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優秀で天然な魔法使い、戦いはできるだけ避けたい。

 魔の森を抜けた勇者一行は、視線を上に向けた。

 空を覆い尽くす不吉な雲の下、そこには禍々しい気配をまとった魔王城が静かにそびえ立っている。

 勇者たちの表情は、まだ張り詰めたままだ。

 ここから先こそ、冒険の最終局面。

 彼らは気合を入れ直し、ゆっくりと歩みを進めた。

 

(そう言えば、ゼファは王座の間で待ってるのかな?)

 

 コルディはすぐにゼファと対決できるものだと思っていたが、王座の間には簡単には辿り着けない。

 その道のりは険しく、待ち受ける試練も多いのだ。


「…勇者パーティーか……ここで打ちのめす……」


 第一の試練。

 黒霧の番人―――

 まずは門番のジャスター・ハンドを打ち倒さなければならない。

 霧魔法、そして槍の使い手。

 ジャスターは勇者たちの前に立ちはだかると、空間から黒鉄の槍を召喚した。


(ジェスターさんと、また、戦うの…?)


 コルディは息を呑んだ。

 ヘルムの奥で、表情が強張る。

 ジェスターはゼファの仲間だ。

 できれば、敵として向き合いたくはなかった。

 しかし、彼を倒さなければ、先へは進めない。

 ゼファの仲間との戦いは、勇者パーティーの一員として避けては通れない道だった。


「っは!なんだぁ?ザコそうな門番だなぁ!?俺さまの大剣でぶった切ってやるよ!!!」


 ダリドは鼻で笑いながら言い放つと、炎のオーラを纏った大剣を構えた。

 見下すような口ぶりに、コルディは思わず眉をしかめる。


 (ジャスターさんは弱くないのに。ダリドさん…ひどい言い方ね)


「……ここは通さん。漆黒の迷霧“ミッドナイト・フォグ”」


 ジェスターが霧魔法を放つと、それは生き物のように広がっていき、辺り一面を包み込む。

 深い黒霧が立ち込める中、ジェスターの位置を完全に見失ったダリドは、苛立たしげに舌打ちをした。

 そこへ、容赦なく迫る槍の襲撃。


「―――っち、」


 瞬時に大剣を盾にし、槍の刃先を弾き返す。

 しかし視界が定まらず、素早い槍の突きに防御が追いつかなかった。


「―――っおい!ウィンズ!この霧をどうにかしろ!!!」


「………はい。“ゲイル・フォワード”希望の風よ、道を切り開け―――」


 風魔法の使い手、ウィンズ・カームが一歩前へ出て、魔法を唱える。

 『“ゲイル・フォワード”希望の風』

 霧を吹き払う風魔法だ。

 視界を遮っていた黒霧が、瞬く間に吹き払われる。

 姿を現したジェスターの位置を捉えたヘレナは、口角をわずかに吊り上げると、地面を素早く蹴って跳び上がった。


「“ブリンク・ダンス”刹那の舞!」


「―――っく!」


 刃と刃が激しくぶつかり合う。

 ヘレナがジェスターの注意を引きつけている隙を狙い、勇者リックは聖剣ルシフェルを力強く投げ放った。


「くらえ!“ノーモア・ダークネス”!!!」


 ジェスター目掛けて放たれた聖剣は、一直線に突き進む。

 そして―――

 黒鉄の頑丈な鎧をいとも容易く貫いた。

 ヘレナとの交戦の最中、光の刃を避けきれなかったジェスターは苦痛の声を漏らし、地面へと崩れ落ちた。


「ぐはっ…」


「聖剣ルシフェルの力を思い知ったか!」


「……弱かったわね」


「ははっ! やっぱザコだったな!!! よし、次だ次ぃい!!!」


 ダリドは大剣を肩に担ぎ、先頭に立って歩き出す。

 戦闘不能となったジェスターを見るその目は、冷たいものだった。


(―――こんなの…人数的に不利すぎる!)


 あまりにも一方的な戦闘に、コルディの胸には罪悪感が芽生え始めた。

 胸を押さえ、荒い息を繰り返すジェスター。

 このままでは、光に飲み込まれて消滅してしまう。

 四対一という圧倒的な劣勢の中、それでも魔王のためにその身を挺した彼へ、コルディは賞賛の眼差しを向けた。

 

(ジャスターさん… あなたは、かっこよかったです…!)


苦しみに彷徨うジェスターをそっと抱きしめ、光の治癒魔法を唱える。


「“リホープ・シャイン”輝きの再来―――」


「……光魔法?…貴様……コルディ・ホープか?……何の…真似だ」


「あなたの傷を癒します」


「……なぜ、敵である…貴様が……」


「ジャスターさんは私の敵ではありませんよ。傷が治ったらぜひ仲良くしてくださいね」


 どこまでも温かな光がジャスターの身を包む。

 傷は跡形もなく癒え、痛みと苦しみから解放される。

 あれほど憎んでいた光の魔法使いが、まるで女神のように映った瞬間だった。


「…やはり、凄まじい力だ……」


 ジェスターは静かに立ち上がり、コルディを見下ろす。

 その瞳には、もう憎しみの色は微塵も残っていなかった。


「―――コルディ、何をしている!?お前はお人好しなのか!?来い!!!」


「きゃ…!」


 リックが怒鳴り声を上げ、コルディの腕を強引に引き寄せる。

 その乱暴さに、コルディは眉をしかめた。

 ジェスターには理解できなかった。

 なぜ、あの女が勇者パーティーと手を組んでいるのか。


(……何を企んでいる?……奇妙な女だ…)






♦ ♦ ♦


「お、久しぶりの勇者ご一行だな。戦いは好きじゃぁないんだが、仕方ないよな」


 第二の試練。

 厨房の支配者。

 炎魔法の使い手、トレヴァー・イグニスは、魔王城のエントランスホールで待ち構えていた。


「俺さまと同じ匂いがするなぁ!!!」


 瞳を燃やすダリド。

 大剣を握り、一歩前へ踏み出す。


「はぁ、気は進まないが、やるかぁ」


 トレヴァーは渋く微笑むと、手を前に掲げて炎魔法を解き放った。


「―――黒炎の牢獄“インフェルノ・ジェイル”」


 轟々たる炎が瞬く間に勇者たちを囲み、逃げ場を奪う。

 『黒炎の牢獄“インフェルノ・ジェイル”』

 炎の拘束魔法だ。


(トレヴァーさんの炎魔法…初めて見たけど、……かっこいい!でも、ちょっと熱い…)


 コルディは炎の熱を避けるように後退し、本当にピンチのときはシールドを展開しようと心に決めた。

 リックとヘレナは自身の跳躍力を生かして高く跳び上がり、炎の牢獄から抜け出す。

 ウィンズはおどおどしつつも風の力で浮き上がり、二人に続いて炎から逃れることに成功した。

 炎耐性を持つダリドは、炎の渦中でも顔色ひとつ変えずに立っている。

 ニヤリと笑うと、炎を纏った大剣を両手で握り、力強く振り回した。


「“ファイア・ドレイク”!!!龍炎の怒りじゃぁぁあああ!!!」


 炎同士の衝突。

 炎が炎を押し返す異様な光景が広がる。


 トレヴァーは冷静な表情のまま、戦場全体を見渡す。

 上方から襲いかかる二つの影。

 風魔法を唱えようと、安全な位置へと移動する慎重派な魔法使い。

 ただひたすらに大剣を振り回す巨体。

 そして―――

 なぜか戦う気配すら見せず、呆然と佇んでいる奇妙な装備の女。


(何だあの子は?魔法使いか?)


 トレヴァーは首を傾げつつ、次の魔法を放つ準備を整えた。


「―――焼滅の業火、“スピリット・グリル”」


 地面の温度が急上昇し、足元から徐々に全身を焼き尽くす炎―――

 恐るべき威力を持つ炎魔法が放たれた。

 逃げる方法はいくつか存在する。

 氷魔法で地面を凍らせるか、転移魔法で一旦退くか、あるいは魔法を放つ本人を行動不能にするか。

 あいにく勇者パーティーの中に氷魔法を扱える者はいなかった。

 転移魔法を使えるのはウィンズだけだが、全員を一度に移動させるほどの練度はない。

 この状況に長時間耐えられるのは、ダリドだけだった。

 コルディの力なら全員を安全に退かせることはできる。

 だが、胸の奥で迷っていた。


(今逃げてしまえば、ゼファのもとへたどり着く道は閉ざされてしまうわ…)


 焼けるような熱気が立ち込める地面の上にもかかわらず、コルディは腕を組み、考え込む。

 炎耐性のないはずの体に、なぜか直接的な熱さは届いていない。

 まるで炎そのものが、コルディの体を避けているかのような光景だった。


 そんな中、リックとヘレナの剣撃をぎりぎりでかわしたトレヴァーは、中央階段の上に軽やかに着地すると、ほっとした表情で苦笑いを零した。


(あっぶねぇ…)


「くそっ!―――コルディ!何してる!?お前が死んだら――― 魔王は誰が倒すんだ!!!」


 リックはトレヴァーに追撃をかけつつ、逃げる気配を一切見せないコルディに向かって、声を投げかけた。


(へ?コルディだって?―――まさかあの子、嬢ちゃんなのか!?)


 その言葉で、怪しい姿の魔法使いの正体に気づいたトレヴァーは、魔法の継続を即座にキャンセルした。


(なぜ勇者たちと手を組んでいるんだ?魔王様と仲良くしていると聞いていたが…。

…はぁ、嬢ちゃんに火傷でも負わせたら、俺の身が危ない。ここは手を引くしかないか……)


 トレヴァーは「はぁ」と息を漏らすと、両手を高く掲げ、降参の意を表した。


「俺の負けだ。先へ進め」

 

 当然の降参表明に、勇者たちは目を見開いた。


「ふん!俺さまの気迫にビビったのか?」


「急に戦意を失ったのはなぜだ?…正直に答えろ!」


 リックはトレヴァーの首元に剣先を突きつけ、鋭い視線を向けながら問う。


「いや、まぁ、勝てないなぁと思って。それだけだ。見逃してくれるか?」


(トレヴァーさん…やっぱり優しい)


 ヘルムの下に隠れたコルディの表情は、平穏に満ちていた。

 いつも美味しい料理を振る舞ってくれるトレヴァー・イグニス。

 彼には、どれほど感謝してもしきれないほどの恩義を感じていた。






♦ ♦ ♦


 魔王城一階の大廊下。

 リックは突然コルディの前に回り込み、壁際まで追い詰める。

 鋭い視線を向けると、やや乱暴に言葉を響かせた。


「お前、さっきから戦ってないよな?」


 その威圧的な態度に、恐怖を感じずにはいられなかった。

 コルディは小さく肩をすくめながら、弱々しくその理由を口にする。


「私は……魔法を使える回数に限りがあるので、できればゼファと戦うときのために温存しておきたいんです」


「ゼファ?魔王を名前で呼んでいるのか?」


「え!?おかしいですか?」

 

「随分、余裕なんだな。まぁいい。お前の力、期待しているぞ」


 リックの背後を見やると、ヘレナとダリドも自分に冷たい視線を向けていることに気付く。

 ウィンズは「自分には関係ない」とでも言うように、さっと下を向く。

 その瞬間、コルディは孤独感に押し潰されそうになり、胸がぎゅっと締め付けられた。


(勇者パーティーって、みんなもっと親切で温かい人たちだと思ってたのに……この人たちはまるで冷たいわ……)


 百億モンドを手に入れたいコルディと、英雄になって世界中から喝采を浴びたい勇者パーティー。

 目的は同じ、魔王ゼファ・ベーゼの無力化。

 しかし、ゼファの優しい一面を知ってしまったコルディの心には、彼を暗殺するという残酷な野望はもう存在しなかった。

 あくまで自分が優位に立ち、ゼファを従わせるつもりである。

 どうにかやられたことにしてもらい、国王には嘘の報告を告げる。

 その計算のもと手に入れた大金で、誰にも知られず密やかに贅沢な暮らしを送る。

 それが、コルディ・ホープの描く新たな計画だった。


 時刻は午後四時。

 ゼファがコルディに告げた外出制限の時刻まで、残り四時間。

 しかし、まだ三つの試練が待ち受けている。

 これらを突破しなければ、王座の間への道は開かれない。

 コルディ・ホープ、果たして間に合うのか―――。


♦今日の魔法・技♦


【“ゲイル・フォワード”希望の風】

霧魔法の弱点、風の上級魔法。

周囲に激しい風が巻き起こる。


【“ブリンク・ダンス”刹那の舞】

二刀流剣士の技。

滑らかに剣を操り、舞うように動く。


【“ノーモア・ダークネス”】

闇を狙って聖剣が一直線に突き進む。

貫かれた魔族は時間をかけて消滅していく。


【黒炎の牢獄“インフェルノ・ジェイル”】

炎の上級拘束魔法。

燃え盛る火の牢。

対象者の周りを炎の渦が取り囲む。


【“ファイア・ドレイク”龍炎の怒り】

灼熱の炎を伴った大剣が、周囲の空間を焼き払う。


【焼滅の業火、“スピリット・グリル”】

炎の最上級攻撃魔法。

炎が地を焼き、対象者に持続ダメージを与える。

弱火→中火→強火と徐々に威力が上がっていく。

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