もし自分に母親がいるなら、きっと和子先生のような人だろうと思っていた。


 やがて私は、和子先生と給付型奨学金の助けを受けて大学へ進学した。


 成績はよく、学費の全額免除を受け、大学院への推薦入学も決まっていた。ようやく大人になり、自分を育ててくれた人たちへ恩返しができると思っていた。


 その時、桐生家が現れた。


 その日、私は和子先生と一緒に、入所したばかりの子どもたちの世話をしていた。


 何台もの黒い車が門の前に止まり、身なりの整った夫婦が、弁護士や秘書、報道関係者を連れて入ってきた。


 彼らは、私が二十年以上前に行方不明になった桐生家の長女だと言った。


 当時の児童保護記録とDNA鑑定によって、ようやく身元が確認されたのだという。出生時に戸籍へ届け出られていた名前は「桐生春香」だったが、失踪後、私の戸籍は長い間整理されないままになっていた。


 実の父親である桐生隆臣は、私を抱き締めて泣いた。母親の桐生香織も、私の手を強く握り締めた。


 二人のことを何一つ覚えていなかったのに、泣いている姿を見ると、私まで涙があふれた。


 これが血のつながりなのだと思った。


 二人は、当時の桐生家は起業したばかりで生活が苦しく、幼い子どもを二人抱えていたと話した。外出中に私が行方不明となり、懸命に捜したものの見つけられなかったのだという。


 今度こそ、失われた二十年以上を必ず埋め合わせると約束した。


 感謝の証しとして、桐生家は向陽園へ一億円を寄付し、長期的な進学支援制度も設立した。


 和子先生も泣いていた。


 私が家族を見つけ、もう親のいない子どもではなくなったと、心から喜んでくれたのだ。


 桐生家は盛大な記者会見を開いた。テレビ局は私たちの再会を何度も放送し、報道各社は、娘を捜し続けた桐生夫妻の愛情と、児童福祉への多額の寄付を称賛した。


 誰もが、二十年以上遅れて訪れた幸福な結末だと言った。


 けれど実際に桐生家へ入ってみると、彼らは私を愛していないようだった。





 兄の桐生彰人は、初対面の時から、私への拒絶を隠そうともしなかった。


 機嫌が悪い日は、服装や振る舞いを嘲笑し、戸籍が戻ったからといって本物の令嬢になったつもりになるなと忠告した。


 父も母も、彰人を止めなかった。


 家の中で会えば、二人は礼儀正しく接してくれた。怒鳴られることもなかったが、親しげに話しかけられることもなく、長期滞在する客を相手にしているようだった。


 桐生家は私に、利用限度額百万円の家族カードと、衣服や宝飾品、専属の運転手まで与えた。それでも、今日は何をして過ごしたのかと尋ねられたことは、一度もなかった。


 彼らが私を愛していないことは分かっていた。


 児童養護施設で育ったからこそ、私は愛がどのようなものか知っている。


 和子先生は、子どもたち一人一人の好物を覚えていた。朝倉湊は、私が病気になると、自分が食べたかったプリンを枕元へ置いてくれた。


 注射が怖いくせに、私の前では平気な顔をして、ずっと病室にいてくれた。


 桐生家の人々が私を見る目には、何もなかった。


 最初は、企業イメージを良くするために私を連れ戻したのだと思っていた。


 後になって知ったことだが、一年前、美緒の病状はすでに悪化し始めていた。


 担当医から、将来的に血縁ドナーによる造血幹細胞移植が必要になる可能性を告げられたため、桐生家は過去の児童保護記録を調べ、私を見つけたのだ。


 ただし、その時点では別の治療が続けられていた。


 医師が移植以外に方法はないと正式に判断したのは、一か月前だった。


 その時になって、私は初めて妹の存在を知らされた。


 名前は桐生美緒。


 幼い頃から重症再生不良性貧血を患い、海外と専門病院を行き来しながら治療を受けていた。ほとんど日本にいなかったため、私が桐生家へ戻ってから一年間、一度も顔を合わせたことがなかった。


 一か月前、父と母は一通の書類を私の前へ置いた。


「美緒の病状が悪化した。造血幹細胞移植が必要になった」


「私たちも彰人もHLA型が適合しなかった。検査を受け、適合した場合は妹を救ってほしい」


 検査書類と一緒に差し出されたのは、榊原怜司という男性の資料だった。


 榊原家は白崎市でも有力な一族だが、次男である怜司の評判はよくない。酒癖が悪く、喧嘩を繰り返し、傷害事件や飲酒運転で何度か警察沙汰になっていた。


 父は企業買収について話す時のような、感情のない声で言った。


「検査を受けるなら、結果にかかわらず、榊原家との縁談を進める」


「榊原家へ嫁げば、今後の生活に困ることはない」


 その日、私は二つのことを理解した。


 桐生家が私を捜し出したのは、美緒の予備のドナーにするためだった。


 そして検査へ同意させる報酬として、結婚相手まで用意した。


 彼らは、私が断るはずのない取引だと思っていた。





 気づいた時には、向陽園へ向かう車に乗っていた。


 桐生家からの寄付で、施設の環境は確かに改善されていた。壁は塗り直され、古かった厨房設備も新しくなり、和子先生が毎日のように支援者を探し回る必要もなくなっていた。


 私の姿を見つけた子どもたちが、一斉に駆け寄ってきた。


 プレイルームのおもちゃを片づけていた和子先生も、驚いた顔をした後、笑顔で小走りに近づき、私を抱き締めた。


「来るなら電話くらいしなさいよ。疲れていない? 夕飯は何が食べたい?」


 慣れ親しんだ洗濯石けんの匂いに、鼻の奥がつんとした。


「和子先生が作ってくれるものなら、何でも食べたいです」


 和子先生は嬉しそうに厨房へ向かい、私は子どもたちと過ごした。


 子どもたちは桐生家の生活に興味津々だった。


 屋敷はどれくらい大きいのか、毎日パーティーのような食事が出るのか、両親や兄は私を大切にしているのかと、次々に尋ねてくる。


 話せるような出来事など、何もなかった。


 彰人とは、一か月に一度会話があれば多い方だった。父と母とは毎日同じ家にいても、廊下ですれ違った時に軽く会釈を交わすだけだった。


 子どもたちの夢を壊したくなくて、童話に出てくる愛される姫の暮らしを思い出し、それを自分の話のように語った。


 子どもたちは目を輝かせた。


 私の口の中には、苦い味が広がっていた。


「ご飯ができたわよ」


 厨房から顔を出した和子先生が続ける。


「遥、湊も来ているよ」


 思わず動きを止めた。


 すぐに、朝倉湊がプレイルームへ入ってきた。


 以前より少し痩せたように見えたが、笑顔は変わっていなかった。幼い頃から、彼は向陽園で一番明るく、温かい存在だった。


「着いたら、和子先生から遥が来ているって聞いた」


「元気だった? ずいぶん久しぶりだな」


 湊は笑顔で私を見た。


 昔のように「会いたかった」と言ってくれるのではないかと、一瞬だけ期待した。


 けれど、その言葉はなかった。


 桐生家が私と榊原家との縁談を進めていると、彼も知っていた。


 夕食の席では、和子先生と湊が何度も私の皿へ料理を取り分けてくれた。


 食卓に並んでいるのは、すべて私の好きなものだった。高級な食材ではないのに、その味は久しぶりに心を温めてくれた。


 桐生家の食事は、一人ずつ料理が分けられている。


 長いテーブルの一方には父と母、彰人が座り、私は反対側に一人で座っていた。彼らは会社や美緒の病状について語り、時には楽しそうに笑っていた。


 私は、他人の家庭へ迷い込んだ部外者のように、彼らの生活から切り離されていた。


 和子先生が、私の顔をじっと見つめた。


「遥、少し痩せたんじゃない?」


「桐生家で食事制限でもさせられているの? もともと痩せているんだから、しっかり食べなさい」


 少し間を置いて、心配そうに尋ねる。


「桐生家の人たちは、あなたに優しくしてくれている?」


 すぐに自分で笑った。


「何を聞いているのかしら。あれだけ大騒ぎして捜し出した娘だもの。大切にしてくれているに決まっているわね」


 私はうつむいたまま食事を続け、答えなかった。


 湊も多くを語らなかった。


 ただ静かに私を見つめる瞳には、隠し切れない悲しみがあった。





 夕食を終える頃には、すっかり日が暮れていた。


 和子先生は窓の外を眺め、心配そうに言った。


「もうこんな時間なのに、桐生家から迎えは来ないの?」


「一度、電話してみたら?」


 慌てて首を横に振った。


「今夜は財団の行事がありますから、運転手に迷惑をかけたくありません。自分で帰れます」


 湊が上着を手にして立ち上がった。


「俺が送る」


 湊が一緒なら安心だと、和子先生もようやく納得した。


 たくさんの食べ物を持たせ、私たちをタクシーまで見送ってくれた。


 車がしばらく走ってから、湊が口を開いた。


「桐生家で、つらい思いをしているんじゃないのか」


 流れていく街灯を眺めながら、私は驚かなかった。


 愛してくれる人は、隠したはずの弱さを簡単に見つけてしまう。


「遥、幸せじゃないなら、戻ってこいよ」


「桐生家のような暮らしはさせてやれない。でも俺は、絶対に……」


「いいの」


 言葉を遮った。


「私、幸せに暮らしているから」


 湊は黙り込んだ。


 窓の外の明かりが横顔を照らし、その目に浮かんだ傷ついた色が見えた。


 自分の余命を知らなければ、最後まで話を聞いていたかもしれない。差し伸べられた手を、つかんでいたかもしれなかった。


 けれど、私はもうすぐ死ぬ。


 本当に大切にしてくれる人を、今さら巻き込むわけにはいかなかった。


 タクシーが桐生邸の前に止まり、外へ出て初めて、夜風の冷たさに気づいた。


 湊へ手を振り、車を出してもらおうとした時、黒いリムジンが屋敷の前に止まった。


 父と母、彰人が、一人の若い女性を囲むようにして降りてくる。


 彼らの顔には、私が一度も向けられたことのない優しい笑みが浮かんでいた。


 彰人が道端に立つ私を見つけた瞬間、その温かな表情は消えた。


 残ったのは、嫌悪と冷たさだけだった。





 背後で車のドアが閉まる音がした。


 湊は帰らず、私の隣へ来て、自分の上着を肩に掛けてくれた。


 冷たい風にさらされ、私の顔は青白くなっていた。


 桐生家の人々も気づいていたはずだが、心配する様子はなかった。


 ここで歓迎されないと分かっていながら、車を降りてくれたのは湊だけだった。


「また向陽園へ行っていたのか」


 父の桐生隆臣が、冷たい顔で近づいてきた。


「今のお前は桐生家の長女だ。いつまでも、あのような場所へ通うのはやめなさい」


「桐生家はすでに十分な寄付をしている。何度も出入りする姿を記者に撮られれば、私たちがお前を冷遇していると思われるだろう」


 母の桐生香織は、美緒の腕を取って歩いてきた。


 私の顔色を見ても、何も目に入っていないかのように、淡々と言った。


「美緒は帰国したばかりなの。身体に障るから、長く外に立たせないで」


「あなたも早く入りなさい」


 そう言って、私の横を通り過ぎた。


 高価で濃厚な香水の匂いがした。


 かつて私が想像した、母親の匂いではなかった。


 彰人は、美緒を守るように隣を歩いていた。


 湊の上着が私の肩に掛かっているのを見ると、嘲るように鼻を鳴らした。


 美緒は写真で見るよりもきれいだった。ただ、顔色が悪く、華奢な身体には長い闘病の跡がにじんでいた。


 屋敷へ入ろうとしながら、何度も私を振り返っている。


 思わず緊張した。


 家族全員から大切にされて育った彼女は、私をどう見るのだろう。


 自分のためのドナー候補。


 突然現れた姉。


 それとも、両親や兄の愛情を奪うかもしれない存在だろうか。


 美緒が彰人へ何かを言った。


 彰人は意味ありげに笑い、彼女の頭を軽くなでた。


「あの女は、お前が考えているほど単純じゃない」


「近づかない方がいい」


 美緒は反論しようとしたが、彰人たちに連れられて屋敷へ入っていった。


 四人は、親密な家族そのものに見えた。


 私は門の外に残り、湊の上着をきつく身体へ巻きつけた。


「遥……」


 湊が何か言おうとした。


 私は首を横に振り、笑ってみせた。


「送ってくれてありがとう」


「湊も、早く帰って休んで」


 逃げるように屋敷へ入った。


 リビングから、笑い声と、母親へ甘える若い女性の声が聞こえてきた。


 自分の居場所などないと分かっているのに、足は自然とそちらへ向かった。


「お母さん、ずっと会いたかった」


「もう海外へ戻りたくない。家にいたいよ」


 母が優しい声で答える。


「お母さんだって離れたくないわ」


「でも今回もドナーが見つからなかったでしょう。今度こそ、血縁ドナーが見つかると思っていたのに」


 美緒が尋ねた。


「あの人がお姉さん?」


「お父さんに、よく似ているね」


 彰人がすぐに否定した。


「何を言っているんだ。父さんに似ているのは美緒の方だ」


 私の足音に気づき、会話が止まった。


 母の笑顔が消え、丁寧でありながら他人行儀な目を向けられた。


「何か用?」


 バッグを強く握った。


 中には、進行胃がんと余命三か月を告げる検査報告書が入っていた。


 口を開こうとした瞬間、彰人が冷たく遮った。


「今日は美緒が帰ってきた日だ」


「場をしらけさせるようなことは言うな」


 目の前にいる四人を見つめると、胸の奥に何かが詰まった。


 美緒だけが、私の顔や身体を確かめるように見ていた。





 彰人は、私が今日病院へ行ったことを知っていた。


 美緒とのHLA型が適合しなかった話を蒸し返し、せっかくの再会を台なしにすると考えたのだろう。


 美緒がなぜあのような目を向けたのか、考える力は残っていなかった。


「何でもないの」


「美緒の帰国を、お祝いしようと思っただけ」


 彰人は冷笑した。


 美緒はソファから立ち上がり、私のそばへ駆け寄って手を握った。


「あなたがお姉さんなの?」


「海外にいる時から話を聞いていたの。ずっと会いたかった。やっと会えたね」


 明るい小鳥のようによく話し、その目に敵意はなかった。


 手は柔らかく、温かかった。


 桐生家へ戻って一年。


 初めて、血のつながった家族と手をつないだ。


 美緒は、想像していたような人ではなかった。


 彰人と同じように私を排除し、両親や兄を奪われるのではないかと警戒すると思っていた。


 けれど、そうではなかった。


 何度か言葉を交わしただけで、母が心配そうに美緒を引き寄せた。


「長時間の飛行機で疲れたでしょう。時差もあるんだから、立ったまま話していてはいけないわ」


「昨夜から、美緒の好きなスープを煮込んであるの。温かいうちに飲みましょう」


 美緒は申し訳なさそうに振り返った。


 その瞬間、桐生家が私を歓迎していないことを、これまで以上にはっきりと感じた。


 屋敷には暖房が効いていたのに、手足は冷え切っていた。


 ゆっくりと部屋へ戻る。


 自分が立ち去れば、また不機嫌にさせるのではないかと気にしていた。けれど階段まで来て振り返ると、誰一人、私がいなくなったことに気づいていなかった。


 明かりをつけず、暗い部屋に長い時間座っていた。


 やがて、扉が外から乱暴に開けられた。


「暗い部屋で何をしている。かわいそうな人間のふりか?」


「向陽園では明るくて元気だったらしいな。どうして桐生家へ来ると、死にかけた人間みたいな顔になるんだ」


 急に照明がつき、まぶしさに目を細めた。


 彰人が扉にもたれている。


 彼は煙草へ火をつけ、わざと私の方へ煙をあおいだ。


「今日、病院で何をしていた」


「精密検査の結果に、問題があったの」


 彰人は、予想が当たったとでも言うように笑った。


 ベッドへ近づき、白いシーツの上へ煙草の灰を落とす。


「今度はうつ病か?」


 顔を上げ、彰人を見た。


「私、もうすぐ死ぬの」


「胃がんだった。先生から、余命は三か月だと言われた」


 彰人は数秒間黙った。


 次の瞬間、大股で近づき、私の首を強くつかんだ。


 指が食い込み、息ができなくなる。


 頭が熱く膨らみ、視界が少しずつかすんでいった。


 それでも、彰人の表情は恐ろしいほど冷静だった。目に浮かんでいるのは、私への冷たい警告だけだった。


「血がつながっているとしても、お前は桐生家にとって何の価値もない」


「美緒を救える可能性があったから捜しただけだ。HLA型が適合しなかった今、お前に用はない。今度は余命の嘘をついて、同情を引こうとしているのか」


 首を締める指の力が強くなる。


「施設育ちのお前が、美緒へ近づくな。あいつは身体が弱く、人を疑うことも知らない。汚い考えで利用しようとするな」


「桐生家は美緒のものだ。父さんも母さんも、お前とは関係ない」


 ようやく手を離すと、汚い物に触れたかのように指を払った。


「料理を作って、弁当を届けて、手紙まで書いた。そんな小細工が役に立たないと分かって、今度は死ぬと言って脅すのか?」


 彰人は薄情な笑いを浮かべた。


「仮に本当だとしても、桐生家にとっては喜ばしい話だ」


「お前はもう、美緒を救えない」


「生きていようが死んでいようが、俺たちには関係ない」


 彰人はそれだけ言って、部屋を出ていった。


 床へ崩れ落ち、何度も空気を吸い込む。


 胃の中が焼けるように痛み、首にははっきりと指の跡が残っていた。声を押し殺そうとしたが、最後には小さな嗚咽が漏れた。


 廊下にいた使用人が物音に気づき、二階へ上がってきた母へ、様子を見に行った方がよいと勧めているようだった。


 母の声は、相変わらず美しかった。


「放っておきなさい」


「それより、明日は新鮮な魚介類を仕入れておいて。美緒の好物だから、私が料理するわ」


 足音が遠ざかっていく。


 暗闇の中で身体を丸め、痛みと悲しみに包まれたまま、いつの間にか意識を失った。





 濃い消毒液の匂いで目を覚ました。


 白崎中央総合医療センターの特別個室に寝かされていた。広く静かな部屋には、知っている人が誰もいなかった。


 身体を起こし、何とかナースコールを押す。


 間もなく真壁先生が来た。


「真壁先生、どうして私はここにいるんですか」


 先生はため息をついた。


「部屋で倒れているところを発見され、桐生社長が運転手に命じて、こちらへ搬送させたそうです」


 身体を起こしたまま、期待を隠せない声で尋ねた。


「父と母は?」


 真壁先生は一瞬黙った。


「運転手の方は、あなたを病院へ送り届けた後、帰られました」


「桐生社長たちには、何か予定があったのでしょう」


 ゆっくりと枕へ身体を戻した。


「そうですか」


「美緒が帰国したばかりですから、忙しいんでしょうね」


 真壁先生は、私の首元へ視線を向けた。


 そこには黒ずんだ痣が浮かんでいる。


「この痣も、倒れた時についたものですか」


 反射的に手で隠した。


「……たぶん、机の角にぶつけたんだと思います」


 先生は嘘を指摘しなかった。


 興奮を避け、決まった時間に食事を取り、処方する鎮痛薬や吐き気止めも指示どおり使うよう告げた。


「病気を治すことはできませんが、苦痛を和らげることはできます」


 静かにうなずいた。


 個室の設備は整っていた。


 栄養を考えた食事が運ばれ、医療スタッフが時間どおりに体温や血圧を測りに来た。


 それでも、幼い頃の入院を思い出した。


 高熱を出した夜、タクシーがつかまらず、和子先生は私を背負って、遠くの救急外来まで歩いてくれた。


 大部屋は騒がしく、薬と食べ物の匂いが混ざっていた。それでも、和子先生は毎日違う料理を作り、湊は自分が食べたかったプリンを枕元へ置いてくれた。


 病院が用意した美しい食事を見下ろすと、涙が何の前触れもなく器へ落ちた。


 向陽園を離れたことを、初めて後悔した。


 桐生家へ行ったことも、後悔した。


 私は一度も、彼らの財産が欲しかったわけではない。


 父親や母親がいるとは、どのような感覚なのか知りたかっただけだ。


 運命が桐生家と再会させたのは、失った愛情を補うためだと思っていた。最初は好かれていなくても、自分が努力すれば、いつか良いところを見つけ、家族として受け入れてくれると信じていた。


 HLA検査も、心から妹を助けたいと思って受けた。


 会ったことのない美緒の命を救えるなら、ドナーになっても構わなかった。


 泣き声は少しずつ大きくなり、最後には子どものように声を上げて泣いた。


 それでも、病室の外は静かなままだった。


 誰も扉を開けてくれなかった。



10



 退院の日、迎えに来たのは意外な人物だった。


 美緒は帽子とマスク、サングラスで顔を隠し、報道陣から逃げる芸能人のような格好をしていた。自分から声をかけてくれなければ、気づかなかっただろう。


「お姉さん、彰人の電話を偶然聞いたの。入院しているって知って、迎えに来たの」


 私は、この妹を本能的に警戒していた。


 桐生家の人々から、美緒へ近づくな、利用しようとするなと何度も言われていた。親切そうな態度の奥に彰人と同じ嫌悪が隠れているのではないかと怖かった。


 何より、また家族に傷つけられるのが怖かった。


 美緒は自然に私の荷物を受け取った。


「彰人は口が悪いだけだから、気にしないで」


「海外の医師も、まだ適合するドナーを探してくれているの。可能性はあると言われているから、私のことは心配しないでね」


 黙ってうなずいた後、どうしても気になっていたことを尋ねた。


「初めて会った時、私を変な目で見ていたでしょう」


「どうして?」


 美緒は少し驚き、やがて笑った。


「お姉さんから、私と同じ匂いがしたから」


 鼻を小さく動かす。


「病院の消毒液の匂い」


「お姉さんも、身体が悪いの?」


 私は答えなかった。


 美緒は少し迷いながら、話を続けた。


「私、ずっとお姉さんが欲しかったの」


「彰人は今でこそ優しい兄のふりをしているけれど、子どもの頃は意地悪だったんだよ」


「一緒に遊んだり、女の子同士の秘密を話したりできる姉がいたらいいのにって、何度も考えていた。本当にお姉さんがいると知った時、すごく嬉しかった」


 明るかった表情が、少し曇る。


「私は、お姉さんにドナーになってほしいと思ったことはないの」


「桐生家から離れた場所で、長い間苦労してきたでしょう。私のために、これ以上痛い思いをしてほしくない」


「だから、HLA型が適合しなかったと知って、正直ほっとしたの」


 美緒はまっすぐ私を見た。


「父と母の態度は、あまり気にしないで」


「私は長い間海外で治療を受けていて、ほとんど叔母が付き添ってくれたの。家族と過ごせない時間が長かったから、父たちは私に埋め合わせようとしているだけなのかもしれない」


 私の手を強く握った。


「お姉さん、私たちの人生はまだ長いよ」


「これから本当の家族になれる。お姉さんが失ったものも、少しずつ取り戻せるよ」


 もうすぐ私の人生が終わることを、伝えたくなった。


 それなのに、なぜか最後まで言えなかった。


 美緒の優しさは、皮肉に思えた。


 桐生隆臣と香織が、このように素直な娘を育てられるはずがないと、運命も分かっていたのかもしれない。実際、美緒のそばにいたのは、遠くに住む叔母や医療スタッフだった。


 私はようやく、自分に残された時間を桐生家へ費やす必要はないと気づいた。


 愛してくれない人から愛情を引き出そうと、一年以上も無駄にした。


 残りの三か月くらいは、自分へ返してもよいはずだった。


 屋敷へ戻っても、入院の理由や体調について尋ねる人はいなかった。


 美緒と一緒に帰った姿を見て、初めて家族は安心した表情を浮かべた。心配していたのは、美緒が一人で外出したことだけだったのだろう。


 以前の私なら、その違いに傷ついていた。


 今は、心が静かだった。


「榊原家との縁談をお断りします」


 父は眉をひそめた。


 私が自分から言い出すとは思わなかったようだ。


「まだ正式には発表されていません。断るなら今のうちです」


 桐生家に何も求めないと決めた瞬間、彼らを前にした時の卑屈さや、怯える気持ちも消えていた。


 彰人は、からかうように私を見た。


「よく考えろ」


「榊原家の話を断れば、この世界でお前と結婚しようとする男はいなくなるぞ」


 父も冷たい声で続けた。


「榊原怜司の評判がよくないことは知っている。それでも、お前の立場を考えれば十分すぎる相手だ」


 思わず自嘲的な笑みがこぼれた。


 怜司の酒癖や暴力沙汰、飲酒運転については、社交界の誰もが知っていた。


 そうでなければ、突然見つかったばかりで、令嬢としての教育も受けていない桐生家の長女を、榊原家が受け入れるはずもない。


 父は私の反応を探るように言った。


「この縁談を断ったからといって、もっと良い相手を用意してもらえると思うな」


「分かっています」


 父が母へ目を向けた。


 母は私が話し始めた時から、美緒の肩を抱いたまま、一度もこちらを見なかった。


「好きにしなさい」


 縁談は、それだけで終わった。


 桐生家の人々は、明らかにほっとしていた。


 私も向陽園へ戻る準備を始めようとした。


 けれど家を出る話をする前に、湊から電話が入った。


「遥、和子先生が倒れた!」



11



 病院へ駆けつけた時、和子先生はまだ救命処置を受けていた。


 検査で脳腫瘍が見つかり、できるだけ早く専門病院へ転院し、手術を受ける必要があるという。


 手術の成功率は高かったが、転院時の保証金や保険適用外となる精密ナビゲーション治療、その後のリハビリ費用に加え、和子先生が不在の間、向陽園へ臨時の管理責任者を置く費用も必要だった。


 最低でも三百万円かかる。


 湊はすでに自分の貯金をすべて出していた。


 それでも、必要な金額には遠く及ばなかった。


 私は、桐生家から渡されていた家族カードで、和子先生の転院保証金を支払おうとした。


 けれど受付の端末に表示されたのは、「利用不可」という文字だった。職員が確認してくれた結果、本会員からの申し出によって、家族カードの利用が停止されていると知らされた。


 榊原家との縁談を断った日、父は秘書へ命じて、私のカードを止めていたのだ。


 利用限度額が百万円あると言われていたそのカードは、最初から私のものではなかった。


 桐生家が、長女へ物質的な不自由をさせていないと外部へ示すための道具にすぎなかった。


 私は唇をかみ、桐生家へ戻った。


「三百万円だと?」


 父の声が大きくなった。


「桐生家を、自分の財布だとでも思っているのか」


 そばにいた美緒が口を開こうとすると、彰人が止めた。


「騙されるな。美緒は大切に守られて育ったから、人間を疑うことを知らない」


「外の環境で育った人間の中には、心まで腐っている者がいるんだ」


 桐生家へ戻った後、私は利用限度額百万円の家族カードを渡されていた。


 けれど、一度も使ったことはなかった。


 実の両親へ金を頼んだのも、これが初めてだった。


 和子先生の命が懸かっていなければ、二度とここへ戻らなかった。


 父は冷たい笑いを浮かべた。


「突然榊原家との縁談を断ったのは、分別がついたからではなかったようだな」


「最初から、ここで金を要求するつもりだったのか」


「彰人から、お前は信用できないと言われても信じなかった。だが、やはり普通の家庭で育った人間とは違うようだ」


 歯を食いしばった。


 私自身がどれほど侮辱されても、耐えることはできた。


 けれど向陽園や和子先生を侮辱されることだけは、我慢できなかった。


 勢いよく立ち上がる。


「向陽園がなければ、私はとっくに死んでいました」


「あそこで教わったのは、愛情と責任です。桐生家は、私に何を教えてくれましたか?」


「一歳の娘を児童相談所の近くへ置き去りにして、二十年以上捜しもしなかった。それ以外に、あなたたちは何をしたんですか?」


 父の顔色が変わった。


 私は止まらなかった。


「そんなあなたたちに、向陽園が私の心を汚したなんて言う資格がありますか?」


 頬へ激しい衝撃が走った。


 床へ倒れ、耳の奥で高い音が鳴る。


 私を平手打ちしたのは、母だった。


 最も触れられたくない傷を突かれたように顔を赤くし、その目には羞恥を隠すための怒りが浮かんでいた。


「恩知らず」


「桐生家から出ていきなさい」


「桐生家の財産は、一円たりともあなたのものではない。あなたに桐生の姓を名乗る資格などないわ!」



12



 母が怒鳴ると、使用人と警備員が呼ばれた。


 私は部屋へ戻って荷物を取ることさえ許されず、上着も携帯電話も財布も、バッグも置いたまま、屋敷の外へ追い出された。


 衣服のポケットには、病院から処方された一回分の鎮痛薬しか入っていなかった。


 外は激しい雨だった。


 傘も金もなく、道路を歩くしかなかった。用法どおりに鎮痛薬を飲んでも、胃の焼けるような痛みは治まらず、全身が震えた。


 ようやく病院の近くまでたどり着くと、湊が私を見つけた。


 一晩中和子先生に付き添い、ひどく疲れていたはずなのに、顔色を変えて駆け寄ってきた。


 ずぶ濡れの私を自分の部屋へ連れていき、浴室と着替えを貸してくれた。


 温かい湯を浴びた瞬間、張りつめていたものが切れた。


 湊の胸へ飛び込み、子どものように泣いた。


「湊、私、何の役にも立てなかった」


「お金を借りられなかった」


 湊は歯を食いしばり、私を強く抱き締めた。


「大丈夫だ、遥」


「必ず方法はある」


「向陽園を巣立った人たちは大勢いる。みんな和子先生への恩を忘れていない。連絡して、一緒に金を集めよう」


「和子先生は絶対に助かる」


 長い時間、湊の腕の中で泣いた。


 和子先生のために。


 そして、自分自身のために。


 大学時代のアルバイトで貯めた金をすべて引き出した。


 湊は向陽園を巣立った人たちへ連絡し、私たちは公益団体にも緊急支援を申請した。


 誰もが、和子先生のために時間をつなごうとしてくれた。


 桐生家から追い出されて四日後、口座へ三百万円が振り込まれた。


 振込人は、桐生美緒だった。


 すぐに電話がかかってきた。


「お姉さん、お金は届いた?」


「このことは父たちに言わないでね」


「帰国したから新しい車を買いなさいって、少し前にお金をもらったの。でも私は今、車なんて必要ない。和子先生の治療に使って」


「足りなかったら、必ず教えてね」


 携帯電話を握ったまま、声も出せないほど泣いた。


 桐生家の金など受け取りたくないと言いたかった。


 けれど、和子先生はまだ集中治療室にいる。


 自分のつまらない誇りのために、助かる機会を拒む資格など私にはなかった。


 美緒の金で、和子先生は無事に専門病院へ転院し、手術も成功した。


 私と湊は、交代で付き添った。


 数日後、私の身体が限界を迎え、和子先生の病床のそばで倒れた。


 目を覚ますと、湊が隣に座っていた。


 別人のように痩せ、両目は赤く充血していた。手には、私の検査報告書が握られている。


「遥、いつ分かったんだ」


 信じられないというように、歯を食いしばってもう一度尋ねる。


「胃がんだと、いつ知った?」



13



「半月くらい前」


 笑ってみせると、心はむしろ軽くなった。


「本当のことを知ったのは、湊が最初だよ」


 湊は私の笑みに反応しなかった。


 強く目を閉じ、長い沈黙の後に言った。


「別の病院へ行こう」


「東京でも、海外でもいい。ほかの医師を探そう」


 窓の外には、雨上がりの青空が広がっていた。


「もう行かない」


「意味がないから」


 真壁先生は、桐生家が頼れる中でも優秀な医師だった。私の身体は、強い治療に耐えられる状態ではなく、病院を回り続ければ、残された時間がすべて診察室で終わってしまう。


「もっと大切なことがあるの」


 わざといたずらっぽく瞬きをした。


「和子先生が元気になるまで待たなきゃいけないし、向陽園のことも手伝いたい」


「いろいろな病院へ行っている時間なんてないよ」


 湊の唇が動く。


 何かを言われる前に、続けた。


「私はもう、一年以上も無駄にした」


「残された時間まで、意味のないことに使いたくないの」


 湊は、それ以上無理強いしなかった。


 以前より口数が少なくなり、その分、私を大切にしてくれた。


 桐生家が現れる前から、私たちの間には言葉にできない感情があった。


 今さら口にする必要もなかった。


 私には分かっている。


 湊にも分かっていた。


 少し身体が回復してから、桐生家を追い出された夜の写真が、週刊誌に掲載されていたと知った。


 御影台の屋敷周辺で取材を続けていた記者が、豪雨の中を一人で歩く私を撮影していたのだ。


 記事はネットニュースや朝の情報番組で、何日も取り上げられていた。


『雨の夜に豪邸を追い出された実の娘――桐生家の“感動の再会”は演出だったのか』


『二十年ぶりに見つかった長女を、なぜ家族は一度も見舞わなかったのか』


『失踪届のなかった娘――桐生夫妻は何を隠しているのか』


 桐生家は、私を冷遇している事実を、これまで本気で隠そうとしなかった。


 ただ、世間が注目するきっかけがなかっただけだ。


 豪雨の中で追い出された写真が公になると、過去の出来事が次々と掘り起こされた。


 私が何度も一人で病院へ通っていたこと。


 桐生家の人間が一度も見舞いに来なかったこと。


 向陽園にいる時だけ、写真の中の私が心から笑っていたこと。


 何より、二十年以上前の「行方不明」という説明そのものが疑われ始めた。


 週刊誌の調査によって、桐生家は当時、正式な行方不明届を警察へ提出していなかったと判明した。


 私が保護された場所は、当時の桐生家の住居から遠く離れており、そばにはベビー用品を詰めた袋まで置かれていた。


 一歳を過ぎたばかりの子どもが、一人でそこまで移動できるはずがない。


 真実は明らかだった。


 父と母は、事業がうまくいかず、二人の子どもを養えなかった時期に、息子の彰人を残し、私を児童相談所の近くへ置き去りにした。


 事業が成功してからも、私を捜さなかった。


 新たに美緒が生まれ、すべての愛情を注ぐ娘がいたからだ。


 美緒に血縁ドナーが必要となって初めて、二人は昔の児童保護記録を調べ、DNA鑑定によって私を見つけた。


 記事を読んでも、不思議なほど強い怒りは湧かなかった。


 父と母が、なぜいつも疎遠で複雑な目を向けていたのか、少しだけ理解できた。


 失った娘を愛する方法が分からなかったのではない。


 自分たちが、実の娘を捨てた事実と向き合えなかったのだ。


 私が聞き分けよく振る舞い、家族の愛を求めるほど、二人は自分たちの残酷さを突きつけられた。


 だから、私を見ないことにした。


 けれど、それが私と何の関係があるのだろう。


 最初から間違っていたのは、あの人たちだった。



14



 私にも間違いはあった。


 あのような人たちに、愛されようとしたことだ。


 けれど、もう手放すことができた。


 電話番号を変え、桐生家の誰とも連絡を取らず、報道にも応じなかった。


 批判はさらに激しくなった。


 桐生ホールディングスの株価は下落し、複数の取引先が共同事業を停止した。かつて桐生夫妻の慈善活動を称賛していた人々も、あの再会記者会見は企業イメージのための宣伝だったのではないかと非難し始めた。


 その間、私と湊は、向陽園を巣立った人たちへ連絡し続けた。


 最終的に三百万円が集まった。


 私はすぐ、美緒へ借りた金を返した。


 電話越しの美緒の声は、以前より疲れていた。


 一度会いたいと言われ、私は了承した。


 美緒が病院へ来た頃には、和子先生は順調に回復していた。二人部屋の隣のベッドには、穏やかな老婦人が入院しており、家族から届いた果物をよく分けてくれた。


 私を見ると、美緒は言葉を失った。


 進行胃がんと重度の栄養不良で、身体はひどく痩せていた。


 髪もかなり抜けたため、短く切り、湊が不器用に編んだ毛糸の帽子をかぶっていた。


「お姉さん、その姿……」


 美緒は最後まで言えなかった。


 私は穏やかに笑った。


「末期の胃がんなの」


「あと一か月くらいだと思う」


 美緒の目から、すぐに涙があふれた。


 偽りのない悲しみだと分かった。


 皮肉なことに、桐生家で私へ最も親しみを示したのは、一度も一緒に暮らしたことがなく、両親の過ちに責任もない妹だった。


 おそらく美緒は、私に騒動を収めるよう頼むために来たのだろう。


 けれど病気を知った後、何も口にしなかった。


「お姉さん、ごめんなさい」


「父と母は、あんなことを言うべきじゃなかった。雨の中へ追い出すなんて、絶対に間違っている」


 桐生隆臣と香織の代わりに謝る美緒を見て、少し笑いたくなった。


 同じ父と母から生まれたのに。


 この瞬間まで、私は桐生家の外にいる人間だった。



15



 美緒が帰って間もなく、父と母、彰人が病院へ現れた。


 美緒を一人で行動させるはずがなく、誰かが後を追っていたのだろう。だから、私の居場所も知られた。


 三人が病室へ入ってきた時、私は和子先生へおかゆを食べさせていた。


 湊が冗談を言って和子先生を笑わせ、私も彼女の肩へ寄りかかり、甘えるように笑っていた。笑いすぎて、器を落としそうになっていた。


 三人の姿を見て、病室は静まり返った。


 父は呆然と私を見た。


 私があのように笑う姿を、一度も見たことがなかったのだろう。


 そして初めて、笑った顔が自分によく似ていると気づいたようだった。


 私は器を置き、礼儀正しく頭を下げた。


「……何のご用ですか」


 三人の表情が変わった。


 特に彰人は、ひどく痩せた私を、幽霊でも見るような顔で見つめていた。


 母は短い髪と青白い顔を見比べ、かすれた声を出した。


「あなた……どうしたの?」


 私は変わらず、穏やかに笑った。


「末期の胃がんです」


「このことは一か月ほど前、彰人には伝えました」


 父と母が、一斉に彰人を見た。


 その目に浮かんだ怒りは、私にも意外だった。


 彰人は明らかに動揺した。


「違う、俺は……」


「確かに言われた。でも、また何か企んでいると思ったんだ。本当だなんて、知るはずがないだろ!」


 父は彰人の胸ぐらをつかみ、床へ突き飛ばした。


 病室にいた人々は、突然の騒ぎに驚いた。


 けれど、和子先生は怯まなかった。


 点滴を受け、まだ身体も回復し切っていないのに、すぐに私の前へ立った。


「あなたたちが、こんなに心のない人たちだと知っていたら、遥を返したりしなかった!」


「実の娘がどれほど傷ついていても見ないふりをして、会社が困ったら、今度は遥に後始末をさせるつもりなの?」


「あなたたちに良心はないの!」


 私を守る和子先生の背中を見つめると、目の奥が熱くなった。


 物心がついた頃から、和子先生はいつも、私の一番強い味方だった。


 私の病気を知った時は長い間泣いた。それでも私を心配させないために、無理にでも気丈に振る舞おうとしてくれた。


 普段は誰より穏やかな人が、私を傷つける者の前では、誰よりも強くなる。


 父と母は、恥じるようにうつむき、反論しなかった。


 父が切羽詰まった目を向ける。


「ほかの医師を探す」


「東京で駄目なら海外へ行けばいい。アメリカでもドイツでも、世界で一番優秀な医師を捜す。治療費はいくらでも出す」


 首をかしげた。


 本当に理解できなかった。


「どうしてですか」


「今の私を、よく見てください」


「まだ間に合うと、本気で思っているんですか」


 父の顔から血の気が引いた。


 彼が本当に恐怖を覚えた顔を、私は初めて見た。



16



 その日、彼らは、報道を否定してほしいとは言えなかった。


 父は病院へ連絡し、もう一度全身検査を受けさせようとした。海外の専門医とのオンライン診療も手配しようとしたが、私はすべて断った。


 その後、彼らは和子先生を通じて、私へ近づこうとした。


 桐生家は、より有名な医師への変更や、最上級の個室への移動、リハビリ費用の全額負担まで申し出た。


 和子先生も断った。


 身体は順調に回復しており、同室の老婦人とも仲良く過ごしていた。今さら与えられる特別待遇など必要なかった。


 困ったのは、桐生家の人々が何度も病院へ来ることで、報道陣まで押しかけるようになったことだった。


 私が末期の胃がんであり、余命がほとんど残されていないという情報も広まった。


 桐生家への批判は、さらに激しくなった。


 私の人生は、世間が繰り返し消費する悲劇へ変わった。


 病院に長くとどまることはできなくなった。


 和子先生の状態が安定すると、私たちは向陽園へ戻った。


 押しかける記者は、すべて湊が門の外で追い返してくれた。


 湊と和子先生は、私を守る二つの壁のようだった。その中で私は好きな物を食べ、子どもたちと日なたぼっこをしながら、静かに暮らすことができた。


 半月後、美緒が再び向陽園へ来た。


 お菓子や珍しい物を持参し、それからは、ほとんど毎日のように顔を見せた。


 海外での治療中にあった出来事や、私が一度も見たことのない街や風景について話してくれた。


 最初、向陽園の人々は、桐生の姓を持つ美緒を警戒していた。


 けれど時間がたつにつれ、ほかの桐生家の人間とは違うことを理解し、少しずつ受け入れていった。


 その日は、よく晴れていた。


 私は車椅子に座り、庭で日差しを浴びていた。


 和子先生は厨房に立ち、湊がそばで手伝っている。隣へ座った美緒は、しばらく迷った末に桐生家の話を始めた。


「お姉さん、病院へ行った日から、お母さんはよくあなたの部屋でぼんやりしているの」


「いつも、小さな箱を抱えている。中を見たら、手紙がたくさん入っていた」


 私が母へ書いた手紙だった。


 向陽園で育った頃、実の両親が誰なのか知らなかった。


 父や母へ話したかったことを一通ずつ手紙に書き、いつか会えた日のために保管していた。


 桐生家へ迎えられた日、私は本当に嬉しかった。


 大切にしまってきた手紙をすべて取り出し、自分たちが知らない間に娘がどのように育ったのか、きっと両親も知りたいだろうと思った。


 けれど、二人は何か恐ろしい物を見るような顔をした。


 母は箱を取り落とし、手紙を床へ散らした。


 後になって、使用人が手紙を物置へ運び、脚のぐらつく古いソファの下へ敷いているのを見つけた。


 美緒が続ける。


「お父さんも、最近よくぼんやりしている」


「お姉さんが作ったお弁当はおいしかったって、何度も話すの。家の料理人に、あなたが作っていた料理を毎日作らせているよ」


 桐生家へ戻ったばかりの頃のことだった。


 父が食事にうるさいと知り、屋敷の料理人から、いくつもの料理を教わった。


 大学の卒業論文はすでに終えていたため、時間はあった。毎日違う弁当を作り、自分で桐生ホールディングスの本社へ届けた。


 三か月間、雨の日も欠かさなかった。


 ある豪雨の日、会社から帰れなくなり、雨が弱まってからバス停へ歩いている途中、私が届けた弁当箱を、ごみ箱の中で見つけた。


 美緒はうつむいた。


「彰人は、家に帰った後、お父さんにひどく叱られた。クレジットカードも追加カードも、全部止められたの」


「前に起こした問題も週刊誌に報道されて、今はほとんど外へ出ない」


「よく庭のブランコの前で、ぼんやりしているよ」


「たぶん、お姉さんのことを考えているんだと思う」


 桐生家で暮らした一年を思い出した。


 一般企業へ就職すれば、桐生家の名に傷がつくと言われた。かといって、グループ企業で働くことも許されなかった。


 屋敷の中へ閉じ込められ、愛されていない鳥のように飼われていた。


 あの家は冷たかった。


 庭のブランコに座り、一人きりで長い午後をいくつも過ごした。


 美緒の話を聞いても、心は動かなかった。


 今になって愛情を思い出しても、何の意味もない。


 そもそも、それが愛なのか、自分の罪悪感を軽くしたいだけなのかも分からない。


 どちらであっても、私には関係のないことだった。



17



 何の反応も見せない私を見て、美緒は小さくため息をついた。


 彼女が話さなくても、今回の騒動によって桐生家が深刻な打撃を受けていることは知っていた。


 複数の取引先が契約を解除し、慈善財団にも調査が入った。


 失ったのは、少しの金だけではない。


 けれど尋ねようとは思わなかった。


 もう、興味がなかったからだ。


「お姉さんは、みんなを憎んでいる?」


 美緒は長い間迷い、ようやく尋ねた。


 ひどく緊張していることが分かった。


 桐生家が私を傷つけたことは理解していても、彼らは美緒を大切に育てた父と母であり、いつも甘やかしてくれた兄でもある。


 彼女が完全に私の側へ立てないのは当然だった。


 しばらく美緒を見つめ、笑って答えた。


「憎んでいないよ」


 美緒の目にわずかに浮かんでいた期待が、静かに消えた。


 私が本心から言っていると分かったのだろう。


 許したからではない。


 憎むほどの気持ちさえ、もう残っていなかった。


 彼らは私にとって、愛する価値も、憎む価値もない人々になっていた。


 人へ向けられる感情は、とても大切なものだ。


 一年以上も無駄にしたのだから、残された時間まで使うつもりはなかった。


 美緒は小さく息を吐き、空気を変えようとするように笑った。


「そうだ、お姉さん。最近、一曲覚えたの」


「お母さんが、あなたが生まれた頃によく歌っていた曲なんだって。小さい頃に具合が悪くなると、この歌を聞けば泣きやんだって言っていた」


「歌ってもいい?」


 美緒の声は澄んでいて、柔らかく、とてもきれいだった。


 歌を聞きながら、若い頃の香織が、生まれたばかりの私を抱き、優しく寝かしつけている姿を想像した。


 けれど、心に浮かんだのは別の記憶だった。


 向陽園で停電した夜。


 暗闇を怖がる私のベッドのそばへ、和子先生が座り、歌ってくれた。


 彼女の歌声は、美しくはなかった。


 毎日子どもたちを世話し、大きな声で呼びかけていたため、少しかすれていた。


 それでも、私が聞いた中で一番温かい歌だった。



18



 冬が始まった日、病状が急激に悪化した。


 再入院は断り、医師による定期的な訪問診療と、症状を和らげるための終末期ケアだけを受けることにした。


 向陽園の慣れ親しんだ部屋に横たわっていた。


 目を開くことも難しく、耳の奥では絶えず低い音が響いている。


 湊が私を抱いていた。


 和子先生は、片方の手を強く握ってくれていた。


 二人とも泣かなかった。


 ただ、自分たちの体温で、冷たくなっていく私の身体を温め続けていた。


「お姉さん、父と母、それに彰人もこっちへ向かっているよ」


 美緒はベッドのそばで涙を拭っていた。


 最後には、桐生家へ連絡したのだ。


 この間、美緒は両親と兄が後悔し、苦しむ姿をずっと見ていた。


 彼らは美緒にとって大切な家族だ。


 最期に会えなかったという後悔を、残してほしくなかったのだろう。


 私は何も答えなかった。


 湊へ、残しておきたい言葉を伝えた。


「私がいなくなったら、和子先生をよろしくね」


「手術をしたばかりなんだから、無理をさせないで」


「それから、湊も自分を大切にして」


「いつまでも、ここで私を待たないで。旅行もして、誰かを好きになって……幸せになってね」


 和子先生が、とうとう声を上げて泣いた。


 湊は最後まで泣き声を漏らさなかった。


 ただ私を強く抱き締め、何度も額へ口づけた。


 額に触れるものは、冷たく濡れていた。


 湊の呼吸はひどく乱れている。


 手を上げて背中をなでてあげたかったが、もう力が残っていなかった。


 美緒は静かに私の言葉を聞き終え、ベッドのそばへ近づいて手を握った。


「お姉さん、適合するドナーが見つかったの」


「もうすぐ海外の病院へ行って、移植を受けることになった」


 掌から伝わる温かさを感じながら、ほとんど聞こえない声で答えた。


「おめでとう」


「これからは、毎日幸せに過ごしてね」


「ずっと、長く生きて」


 美緒は一瞬固まり、やがてベッドへ顔を伏せて泣き崩れた。


 ゆっくりと顔を窓の方へ向けた。


 夏には青々と葉を茂らせていた木が、今は裸の枝だけを空へ伸ばしている。


 冬が来た。


 その時、まだ美緒へ伝えていないことがあると思い出した。


「美緒」


「あなたは、まだ知らないでしょう」


「私の名前は、桐生春香じゃないの」


 美緒が、涙に濡れた顔を上げた。


 何度か息を整え、耳元へ口を近づけた。


「春香は、私が生まれた時に戸籍へ載せられた名前」


「桐生家へ戻ってから、長女らしい名前だからって、あの人たちは私にそう名乗らせた」


「でも、私の名前は遥なの」


「同じ“はるか”でも、春の香りと書く“春香”じゃない」


「遥か遠くの“遥”で、遥」


「和子先生が、どこまでも遠く、自由に歩いていけるようにって、つけてくれた名前なの」


「私は、この名前が好き」


「覚えていてね」


 湊へ顔を向けた。


 その輪郭は、すでにぼんやりとかすんでいる。


 それでも、何とか笑ってみせた。


「もし本当に、来世があるなら……」


「今度は、湊を選ぶから」


 聞こえたかどうかは分からない。


 ほとんど声になっていなかった。


 けれど、私を抱く腕が急に強くなった。


 廊下の向こうから、慌ただしい足音が近づいてくる。


 誰かが何度も「はるか」と呼んでいた。


 けれど、あの人たちが呼んでいるのは、春香の方だ。


 私ではない。


 身体が、少しずつ軽くなっていく。


 窓の外には、静かで広い冬の空があった。


 遠い場所へ続く道のようだった。


 私は、遥。


 今度こそ、自分が望んだ遠い場所へ、自由に歩いていける。





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― 新着の感想 ―
二十年以上ぶりに家族と再会できたと思ったのに、そこに待っていたのが愛ではなく利用だったという展開が重かったです。最後まで読んで、家族というものについて考えさせられる話でした。
みお、、、死にかけの人間に自分はドナーが見つかった、て言うのか、、、自分達の罪悪感を軽くするためだけに余計な3人呼んでるし、、、確かにあの二人に育てられただけのことはある。充分性格悪いな。
主人公があまりに可哀想で泣きました。 自分達のした事に罪悪感があったのなら、せめて優しくすれば 少しでも埋め合わせられたかもしれないのに。妹の為だけに連れ戻され、最後は病死だなんて、あまりに辛すぎて。…
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